第95話 怪獣殺しに降りかかる驚愕の展開
僕の目の前には、首を失った五十嵐の胴体が転がっていた。
首はどうしているかというと、僕自身が持っている。
脊髄ごと抜かれた奴の顔には、苦悶と絶望の表情がハッキリと浮き出ていた。
グロテスクな光景だけど、不思議と不快感などはない。
僕は首を胴体へと放り投げた後、それ目掛けて≪龍神の劫火≫を放つ。
劫火によって五十嵐の死骸が焼かれ、その場の地面ごと跡形もなく消失した。
あるのは大きいクレーターと煙だけ。
「……今思うと、僕はちゃんとした人間なんだな……」
以前、自分は人間なのか怪獣なのかって悩んでいた事があったけど、五十嵐を見て再認識させられた。
あんな姿にならないだけ、僕はまともな人間なんだ。
「……終わったよ。絵麻、お爺さん」
障壁で血を防いでいたので、僕の身体には一切付いていない。
それを確認したところで、僕は絵麻とお爺さんへと振り返った。
「兄さん……!」
絵麻が僕の元に向かってきて、胸に飛び込んでくれた。
僕はその小さい身体を優しく抱き締める。
「もうお前を脅かす奴はいないよ。それにごめんな、迷惑かけちゃって」
「ううん、兄さんが無事だったからいい! それで十分なんだから……」
「絵麻……」
僕もお前が無事で本当によかった……。
ただ……お爺さんを綺麗な状態で取り返す事が出来なかった。
こんなにもボロボロになるまで喰らい尽くされて……僕は……。
「お爺さん……僕……」
(気にするな、一樹よ)
ボロボロな頭骨から聞こえてくるお爺さんの声。
さっきまでとは違って、いつもの優しさがあった。
(魂の入れ物に過ぎない骨など、奴にかじられようが構いはしないさ。むしろ我の為にお前達が動いてくれた事、とてもありがたいぞ)
「お爺さん……というか何で今まで黙っていたんだ? すっかり意識が途切れたかと……」
(それはお前達を試していたからだ)
「……試す?」
(我が力が何をきっかけで暴走するのか、我自身でも分からん。それこそ五十嵐という輩のようにな。お前達も怒りで暴走しないか、その真偽を確かめる為にあえて黙っていたのだ。
そしてお前達は怒りこそ抱いていたものの、見事力を制御できていた。やはりお前達は我が正当なる後継者だ)
「…………」
ああ……やっぱりお爺さんには敵わないな。
こんな事をいまさら言ってもしょうがないけど、生きていた頃のお爺さんに会いたかった。
「もうお爺さんったら……私達を何だと思っているの? お爺さんの孫なんだよ?」
(……その通りだな。ともあれ心配かけてすまなかった、2人とも)
「ううん……無事でよかったよ……」
絵麻がニッコリ微笑みながら、目から雫を垂らした。
これはそう、嬉し涙。
さっき流したものとは、全く正反対のもの。
僕はその姿に安堵を覚えた。
……それにしても、意外と呆気なかったな。
五十嵐がお爺さんの頭骨を喰ったのだから、それなりに強くなっているって思っていた。
……まぁアイツの事だ、もしかしたらお爺さんの力を持て余していたのかな。
アイツにお爺さんの力を操る事なんて出来なかった訳だ。
「兄さん?」
「……ああ、何でもない。それよりも未央奈さんに電話しなきゃ。あちらも終わっているはずだし」
五十嵐が東京に繰り出した眷属怪獣。
もう主が死んでいるので自然消滅しているはずだし、あるいはヒメ達が先に倒しているのかもしれない。
すぐに未央奈さんの番号を押し、電話をかけた。
ちなみに絵麻達にも聞こえるよう、スピーカーモードにしておく。
『……もしもし一樹君! そっちはどう!?』
電話越しから、未央奈さんの必死な声が聞こえてくる。
やや違和感を覚えつつも返事はした。
「ええ、五十嵐は掃討完了しました。そちらの怪獣はどうなりました?」
『……やったの? じゃあアレは……?』
「未央奈さん?」
まるで動揺しているかのような。
すると間髪入れずに、未央奈さんが言い放ったのだ。
『実はね一樹君、アイツは……あの怪獣は消えていないの。主が死んだにも関わらず!』
「……何ですって?」
どういう事なんだ……眷属怪獣が消えていないなんて。
あの怪獣がドレイクと同じものなら、主が死んだと同時に消滅するはずだ。
そういうリンクが、主との間にあるはずだから。
……まさか五十嵐の奴、死に間際に意識を怪獣に移したのか?
いや、アイツにそんな芸当なんて……。
(奴の意識が眷属に流れたというのはないな。死と同時に意識が消滅したのを、我はちゃんと見ていた)
(そうか……)
お爺さんの言葉なら信じられるな。
となると、その眷属怪獣は主がいないにも関わらず動いているというのか。
そんな事がありえるのか?
「……分かりました、すぐに東京に戻ります。それと、お爺さんの回収もお願い出来れば……」
『ええ、なるべく回収班を回すわ。合流地点は飛鳥ちゃんのスマホに送信するから、そこで落ち合いましょう』
通話を切った後、僕はお爺さんへと向いた。
「お爺さん、僕達行くから。回収されるまでここにいる事になるんだけど……」
(こちらの事は心配するな。遠慮せずに行くがいい)
「ほんとごめん……。絵麻、聞いた通りだよ。すぐにヘリを呼ぶから」
「……う、うん……」
僕は懐にしまった銃を取り出し、上空目掛けて発砲する。
――ピュウウウウンン!
銃から信号弾が飛び、一直線の赤い煙を作り上げた。
これで後方に待機しているヘリが急行してくる。
すぐに僕の視界が、その小さい影を捉えた。
「一体何が起こっている……?」
これにはさすがに予想がつかなくて、そうぼやくしかなかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
この森にヘリが着地する場所がないので、梯子を降ろされる事となった。
梯子からヘリに乗った僕達は、すぐさま東京に向けて移動を開始。
その間、僕は森塚さんから渡されたタオルで汗や汚れを拭った。
「大都君、五十嵐は?」
その時に森塚さんが聞いてくる。
僕が無言で返すと、森塚さんは「そっか……」と小さく呟いた。
「アタシはちゃんと受け止めているから……そういうのは気にしないで」
「分かった。……強いんだね、君は」
「強くなきゃ、ここまで来れなかったからね。もう慣れっこだよ」
前々から思っていたんだけど、森塚さんの強かさは本当にすごい。
普通の女子高生とは思えないよ。
そう思っていた中、スマホを見ていた雨宮さんがこちらに伝えてくれた。
「大都さん、合流地点が送信されました。場所は街外れにある駐屯地です」
「駐屯地?」
駐屯地とは、簡単に言えば自衛隊の基地の事だ。
特生対は自衛隊の派生組織だから無関係ではないけど、何で本部じゃなくて駐屯地なんだろうか。
「その報告、間違ってないよね?」
「ええ、ちゃんと表示されています。ただ本部や研究所から離れていまして……」
疑念を拭いきれない表情をする雨宮さん。
彼女がもう1回スマホを見ると、不意にその目を大きく見開いた。
「……たった今、ドローンによる東京の映像も送られてきました……」
雨宮さんがスマホの画面を見せてくれた。
僕達が輪になって画面を覗いた時、誰もが絶句し黙ってしまった。
「……これは……」
僕が顔を上げた拍子に、ヘリの窓が視界に入る。
そこから見える外の光景……僕は思わず息を呑んでしまった。
かなり遠くにある東京特有の高層ビル群。
それが巨大な火の海によって包まれているのだ。
スマホの画面にある映像と全く同じで、まさに火炎地獄そのもの。
絵麻達も気付いた後、張り付くようにそれを見つめていた。
「……見て、兄さん」
そのビル群に指差す絵麻。
火炎地獄の中、ビルの上に鎮座している巨大な影がある。
すぐにヘリ内にある双眼鏡で覗いてみれば、影の正体がハッキリ分かった。
「あの怪獣……」
僕達が奥多摩に向かう直前、五十嵐が放った眷属怪獣だ。
未央奈さんの言った通り、奴はまだ生きていたのだ。
となるとあの怪獣で間違いないだろう……東京を地獄絵図に変えた張本人は。
奴は自ら作り上げた地獄を、青白い複眼で冷酷に見下ろしていた。
「……大都さん。あの怪獣のコードネームが、今決まったそうです……」
その背後で、雨宮さんがインカムの報告を聞いていた。
まだ呆然とした表情ながらも、粛々と僕に伝えてくれる。
「『テュフォエウス』。それが奴に与えられたコードネームです」