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夢屋 胡蝶  作者: 真鶴 黎
第九夜 心の在処を周る詞華
92/95

#20

 強い光と共に放たれた衝撃波により、周と望は身体を押し出される。すると、もみくちゃにするように吹き荒れた風が少しばかり収まる。


「……無茶して」


 衝撃波の正体は杏介だろう。かなりの妖力を使って、爆発を起こしたのだろうと周は推測する。結果として、周と望は風の渦から脱出できた。しかし、下手すると、杏介だけでなく、周と望も火の玉の熱により、火傷しかねない。

 一か八か。そのような状況ではあったものの、危ない賭けに出たと周は思う。まだ爆発が起きているようで、爆発音が聞こえる。

 風の渦からの脱出という賭けには勝った。しかし、周は別の方向の風を感じたことにより、次の賭けがあることに気がつく。

 斜め上へ打ち上げられたように押し出した勢いは斜め下へと勢いの方向を変える。

 落下。周は判断すると眼下を見る。

 何も見えない。吹雪のせいで何も見えない。距離があるのか、雪に覆われて見えないのか。とにかく、自分たちが地上からどれほどの距離にいるのか、無事に着地ができるのか、判別がつかない。

 周は望にフードを被せ、後頭部を支えるようにして抱きしめる。

 どこへ落ちるかわからない。木々の多い場所であるため、枝や幹に身体を打ち付けることになるだろう。それが衝撃を和らげ、雪が受け止めてくれれば多少は。

 周が覚悟する頃、木々の影が見えてくる。何とか着地はできそうだと判断した周は来たる衝撃に供え、望を強く抱きしめる。

 そして、その衝撃が周の肩や背に圧し掛かる。


「……っ!」


 バキバキと音がする。それに混ざって、鈍い音がする。枝が折れた音か、それとも。そんな判断を周がする前に二人分の重みと折れた枝は受け止められる。ぼすっ、と二人分の重みで雪が沈んだ感覚が背中越しに伝わる。


「……はあ…………はぁ……」


 周は閉じていた目を開ける。背中が熱いのか冷たいのかわからない。ぱらり、と雪の塊が周の顔の横に落ちる。


「…………周」


 周の身体の上でもぞもぞと望が動く。めくれたフードから覗く望の顔色は変わらず悪い。


「望ちゃん、怪我、ない?」


「多分……。周の方こそ」


 望は何とか身を起こす。視界がぐらぐらと揺れ、気分が悪い。


「ごめん」


 望は痛む頭を押さえながら、周の身体から下りる。


「重いし、痛いでしょ」


 望は周に抱きしめられていたため、状況がよくわからなかった。何となく、落ちていることがわかったときには、木の枝が折れる音がしていた。身体を起こし、自分が周を下敷きにしていたことを理解した。

 二人分の重さと高さが加わった衝撃。それを、周だけ受けていた。真っ白な雪の上に散らばる枝を見るに、相当な力がかかっていたことが窺える。


「……ごめんなさい」


 肝心なときに体調を崩し、周に負担させてしまった。望は申し訳なさで胸がいっぱいだ。


「こっちこそごめんね。怖い思いさせて。本当に痛いところはない?」


「ちょっと頭が痛むぐらいで、怪我はなさそう」


 少し休めば大丈夫だろうと望は思う。


「周の方が心配なんだけど」


 骨折だけで済む話ではないだろう。望は周の様子を窺う。枝で切れたのか、右の頬に赤い筋が走っている。加えて、衣は所々裂けている。散らばる枝の量を見ても、何もないで済むはずがない


「うーん……ちょっと痛いかも」


「ちょっとなわけないでしょ」


 苦笑で済ませている周がおかしい、と望は反論する。


「望ちゃんよりも頑丈だよ」


 望よりも周の方が頑丈。実際、望があの衝撃を受けていたら、骨折では済まないだろう。


「そうだ、杏は? 近くにいそう?」


 望ははっと息を呑むと周囲を窺う。

 見渡す限り、白の世界。雪の世界に溶け込みそうな白の天馬も、太陽のような金色も見えない。目立つ存在は近くにない。


「見当たらない。誰もいない」


「やっぱり、別方向に放り出されたか」


 杏介だけでなく、貘の追手もないようだ。

 周は深く呼吸をする。背中がじわじわと痛む。この状況をどうにかしなければと考えたいが、痛みのせいで集中できない。


「周、やっぱり痛いでしょ?」


 望は周の頭にかかる雪を手で払う。


「ごめんなさい」


「そんな顔しないで、望ちゃん」


 見るからに気落ちしている。そんな望の様子に周は身体を起こす。


「君に怪我がなくてよかった」


「でも、周は……」


「大丈夫だって。骨も折れてなさそう」


 周は身体を軽く捻ってみる。痛いは痛いがここまで動けば問題ないだろう。

 しかし、望は疑いの目で周を見つめている。


「……そんな急に動いたらよくない」


「本当は安静にしないといけないけど、今はそんな状況じゃないからね」


 土地勘のない雪山に放り出された。貘の追手や杏介とはぐれてしまったことを思うと悠長にしていられない。

 周は懐に手をいれると方位磁針を取り出す。幸い、壊れていないようで針は動く。


「山を下りたいところではあるけど、どこかで休みたいよね」


 望の体調がとにかく心配だ。それと、周の怪我の手当もしたいところだ。


「でも、そんな場所……」


 望は再度辺りを見渡す。雪や風を凌げるような場所、例えば、洞窟などは見当たらない。


「一度、杏に伝令を出そうか」


 周は懐をごそごそと漁り、鳥の形に折られた紙を取り出し、望へ差し出す。


「飛ばしてくれる?」


 望は鳥の折り紙を受け取る。万が一、はぐれたときの伝令として望も持たされている。伝令の仕方、飛ばし方も教わっている。

 望が折りたたまれた翼を広げると、ふわりと紙の鳥が浮かぶ。


「杏介さん、望です。周と一緒にいます。えっと……」


 他に言うことは、と望が目で周に問う。


「休める場所を探そうと思う。そちらも、安全が確保できれば連絡がほしい。ひとまず、宿で落ち合おう」


 周は、よし、と締めると、望に視線をやる。やってごらん、と言っているような目に望は紙の鳥を両手で掬うようにして、空へ羽ばたかせるように掲げる。


「以上。杏介さんの元へ」


 望がそう伝えると、紙の鳥は身を震わせると、翼を羽ばたかせる。頼りなく見えた翼は風に乗ると、身を翻して本物の鳥のように姿を転じ、空へ飛んで行く。その姿を見届けた望はほっと息をつく。


「これでいいんだよね?」


「練習どおり、上手にできました」


 さすが、と周は拍手を送る。


「杏介さんに届けばいいんだけど」


「そうだね。早速だけど、ちょっと歩いてみようか。望ちゃん、行けそう?」


「少しマシにはなったかも」


「それはよかった。じゃあ、行こうか。あはよくば、杏と合流できればいいけど」


 望が孤立しない限り、合流よりも望の保護を最優先とし、帰国する。杏介との約束だ。杏介のことは心配ではあるが、今は自分たちの安全を確保したいと周は考える。

 よいしょ、と周は立ち上がる。痛みが全身を駆け抜けるが、何とか立てた。その様子を望は不安そうに見ながらも、立ち上がった。




 少しだけ雪が止んできたか。それでも、視界は一面の白。目印となる赤い布のある木もなければ、休めそうな場所もない。

 周は手元の方位磁針を見る。杏介が西へ向かうと言っていたため、西を目指してはいる。こまめに確認しなければ道を外してしまいそうになる。


「うわっ!」


 方位磁針を確認する周の背後でずぼっと間抜けな音がする。周が振り返ると、前に倒れそうになっていた望が雪に手をついていた。


「望ちゃん、大丈夫?」


「うん」


 周は望に手を貸す。望は周の手を借り、体勢を整える。


「ありがとう」


 望は足元を見る。膝下ほどまで積もった雪の上を望は歩いたことがない。ふわふわとした雪は周や望の脚を覆い隠してしまう。


「ごめん、雪道慣れてなくて」


「僕もここまで積もった雪の上を歩くのは久しぶりだから。歩くというよりも、押し通っている感じだけど」


 雪を踏む、ではなく、押し通して進んでいる。周を前に望は続いているが、慣れない道に望は神経を消耗している。


「雪って大変……」


 望の出身では雪が積もることはほとんどない。あっても、薄っすらと白くなる程度。ここ三年ほどは真っ白になるぐらい積もる日が一、二回あり、交通が混乱する。下宿している地域も出身地と同じような気候だ。

 そのため、望は雪に対して不慣れだ。その上、寒がりな体質でもある。とにかく相性が悪い。


「望ちゃん、具合はどう?」


「気持ち悪いとかはないけど、すごく寒い」


「だよね」


 フードをかぶり、マフラーで口元を覆っている。露出している肌は目元のみという完全防寒ではあるが、それでも限度がある。


「せめて、お日様が出てくれればいいんだけど」


 周は空を見上げる。雪は落ち着いてきたものの、曇天だ。薄暗く、寒いため、日が出ていてほしいものだ。


「少し休む? と言ってもあまり休めないけど」


「うん。ちょっと座りたい」


「じゃあ、一休み」


 周が座るのに続き、望も座る。脚の雪を払う望の隣で周は後ろへ倒れ込む。


「周、身体冷やすよ」


「うん、そうなんだけど。……ちょっと作戦を練ろうかと」


 周は目を閉じる。

 このまま下山を目指すとして、どれだけ時間がかかるのか。望のことを考えると、あまりにも現実的ではないとはわかっている。理想は杏介と合流し、天馬なり、竜なりに化けてもらい、一気に下山する。しかし、現状、杏介との合流も難しい。

 どうしたものか。悩む周の眉間に何かが触れる。


「……ん?」


「よかった、起きてた」


 望が顔を覗いていた。眉間に触れていたのは望の指で、目が合うと離れる。


「こんな短時間で寝ないよ」


「そうだけど……。怪我のこともあるし、ずっと歩いていて疲れて寝ちゃったんだじゃないかと」


 ほんの短時間だが、目を閉じ、微動だにしない周を見た望。怪我がひどいのか、眠ってしまったのかと不安に思った。


「眠い?」


「温かい布団があればすぐにでも眠れそう」


 へへ、と周は笑う。長と夢の中で話していた間は眠っていたというのに、不思議なものだ。


「寝ないでよ」


 こんな雪山で寝てしまったら待つのは凍死か。想像もしたくない、と望は頭を振る。


「まだ寝るわけにはいかないさ」


 周にはなさねばならないことがある。それが終わるまではこの身は必要だ。しかし、それが叶うかはわからない。

 周は気持ちを切り替えるように頬を軽く叩いた。

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