四
やとがナビゲートして、かぐや達の東京観光はどんどん進む。
大きな交差点を囲むビル群の一つ。地上九階、地下一階の建物の全てが書店だとやとが言うと、「そんな事は嘘だぁ!」とかぐや達三人にフルボッコにされていた。
そんなかぐや達も実際に建物内に入って、天井まで届く本棚に並ぶ本達をみて口をあんぐりと開けていた。
しかし、いつまでもぼんやりと立っていたととをさっさと置いて、かぐやは早速目を輝かせてどこかに走り去っていった。とと達も慌ててついていって、店内を見ていく。
一階、雑誌類。二階、日本国内外の地図やガイドブックが並んでる。
「ねぇ、やと。月のガイドブックはないの?」
「……姫様、それは残念ながらまだ置いてません」
「じゃ、ここに置けばみんな月に来てくれるね!」
「そのうちです。地球の方々が安定して月まで行く事の出来る技術を開発したら、月のガイドも必ず置きましょう」
かぐやはれっきとした月の姫様。いきなり観光業の話をしだした彼女に一度は戸惑ったものの、姫様だって行政への口出しはするかと思い直し、しっかりした態度で答える従者。
四階、五階、六階と階を上っていく。
そして、上まで見てから最後に地下一階。ここはもう、
「オーゥ、イッツ、ジャッパニーズ!」
かぐやの雄叫びがカタカナになってしまう世界だった。
コミック、ライトノベル。つまり、アニメ好きの楽園。
ここに来てしまうと、もう誰も月の姫を止める事は出来ない。
いそいそと本棚の奥に身を隠していくかぐやを見て、やっぱりこうなったかと、やとは呆れる。小さく息をついて、ととの方を見ると。
「ほう、これはあのアニメの原作じゃないですか。こっちは今度アニメが始まる小説のコミック。このアニメ、あのキャラの声優がちょっと気に食わないんだよなぁ……。ん? やと、どうした?」
「イエ、ナンデモアリマセンヨ」
自分の職務など完全に放棄している同僚を前に、やともついカタカナになってしまった。
ちなみに、織羽は建物内で完全に単独行動。もともと鳥である彼女は、群れで行動する事はしてもその中でみんな揃って同じ行動をとるなんて事は一切しない。一人で気ままにあちらこちらの売り場を飛び回っているだろう。
一方、とと達は兎である。「地球では、うさぎってのはいつも一緒にいないと寂しくって死んじゃうんだってさ」と織羽が言っていたのを真に受ける気は毛頭無いが、それでも気付けば兎同士くっついているのは気のせいだと思いたい。
そう考えると、天上人は……。やとはそこまで考えて、いやいやと頭を頭を振った。
——月の人達は基本的に超自由人だからな。考えるだけ無駄というものだ。
「おーい、やと、見て見て見て!」
自由奔放な三人に呆れるのも終わりにして、自分もやるべき事を始めようと本棚に目を移した時、後ろから無邪気にやとを呼ぶ声がした。
「はい、姫様。何でしょうか」
呼ばれたやとは、一瞬手に持った本を棚に戻しながら、後ろを振り返る。
顔中にっこにこの笑顔のかぐやを見ていると自然とこちらの顔も綻ぶ——なんて事は無く、その彼女の手に抱えられた大量の本を見ると、やとは内心ため息をつくしかない。
「……その本はどうなさったんです? 姫様」
「うん。いろいろ選んで、それで考えて考えて、かなり絞ったんだけど……ダメかなぁ」
ダメかなぁ、というのはつまり「買ってもらえないだろうか?」という質問が見え隠れしている訳で、本を買って欲しいというかぐやのおねだりだ。
かぐや達は十分な準備をしないで日本に来たため、現在この国で使われている通貨を一切持っていない。日本の通貨を持っているやとがまとめて支払い、後で領収書を月に送りつける事になっている。
「それで冊数減らしたというのですか、姫様? それを買えと?」
やとの隣にいたととが、かぐやが抱える本を見て目を白黒させる。
無理も無い。なぜなら、かぐやの手に抱えられた本は、ライトノベル、コミックは勿論、探し物下手な彼女がどこで見つけたのか、人気作品の画集など、ゆうに二十冊を超えているからだ。さすがに日本のオタクと呼ばれる人種でもここまではまとめ買いしなだろう。
「後できっちり払ってもらいますからね」
やとはきっぱりと言って、買ってもらえると察した大喜びのかぐやを連れて、一階のレジへとのぼっていく。
エスカレーターから降りて、両手が本で埋まったまま危なっかしく降りるかぐやを見守っていた時、やとのズボンのポケットが小さく震えた。
ズボンから小さい端末を取り出し、画面に映る文字を確認をすると、彼は小さくため息をついてから端末を耳にあてた。
○
「もしもーし、……え? あらぁ、ゴメンねぇー」
「下っ端に確認させてもらったんけどね、……うんだから悪い言ってるでしょう、で、この前言ってた子達でしょう」
「こちらはねぇ、早速動き出したんけぇど、そちらさまは?」
「あっこでしょう。東京に来たらあそこは行かなきゃあいけん。じゃ、あんたんとこはいつ出れる?」
「そうさなぁ、結構遠出だからねぇ」
「いんや、明日でも大丈夫よん」
「よしよし、分かったよん。で、電車で行くかい? 車でもいいがね」
「うん、そうさねぇ。新幹線ってぇのは、誰しもが喜ぶ乗り物だからねぇ」
「んなら、準備させるけぇ、娘ちゃんによろしく」
「それは嬢ちゃん。娘さんは、鶴の娘さんよぉ。じゃあね」
会話を終え、二つ折りの携帯電話をパタンと音を立てて閉じる。
「ん、連絡取れたのか? 水尾」
かぐや達がわいわいと探検していた大型書店の屋上。ごろんと寝っ転がって空を見上げていた伊吹は、こちらに歩いてくる水尾の足跡に気付いて、むくりと体を起こす。
「あいよ。あいも変わらず、愛想のこれっぽっちもない坊やで」
「まぁ仕方ねぇや。やとは月の兎、見た目よりずっと年とってるさ」
そう言いながら立ち上がっり、「うーん」と小さく唸って腰をのばす伊吹は、ふぅと一息ついて水尾に質問する。
「で、首尾は。やっぱり明日か?」
「はいはい。今日はまだまだ行くって。あんの、アニメショップだと」
「じゃ、明日だな。あの嬢ちゃんがいるなら、止めなきゃ閉店までいるな」
「明日の十時、駅前に来ると。電車じゃて」
水尾はそう答えると、髪から簪を一本抜き、くるくるとまわして遊ぶ。
「なら、切符の手配か」
伊吹はぼりぼりと赤毛を掻きながら空を仰ぐ。
「そんなら、行くぞ。簪戻しな」
伊吹は大きなあくびをしながら、歩き出す。
「はいよん」
伊吹に促され、水尾もそれに続いていく。手にした簪を元あったところに差す。
二人にとって、ビルとビルの間などはもはや関係ない。とりあえず場所を移動しようとビルの間をひょいひょい飛び回る。
「ねぇ、伊吹よぉ」
いくつかビルを超えたところで、ふいに思い出したように水尾が前を行く伊吹に声をかける。
「なんだぁ」
「今日の晩、何食べるん?」
「あぁ? んなもん、酒でも飲んどけ」
「酒は食いもんじゃねぇさ」
めんどくさそうに答える伊吹に、ケラケラと笑い返す水尾。伊吹は、昔からかなりの酒飲みなのだ。
「客人の前では、お酒は飲んじゃ、だめじゃからね」
「えぇマジかい」
ちょっと困った様に口を尖らせる伊吹。
住宅街の中に、やけに近代的な建物郡が見下ろせる。その中でも不自然さが目立つ白く丸みを持った建物は、数年前に建てられたものだ。歴史はかなりある学校で、百周年の記念に建てた校舎だという。
「……東京も変わっちまったな」
ふと立ち止まり、建物を見下ろしてぽつりとつぶやく。
それを見て、同じようにその建物を横目でちらりと見下ろし伊吹に言葉を返す。
「東京は、変わってくもんさぁ。常に何かが変わっていかにゃ、東京じゃなぃさぁ」
「水尾って、妙なとこで現実的な事言うな」
「あん? あたしゃいつでも現実を見てるさぁ」
ケラケラと軽い笑い声を空に飛ばし、二人は再び東京の街をかける。
「……待ってろよ、じいさん」
伊吹の呟きが、聞こえたような聞こえないような。
読みにくくってごめんなさい。
水尾さんと伊吹さん。このお二方は、おとぎ話ではないですが元はあります。
ネタバレ(?)は最後に行いますが、興味ある人は考えてみて下さい。




