幕間03話
「ふっふっふっ」
今私の目の前に、気味の悪い笑い方をする私の娘がいる。
腕の中にいる息子が怯えていて、今にも泣き出さないか心配だ。
「その笑い方は止めなさい。ルードが泣きそうよ」
娘の頭を軽く叩きつつ、注意する。
「あー、ごめんね。やっと完成したからテンション上がっちゃった」
今度は綺麗な笑い方でルードに謝りながら立ち上がる娘。
その手には、薄っすら青く輝く銀の杖がある。これが最近作ってあげた工房に何日も篭って作った物のようだ。
「それ杖よね?何で出来ているの?」
「ミスリルだよ、まあ完成と言っても今出来る範囲の事で、まだやりたい事が幾つもあるんだけどね」
私から見ると、凄く力の篭った杖に見えるが、娘はまだ満足していないようだ。
ミスリルを品質を落とすことなく加工するだけでも難しいことなのに、あの輝きからするとプラスの効果が付いているように見える。
夫に付いていって、海で魔物を狩ったりしている時にも思ったが、どこまで規格外なんだろうか。
まあいいか、この娘は色んな事に才能があり、色んな事に興味があるようだけど、どんな道に進んだとしても私の可愛い娘である事に変わりは無い。
あまり甘えてくれないのでちょっと淋しいし、危険な事をよくしているので心配だけど、この娘ならきっと自分で自分の道を選んで幸せになれるだろう。
「一段落ついたなら手を洗ってきなさい、ご飯にするわよ」
「はぁーい」
でも、もう少し世話を掛けてくれると嬉しいわね。
俺の最速の突きを、目の前の子供に放つ。
足が満足に動かない為、全盛期とは数段劣る突きしか放てないが、それでもかなりの速さと威力を備えている筈だ。
だが目の前の子供は俺の突きを正確に盾で防ぎ、威力に押される事なく耐えてみせる。
そして反対の手に持つ槍を俺に向かって突き出してきた。
俺はそれを盾で受け流すと、今度は連続で突きを放つ。二発、三発、四発と突く場所を変える。
全部盾で防がれるが、それにより体勢を崩した所に子供の右手側から払う。
しかし、その子は無理な体勢のまま槍で防御する。そのまま力を込め払い抜けようとするが、子供はそれをさせずきっちり防御して、空いた盾をこちらに突き出してきた。
俺は一度バックステップで回避し構え直す。
今度は子供の方から槍を突いてきた。
俺はその穂先を盾で上から叩きつける、と共に石突で子供の持つ盾を下から打ち上げる。
そして無防備になった胸に槍を突き付けた。
「じゃあ、ここまで」
「はぁっ、ありがとうございました!」
俺の前にいる子供は友人の息子でローレン、まだ七歳になる前の子供である。
まだ甘い所もあるが防御に関しては凄い能力を持っている。
俺でも正面からは攻めきれず、搦め手も使わなければ防御を崩せなくなってきた。
これならあの技術も教えるべきだろう。
「それじゃあ、これからローレンが気を付けなければいけない攻撃と防御法を教える」
「はい、お願いします!」
「一つは魔術、炎や氷や雷等、武器での衝撃を防ぐのと同じようには防げないものがある。自分の身体だけではなく、仲間も守るのであれば更に難しい。
一つは内部に直接衝撃を通す攻撃、技術によるものや闘気を使用するものと色々あるが、どれだけ防御力を高めようと内部を直接攻撃されれば大きなダメージを負う。
これらは今迄と同じような防ぎ方では効果が薄い。攻撃に対する防御に合わせた闘気の使い方をしなければいけない」
俺も魔術と防御貫通の攻撃にはかなり苦しめられた。上位の魔物はこういった攻撃を使ってくる奴が多い。
「先ずは一度受けてみろ、俺は余り魔術は得意じゃないが防御貫通の技なら使える。今からお前をその技で突くから防いでみるんだ」
「はい!」
俺は先程繰り出した突きとは、力も速さも半分以下の突きを放つ。
だけどその突きは質がまるで違う、今盾で防いだローレンの内部に衝撃を与えているはずだ。
「ぐっ!?」
うめき声を上げると膝を着いたローレン。闘気量や盾の技術は凄くても身体は子供なのだ、もっと威力を弱めるべきだったかもしれない。
「はあっ!はあ、はあ」
荒い息遣いと共に立つローレン。見た限り大きな損傷は無いようだ。危なかった。
俺はやり過ぎていないかちょっとビビリながらも、それを見せないように声をかける。
「今のが防御貫通の技だ。どういった物かは実感したか?」
「…はい。なんとなくはわかりました。槍が盾に当たった瞬間、闘気毎身体を揺さぶられるような感じがして、身体の中で衝撃が弾けました」
「そうだ。出来ればこの技を使えるようになった方がいいが、先ずは防げるようになった方が良いだろう。
この技は相手の身体に波を作り出すような物だ。その波による振動と波をぶつける衝撃で相手を攻撃する。
防ぎ方だが、一つは接触する点をずらす事だ、この技は接触点が多少前後するだけで効果を上手く発揮しなく出来る。だが技術的に優れた者はずらしても効果を発揮させてくるから気を付けろ。
一つは闘気による防御法だ。俺が教えるのはこっちだな。
この防御法は闘気を柔軟にする事が大事だ。今迄は防御する時、盾や身体を闘気で硬く、堅くしようとしていたと思う。だがこの技のような攻撃は硬ければ硬いほど効果を強く発揮してしまう。
だから逆に柔軟になるよう意識するんだ。そして波を柔らかく受け止めるようにするんだ。上達すれば波を受け流し、誘導して、外に逃がす事も出来るようになる。そこまで出来るようになれば、無傷で回避することも出来るようになる」
ローレンは言われた事をやってみようとしているがそんなに直ぐに出来るような事でも無いだろう。
「後は魔術に対する防御だが、これも考え方は同じだ。今までのように硬いだけでは、熱さや冷たさ、雷や毒等を防ぐ事は出来ない。だが闘気には色々な可能性がある。闘気の質を意識する事で防ぐ事は可能になる。それには経験が必要だ。色々試してみることだな」
「わかりました」
「もう休みも終わりだろう、次の休みに帰って来た時に闘気の色々な姿を見せてくれると嬉しい」
「はい!ありがとうございました!」
足を悪くして騎士を辞める事になって、故郷に帰って来てだらだら過ごしていたが、こういうのも悪くないと思えた。
道場でも開いてみるかな。
学園の初等部に入ったばかりの娘が長期休暇に帰って来たら、凄く上達していた。
もっと小さい頃から向上心のある娘で、魔術の才能は素晴らしかったがたった四ヶ月程度で上位魔法二つ、無詠唱魔術、一人での複合魔術が使えるようになっていて、かなり驚いた。
学園で出来た友達の影響が大きいらしい。その娘はもっと凄い魔術が使えると嬉しさと悔しさが混じったような顔で話してくれた。
その娘に魔術で勝ちたいと言うので、私も喜んで協力してやることにした。
「フィアナ、魔術は魔力を多く込めれば効果は強くなるが、ただ込めればいいわけではない。
ちょっと見ていなさい」
私は風の壁を二つ左右に作る。
「この二つの壁は同じ魔力量で形成されている、違いがわかるかい?」
「一つは普通の風の壁ですよね。もう一つは…風の密度は低そうですが、力強く見えます」
「そうか、それじゃあこの二つの壁に、そうだな…雷撃でも当ててみなさい」
「はい」
フィアナが雷撃を二つ作り出すと、同時に左右の壁に放つ。
片方の壁は貫かれて消え、片方は少し削れたが健在だった。
健在な方は、力強く見えるとフィアナが言った方だ。
「この消えた方はただ単に魔力を込めたものだ。そしてもう一つは魔力による身体強化があるだろう?あれを少し応用して壁に纏わせてあるんだ。
同じ量の魔力でも魔術に魔力を込めるのと、魔術を魔力で包むのでは、先程の結果のようにそれだけで大きく効果を変える事が出来たりする。」
「はい」
「ただ包めば良い訳でもない。魔術と強化の割合、何処を強化するか、それは魔術によって違うし状況によっても変わってくる。だが極めれば大きな力になるだろう」
「はい、ありがとうございます」
この技術は簡単そうに見えて、難易度が高く奥が深い。幼い子供が使う様な技術でもないが、小さい頃からやるからこそ極める事も可能かもしれない。
さて、久し振りに会ったのだ、フィアナは色々試してみたいようだが、私としては一緒にお茶でもしたいものだな。
「もっと闘気の流れに気を配れ!剣を振り降ろした後の闘気の密度が薄い!」
長期休みの間、息子に俺が一番得意としていてよく活用している剣技を教えている。仕事もあるのでずっとは見れなかったが、俺が居ない間もずっと練習しているようだ。
相変わらず剣に対する向上心だけは凄く高い。妻はもっと勉強とかにも目を向けて欲しいようだが、俺としては嬉しい限りだ。
教えている剣技は簡単に言えば連続斬りだが、闘気を使い一撃一撃の間隔の短い、強い攻撃を繰り出す技だ。俺なら四連撃を敵に合わせて繰り出せるが、息子は休みの間に形だけでも二連撃が出来れば上出来だろうと思っていた。
だが息子が今放ったのは三連撃である。二撃目までは完璧に近い物だった。さすがに三撃目は上手く出来ていないし、振り方によって上手く出来ない時があるが、息子は天才じゃなかろうか?
練習の間はそうした方が良いと思っているので、頑張って叱っているが実は褒めたくて仕方が無い。
ただ余りにも上達が早いので、詳しく聞いてみるとこの闘気の使い方と似たようなやり方を学園の友達に教えてもらったらしい。
その使い方は一撃に込める力の収束の様な物で、この技とは少し違うが、技を使う時考え易かったとのことだ。
もっと聞くとその子に勝てたためしがないらしい。
その子は天才じゃなかろうか?
まあいい、息子は剣でその子に勝ちたいらしい。悔しそうにしていたので、その子の事はあまり聞けなかったが、俺が出来る範囲で手伝ってやろうか。
「じゃあ、後百本行くぞ!」
「おう!」
でも、その子にちょっと興味があるな。次の休みにでも連れて来ないかな。