mission11.5 戦勝の夜
Now loading……
mission11.5 戦勝の夜
…………
銀狼騎士団は防衛の成功に湧き、戦勝祝いに多くの酒と食事が振舞われた。騎士らはニーナの氷の威力を目の当たりにして「まさに救世主だ」と祭り上げ、大いに褒めちぎり武勇を讃えた。だが、ニーナ自身は淡々としたもので、「疲れたから寝る」とぼんやりした顔で部屋に引っ込んでしまった。いつもなら騎士に混ざって美味しいものを探すはずのニーナがだ。ノワーレは心配になり、同じく心配顔のクラウナーと共に後を追う。
「ニーナ? 寝ちゃった?」
部屋の前で声をかけると、ニーナは「起きてる」とだけ答えた。いつもなら、もっと弾むような声が返ってくる。ノワーレはクラウナーと顔を見合わせ、更に聞く。
「少し……話さない? 疲れてるところ悪いけど」
「わかった」
ドアが僅かに開き、寝巻き姿のニーナが顔を出した。いつも大体にこにこしているか気楽そうにしている顔が、今は感情が抜け落ちたように凪いでいる。
「なに?」
「いや……、昼間に、無茶させたと思って」
「無茶はしていない」
ノワーレはニーナの無表情さに怯んだが、それでもニーナの顔色が良くないのを見て、心を決めた。ドアを全開にし、ニーナの肩を掴んで部屋の中へ押し込む。
「なに?」
普段なら大騒ぎするはずのニーナはやはり平然として、ノワーレに押されるまま中へ入った。ノワーレもそのまま押し入り、遅れて驚き顔のクラウナーも入ってくる。
「ニーナ……なんか、おかしくなってないか? いつもと違う」
「なにが?」
ノワーレの問いに、ニーナは凪いだ顔のまま首を傾げた。
違う。これは、ノワーレが知るニーナの反応ではない。
ノワーレの背後で、クラウナーが「ねえ」と震える声を出した。
「ニーナ……、今、なにが見えてる?」
ノワーレの目の前でニーナは少し停止し、やがて、何事でもないかのように呟いた。
「自分の頭」
ノワーレがぞっとする間もなく、クラウナーがノワーレを押し除けてニーナの前に立った。ニーナの頬を両手で包み、切羽詰まった声で言う。
「これ、わかる? なにを感じる?」
「クラウナーがわたしの頬を挟んでる」
ニーナは何も迷うことなく答えた。クラウナーは苦虫を噛んだような顔でニーナの頬を摘む。
「これは?」
「頬を摘まれてる」
「それで?」
「……ちょっと痛い」
「痛いのは誰?」
「わたし……あれ? 痛い……」
ニーナは頬を摘まれたまま何度か瞬きをし、急に子供がむずかるような声を上げて首を振った。
「なぁに? なんでほっぺたつねるのぉ?」
これは、ニーナの言葉だ。
ノワーレの安堵と共に、クラウナーがニーナの頬を離した。
「ごめんね。ニーナ、今なにが見える?」
「え? クラウナーの顔」
「……ならいいんだ」
クラウナーはニーナの頭を優しく撫でると、「眠かったのにごめんね、おやすみ」とノワーレの腕を引いて部屋を出た。扉が閉まる寸前に、ニーナの「おやすみ……?」という、素直な、やや戸惑ったような声が聞こえた。
クラウナーはノワーレの手を引いたまま早足で歩き、ノワーレは事情が分からぬままクラウナーの背を見つめた。何か、怒りを隠し、強いて冷静でいようとする抑えた気配を感じる。
「……クラウナー、そろそろ行き止まりだ」
ノワーレが言うと、クラウナーは今初めて前を見た、と言うように立ち止まった。ノワーレも立ち止まる。
「……説明できるか。なんだ、あれ」
「……なにかは、わからない。でも、僕も同じようになったことがある」
クラウナーは壁に目を向けたまま、低い声で、言葉を選びながら話し始めた。
「僕は……十三歳まで、自分で前を見たことがなかった。体を動かすことはできたけど、自分の体が自分のものだって知らなかったんだ。僕の体は女神様のもので……僕にも自分の意思があるんだってこと、知らなくて……僕は、いつも、自分の少し上から自分を見てた」
ノワーレは、クラウナーに手を握られたまま聞いた。手を離してはいけないと思った。クラウナーがニーナの頬に触れたのと同じように。
「そうしてると、自分の心がわからなくなるんだ。だって、僕は女神様のものだから、自分なんて最初からない。女神様が人類を救うための機能の一つにすぎない。僕が、自分にも自由な心があるって知ったのは……アルタノッドが来てくれたから。アルタノッドに誘われて、背中に乗って、雪の上を駆け抜けて……初めて僕は、空気が冷たいと思った。顔に当たる雪が痛いってわかった。誰かが、体にわからせないといけないんだ。心は女神様のものじゃなくて、自分の体の中にある、自分だけのものだって」
クラウナーは、ノワーレの手を握りしめたまま振り返った。意識して作ったであろう笑顔が痛々しく、ノワーレはかけるべき言葉を失う。
「ノワーレ、エヴァ様が言ったよね。友達になって欲しいって。たぶん、ノワーレなら、ニーナを取り戻せるって思ったんじゃないかな」
「……誰から?」
ノワーレが問うと、クラウナーは首を振った。
「……でも、ノワーレを指名したのは女神様だよ」
女神が、ニーナの心を奪うというのか?
ノワーレは言えず、しかし、否定もできずに歯噛みした。ニーナは女神の力を行使すると様子がおかしくなる。初めてではない。
出会った時は倒れた。海岸哨戒でも、女神の目で海辺を見た後に意識を失った。氷の槍を降らせた今日は、倒れこそしなかったが、あからさまに感情が失せた。
救世主とは、なんなのか。
心を無くしてまで、倒れてまで人類のために尽くす者を指すのか?
ニーナは、あんなに幼い少女なのに。
「……私に、あの子を導けと、女神様は言うんだな」
「そうだね」
「なら……、もう、あんな顔はさせない」
クラウナーはノワーレを見下ろして、優しく頷いた。
「僕も、一緒にいる。僕たちでニーナを守ろう」
ノワーレは、クラウナーの手を握りしめて頷いた。
導く者。それが何を意味するのであれ、女神が自分を指名したのなら、ノワーレが思うやり方でいいはずだ。
銀狼の血を引いていなくとも、偽りの姫騎士でも、ニーナを守るくらいはやってみせる。
………
mission11.5 完了
mission12へ




