四章第9話 あっという間の特訓の日々。
「やあっ!」
「踏み込みが浅いですよ。……っ!」
私の突きを小さく横にかわしたアゼル。ここしばらくの特訓でわかっていた。アゼルは私の攻撃を大きく避けはしない。
だから、どの程度の範囲に魔法を仕掛ければいいかわかる。
避けたアゼルの周りに私は氷の玉をいくつも飛ばした。手のひらに収まるような小さな氷の玉をいくつもいくつも、数優先で。このくらいの大きさなら量産できる。
「……っ!」
アゼルは槍で氷を叩き落としながら、大きく後ろに飛び退いた。
そして私と十分に距離を取ってから、すっと槍を下げた。
「……休憩にしましょう」
「ありがとうございました」
私は礼をしていったん槍を片付ける。
ひとつくらいは当たるかと思ったけど、すべてかわされてしまったようだ。一瞬は焦った顔を見せたアゼルも、今は涼しい顔をしている。
アゼルとの特訓を始めた当初は、魔力のないアゼル相手に魔法を使うのは抵抗があった。
学園で成績を上げたいだけだから。身を守れればいいから。これは単なる特訓だから。
そんな考えから魔法を使っていなかった。
それではいざというときに何も出来ない。
私は、魔法も槍も未熟だ。先日、鷹の魔物が現れたときにそう実感した。
私の行動はアゼルに失礼だった。
四英雄の血を引いているアゼルは、戦闘能力は高い。相当な槍の使い手だ。だからナンナ侯爵夫人も私に紹介している。彼は魔法が使えなくても、魔物と戦える。
魔物と戦えない、特訓される側の私が、彼に対して魔法を使わないなんて、驕りだし、いらない遠慮だった。
そう思い魔法を取り入れたけど、だからといって急にレベルが上がるわけでもない。先ほどもうまく魔法で虚をついたと思ったのに、軽くあしらわれてしまった。
もう今日で特訓の日々も終わるというのに。あっという間だったなぁ。
「リンダ様、腕を上げましたね」
「え?」
アゼルは少し微笑んでいた。
腕を上げた? どこが? と首を傾げる私に、アゼルは自分の左腕を見せた。服には氷が張りついている。
急に服が凍るわけがない。私の氷だ。
当たっていたのか。
「す……、すごい、当たったのですね」
一瞬謝りそうになった。違う、これは稽古だ。特訓をつけてくれた相手に謝るのは失礼だ。
「先ほどの攻撃はよかったです。この通り命中していますし、氷がとがっていたらそれなりの怪我をしたでしょう。丸くしたのは、わざとですか?」
「それは……はい」
鷹の魔物相手の時のように、氷を矢のように尖らせなかった。
わざとだった。
訓練だから、人に怪我をさせたくはない。私がアゼルに怪我をさせられるとも思えないけど、だからといって無遠慮に攻撃することも出来なかった。
「リンダ様は、戦いには向いていないのかもしれないですね」
「そう……ですよね」
服についた氷のかけらを手に取って、優しく地面に落としながら、アゼルは言う。
非戦闘要員の私だ。前世でだって戦闘なんてしたことがない。能力的にも精神的にも、戦いに向いてないのは納得がいく。
それはもう仕方ないのだ。実際私は、戦闘に参加しないのだから。
「それでも、二年の実技の成績は上がりそうです」
私はそう言ってにっこりと微笑み、お茶を飲んだ。
闇色の竜と戦わない、戦闘が激化したころにはいなくなる私は、それでいいんだ。
「もうすぐ、四百年目ですね」
アゼルの急な発言に、一瞬、背筋に寒気が走った。
闇色の竜の封印の限界といわれる、四百年。
そのときが迫っている。
私たちが、アルベルトが二年生になって、中期になるころに闇色の竜は復活するだろう。
「そうですね、四百年目ですね……」
「やはりリンダ様も知っているのですね、デュラン様から聞きましたか?」
「あ、ええと、知ってはいます」
封印の限界年数を、私はゲームで知っている。
この国の民の混乱を招かないように、明確な年数は公にされていない。四百年よりずっと前に闇色の竜が復活するときもあるし。
だけど四百年以上封印が持ったことはない。
四英雄家なら代々それを聞いているのだろう。戦いへの備えのために。デュランも、パーム家に生まれたアゼルも知っているのだろう。
「怖いと思いませんか?」
アゼルは静かな口調で聞いてくる。
もともと四英雄の家に生まれているから、そのときに対する心構えは、アルベルトたちと同様にあるのだろう。
怖くはない。闇色の竜の封印が解けること自体は。
私が何を怖がっているか、アゼルには理解できないだろう。
闇色の竜の封印を解くための生贄になって、リンダ・バーチは命を落とす。私は聖具で命を奪われるはずだ。このゲームの主人公のアルベルトの手によって。
「怖い……そうですね、それより、もう受け入れるしかないと思っています」
「……闇色の竜を、ですか?」
「え?」
闇色の竜を受け入れる?
どういうこと? と疑問に思いながらアゼルを見ると、穏やかな微笑みを浮かべている。冗談やからかいではなさそうだった。純粋さすら感じる。
闇色の竜を受け入れる?
「それは……どういうことでしょう?」
「リンダ様、お伺いしてもよろしいでしょうか?」
「はい? なんでしょう」
質問したら質問で返された。しかもアゼルは少し改まった口調だった。私は少しだけ身構えた。
「デュラン様を想っていらっしゃるのですか?」
「はい?」
急に言われて声が裏返った。なんだ急に。アゼルはそういったことは気にしなさそうなのに。
よっぽど次期当主に冷たい女に見えたのだろうか。なんで今?
「あの、私、その、デュラン様に興味がないように見えます……?」
「いえ……。お休みの間にわざわざマグノリア家にいらっしゃるわりには、デュラン様の話題が出ることがほとんどないなとは思っていましたが」
「見えるんですね? 興味がないように?」
アゼルは目をそらして、その……と言いよどんだ。つまりは肯定だ。デュランに興味がないように見える、に対しての。
……もともと、恋愛どころじゃなかったのだと思う。
私が多少疎いのと、若干ドライなのは自覚している。それでも、デュランが自分を想ってくれていることはわかっている。
だけど、私は生贄になるから、途中で退場するから、それなのにデュランを想っていいのだろうか。気持ちに応えていいのだろうか。
私が生贄になったら、デュランはその後どうするのだろう。亡き人を想って生涯ひとり身で過ごす、なんて、四英雄の血を引くものには許されていないだろう。
デュランには私じゃない方がいい。非戦闘キャラクターでアルベルトの恋愛支援キャラクターで、闇色の竜の生贄になる途中退場の私じゃない方が、きっと良い。
頭の中でそう考えていると、どうしても気が沈んでしまう。
「私ではふさわしくない、そう思ってしまうのでしょうね」
「ふさわしくない? リンダ様ほどの人がですか?」
「私ほど? いえほら、四英雄家でもないですし。勉強はできても、女の身でそれが役に立つわけでもないですし。オリビア様やクローディア様のように、特別な力があるわけでもないですし」
最近はこんな風に無力感に苛まれることが多いな。
そんなふうにぼんやり考えていると、ふと、アゼルの目線が気になった。
憐れむような、嘆くような、同情するような、かわいそうなものを見るような目。
少し、その目に苛つきを覚えた。
このままだと自分はアゼルに怒って、怒鳴り散らしてしまう。なんだか今、自分は冷静じゃない。
自分の心がざわめいているのを感じて、それに目をそらして、お茶を飲んだ。
「あなたには、もっとふさわしい居場所があるかもしれませんね……」
はいもいいえも言わなかった。アゼルの言葉がやたらと頭に響いた。
なんだろう。なんだかずっと落ち着かない。
「……リンダ様。明日にはバーチ領に戻られるのでしたっけ?」
アゼルが話題を変えた。答えられる質問だった。
「……はい、その予定です」
「明後日にはデュラン様が戻ってくる予定ですが、会って行かれないのですか?」
「学園でまた会えますし」
また私とデュランのことに何か言いたいのだろうか。
デュランだって私がいるとは思ってないだろうから、ただ気を使わせずに去ろうと思っているだけなのに。
それに会えばどんな特訓をしたのか、闇色の竜の新しい情報はあるのか、魔物の動きはどうなのか、そんなことばかりが気になってしまう。
脇役で生贄の私が聞いたって仕方ないのに。
気にしても仕方ないことは忘れて。それより帰って学園に戻る準備をして、帰り道だって安全だけどそれなりに長いし。
……安全、だよね?
ふと思い出した。そういえば、疑問だった。
「そういえば、気になっていたのですけど、マグノリア領では魔物が活発になっているのでしょうか?」
「……どういうことですか?」
「先日の鷹の魔物がどこから来たのか、少し気になっていまして。このあたりに魔物が出るようになったのか……と……」
私の言葉にアゼルは表情を変えていった。その様子に思わず言葉が途切れてしまった。
光をなくしたような目。
うつろなようで、睨んでいるようで、鋭いわけでもないのに、怖い。心ここにあらずのような、生気のない目。
「リンダ様は、魔物が怖いですか?」
「アゼル様……?」
「戦うなんてやめて、魔物と共存すれば良い。そう思ったことはありませんか?」
つぶやくような囁くような抑揚のない低い声。
目はどこも見ていないようで、私を見ていた。
この間の、鷹の魔物が出た時もこんな様子だった気がする。
どこかいつもの彼じゃない。さっきまでのアゼルじゃない。時々人が変わったようなこの様子は、なんなのだろう。
怖い。
槍の稽古中だから、ここには私とアゼルしかいない。どうしよう。マグノリア家の敷地内だから助けを。いやでも、助けを呼ぶようなことがあったわけじゃない。彼は普通に話しているだけだ。いや、普通ではない。
どうしよう。
「闇色の竜を受け入れる気はないのですか……?」
「アゼル様?」
闇色の竜を受け入れる?
怖い。どうしよう。誰か。
「リンダ!」
その時、私の耳に届いたのは、私の名を呼ぶデュランの声だった。




