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四章第18話 どんな特訓だったんですか。

「私は結局、どこか実感がなかったんです。自分が生贄になることが他人事みたいに思えて。話すことで認めたくなかったんです。それに、自分が助かるために必死になることは、他の誰かを必死で犠牲にすることのように思えて。それで何となくみんなに話せないまま、デュラン様……デュランにはいろいろ負担をかけてしまって、ごめんなさい」

「いや……なんとなく、そうだろうとは思っていたから」

「そう……とは……?」

「誰かが犠牲になるなら自分でいいと思ってるんだろうな、って」


 デュランが目を伏せて手で顔を覆い隠したのを見て、申し訳なさが強くなった。


 前世で一回亡くなってるし。

 どうせモブだし。脇役だし。

 どこか諦めていたのがデュランには伝わっていたんだろう。


「……俺もどんなに仕方ないことだとしても、リンダじゃなかったとしても、生贄を手にかけたくない」


 顔を覆っていた手を外し、少し遠くを眺めるような目線でデュランはつぶやく。

 前世で生贄を手に掛けた記憶か、私に対する気持ちか、その両方か、もっとほかの何かなのかわからないけど、デュランの本心の言葉なのだろう。


 少しの沈黙が訪れたそのとき、トントンと扉をたたく音がした。

 手慣れた小気味よいノックはマグノリア家のメイドだろうが、次期当主のデュランとその婚約者の私が二人でいるときにノックするだけの何かがあったのだろう。

 デュランが扉の外に用件をたずねた。


「リンダ様はいらっしゃるでしょうか。マリーローズ様が、リンダ様にお話があるそうで、こちらにいらっしゃるのですが」


 私とデュランはお互いに顔を見合わせて、うなずき合った。

 デュランが扉の外のメイドにマリーローズの入室を許可した。


 入ってきたマリーローズは少し目線を落として、落ち込んだように見えた。

 マリーローズが室内に入ると扉は閉まり、ティールームは三人の空間になった。


 最初に口を開いたのはデュランだった。


「リンダに話が、とのことですが、自分も同席してかまわないでしょうか」

「もちろんです。ここはあなたの家ですし……それに、デュラン様は、リンダの前世の記憶のことをご存じなのですよね?」


 デュランは私をちらりと見てから、こくりとうなずいた。私もマリーローズにうなずき返す。

 マリーローズは私を見て問いかける。


「デュラン様以外のみんなにも、前世の記憶のことを話したの?」

「はい、今日、さきほど」

「なんて言ったの?」

「とりあえず座ってください。私もデュラン様も座れませんから」


 そう伝えるとマリーローズは素直に席につく。目線は下げたままだった。仕事でミスして怒られたときの後輩みたいだなと思った。

 とりあえずは、いつも彼女と話しているときの調子で話そうとマリーローズの隣の席に着いた。デュランも私の隣の椅子に腰掛ける。


「なんて言ったかですよね。前世で私はここと違う世界で暮らしていて、そこで読んだ物語がこの世界とよく似ている、と伝えました」

「……それでみんなはなんて……?」

「最初は驚きとか、信じられないみたいな感じでした。ただ今までの私の行動で思い当たることもあったらしく」

「信じてくれたの?」

「そうですね……」


 マリーローズは私を、どこか不満そうに見た。

 何に対する不満だろう? そう思ったとき、デュランが会話に参加した。


「リンダのことはみんな信じていますから。今まで過ごした中で、もう信頼関係ができている」


 言われたマリーローズはふっと下を向いた。

 それを見てデュランはさらに言葉を続ける。


「どうしてあんな無茶ばかり言ってきたんですか」


 座っているマリーローズの手がきゅっと握りしめられた。

 ……あんな無茶?


「あの、すみません、何かあったんですか? 特訓のときの話ですか?」


 マリーローズが私に目線を向けた。

 目元は少し潤んでいるようだった。


「私ね、どうすればみんなが強くなるかわかっているの。だからそれに近い状況を作り出して、ひたすらそれを繰り返した。強くなって欲しかっただけなの、でもみんな不満そうで」

「えっと……?」

「心がありますからね、自分たちにも」


 感情的で今にも泣きそうなマリーローズとどこか冷めたような責めるようなデュラン。

 その二人に挟まれた私。


「……どんな特訓だったんですか?」


 そうたずねると、ようやく特訓の内容を聞くことができた。


 マリーローズからの話もデュランからの補足も一致していて、とにかく厳しい特訓だった。

 そして、なんだかひどく機械的だった。


 内容自体は至極単純で、魔物の湧いてくるところでひたすら魔物を倒し続ける。それだけだった。


 戦えば当然、体力も魔力も消耗する。それを無理やり回復させる。回復のために、武器や魔導書の修理屋も同行していたし、回復アイテムも用意してあった。


 魔物を倒して、武器や魔導書が消耗したら修理して、怪我をしたら治癒をして、魔力が減ったらアイテムで回復して、また魔物を倒して……。

 ただそれを繰り返した。


 前世でこのゲームをやりこんでいる彼女は、レベル上げの方法を熟知している。

 それを忠実に再現したらしい。効率厨さながらに。


 ただゲームと違って、特訓される側にも心も考えもあって、途中で疑問も出たそうだ。

 本当にこのやり方でいいのか。

 当然の疑問だった。


「カイルが怒り出すのも無理はなかった」

「カイル様が? なんと?」

「戦いもしない、高みの見物をしている王女様に何がわかる。と」


 そう言うデュランも少し怒っているようだった。同じ気持ちだったのだろう。


「それで、マリーローズ様はなんて?」


 私の疑問に答えたのは本人ではなく、デュランだった。


「私は、あなたたちの運命くらい知っています。予知夢、夢で未来を見ているのですから、と」

「ああ、それで予知夢……。え、それでカイル様は?」

「寝言は寝ていえ、俺たちは現実を見ているんだ。闇色の竜と戦わないといけないんだ。それを自分の夢に勝手に巻き込むな、と……」


 カイルにしてはだいぶ苛立ちが感じられる。

 普段なら、不敬にもならないようにもう少し言葉を選ぶだろうに。相当怒っていたのだろうか。


 デュランは話を盛らないだろうし、マリーローズのうつむいた様子を見ても、どうやらこの話は全部、真実らしい。


 マリーローズはずっとしょげているようだった。

 カイルが多少不敬なことに怒った様子も無い。

 まぁ、マリーローズは前世の記憶のせいか根っからの王族気質じゃないし、四英雄家を失うわけにはいかないから不敬だから処罰しようとかは思っていないだろうけど。


 にしても……。

 このゲームをやり込んでいて攻略知識は抜群にあるけど、前世は病気で入院してばかり、この世界では王族として生まれ、普通に対等な相手と接する機会が少なく、ちょうどいい物言いが出来なかったマリーローズ。


 この世界にただ次期四英雄として生まれて、闇色の竜と戦う運命を背負わされて、それに応えるために力を、特に知識を身につけてきたカイル。


 相性は悪そうではある。


 次期四英雄の誇りとか重圧とか、そういったものを理解するのも尊重するのも、マリーには難しかったのだろう。


「……それで、それからどうしたのですか?」

「このまま特訓を続けるのは良くない、距離を置いた方が良い。少し早めに切り上げようとクリスが提案したんだ」

「あ、それで早くお帰りになったのですね……」


 確かに、予定より早く特訓から帰ってきたけど、そういうことだったのか。


 それでも闇色の竜と戦うという共通目的のためにとりあえず手を組もう、とはならなかったわけだ。

 マリーローズはともかく、カイルならそうなりそうなのに。


 ……カイルならそうなるよね?


 何か引っかかる。

 カイルは相手を論破することはあっても、感情的に怒る人ではないはずだ。私の知っているカイルは、むやみに怒りを振りかざす人ではない。


「その、カイル様がそこまで言うのは意外ですよね……?」


 私はそう言ってチラリとデュランの方を見た。

 デュランはその言葉に、小さくうなずきを返して、ふと考え込むように口元に手を当てた。


「私、普段怒らないような人を怒らせるほどのこと、したのかな……」


 マリーローズが元気のない声でそういうと、デュランが口を開いた。

 何かを思い出しながらしゃべるような、ささやき混じりの声だった。


「……今思い出すと、らしくないくらい苛立っていたように思います。カイルだけではなく、全員が」

「全員? デュラン様もでしょうか?」

「そうだな……俺もあのときは、何かがずっと気に入らないような、そんな感覚があった」

「えっと、全員、疲れが溜まっていたのですかね? 特訓が過酷で」


 デュランは少し遠くを見るような目線で、記憶を探るように言葉を返した。


「いや、アルベルトとクローディア嬢は、いつも通りに見えた」


 アルベルトとクローディア。

 その組み合わせに引っかかるものがあった。


「闇の魔力……」


 思わず呟いた。その私のつぶやきにデュランが小さく首を傾げて私を見る。

 マリーローズも私の方に目を向けた。


「闇の魔力?」

「あ、その……思いついただけで」

「何を思いついたの?」


 デュランの質問に、私は、まとまってないのですけど、と前置きをして話す。


「私のこのあざから、アルベルト様とクローディア様だけが闇の魔力を感じていましたよね。それがお二人には光の魔力の血が流れているからではないかと話しましたよね。だから闇の魔力を感じ取れるのでは、と」


 デュランは私の言葉にゆっくりとうなずく。

 マリーローズはその話のときにいなかったこともあってか、私とデュランの顔を交互に見て、うなずくことも首を傾げることもしなかった。


「その、光の魔力を持っているお二人には闇の魔力に対する耐性があるのではないでしょうか? 私、アゼル様とお話ししていたときに、なんだか落ち着かないというか、すごく自分が不安定になるというか、度々そんな感覚があったんです。今思えばアゼル様も、基本は優しくて穏やかなのに、時折驚くくらいに冷たい目をされることがありました。人が変わったみたいに」

「人が変わった……あのときのカイルもそうだったな」


 デュランは思い出すように少し遠い目をした。

 マリーローズはそのときのことを思い出したのか、少し悲しそうに目線を落とした。

 私は言葉を続けた。


「もしかして闇の魔力は、精神魔法というか、人の心に影響を及ぼすのではないでしょうか」

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