トレイア・アンダーグラウンド?(5の1)
「……あの。カナトさん……大丈夫ですか?」
へたり込んでいた私を心配そうに覗き込むと、男の子が言う。
「う、うん……大丈夫。助けてくれて、ありがとう」
「……それにしても。本当にすごいです……っ! とっても、お強いんですね」へたり込んだままのに私に、男の子は尊敬を滲ませたようなキラキラとした瞳を向けて呟いた。
「そ、そうかな。ありがとう」照れ笑いを浮かべて返事をする。
――その昔、私がクロニクルへとはまり込んでいた一時期のこと。
PvPでの勝率を上げるため、演習用のNPCを相手に、矢を避けたり剣を弾いたりをする練習を毎晩毎晩、必死に繰り返していたことがあって……、ゲームを引退した後は、なんであんなことに時間を費やしていたんだろう? ――なんて、後悔したりもしたのだけど。
そういった長年の経験やプレイヤー相手の実戦を繰り返して磨いた技は、しばらくのブランクを経た今も一応、身についているみたい。
私が昔、本当にやり込んでいた時期と比べると、それでも大分腕が鈍った気もするけどね。
「立てますか?」
まだ、少しぼうっとしてしまっている私に手を差し伸べてくれる男の子。その手を取って立ち上がると……もう一度、お礼を言い直してから、改めて私を助けてくれた男の子――ユウくんを眺めてみる。
その背は私よりもちょっと低くて、顔立ちや佇まいからは何処となく、2つか3つ下の中学生らしい雰囲気が漂っている。年齢のせいもあるだろうけれど、その顔立ちは中性的で、髪型を変えたら女の子にも見えてしまいそうな感じ。
それにしても、しっかりした子だなー。……私が中学生の時なんて、もっとぼんやりとしてたのに。
と、その時。……びゅう――! と強い風が吹いて、ばたばたと暴れた髪と風を孕んで捲れかけたフードを抑える。
……と、危ない。ネームプレートを見られないように、気をつけないとね……。
「あ、あの。僕、ユウっていいます。このゲーム……イルファリア・リバースは、最近始めたばかりです。……職業は〈シアー〉。ドルイドを目指しています」少し照れくさそうに視線を落としたままに、自己紹介をするユウくん。
「まだ、初心者ですが……よろしくお願いしますっ」
ドルイドは『森の司祭』といったような魔法職で、大自然の中での原始的な暮らしを好み、森や自然の神々を崇拝し、木々や動物、自然に関係するようなスキルや魔法を使うことが出来る。
「あ、うん。こちらこそ――私はカナトと言います。良かったら、これからもよろしくね」私も、簡単に自己紹介を返す。
「さっきは、その……ごめんなさい。友達だなんて、馴れ馴れしいことを言ってしまって」わたわたとした様子で、矢継ぎ早に言葉を続けるユウくん。
「走っていくカナトさんの後ろ姿を見て、まさか、と思ったんです。……それで……すぐに追いかけたんですけど、見失ってしまって。その……すぐに助けに入れず、ごめんなさい」
「――と、いうか。それで、あのう。…………僕のこと、覚えてますか?」
「うん。もちろん――ハトタ……じゃなくて。鳩を回復してくれて、ありがとう」
声音やその獣の耳、魔法使いのローブで薄っすらと勘付いてはいたけれど。……ユウくんは、あの時ハトタに回復魔法を使ってくれた男の子だ。
「良かった……っ。覚えていてくださったんですね」そう言うと、深く安堵をしたみたいな大きなため息を吐いて、嬉しそうに笑った。
それから、私達はお互いにフレンド登録を済ませた後で、帰り道がわからない――と相談をしてみた所、ここから最寄りの広場まで送ってもらえる事になった。
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「それにしても……名の知れた『ウィンドクレスト』に、あんな無法な奴らまで所属していたなんて。……正直言って、がっかりしました」隣を歩くユウくんが、落胆した様子で呟く。
「ウィンドクレスト?」
「〈ウィンドクレスト・レギオン〉――さっきの人達が所属していたギルドの名前です。……僕、加入するギルドを探してて。ウィンドクレストはクロニクルの時代から続くれっきとした攻略ギルドらしくて、中でも筆頭の候補にしていた一つだったんですが……」そう言うと、ため息をつく。
……なるほど。攻略ギルドだったんだね。レベルも高かったし……どうりで強いわけだ。
「まあ、ともあれカナトさんが無事で良かったです。…………けれど、気をつけてくださいね。特にここ数日は、アイテム狙いの強盗や、愉快的にPKをして回っている連中が増えているそうです」
「うん。……気をつけるよ。ありがとう」
「もう、知っているかも知れませんが……今日なんかは、あの中央広場にもPKが現れたそうなんです」
「――……えっ、……そ、……そうなんだー……」
どことなく雲行きの怪しいその話題の行く先に、思わず口ごもる私。
「はい。……あの、いつだってとんでもない数の人々で賑わっている中央広場で、です。……信じられますか?」ユウくんは怒りを滲ませた様子で、鼻をふくらませて言う。
「それも、白昼堂々――さっきの奴らとはまた別の、赤ネームのPKだったそうです。……聞いた話では、そいつが広場で大暴れをして、衛兵相手に乱闘をした挙げ句、逃げおおせてしまったとか」
「へ、……へー……っ」
……私のことじゃない、よね?
……うん。絶対違うよね。大暴れ、なんてしてないし……。
「広場では、何名かの死者も出たそうです。……あろうことかPK側に汲みした挙げ句に衛兵に捕らえられた冒険者もいるのだとか」
「……ソ、ソウナンダ……」
死者、って何! ……私、何もしてないよ?!
「……本当に、許せないですよ。折角、皆でゲームを楽しんでいるのに、水を指すような真似をして、弱い者いじめをして」地面を睨むようにして呟く。
「……卑劣です!」
「…………え、えっと……。でも、なにか理由があったのかも知れないし。……PKが、一概に全て悪いPKとは、限らないかも、知れないし……?」ぐさり、とユウくんの言葉が刺さるあまりに、思わず妙なことを口走ってしまう私。
ユウくんはそんな私を見て、ぷっ、と小さく吹き出した後で、笑いながらに言う。
「――カナトさんは、優しいんですね」
「そ、そんなこと、ナイヨー……」あはは、と取り繕って笑う私。
…………不味い。
この話題を引き摺ると、うっかりと墓穴を掘りかねない……! そう思った私は、すこし強引に話題を変えることにした。
「――そ、そういえば。さっき、『まだログアウト出来ない』って言ってたけど。何か用事でもあるの? ……もう、夜も遅いのに」
「あ、はい。……実は僕、ちょっとしたクエストの途中なんです」
「え、そうなの?」
思わず、私が聞き返すと……ユウくんは、少し長くなりますが――と前置きをした後で、なにやら話を始めた。
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あれは僕が、トレイアの港の方の通りを歩いていた時でした。ゲーム内では昼下がりでしたが、リアル時間で2時間ほど前――夜の11時くらい、だったでしょうか。……明日も学校なので、そろそろログアウトをしなくちゃと思っていたんです。そんな時に……、
「ねえ、君。これくらいの男の子を見なかった?」
……そんなふうに、見知らぬ女の人に話しかけられました。
と、言っても――僕だけに、というわけではなく、様々な通行人の方々に声を掛けていました。……そうですね、雰囲気的には、繁華街などでティッシュやチラシを配っている方に似ているかも知れません。
殆どの方が、単に取り合わないか、ジェスチャーのみを返して歩き去っていました。――僕も同じように、単に『いいえ』と答えてそのまま歩き去ったんです。……でも……
女の人は、なんだか、懸命に笑顔を作っている、と言った様子で……憔悴している、というか、疲れ果てている――そんな様子でした。
その雰囲気で、すぐにNPCだとは気付きましたが――……それでも、少し気になってしまって。足を止めて、来た道を引き返して話を聞いてみたんです。
その人に曰く、猫を探しに行くと言って家を出た男の子が帰ってこない、そうなんです。
男の子の名前はヴァルター君。僕よりも“2つ3つ下くらい”だと言う事でした。
……けれど、おかしいな、とも思いました。だって、ゲーム内の時間的にはまだ午後の4時位だったんです。空も明るくて……しかも、今は真夏ですよね。夕方の6時でも十分に明るいくらいじゃないですか。
僕はそのままに女の人に言いました。そんなに心配するほどのことじゃないですよ、って。
そうしたら、その人……突然に、ぼろぼろと泣き出してしまって。
それから、よくよく話を聞いてみてわかったんですが……
ヴァルター君は、既に丸二日に渡って行方不明、なのだそうです。
女の人の名前はミレーナさん。ヴァルター君のお母さんで、お父さんは漁に出ていてしばらく戻らないのだそうです。衛兵にも真面目に取り合ってもらえず、冒険者に依頼できるほどのお金も持ち合わせておらずで、困り果てていたとの事でした。
……そんな時です。僕がミレーナさんに話を聞いていたタイミングで、突然に街中の警戒の鐘が鳴り響く騒ぎが起きました。
さっきもお話しましたが、例の広場のPKです。広場に凶悪犯が出た――! そう言って、何人もの衛兵が通りを走って行ったんです。
それを見ていたミレーナさんは、『襲われたのが、まさか、ヴァルだったのなら』……そう言って咽ぶようにして泣き崩れてしまいました。
それで、僕はとにかく安心をさせなきゃ、と思って……。広場での出来事だそうですから、関係無いですよ、僕も男の子を探す手伝いをしますよ、と、そう言ったんです。
……そうしたら、ぴこんとクエスト受諾の音が響いて。ええと……『迷子探し』というクエストが、僕のジャーナル――つまり、受諾しているクエストのリスト内に書き加えられました。
ただ、問題が一つあって。……このクエストは、その文字が金色のEXクエストだったんです。
それで、少し心配になってきてしまって。……僕はログアウトをやめて、少しクエストを進めてみることにしました。
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「――えっと……ごめんね。金色のいーえっくすクエスト、って?」
思わず、ユウくんの話を遮って口を挟む。
と、いうのも……私が同じようにクエスト・ジャーナルを開いてみても、そこに並んでいるのは白い文字のみ。それ以外の色で書かれているクエストは何一つ見受けられないのだけど……。




