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裏吉原あやかし語り  作者: 石田空


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柿の匂いを探索す

 先生はさらさらと和紙に自身の徳を墨汁代わりに魔方陣を描きはじめると、それを折り畳んだ。折り鶴にすると、それを裏吉原各地に飛ばす。


「裏吉原の四方を探して、少しずつ捜索の規模を狭めていくしかないだろうね。どのみち、神に見つからぬよう、死神の目をかいくぐれるようだったら、余計に逃げ場所は限られてくるから」


 一方、不明門あけずくんは、帷子かたびらさんが残した遊女さんの着物の匂いを嗅いでいた。化け狐も犬の一種だ。どうも鼻が利くらしい。


「……うーん、このひと、かなり徳を積むのが下手くそというか……いろいろ言われて積んだ徳をすぐ崩してたんじゃねえの?」

「匂いでそんなことがわかるの?」

「そりゃな。売れっ子だったらそこそこいいもの食べてるのがわかるけど……このひとの着物、酒のにおいばっかりだ。おそらくは酌をずっと続けてたし、売れっ子の部屋持ちみたいにごちそうをおごってももらってない。その上、朝餉の匂いだけはするから、相当無理をしていた」


 それに私は絶句する。

 ちなみに夜を共にした客に遊女が朝餉をつくって一緒に食べ、それから客を送り出すというのはよくある話だった。朝餉と言っても、ほとんどお粥みたいなものだし、夜に来た客のためのものをご相伴に預かるだけだから、大した量は食べられない。

 夜までは遊女もよっぽどの売れっ子でない限りは時間が空いているのだから、屋台に食べに行くことだってできるはずだが、それすらできないということは、この遊女さんは屋台に出るだけの徳がないということになる。

 でもそれだけ無理して働いていたのに、どうして徳が積まれず死神たちに捜索されてるんだろう。

 彼女の安否を心配している中、先生は冷静だ。


「……この子も可哀想に。厄介なのに惚れたね」

「先生、これだけでわかるんですか?」

「表でだってなかったかい? 寝る間も惜しんで働いているのに貯金が全くない遊女っていうのは、理由はひとつしかない」


 それには心当たりがあり、私は自然と口が重くなる。

 不明門あけずくんだけが「なにそれ?」と金色の髪を狐の耳のようにぴょこぴょこと揺らすけれど、これを口にしていいかが憚られた。

 先生もそれをわかっているんだろう。話を変えるように「それじゃあ」と口を開いた。


「裏吉原では神の目が届かない場所が三カ所ある。そこを手分けして探すよ。連絡はあたしが鶴を寄越すから。なにかあったらお前さんたちも鶴を飛ばしな」

「は、はい……っ」

「おう」


 こうして私たちは三カ所を手分けして探すこととなったのだ。


****


 裏吉原には三カ所、神すら立入禁止の場所が存在する。

 湯屋、社、見返り柳周辺だ。

 見返り柳の周辺は、裏吉原に住まう人々のための茶屋や蕎麦屋が立ち並ぶ場所で、神と一緒にひと息つくことができないという苦情のせいで、神はこの付近を通るのを止めたらしい。神は基本的に、裏吉原を区切る川から舟に乗ってやってくるので、歩いて裏吉原に来ることが滅多にないのだとか。

 社は、おそらくは元々吉原を見ながら見様見真似で裏吉原をつくったという名残だろう。元々吉原には神社が存在していたし、その神社には吉原で死んだ無縁仏たちが弔われていた。しかしここをつくった神がわざわざ女を死なせる訳がなく、当然ながら無縁仏も神もいないのだから、寺とも神社とも呼べない。しかし裏吉原の資本となっている遊女たちが唯一ひとりで物思いに耽ることができる場所として、社と名を削って存在している。

 そして湯屋。この湯屋は裏吉原でほぼ唯一の湯屋であり、中は大変に込み入ったことになっている。何分、裏吉原の長屋暮らしのひとも、大通りの店の人々も、遊女たちも使うため、その風呂の数の多さ、広さはすごい。

 先生と不明門あけずくんは社と見返り柳周辺を探しに行ってくれているため、当然ながら私が湯屋の中に入って探すこととなった。

 私が「失礼します」と声をかけて湯屋に入ったら、当然ながら女中に止められた。


「申し訳ございません。まだ開店しておりませぬ」

「す、すみません。万屋です。ちょっと人捜しをしておりまして……」

「あら。万屋さん?」


 元々先生みたいに魔女を名乗る男性は珍しいなんてもんじゃなく、先生の様々な魔法はもちろんのこと、厄介事解決で生計を立てている万屋を知っている人が多いということなんだろう。

 私はきょろきょろと辺りを見回した。

 湯屋は一階は湯屋として、様々な風呂に入れる場所になっている。泊まる客や宴会客は二階。他の宿屋や料亭は皆神専用になっている中、裏吉原在住のあやかしたちが宴会ができる場所なんてものはここくらいしかない。

 もし客として逃げ込んでいるとしたら、二階以降に上がらないと探し出せない。でも今、死神からの取り立てで遊女が恋人と一緒に逃げているなんて教えたら、きっと大騒ぎになってしまうし、それは先生や帷子かたびらさんも望んでいることではないだろう。

 私はどうにか誤魔化す嘘を探し出した。


「……遊女の姐さんの飼い猫が逃げ込んだんで、探しているんです。ここに飛び込んだみたいで……一階は薬草湯の匂いで多分いないと思いますんで、二階以降を探してもかまいませんか?」


 さすがに言い訳が厳しいだろうか。私はそう気を揉んだものの、女中さんは考え込むようにして、床掃除をしていた雑巾に手を当て考え込んでいる。


「……そうですか、わかりました。お入りくださいまし。もし見つかりましたら、お声をかけてくださいね」

「ありがとうございます!」


 私は何度も何度も頭を下げてから、急いで探しはじめた。

 帯の中には、不明門あけずくんが用意してくれたお守りがある。彼の嗅覚をそのまんま共有できるもので、遊女さんの匂いを特定してくれるありがたいお守りだ。

 彼女の匂いをお守りを通して嗅いだとき、私は悲しい気持ちになった。

 頑張って働いても働いても、背負っている借金を返すことができず、むしろどんどんと積み重なって逃げづらくなる。そのせいでとうとう堀に身投げしてしまった姐さんたちは、ひとりふたりでなく見てきた。私は便利屋として扱き使われていたものの、細かく稼いだおかげで免れただけ。運が悪かったら私も彼女たちと同じようになっていた。

 彼女たちが裏吉原に流れ着いていないことを祈っている。

 お守りから嗅ぎ取った匂いが、彼女たちみたいな酒ばかり必死に飲み続けた、まともな食事がほとんど取れていないすえた匂い。熟れているのに渋過ぎて、いつまで立っても樹にしがみついている柿の匂いがした。

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