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11話

普通名を持たない魔族にさも当たり前のように名を聞いたユースティアナはなぜそんなにも驚かれるのかわからずにクロノスを見やる。

「クロ?」

「すまぬ。いや、前にも話したかもしれぬが魔族は普通名を持たない。」

笑いを何とか抑えつつ、余もそうだったであろう?と聞いてやる。

「ゆえにな、おぬしのようにさも当たり前といったように名を聞くのが面白かったのだ。」

しかしこれに驚いたのはサキュバスたちだ。

「え!魔王様ってば名前をいただいたんですか!!?」

「うらやましいわー。御名をお伺いしても?」

魔王に名づけを行う酔狂な人や亜人も、厚かましい魔族もこの世界にはいなかったためクロノスが“クロノス”という名をユースティアナにもらっていたことも驚くべき事実であり、憧憬の的であった。

「む、実はな、まだ山羊頭にも告げておらんのだ。おぬしらに告げるのはそのあとになろう。」

「あら、残念ですわ…。」

目に見えてしょんぼりとするサキュバスたち。魔族にとって名を名乗るというのは、名を授かる次に名誉なことなのだ。自分の一番大切なものをさらすのと同じ行為であり、自らの仕える主からこの名を告げられるのは信頼の証でもある。クロノスにとって山羊頭とは自分の思想を支えてくれた一番大切な部下であるので、ユースティアナからもらった名を一番初めに告げるのなら山羊頭にしようとひそかに決めていた。

「クロ、山羊さんも、名前、ないの…?」

ユースティアナが服をくんっと引っ張り聞いてくる。

「む?そうだな。この城に居る者は余を除いてみな名は持っておらぬ。」

「……あの、ね。名前をもらえるの、うれしい、の?」

恐る恐る何かを思案するようにクロノスとサキュバスに尋ねる。

「そりゃそうだよ!名前はさ、主からもらえれば忠臣の証にもなるからね!ずっと俺に仕えろ、って言ってるようなものだからね!」

「まれに、人間や亜人と恋仲になる魔族はその恋人から生涯変わらぬ愛をこめ名を送られるそうですよ。」

嬉しそうにうっとりとした表情でそう答えるサキュバスたち。

「余は、ずっとほかの者の上に立ってきたからな。生涯名をつけてもらえることはかなわぬと思っておったのだ。ずっと望んでも誰も与えてくれぬそれをユースティアナが余にくれたのだ。うれしくないわけがないであろう。」

とけるような笑みを浮かべたクロノスがユースティアナの髪をやさしく梳いてやる。

「じゃあ、ね…。私が、みんなに名前、あげたらよろこ、ぶ?」

「まあ!!!本当ですかユースティアナ様!」

恥ずかしそうに、うかがうように小さくそうつぶやいたユースティアナにサキュバスたちが色めき立つ。

「あ、わ、私も!!私もユースティアナ様に名前いただきたい!!!」

「よ、よろしければ私にもいただけますでしょうか!?」

きゃいきゃいと嬉しそうに騒ぐサキュバスたちを見て、そこまで喜ばれると思っていなかったユースティアナは目を丸くする。

「…おぬしが、サキュバスたちに名をつけるのなら、余もひとり名をつけてみたいものがいる。」

いっそのこと名づけ大会でもするか、と冗談半分に言ったクロノスの言葉はサキュバスたちによって瞬く間に城内隅々まで広まり、その日のうちにパーティー開催に向けての準備が始まったのだ。


その日の夜、ユースティアナを風呂に入れてやりクロノスの寝室で休んでいると扉をノックする音がした。

うとうとと瞼をこするユースティアナの背中をたたいて、より一層深い眠りに誘ってやり、ノックの主に入室を許可する。

「山羊頭か。どうした。」

入ってきたのは山羊頭で、いつもすぎるほどに周りに気を配る山羊頭がユースティアナが眠りに落ちる前にクロノスを訪ねてきたことに驚く。

「………今日、サキュバスたちが魔王様が近々名づけのパーティーを開くと聞きました。」

どこかいつもより低い声でしゃべる山羊頭。

「む、もう噂になっておるのか…。正確には余ではなくユースティアナが城内の者全員に名づけを行うらしい。ユースティアナからのささやかな贈り物だ。」

「…………。でしたら、わたくしはそれを辞退させていただきたく存じます。」

どこか耐えるような声色の山羊頭を不審に思う。

「山羊頭よ、おぬしにしては珍しいな。理由わけを話せ。」

「黙秘いたします…。」

いつもは軽口をたたくものの従順な山羊頭にあるまじき返答に軽く目を見開く。

しかし、クロノスはすっと目を細め、

「ではならぬ。必ず会には出席せよ。おぬしへの名づけは一番最後、大トリなのだからな。わかったら下がれ、これは命令だ。」

「っ!!しつれい、いたします。」


おそらくひどい思い違いをしているのだろう山羊頭を無理やり下がらせる。

ユースティアナだとて、クロノスの右腕に名をつけるのを許すはずがない。

今までクロノスの理想のために身を粉にしつき従ってきた唯一の忠臣の名を、養女とはいえほかの者に名づけさせるわけがないのだ。今まで特に必要性を感じなかったが、自分自身名をもらって初めて、この喜びを山羊頭にも味わわせてやりたいと思ったのだ。

それを今言わぬのは普段自分に軽口をたたく忠臣へのほんのちょっとした意趣返し。それに言ってしまってはサプライズにならぬしな。

ほんの少し悪い顔をしてユースティアナの眠る寝台に自分の体を滑り込ませる。

暖かなユースティアナの体温を感じ、ああなんと幸せなのかと目をつむり眠りに落ちた。


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