12話
今日は待ちに待った名づけのパーティーが開かれる。城に居る者たちは、みな浮き足立っている。
山羊頭の宰相以外は。
山羊頭はあの日自分の主と話した日から大いに悩んでいた。まず、山羊頭は自らが主と認める魔王以外から名をもらう必要性を感じなかった。そもそも山羊頭という呼び名でさえ魔王につけてもらった愛着のある呼び名なのだ。それを、いくら魔王様の養女とはいえポッと出の人間に別の名をつけてもらうのは嫌なのだ。
もちろんユースティアナを嫌っているわけではない。どちらかというと好印象を抱いているが、それでもできることなら自分の忠誠は魔王様にのみささげたいと思っている。
「そういえば、魔王様はユースティアナ様から名をいただいたそうですよ。」
名付けの儀に向けて最終チェックをしている最中、紫のサキュバスがおもむろにそう告げてきた。
「なんと、魔王様はあの子供を養子ではなく伴侶に迎え入れられるおつもりか。」
恋人から永遠を誓う証として名を送られることもある生粋の魔族である山羊頭はわずかに眉をひそめる。
「今までどんな美女にも靡かなかったのは魔王様の性癖に合わなかったからなのでしょうか…。」
「私はそれでもいいと思いますわ。今まで他人に決して素を見せてこられなかった氷の魔王様が、あのような春の雪解けを思わせる笑顔を浮かべていたのですもの。」
「それは、そうだが…。」
氷の魔王とは、いついかなる時もあの恐ろし迄に整った顔を動かさない魔王を揶揄ってできた言葉だ。万年雪の積もる山にある氷室の氷よりも冷たく硬い表情は、美しいが見るものに本能的な恐怖を与える。それがユースティアナを連れて帰ってきてからというものやさしげに微笑む姿がたびたび目撃されるようになったのだ。
「あ、それと、魔王様のお名前はもうお聞きになられました?」
紫のサキュバスが興味津々に聞いてくる。しかし魔王様の御名など自分はまだ聞かされていない。もしや、この紫のサキュバスはもう聞かされているのであろうか。そう思うと自分は必要とされていないのではないかという不安が頭の中を支配する。
「いや、まだ聞かされていませんが……。」
「そうですか…。いえ、この間ユースティアナ様にお食事をお持ちした時に聞いてみたら山羊頭の宰相様にお告げになられた後、私たちに教えていただけると聞いたもので。もう山羊頭の宰相様がお聞きになった後でしたら、今日の名づけの際にでも聞けるのかとたのしみにしていたのです…。」
ほんの少し残念そうに言う紫のサキュバスのその言葉に山羊頭は自分の気持ちが瞬く間に浮上していくのを感じた。
魔王様が自分に名を一番に告げたいとおっしゃってくださった。魔王様から名をいただけないのは心底残念でならないが、その代わりに信頼の証として魔王様の名を一番に教えていただけるのであれば、自分はまだ魔王様に必要とされているのだろう。
「さあ、紫のサキュバス。パーティーまであともう少ししかありません。最高のパーティーにいたしましょう。」
自分でもこんな些細なことで気分が持ち直すなどやすい魔族だと思わないでもないが、自分の敬愛する魔王様に仕え続けることができるのであればそれでもかまわないだろうと、先ほどとは打って変わって意気揚々と準備に精を出すのだった。
一方パーティーの主役ともいえるユースティアナとクロノスはというと、クロノスの自室でごろごろとしていた。
実はこの名付けの儀はユースティアナからの贈り物と銘打っているものの、クロノスは自分以外がユースティアナから名をもらうことにあまり賛同できずにいた。
しかし、せっかくやる気を出しているユースティアナにそのような我儘を言えるわけもなく、せめてもの抵抗としてユースティアナとクロノスの二人で名前を考えることを提案したのだ。
狭量だと言われるやもしれぬがユースティアナからの名を独り占めできるのであれば甘んじて受け入れるつもりである。
そんなクロノスは全身真っ黒のタキシードに身を包んでおり、その上から魔王の代名詞ともいえるあの二頭氷狼のマントを羽織っている。
一方ユースティアナはぼさぼさだった髪をきちんと手入れし、不ぞろいだった髪を肩の位置で切りそろえた。さらに、軽い栄養失調のためガリガリだった体は城のシェフたちの頑張りによってきちんと管理された栄養たっぷりの食事をとることでだいぶ子供らしいふっくらとした体つきになってきた。
これだけでも以前よりかなり愛らしくなったのだが、今日着ている白い子供用のドレスがさらに愛らしさに拍車をかけている。
「ユースティアナ、緊張してはおらぬか?」
すっと腕を広げてユースティアナの名を呼んでやると彼女は迷わずとことこ歩いてきてクロノスの腕の中におさまった。
「だいじょう、ぶ。クロが、いるから……。」
クロノスの首に腕を回してきゅっと抱き着く。
子供特有の少し甘い香りがふわりと鼻腔をくすぐり頬を緩める。
「クロ、は…?」
「む?余も大丈夫だ。人の前に立つのは慣れておるし、それにおぬしがそばにいる。」
「おそろい…っ!」
嬉しそうににこっと笑ったユースティアナを抱き上げ片腕に座らせる。
「魔王様、ユースティアナ様。お時間でございます。」
「わかった。……さて、では行くとしようか。」
部屋の外から山羊頭が呼ぶ声が聞こえ、ユースティアナを抱き上げたまま城の魔族が一同に集う広場へと歩を進めた。




