披露目の式
焔は、緊張気味に玉座に座って待っていた。
既に早朝から、筆頭軍神の弦を先頭に、臣下達の大層な行列が月の宮へと維月を迎えに行っている。しかし、あれは維月ではなく、維織だということになっていた。月の子である維織との婚姻に、焔についている臣下達は諸手を上げて喜び、綾側についていた臣下達は一様に暗い顔をした。血筋だけでも、充分に宮のためになることは、皆に分かっていたからだ。
だが、月の宮は何かと人世との交流が盛んな宮。もしかしたら、その月の娘が、礼儀などにも通じない女であったならと、一縷の望みに賭けていた。綾自身も、そう思っているようで、今日は一層美しい装いで臣下の列に並んで座っていた。凛としたその様は、確かに黙っていれば相当に美しく、その性質を知っている焔でさえも一瞬息を飲んだ。だが、美しさなど所詮一時のこと。大切なのは中身であることは、前世から美しい女なら見慣れて来た焔には、大した価値ではなかった。
月の宮の王妃の四十九日が明けるのを待ってこちらで披露目の式をということになったが、普通ならばもう少し時を置いてから席を設けるものだ。だが、こちらでは綾につく臣下達がうるさいほどにせっつき、あちらの四十九日が明けたのは、まだ昨日のことだという。そんなに慌しい中での事なので、大した準備出来ないと蒼から知らせて来ていた。焔はそれを聞いて、臣下達がそれを狙ってこんなに急いで日を設定したのかと思うと、狡いことにイライラと腹が立ったのだった。
月の宮では、維月が龍の宮からついて来ていた侍女達に、それは美しく着飾らせられ、誰もがため息をつくほどに華やかだった。
維心が手ずから選んだ袿に、かんざしや頚連、額飾りの数々は、神世最高を謳われる龍の職人達が、王の御ためと魂を注いで作り上げた超一級品だった。大きなベールを被せられた維月は、月の宮の出発口で、焔からの迎えの使者を待ちながら、十六夜と向き合っていた。
「維月、お前はこれから維織。オレの娘だ。だからまあ、月の宮王とは兄弟になる。蒼の、妹ってことだな。」
横で、同じように正装に身を包んだ蒼が頷いた。
「そう。今までそんな風に紹介したことがなかったが、よく考えたら維織とオレは兄妹なんだよな。だから、皇女ってことになるから。」
維月は、頷いた。
「はい。王族のとしての嗜みは、侍女達から聞いておりまするから。」
素直に言う維月に、蒼は驚いた。母さんは、こんなに素直じゃなかったのに。
十六夜が言った。
「だから、堂々としてればいいんだぞ。月の宮はSランクの宮だし、その皇女なんだから。血筋は誰にも負けねぇ。オレには血筋とかよくわからないんだが、神世ではそれが王の婚姻には大事なんだそうだ。あっちでは、臣下達が月の子と縁繋がりになるって、そりゃあ喜んでるらしいから。」
維月は、尚も緊張気味に頷く。
「ええ。何事も、龍の宮で躾けられた通りに。」
十六夜は、感慨深げに維月を見た。確かに、維月は自然に龍の王族の動きが出来るようになっている。小さな時からしっかりしつけられたので、以前の維月より呼吸するように簡単に、その仕草が出来るのだ。前は、意識してそうしている、と維月はここへ里帰りして来た時には、肩が凝ると羽を伸ばしていたものだった。
今の維月は堅苦しいが、それでも今度のことには、そつなくやってくれるだろうと、十六夜は満足していた。
蒼が、ふいに空を見上げた。
「…来た。結界にかかった。」
十六夜も、見上げる。
「また大層な列だな。物凄い数じゃねぇか、維心並だ。」
蒼も、空を見上げたまま頷いた。
「鷲は力があるってことだな。維心様が公式に来られる時の数と同じぐらいだから。でも、面倒だなあ。物凄い数の品も持って来てるぞ?あれを宮へ運び込んで選別するのに、一日掛かるんだよな。」
すると、横から翔馬が咎めるように言った。
「王、そのようなことをおっしゃってはなりませぬ。王にご面倒はお掛けしませぬから。確かにもう、財政には困っておりませぬが、それでも他の宮からの珍しい貢物は助かるもの。我ら、ありがたいと思うておりまする。」
蒼は、苦笑した。すると、先頭の軍神が見え、みるみるその大層な列がこちらへ向かって降りて来るのが見えた。
維月が、背筋を伸ばす。蒼は、ベールの中のその表情を見て驚いた…驚くほどに、気品高い女神に見えたのだ。
そう言えば母さんも、維心様に気高い女神を演じてくれと言われて、皆が驚くほどに完璧な女神を演じきったことがあったっけ…。
蒼がそんなことを思っているうちに、目の前に次々に輿やら軍神やらが下りて来て膝を付き、それが全て降りて来るまでに、15分ほど掛かった。それは、月の宮ならどこにでもある時計で蒼が確認していたから、間違いない時間だった。
その間、じっと王らしい顔をして立っていた蒼は、いつもこんな風に出迎える必要はないのではないか、と思い始めていた。何しろ、自分もSランクの宮の王なのだ。維心など、誰が来ても絶対に出迎えに出たりしなかった。親しい間柄だと、気が向いたら出て来はするが、こうして長い間待っているなんてことは、維心に限っては絶対になかった。
蒼が神妙な顔の下でそんなことを考えているなど気付きもせず、一人の初老の神が進み出て深々と頭を下げた。
「我は、王、焔様の宮の筆頭重臣であります、河と申しまする。王の御妹君、維織様のお迎えに参りましてございます。」
蒼は、重々しく頭を下げた。
「河。遠路ご苦労であるな。」
と、維月に手を差し出した。維月は、スッとその手を取った。その僅かな仕草さえも優雅で、蒼は思わず息を飲んだ。これは、やっぱりあの母さんだ。見たことがある…あの、本気の母さんだ。
それでも、表面上なんでもないようにその手を引くと、また河を見た。
「これが、我が妹の維織。我が宮はまだ喪中であるから、嫁ぐことは許せぬが、それでも此度は焔殿からのどうしてもという求めを受けて、披露目にだけ向かわせることを許した。道中これに何もないように、つつがなく頼んだぞ。」
河も、弦も他の軍神臣下達も、呆然とまだベールに包まれたままであるのに維月に見とれ、その場に根が生えたようになっている。蒼は、苦笑した。維月から、陰の月特有の変化する気が、ゆるゆると形を変えて、恐らくは鷲が好むだろう形に変化して発しられているのを、感じ取ったからだ。恐らく維月は意識していないが、それでもこれらに好まれるように、という維月の願いは、こうして気となって表面に現れるのだ。
蒼は、あまりにも呆けてしまっていて誰も我に返らないので、仕方なく言った。
「…河?」
蒼の声に、河はハッと我に返った。そうして、慌てて真っ赤な顔をして深々と額を床につけて頭を下げた。
「も、申し訳ありませぬ!このような大切な場で、我を忘れてしまうなど…!」
蒼は、それでも苦笑したまま頷いた。
「良い。これを見ると、誰でもそうなるのだ。」と、維月を見た。「ではの、維織。つつがなく行って戻って参れ。」
維月は、蒼にそれは優雅に頭を下げた。
「はい、お兄様。」
その声も、まるで鈴を振るようだった。そして、未だ呆然と正気を取り戻せないでいる臣下達には構わず、維月は美しい所作で歩いて、示される輿へと乗り込んだ。その輿の入り口の布を開けて持つ弦も、頭を下げたまま維月を見ない。その顔は、真っ赤だった。
…ちょっとやり過ぎかもしれないな。
蒼は、それを見て心配になった。何しろ、陰の月のパワーは無意識下でも凄まじく、それがフルパワーになってしまったら、きっと皆我を忘れて正気を失ってしまう。焔に限ってそれはないと言いたいが、しかし元々維月を想っていると聞いているのに、それがこの状態で自分の妃候補だと宮へ来るとなると…。
維月とその侍女を乗せた輿が、飛び立って行く。十六夜が、蒼の横に並んでそれを見上げながら、言った。
「ちょっと維月には、押さえ気味にするように言った方がいいな。三日もあっちの居るのに、焔があれに我慢出来るとは思えねぇ。とにかくは、式の間だけは遠慮なく気を解放して、部屋へ帰ったら抑えるように言うよ。それにしても、さすがは陰の月だな。神なんてイチコロだね。」
蒼は、呆れたように十六夜を見た。
「当然じゃないか、あの維心様さえ母さんだけって物凄い執心ぶりなんだから。神世にあれに抗える神なんて居ないよ。そういう力なんだし。」
十六夜は、頷いて光に戻り始めた。
「じゃあ、オレは月から維月を追って見てるよ。何かあったら呼べ。」
そうして、十六夜は月へと打ち上がって行った。
蒼は、また長い輿の列が飛び立って行くのを、そこに立って眺めていた。




