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死ぬべき命

維月は、有と恒を後ろに立たせ、たった一人祟り神に向かって行った。新月の今夜、人の維月には十六夜の力を引き出して使うことが出来ない。なので、恒が貯えていた力を、維月に細々と送っているのが見えた。

若月も必死に戦っているが、捕らえられている遙を助け出すことが出来ないでいた。それでも、その勝ち目のない戦いに、維月は臆せず向かっていた。維心は、その姿に涙が浮かんで来た…記憶を見て知っている。維月は、死ぬつもりなのだ。子供を助け、十六夜への叶わぬ想いと共に、この世から消えてしまおうとしている…。

いつか来る、別れに脅えるのは、これで終わりにしようと思っているのだ。

若月と維月の力に、遙が拘束が一瞬離れて、維月は若月と共に遙を引っ張り出した。

「有!振り返らず、恒と一緒に逃げなさい!早く!」

有は、転がった遙の体を抱えて、叫んだ。

「母さんを置いて行けないわ!」

それでも維月は、叫んだ。

「行きなさい!皆を助けるのよ!早く!」

有と恒は、泣きながら遙を抱えて走り出した。

《おのれ…逃がすものか!》

祟り神の声が聴こえる。

「させないわ!」

維月が、祟り神の気の流れの前に飛び出した。

《維月殿…!!》

若月が悲鳴のような声を上げる。維心は、目を反らした…ああ、維月が…!!

「させぬ!」聞き覚えのない声が、割り込んだ。「何をしておる!神のくせに、人相手に何ということを!」

維心は、その声に慌ててそちらを見た。すると、仰向けに倒れて半身を起こした維月の前に、見覚えのない神が二人、必死に手を翳して気の障壁を作っていた。維心は、目を見張った…もしや、あれは?!

「慶?!修か!」

慶と修は、驚いて障壁をそのままに振り返った。

「あなたは…龍王様?!」

維心は、頷いた。

「主ら…主らは維月を助けたのか。」

だから、維月は月にならなかった。

維心は、その時それを悟った。炎託を連れ戻っても、元に戻らなかった理由。この二人が、維月を助けたのだ。だから、維月は死なず、月になることもなかった。そうして、出会っては居たが維月は人であり、寿命を迎えて死んで逝く。自分とは、相容れない存在のまま…。

その気が反れた瞬間に、慶と修は祟り神に障壁を破られて、吹き飛ばされた。維月は、若月に抱かれて維心の背後に転がって来て祟り神の攻撃から逃れていた。慶と修は、動かない。気はまだ感じる…死んではいない。だが、危ない状態だろう。

維心は、決心した。

「碧黎、見ておるの。慶と修を、回収してくれ。このままでは直に死ぬ。」

碧黎の声が、微かに答えた。

《主が戻れぬ。良いのか。》

維心は、頷いた。

「これを正すと約した。この我の意識が無くなっても、元へ戻せば遠く700年後の我は維月を腕に王座に居るのだろう。それで良い。全て元へ戻るのだ。」

十六夜の声が叫ぶように言った。

《維心!ダメだ、戻れ!》

維心は、首を振った。

「慶と修が死ぬ。炎託に治療させよ。治療出来るだけの気が残っておるのは炎託だけだ。」

碧黎の声が言った。

《良いのだな。主は取り残され、消滅するのだぞ。》

維心は、呆然とそれを聞いて自分を見上げている、若月と維月を見ながら答えた。

「良い。早よう戻せ。」

そうして、慶と修は消えて行った。祟り神が、唸って身悶えている。維心は、それを見ながら言った。

「維月、主は死なねばならぬのだ。若月は、愛した男と共に黄泉へ行くことを望んでおる。しかし、若月には不死の命がある…若月は陰の月。月の裏側ぞ。主は、ここで死んでその命を宿してこの世に戻る。人として、主はここで死なねばならぬのだ。」

維月は、呆然と維心を見上げた。

「今、維心様とお聞きしました。維心様は、なぜにそのようなことをご存知ですか?」

維心が答える前に、若月が答えた。

「これは、我が龍の君とお呼びしているかたですわ。誰よりも強く、大きな龍の王。我のことをご存知なのも、道理なのです。」

維心は、頷いた。

「我は、主の知る龍王とは違う。数百年後より参ったのだ。数百年後の神がこちらへ迷いこみ、歴史が変わってしまった。こちらに干渉したからだと我らはそれを正しに来たのだ。維月よ、主は未来永劫に生きねばならぬ。そしてそのためには、ここで死なねばならぬ。生きてしまったら、寿命で旅立ってしまう。そうしたら、我とも…。」

維心は、維月の頬に触れた。維月は、その手を感触を、なぜか知っているような気がした。

祟り神が、咆哮を上げてこちらへ体を向けた。維心は、それを見て言った。

「勇気を出すのだ、維月。主は死ぬ。だが生まれ変わるのだ。」と、維月の手を握り締めた。「我は消えても、また主に出会える未来があることを信じておる。愛している。維月、我が生涯で、ただ一人愛した我が愛しい正妃よ。どうか月になり、いつか我の元へ。そうして子をなし、我が龍族に未来を与えてくれ。」

維月には、わけが分からなかった。しかし、この神は嘘をついてはいない。それを、今その瞬間に、感じ取った。

「はい。」維月は、言って立ち上がった。「はい、維心様。きっと、私は戻って参りまするわ。おっしゃるように、月として。」

維心は、頷いた。

「良い返事ぞ。」と、若月を見た。「今聞いたこと、他の者に言うでないぞ。未来は、誰にも知らせるわけには行かぬのだ。」

それに、維月も若月も頷いた。祟り神が、大きな気の玉を作って構え、こちらを狙っている。維月は、真正面からそれと向かい合った。

「…来なさい。怖くなんてないわ!」

大きな気が、維月を捕らえた。

維心は、気の膜を張って、若月を庇い、そうしてそれを最後に、その気は尽きて目の前は真っ暗になり、漆黒の闇の中へと落ちて行ったのだった。


十六夜がその上空へ着いた時、有と恒が遙を二人で抱え、車へと必死で移動している最中だった。二人とも泣きながら、ぐったりとしている遙を気遣っている。

十六夜が見ていたのは、蒼に降りるまでの間だった。ここに移動してくる間の事は見えていない。心が急きつつも、十六夜は涼を三人の所へ降ろした。

「蒼!」と有はパッと明るい顔をした。そして目の色に気付き、「十六夜?」

「どうしたんだ。遙はまだ息があるな。」

十六夜は頷きながら言った。

「母さんが早く逃げろって」有は涙を流した。「若月が戦ってくれてるけど・・・私たちが逃げる前に、後ろで若月の悲鳴がしたの。でも振り返れなくて。」

十六夜は飛び上がってその現場へ急いだ。必死で戦う若月は、倒れて動かない維月の前で庇うように防いでいる。しかし、もう時間の問題だった。

十六夜は蒼に聞いた。

「力を出しても大丈夫か?あれを封じなきゃならん。」

“大丈夫だ。早く十六夜!”

頭の中に声がする。蒼は異変に気付いた。気が・・・。

しかし十六夜は気付いていないようだ。若月の前に飛び出して浮かんだ。

《ああ、十六夜様!》若月は叫んだ。維月を抱き込むようにしている。《お願い申す!もう我は・・・。》

「わかってらあ!」十六夜は手を上げた。大きな光の玉だ。「久しぶりだな。その姿、封じさせてもらうぞ!」

《月め!この姿、主のためぞ。我をこのような所へ封じ・・・我が民を苦しめた月を恨み、このような姿に変化へんげしてしもうた》

祟神は、どこか寂しげな声で唸るように言った。

十六夜は厳しい顔をしながら光の玉を祟神に向けた。

「お前から売って来たケンカだ。オレの守るものに先に仇なしたのはお前の方じゃねぇか。」

光が祟神を飲み込んで行く。祟神はしかし勝ち誇ったように言った。

《お前の負けだ、月よ!お前の大切なものの命、戴いたぞ・・・!》

再び封じられたその神は、そう言い残して消えた。

「・・・何を言ってやがる。」

そう言って、若月の方を振り返ると、倒れる維月の前に座り、頭を下げていた。十六夜は気付いた。

・・・そう言えば、ここに着いてからずっと、維月の気を感じない・・・。

頭の中で蒼が泣いているのが聞こえる。なんだってそんなに泣いてやがる?全て封じた。終わったのでないのか・・・。

若月が振り返った。

《十六夜様》

十六夜は蒼の体で維月に屈み込み、顔を見た。若月が上を向かせて手を胸の上で重ねさせている。

「維月・・・?」

維月は目を閉じている。体に損傷はどこもなく、ただ眠っているようにしか見えない。

《一瞬のことであり申した。他のものが逃げる手助けをしようと飛び出し、自らあの力に食われ、生気を抜かれてしまい・・・このように・・・。》

十六夜は蒼の体を使って維月を抱き上げた。冷たい…なんの生命の兆候も見られない。念で必死に心の中で呼びかけたが、応答はなかった。

「維月」十六夜は声に出して呼んだ。「維月ー!!」

頭の中の蒼が号泣している。有や恒や涼がこちらに気付いて駆け寄って来る。

十六夜の意識は、真っ暗になった。ああ、維月が死んだ。あの、未来の蒼と、自分が言ったように。本当に、維月は戻るのか。月になるのか。全く気が感じられないのに。維月は逝ってしまったのに。どうやって戻って来るというのだ。だが分かっていても、この維月の気を感じられない絶望には耐えられない…!


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