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鷲族の動き

その数時間前、炎嘉は南の自分の宮へと戻って来た。

維月と過ごせたことは良かったが、なぜか維月は何かに気を取られているようだった。前の維月がそんな感じだったので、炎嘉自身は気にすることはなかったが、それでも帰り際に維月がこちらを、申し訳なさげに見送っていたのを見てあまり愉快ではなかった。つまりは、維月は自分と共に過ごしていて、心ここにあらずの状態であったと自覚しているということだ。今の維月は、自分を愛しているはず。維月自身がそう言っていた。それなのに、どうしてあのような目で見送るのだ…愛していてさえも、維月は自分と一緒に居ることが楽しくはないのか。

炎嘉は、暮れてくる日を遠くに見ながら、自分の居間へと足を向けた。

すると、今自分の筆頭重臣に据えている(かい)が進み出て、頭を下げた。

「王、お留守の間に書状が参りました。」

炎嘉は、ちらと開を見た。開は、鳥の臣下の生き残りの息子で、長く隠れ里で他の鳥達を統率して生きていたところを、炎嘉に見つけられて宮へと上がった男で、まだ若いのにかなりのやり手であり、頭が良かった。重臣の筆頭に据えると炎嘉に言わしめたその能力は、政治に対してだけではなく、軍神としての才までと幅広かった。普通の重臣は、戦うことは出来ない。なぜなら、戦うために必要な気が少ないからだ。しかし、開はそれすら持っていた。

そんな優秀な男であったが、いつも無表情で、何を考えているのか炎嘉にもわからないことがある。なので、自分に忠実であるのは確かなので筆頭に据えたが、それでも心の底から開を信用しているかと問われれば、否、と答えるしかなかった。

そんな炎嘉の気持ちを知ってか知らずか、開はしっかりとした設えの巻物を差し出して頭を下げている。炎嘉は、頷いてそれを手に取った。

「…焔か。」

開は、頷いた。

「はい。あちらは宮の中が大変に面倒なことになって来ておるようで…嘉楠殿も調べさせておられ、王に一度ご報告をとおっしゃっておりました。」

炎嘉は、開いた巻物を戻した。

「では、嘉楠を居間へ。主も参れ、知っておることを我に話せ。」

開は、頭を下げた。

「は。では早急に。」

開は、さっとその場を離れて行く。炎嘉はそれを見送ると、小さく息をついて今度こそ自分の居間へと戻った。


居間へと戻って気楽な着物の着替えると、甲冑姿の嘉楠と、執務用のきっちりした着物姿の開が入って来て炎嘉の前に膝をついた。筆頭軍神の嘉楠は、月の宮の筆頭軍神、嘉韻の父であり、老いが止まってもう数百年もの間、炎嘉に仕えている炎嘉が今最も頼りにしている軍神だった。その嘉楠が、言った。

「王、焔様の宮のことで、ご報告したいことがあり、参上致しました。」

炎嘉は、頷いた。

「焔から粗方知らせて参ったが、主らからも話を聞きたいと思うての。何やら(りん)が企んでおるのだと?」

嘉楠は、頷いた。

「は。兄君の燐様が真っ当な王位継承者だと信じて疑わぬ臣下が、燐様こそ正統な王であると言い、宮を開いた焔様を批判しておるのでございます。…というのは建前で、真実は前王の煽様の正妃、燐様の母である(あや)様が、宮へ返り咲きたいということであるようですな。まだ100歳にもならぬというかなりの若さで宮へ上がったらしく、煽様が亡くなった時にはまだ300歳を過ぎたばかりであったとか。なので焔様が代替わりされた時には、恐らくは綾様は宮へ残されるだろうと皆が思っておったようで、綾様自身もそれを望んでおられ、焔様に働きかけておられたようですが、焔様は見向きもされず、煽様の妃は一人残らず宮から出されたのだということです。」

炎嘉は、顎に手をやった。

「ふーむ。確かに焔は皆里へ帰したとか言うておったの。あれは女というものに夢を見ておらぬから。特に権力に取り付かれた女は毛嫌いしよる。我とてそうよ。」と、開を見た。「主は何を知っておる。」

開は、頷いて炎嘉を見た。相変らずの無表情だ。

「はい。概ね嘉楠様と同じでございまするが、我は出入りの職人から聞いたことがございます。綾様のご実家での様子を伝え聞いたのですが。」

炎嘉は、片眉を上げた。

「ほう?主、鷲の所へ出入りしておる職人を知っておるのか。」

開は、また頷いた。

「こちらも職人のフリをして近付いて、懇意になっただけでございまするが。数人の職人で、班を作って出入りするのですが、それに潜り込むことが出来ました。我は、刀細工が出来まするので。その職人として潜り込みました。」

嘉楠が、感心したような目で開を見る。重臣は普通、そんなことまでしない。全てを軍神に任せ、そこから情報を得る。だが、開は自ら動いて潜入し、探って来るのだ。鳥の生き残りとして、隠れ住んだ経験がそうさせるのだろう。

炎嘉は、先を促した。

「して?その女はどんな様子であった。」

開は炎嘉を見て言った。

「綾様は、これ見よがしに美しい、妖艶な美女であるのだとか。歳も300を越え、さらに美しさに磨きが掛かっておるのだと聞いておりまする。ただ、贅沢癖がおありで、実家では綾様の扱いにほとほと困っているのだとか。何しろ、一日で大変な数の着物や細工物を作らせるので、家の財政が傾いて来ておるのですよ。父は困って、しかし実家が力を持ったのも綾様が成人もせぬ間に王へと嫁いだ上に正妃まで上り詰めたお蔭であるので強く言えず、今は燐様を王に据え、王の母として宮へ戻って欲しいとそればかりであるとか。なので、綾様の父が燐様を推すのにも、そういう理由からなのです。」

炎嘉は、呆れたように息をついた。

「困ったことよ。皆己の利ばかりではないか。王の結界内で守られて、平和ボケしておるのだの。焔は今外交の方に力を入れねばならぬから、内政どころではないのだ。そこにつけ込もうと今、仕掛けておるということか。」

嘉楠が、横から言った。

「では、焔様は王に支援をと?」

炎嘉は、首を振った。

「あやつは助けてもらわずとも良い、と言うて参った。維心や我の軍神があちらの宮を調べておるのを気取っておるのだ。今が切迫しておると主らが我らに報告すれば、我らは焔を助けようと動くであろう。それをするなと先に言うて参ったのよ。」

しかし、開は言った。

「恐らくは…ご無理であるかと。」炎嘉が片眉を上げて開を見ると、開は続けた。「綾様は正妃であられた間に、父上、兄上を宮の要職につけることに成功していらっしゃるのです。そういったものは、いくら王が代替わりしたからと、妃のように簡単に変えることは出来ませぬ。今も、焔様と共に政務を行なっておるのです。様々な策を講じて来る中でも、一番鷲の臣下達に分かりやすいのは、宮を神世へと開いたことが失敗であったと思わせること。つまりは、焔様の外交が上手く行っておらぬように思わせることが一番なのです。焔様が宮へ来ぬようにとおっしゃるのは、宮へ来た時に起こった何某かで、こちらが嵌められて悪者にされてしまうことを恐れてのことでございましょう。真実は、お独りではかなり苦しいはず。こちらの助け無しでは、もはやどうにもならぬのではないかと我には思われまする。」

炎嘉は、開の頭の回転の速さに感心した。やはり、こやつは只者ではない…ま、だから我の筆頭重臣にしたのだがの。

「ならば、こちらも考えねばならぬの。」炎嘉は言って、伸びをした。「というて、今日は疲れた。明日維心に書状を遣わせてあれにも考えさせようぞ。なに、書状を送って参れるのに、あの焔が昨日今日でどうにかなるはずはないわ。」

嘉楠と開は、同時に頭を下げた。炎嘉は、それを後目に考えていた…困ったことになった。焔は綾とかいう女を、死んでも宮へ迎え入れたくないだろう。だが、このままでは迎え入れずにはおれなくなる。そうすることで、宮が丸く収まるのならと、焔側に付いている重臣達が進言するに違いないからだ。おそらく綾とかいう女は、それを見越してこんな騒ぎを起こしておるのだろう。

炎嘉は考えると己の前世の母を思い出して虫唾が走ったが、首を振ってそれを頭から振り払い、今日一日の疲れを落とそうと湯殿へと向かったのだった。

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