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毎日

維月は、庭を眺めながら自分が今あてがわれている瑠維の部屋の、窓際に座っていた。

本当は外で歩き回ったりする方が好きなのだが、しかし今はそんな気持ちにはなれない。維心、十六夜、炎嘉のことが心の中でいろいろと巡っては消え、落ち着かなかったのだ。なので、最近ではこうして庭を眺めてぼうっと考え事をしている事の方が多かった。

炎嘉のことを、好きな気がする。初めて、あんな風に共に過ごした、男らしい神だった。明るく饒舌でこちらを気遣ってくれて、しかしどこか、遠慮というものもあって、その適度な緊張感がまた心地よかった。そのうえ、炎嘉は自分が女神らしくなくても咎めたりしなかった。ありのままの自分でも、ああして愛情深く見てくれたのだ。

それが、大変に慕わしく思え、いつしか炎嘉に会いたいと思うようになっていた。自分は、炎嘉に惹かれているのだ。だがこれが、記憶のない維月にとっては初恋で、真実愛しているのかどうかと聞かれたら、よく分からなかった。誰かを愛するということが、まだこの維月にはよく分からなかったのだ。

自分の心は、いったいどこにあってどうなっているのだろう、と維月がぼけーっと庭を見ていると、急に目の前が明るくなったように思った…華やかな、鳥のような花のようなものが、舞い降りて来たように感じたのだ。

「維月。」

思わず目を閉じてしまった維月の耳に、聞き覚えのある声が聴こえた。維月は、慌てて目を開いて窓ガラスに飛びついた。

すると、そこには炎嘉が立ってこちらへと歩いて来ながら、微笑んでいた。

「炎嘉様…!」

維月は、思わず庭へと飛び出した。炎嘉は、笑って飛びついて来る維月を抱きとめた。

「何ぞ、部屋で呆けて。しばらく見ぬだけで、そのようにおとなしい女になってしもうたのか?」

維月は、涙を浮かべながらも拗ねたように炎嘉を見上げて言った。

「我を置いて帰ってしまわれたくせに…そのようにあっけらかんと訪ねて来られるなんて。」と、炎嘉をじっと見つめた。「花が舞って降りて参ったのかと思いました…何と華やかにお美しいこと…。」

炎嘉は、その瞳に言葉の嘘など全く感じず、その真っ直ぐな正直さに胸が騒いだ。

炎嘉は、維心と違って自分が美しいことを知っていた。なので見る者に己の魅力を存分に見せ付けて、その美しさでも圧倒し、絶対的な王として君臨して来た。華やかにこれ見よがしに魅力を振り撒く炎嘉を、なので他の神はそれは誉めそやした。まだ幼い頃から、炎嘉はそうやって回りを自分に惹き付けて、自分の思うように動かすことに長けていたのだ。

なので炎嘉は、褒められることには慣れていた。美しいと言われて当然だと思っていたし、それが自分の強みの一つだと思って利用していたからだ。だが、この瞬間には思っても見なかった感情が湧いて来た…歓喜の感情。維月が、自分を心から美しいと言う。それが、これほどに嬉しいことだとは。

「維月…」炎嘉は、腕の中の維月の頬を、両手で包むようにすると、言った。「主を愛している。だが、我は今の主を連れ帰るわけには行かぬのだ。なぜなら、今の主は、思いださねばならぬことを思い出しておらぬから。」

維月は、炎嘉を見上げながら、また目を潤ませた。

「…以前の我でございますのね。分かっておりまする。我も、それが引っ掛かってどうにもすっきりとせぬのですわ。どうしたら良いものか…分からぬのでございます。」

炎嘉は、困ったように微笑むと、頷いた。

「維心と、我は話した。あれは我に、主に会いに来ることを許した。なので、我はこうして主に会いに参る。連れ帰ることは出来ぬ…だが、共に過ごそうぞ。主が、我を慕わしいと申すなら、以前のように一時だけこうして過ごすことにしよう。さすれば、主の記憶が戻って、真に愛しているのが誰であったのか思い出したとしても、我の喪失感は少ないであろうから…。」

維月は、驚いたように炎嘉を見た。維心様が…炎嘉様がこちらへ参ることを、許したとおっしゃるの。維心様が…。

「維心様が…そのようなことをお許しになったとおっしゃるの?炎嘉様が、我に会いに参っても…。」

炎嘉は、明るく微笑んだ。

「そうよ。維心は、主が望むならとそれを我に許した。誰に気負うこともない。我がここへ参る…さあ維月、共に歩こうぞ。」と、炎嘉は維月の手を取って庭へと向いた。「我と話そう。」

維月は、頷きながらも、心の中では戸惑っていた。維心様が…誰にも渡さぬと、自分を無理に娶ろうとした、あの維心様が。炎嘉様を想うていると聞いた時には、奥宮が崩壊するほど気を暴走させて大変だったのだと侍女達に聞いた。それなのに、それほどに自分を妃にと想うてくれている維心が、自分が望むならと、炎嘉様がここへ来て、自分に会って共に歩くのを許したと言うの。

維月は、まだ戸惑ったまま、あれほどに慕わしいと、共に居たいと思った炎嘉と共に歩いているのに、心ここにあらずの状態で、奥宮の方が気になって仕方がなかったのだった。


維心は、炎嘉が維月と庭を歩いていたのを知っていた。だが、いつものようにその様子を探ったりはせず、自分の責務に集中して、考えないようにしていた。

そうしている間に、炎嘉は一時間ほど庭に居た後、南へ向けて飛び立って行った。その間に何があったのかも、維心は知らない。知る必要もないし、知ったところで苦しい結果になるだろうと思ったのだ。

維心は、父という立場に慣れねばならないと思いながらも、それが苦しくてならなかったので、考えないように、見ないようにすることで、何とか凌ごうと思っていたのだった。

政務を終えて居間へと戻り、暗くなった居間の灯りを自分の気を放って灯すと、維心は自分の定位置へと座った。一人には慣れている…前世は、1700年独りきりで居た。望んでそれを選んでいたのだ。維月と共に居たのは、その後の数十年と、今生の数百年だけ…。

自分に言い聞かせるように何度もそう思う維心だったが、それでも維月が居ない居間は、シンと静まり返って息苦しくて仕方がなかった。それでも、もうすぐ維月が休む前の挨拶をしに来る時間。その時には、何でもないように振舞わねばならぬ。

維心は、小さく首を振ると、表情を引き締めた。維月に、せめて疎ましく思われぬように。

そうして、努めて政務のことを考えることにした。思えば今日は、焔から気になる書状も来ていた。義心を呼んで、また詳しくあちらの様子も聞いておかねば…。

すると、脇の布が揺れて、侍女が頭を下げた。

「維月様がご挨拶にお越しでございまする。」

維心は、やはり、と頷いた。

「これへ。」

侍女は下がって行った。維心は、維月が入って来る前にと背筋を伸ばし、暗い外を背景に窓に映る自分の姿を見て、表情を確認した。…大丈夫、妬むようでも、責めるようでもない。落ち着いた表情に見える。

維心がそのままの表情を崩さないようにと少し緊張しながら待っていると、戸ではなく脇の布の間から、維月が入って来て頭を下げた。維心は、小さく会釈した。

「ご挨拶に参りました。」

維心は、頷いて促した。

「座るが良い。」

維月は顔を上げると、維心の前の椅子へと座った。いつもなら、自分の隣りに座っていた維月が、ここ最近はずっとこうして自分の前に座ることに、維心は気付いた。思えば、自分がそうしたのだ。もう、隣りに座ることはないと。

そうして、自分から距離を取っていたことに思い当たるにつけて、維心は辛くなった。だが、表情には出さなかった。

「本日は、庭を一時間ほど歩いて参りました。」維月は、いつものように報告した。「炎嘉様がいらっしゃったので、奥の花畑までゆっくりと歩いて、そうしてまたゆっくりと戻って参りましたの。」

維心は、頷いた。歩いていたのは知っていたことだったが、それでもどこへ行ったのかは知らなかった。奥の花畑まで歩いたのなら、行って戻って一時間ほど。炎嘉が帰った時間と合う。つまりは、維月と炎嘉が、他の何かをしたということはない…どちらにしろ、もしも今日炎嘉が維月に手を付けていたのなら残るはずの炎嘉の気が、維月からしない。二人には、まだ何もない…。

維心は、そんなことでホッとする自分が情けなかった。王であるのに、自分の想いもままならぬとは。

「あの花畑は、軍神達が主のためと持ち帰った野の草花を植えた場所。主は記憶があった時、あの花畑をそれは好んだ。よう参ったものよ。」

維心は自分と共に、とは言わなかった。だが、維月にはそれが分かった。きっと、記憶があった自分は、維心と共に庭をいろいろと歩き回っていたのだろう。まだ赤子の自分を、大切に抱きしめて話しかけてくれていたのを思い出す。そんな姿になっても、維心は自分を育ててまた妃にと願ってくれたのだ。そうして、今もこうして自分を見守って、自分の気持ちを優先して無理を言わずに居てくれる…。

維月は、涙ぐんだ。

「維心様…我は、なぜにこのようなことになってしもうたのでしょう。記憶をなくして、赤子に戻るなど…いったい、どんな術に掛かったらこのようなことに?」

維心は、急に維月が涙ぐんだので驚いて、慌てて前のめりになって、しかし手を取るにも厭われないかと思うと怖くて出来ずに、おろおろとした。

「維月…何を悲しんでおる。気にせずとも良いのだ、主の父もそのうちに元へ戻ると申しておった。焦るでない。」

維月は、ぽろぽろと涙を流した。

「維心様…我は早よう思い出しとうございます。」維月は維心に訴えた。「我は…我は己の気持ちもよう分からぬのでございまするわ。どうしてこのようなのか…維心様には、我が炎嘉様を想うておると、聞いておられまするでしょう?」

維心は、表情を強張らせた。維月の口から、直接聞きたくなかったからだ。中身は違うとはいえ、この維月は間違いなく以前の維月と同じ姿。炎嘉を、想うておるなどと…。

それでも、維心は気力を振り絞って頷いた。

「それは…確かに聞いておる。」

維月は、維心の胸に縋るように続けた。

「我も、そう思うておりました。炎嘉様が慕わしいと。なのに本日共に歩いて話しておって、我はどうしても炎嘉様の愛情を、心から受けようという気持ちになれなかったのでございます。炎嘉様と歩いておっても、奥宮に居られるであろう維心様のことばかりが気になって…。我がそのようなので、炎嘉様も気が乗らぬならと、早々に切り上げて帰られたのでございます。このように中途半端な気持ちでおるなんて…我は、つらいのでございます。」

維心は、維月の肩にためらいがちに手を置いて、そっと維月を抱き寄せた。そして、自分の袖で維月の涙を拭って、言った。

「維月…はっきりせぬ心に悩むのは、誰しもあることぞ。急いで答えを出すことはないのだ。主は主であるのだから。今の主が炎嘉を選ぶと申すなら、それでも仕方がないと我は思うようにしておるのだ…それが、主が選んだ道であるのだから。」と、まだ溢れる維月の涙をまた拭った。「泣くでない。焦るのではない。我は待っておる。逃げはせぬ。主が、良いように選べば良いのだ。」

「維心様…。」

維月は、維心の胸に顔を埋めた。維心は、そんな維月に驚いたような顔をしたが、黙って抱きしめた。維月は、なぜかホッとするこの胸に、心の奥に別の感情が湧いて来るようだった。いつでも自分を見てくれていて、深く自分を思ってくれる。そして、維心自身の気持ちより維月の気持ちを優先して気遣ってくれる…。

そうして維月は、そのまま長い間維心の胸に抱かれているうちに、うとうとと眠ってしまったのだった。

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