表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
67/133

結果

維心は、龍の宮の玉座で額を押さえた。兆加が、横から気遣わしげに維心を覗き込んだ。

「王?どうかなさいましたか。」

維心は、ふと謁見の間の窓から、外を見た。

「…嫌な予感がしての。何やら我の脳裏を掠めたような気がするのだが、はっきりせぬ。」と、ふっと息をついた。「維月が離れておると、気になってしようがないわ。早よう謁見を済ませて様子を見に参りたいもの。」

兆加は、苦笑して答えた。

「月の宮へお戻りになっていらっしゃるのですから。月と地がついておるのに、維月様に何かあることはございませぬ。夕刻にはお戻りになられまするから、王も謁見を早めに済まされて、お部屋へお戻りを。」

維心は、不安を振り払うように頭を振ると、前を向いた。

「次の者を。」

兆加は、頷いて戸の方へと叫んだ。

「次のかたをこれへ!」


謁見は、思ったより長引いた。だが、これだけ時間が経過すればもう維月が帰っているだろう、と維心は急ぎ足で居間へと向かった。それでも、部屋へ戻った時にはまだ、維月は戻っていなかった。維心はため息をつくと、そのまま居間の窓のほうへと歩み寄り、もう夕焼けの空に薄っすらと現れていた月に向かって言った。

「十六夜?まだ終わらぬか、早よう戻せ。夕刻までの約束ぞ。」

すると、動揺したような波動が月から帰って来た。維心は、なんだろうと片眉を上げる。いつなり、すぐに月から答えるのに。

そのうちに、月から来るかと思った十六夜が、遠く小さな点になって見えた。

人型で、飛んで来たのか。

維心が驚いてそれを見ていると、どんどんとその点は大きくなって来て、十六夜が何かを腕に飛んで来たのが分かった。維月が居ない…今日は帰さないつもりか。

維心は、不機嫌に十六夜が到着するのを待った。十六夜は、維心の前に降り立った。

「主一人か。維月はどうした?まさか、約束を違えるのではあるまいの。」

ふと見ると、十六夜は真剣な顔をしている。維心は、急に不安になった。

「維心…。」

十六夜は、腕の包みを維心へと押しやった。維心はそれを覗いて息をつくと、イライラしていたのも手伝って、皮肉っぽく言った。

「…赤子?僅かな隙に、維月が出産したとでも?」

そんなことを言ったら、いつもなら呆れたように憎まれ口を叩く十六夜が、真面目な顔で首を振った。

「違う。よく見てみろ。」

維心は、怪訝に思いながらも、十六夜に胸に押し付けられるままに、その赤ん坊を抱き取った。じっと顔を見る…この黒髪、維月に似ている。維月の子のはずはない。蒼の子か?

「…蒼の子か?維月は身ごもっておらなんだし。」

十六夜は、それを聞いて今にも泣き出しそうな顔をした。

「そうだったら良かったのに。」十六夜は、赤子の頭を撫でた。「維月だよ。維心、維月なんだ。維織が暴走して、維月が止めようとして、こうなった。親父を呼んで待ってるところだ…どうやら、念が届きにくい所に居るようで、聴こえづらいからまた連絡するって答えが来て、それっきり。今まで月の宮で待ってたが、何の返答もない。お前が呼んだから、とにかく来たんだ。」

維心は、絶句して赤ん坊の顔を凝視した。確かに、維月の面影がある。自分は、維月の赤ん坊の頃は見たことが無かったから、分からなかったのだ。

「そんな…これが維月と?維織はどうなったのだ。維月は元に戻るのだろうの?まさか、このまま元へ戻らぬのでは…。」

十六夜は、暗い顔で首を振った。

「わからねぇよ。親父に聞いてみないと。維織は、自分でもよく分からないままに力を使ったから、自分も赤子になってそのまま意識がない。維月まで赤ん坊になっちまって…蒼も急いで駆けつけて来たけど、どうやったら元へ戻るのかオレにも蒼にも全くなんだ。」

維心は、何も知らずにスヤスヤと眠っている維月を思わず抱き締めた。

「このような姿になってしもうて…!碧黎は何をしておるのだ!維月が大変な時に遊び呆けておるなど!」

「呼んだか?」

いきなり目の前に、碧黎がパッと現れた。十六夜と維心は、仰天して碧黎を見た。大氣も、碧黎の向こう側に現れる。十六夜は、我に返って叫んだ。

「親父!呼んだだろうが、なんで早く来なかった!維心が呼んだら来るくせに!」

碧黎は、横を向いた。

「月の宮から呼んだではないか。大氣と話して月の宮とは今、念が届かぬようにしておる。維織が何やらうるさいからの。無視するのも面倒なので、そうしておるのだ。して、何ぞ?」

維心が、しっかりと包みを胸に抱いたまま言った。

「維月が…維月が赤子に!」

維心がうろたえているのを見て、いつも憎らしいぐらい平静な碧黎が、明らかに動揺した顔をした。

「何を言うておる?維月…」と、包みを無理に覗き込んだ。「維月…なぜにこのようなことに!」

十六夜が、泣きそうな顔で答えた。

「維織に、話をしてたんだ。大氣のこと、もう少し譲り合って気を遣い合ってって。そうしたら、オレと維月を引き合いに出して、オレ達はいくら維月が我がままでもうまくやってると。」

碧黎は、十六夜を睨み付けた。

「主らは兄妹ぞ!ずっと側で世話をしておったのだから、当然ではないか!」

十六夜は、涙ぐんで頷いた。

「オレも維月もそう言ったんだ。そうしたら…赤子になって、大氣に育ててもらうと。それならば、オレと維月のようになれるからと。そう言った途端、いきなり光を出して、維月がそれを止めようとして…こうなった。」

大氣が、じっと赤子の維月に手を翳している。碧黎は、激昂して叫んだ。

「許せぬ!己の我がままを通すため、母まで巻き添えにこのようなことを!」と、大氣を見た。「主らには理解出来ぬだろうが、維織を滅する。さすれば、維月の術は解けよう。」

十六夜も維心も、大氣も仰天したように碧黎を見た。碧黎は、真剣な表情で眉を寄せたまま皆を見ている…十六夜は、思った。これは冗談ではない。

「親父!あれだけ可愛がった孫じゃねぇか!そんなことをして、維月が戻った時にどれほど悲しむと思ってるんだ!」

碧黎は十六夜を睨んだ。

「術を掛けた本人が赤子であったら、術を解くことも出来ぬ!我が解こうにもこの力は大氣の方に似ておるゆえ出来ぬ!我には世に維月より大事なものなどない!ゆえにあやつには消えてもらう!」

論理的だった。

あくまでも碧黎の中では筋が通っているのだ。維心は、それを黙って聞いていた。十六夜が助けを求めて維心を見ても、維心は横を向いて口を開かなかった。

「お前も…維織を消しちまう方がいいと思ってるのか?」

十六夜が、ためらうように聞いた。維心は、頷かなかった。だが、首を振ることもなかった。

「…戻ったら維月に責められるやもしれぬ。だが、我も維月より大事なものなどない。」

やはり、維心と碧黎は同じ思考回路で動いている。十六夜は、救いを求めて大氣の方を見た。大氣は、その視線を受け止めて、息をついた。

「まあ待て、碧黎。確かに維織の力は我の力と種類が同じ。主にはどうにも出来ぬだろう。」

碧黎は、今度は大氣を睨んだ。

「戻せるのか?ならば早ようせよ。」

大氣は、呆れたように首を振った。

「我にもどうにも出来ぬ。だが、探って分かったことがある。維月の意識は、奥の方に残っておる。このまま育てれば、時が来れば戻るだろう。元々、これは月の力で作った思念体。姿はどうにでも出来たであろう?今は意識が真っ白であるから、こうして赤子であるが、維月の意識が開けば、すぐに元へ戻る。それまで待てば良いのだ。」

「待てぬ!」碧黎は、叫んだ。「やっと…やっと命を繋いだ維月を、また数百年待てと申すか!」

大氣は、首を振った。

「数百年も要らぬであろう。いつ開くか分からぬが、育って来ておるうちに何かのきっかけで開くゆえ。」

十六夜も、横から言った。

「親父、維月が戻った時のことを考えろ。自分の子を殺したのが親父だって知ったら、維月は親父を拒絶するかもしれないんだぞ!待てば戻るんだ…ちょっとのことじゃねぇか。オレだって、維心だって待つんだから。」

維心は、眉を寄せて腕に抱いた維月を見つめた。戻るというのなら、何年でも待つが、だが待たずに済む方法があるのならすぐにでも維月を戻したい。そんなに何年も待つなど、針のむしろに居るようだ。だが、確かに十六夜の言うように、維月が戻った時に維織を殺すことに自分が反対しなかったことを知られたら、終生厭われるかもしれない。それだけは、絶対に耐えられない…。

すると、維月の瞼が動いたかと思うと、ぱっちりと目を開いた。維心が驚いてそれでも維月をじっと見つめていると、維月は不思議そうに維心を見ていたが、きゃっきゃと笑った。

その笑い声に、碧黎も十六夜も急いで維心の腕の中の維月を覗き込んだ。

「維月?!」

維月は、びっくりしたようで真顔に戻った。碧黎は、物悲しげにそんな維月を見つめた。

「おお…また育てねばならぬか。だがしかし、ある日元へ戻るのであるから。維月が消えたのではないの。」

十六夜が、頷いた。

「そうだよ、親父。一緒に育ったあの記憶は、無くなったわけじゃねぇ。すぐに戻って来るさ。またしばらくは子守りが大変だが、ま、気長に待とうや。」

碧黎は、複雑な顔をしたが、渋々頷いた。維月に恨まれるのだけは敵わない…時間は余るほどある。待てば戻るのなら、待つか。

十六夜は、碧黎が納得したのを見てホッとして、維心に手を差し出した。

「さ、じゃあ維心。連れて帰るよ。お前も時々見に来い。」

維心は、じっと維月を見ていたが、十六夜から離すように維月を袖の中へと抱きかかえると、首を振った。

「我が育てる。」

十六夜は、びっくりして維心をまじまじと見た。

「何言ってるんだ。お前、自分の子だって乳母と維月が育ててお前が育てたんじゃねぇだろうが。子育てなんかわからないくせに!」

維心は、それでも維月をしっかりと抱きしめて首を振った。

「父だって我を育てたのだ。我も維月を育てられる。」と、まだ自分のことをじっと見ている維月と、視線を合わせた。「遠くないうちに維月は己を取り戻すのだろう。ならば主らのことはまたしっかりと思い出す。だが、我は前世も今生も、維月と赤子から過ごした記憶がないのだ。今が、その機ぞ。我は、維月と幼い頃の記憶を持ちたい。」

十六夜は、ためらうように碧黎を見た。碧黎は、じっと維心を見ている。維心は、その目を離すものかというように維月を抱きしめながら見返していた。碧黎は、フッと息をついた。

「…ま、主の気持ちも分かる。我とて同じ状態ならばそう思ったであろうしの。」と、十六夜を見た。「我は、維心に任せてみても良いと思う。」

十六夜は、冗談じゃないというように碧黎に詰め寄った。

「維月は赤ん坊なんだぞ!維心は子供ばっかり多くて子育てしたこともないのに!大事な維月を、任せていいとほんとに思うのか?!」

碧黎は、腰に手を当てて大袈裟にため息をついて見せた。

「だからなぜに維月を月の宮で育てる必要があるのだ。確かに維月は今生あそこで赤子から育ったが、主だってその頃赤子であったのだぞ?育てたのは我と陽蘭。主ではないわ。維織だって我らが手を貸して育てたではないか。主とて維心とあまり条件は変わらぬ。むしろここの方が、維月を躾ける侍女侍従にも困らぬではないか。我ら躾けなどよう分からぬで、自由奔放に育ててしもうたからの。維月が戻って参った時、ここでの経験も役に立つはず。王族に育てられたら、維月はもっと美しゅうなるやもしれぬぞ?違った維月も、見てみたいもの。」

十六夜は、そう言われて下を向いた。確かに、自分も赤ん坊の時は知らなかった…気が付いたら側に居て、そこからいつの間にか世話をするようになって…。

「だが…維月の性格はああなのに、つらい思いをするんじゃないかって…。」

それには維心が、必死に首を振った。

「ない!我だって維月の性質はよう知っておる。そんな、無理を掛けるような躾けかたはせぬ。大事にする。」

碧黎は、十六夜の肩をぽんと叩いた。

「主が会いに来たら良いではないか。先ほども言うたように、我は良いことだと思う。維月にとっても、維心にとっても。維心とて、子育てというものを経験して更に成長するやもしれぬしの。というて、明日にでも維月が元へ戻る可能性もあるし、分からぬのだが。それでも、試してみる価値はある。」

十六夜は、渋々ながら頷くと、維心に寄ってその腕の中の維月を覗き込んだ。維月は、まだぱっちりと目を開いていて、覗き込む十六夜をじっと見返した。十六夜は、そんな維月の頭を撫でると、言った。

「維月、毎日様子を見に来るからな。維織だって赤ん坊になっちまってるし、親だしなあ…。今はオレしか居ないんだから、オレが見ててやらないと。大氣が育ててくれるだろうけど。」

すると、大氣がこちらから眉を寄せて言った。

「誰が?我が子育てと?」と、首を振った。「悪いが、我は子育てなど出来ぬ。」

え、と維心も十六夜も大氣を見た。

大氣は、逆に何を見るのだ、というような目で見返している。

もう外は暗くなり、月が冴え冴えと美しく出ていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ