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戻りたい

次の日に、維心は朝から、兆加を部屋へ呼んだ。

「兆加、今日、明日の予定を開けよ。我は維月と月の宮へ行って参る。」

兆加は、驚いたように維心を見た。

「なんと?!王、本日は謁見の日でございまする!もう、早朝より各宮々からご到着なさっておられ、後は王がお出ましになるばかりと思うておりましたものを…今更、このご予定を変えることは出来ませぬ!」

維心は、渋い顔をした。そうだった、忘れていた。

維月が、横から慌てて言った。

「まあ…。では、私が一人で参りまするから。維心様は、どうぞ謁見の間へ。」

維心は、維月を恨めしげに見た。

「一人でなど。また長居をするのではないのか。」

維月は、困って口元を袖で押さえた。このままでは、許してもらえないパターンだ。なので一瞬で考えて、言った。

「ならば、私は今夕には戻りまするわ。あちらで、維織に話すだけでございますから。それでよろしいでしょう?」

兆加が、どうしても行くと言われてたまるものかと、急いで横から頷いた。

「はい、王妃様。本日は謁見の数が多うございますので、王におかれましてもこちらへお戻りは夕刻になられるかと。それまでに、お戻り頂ければ、きっと王もお許しくださいまする。」

二人は、必死の表情で維心を見る。維心は、それを見てしばらく黙ったが、ふーっと息をついて、渋々ながら頷いた。

「しようのない。では、今夕まで。我がここへ戻るまでに戻っておるのだぞ、維月。」

維月は、ぱあっと微笑んで、何度も頷いた。

「はい、維心様。では、手っ取り早く月から行って、月から戻って参りまするわ。その方が早く行き来出来まするから。」

維心は、維月をじっと見つめると、その額に口付けた。

「早よう帰れ。ほんに主は、目を離すとどこへ参るか分からぬからの。」

維月は、苦笑した。

「もう、子供ではありませぬ。そのようにご心配なさらないで。」

そうして、維月は維心に見送られて、光に戻ったかと思うと、月へと帰って行った。


月の宮へと実体化すると、十六夜が驚いたように維月に寄って来た。月へ戻った瞬間、十六夜には気取れるので、どこへ実体化するのかも分かるのだ。

「なんだ維月、維心と飛んで戻って来るんだと思ってたのに。あいつはどうしたんだ?」

維月は、十六夜に寄って行って手を繋ぎながら答えた。

「今日は大きな謁見の日だったの。それで、兆加が困っていたから、今日中に帰るって言って、慌てて帰って来たのよ。」と、十六夜と手を繋いで庭を宮へと歩きながら、続けた。「それで、維織は?」

十六夜は、ため息をついて表情を曇らせた。

「お前、蒼に大氣と話したこと伝えろって言ったろう?蒼は、素直にそのまま話したんだが、そうしたらどうしてお母様には話しに行けて、自分には来ないんだと更に怒ってなあ…。維月にだけ話したんじゃねぇ、オレにもだ、両親だからなってオレが言ったら、自分は妻なのにってさ。取り付く島もねぇんだよ。もうお前に頼むしか、オレにゃああいつの女心ってヤツはわからねぇなあ。」

維月は、思ったより意固地になってるんだわ、と顔をしかめながらも、頷いた。

「私が言っても聞くか分からないけれど。話してみるわ。それにしても、維織はどうしたのかしら。あんなに素直で可愛い子だったのに。」

十六夜は、肩をすくめた。

「あれから結構経ってるし、大氣と過ごしててオレ達はノータッチだったからな。変わりもするだろ。さ、とにかく維織の部屋へ行こう。」

そうして、二人は仲良く並んで宮の中を大氣と維織の部屋へと急いだのだった。



維織は、いつもと変わらぬ様子で正面の大きな椅子に腰掛けていた。ただ、いつもは訪ねると仲睦まじげに共に横に座っていた、大氣が居ない。それだけで、この居間ががらんと広すぎるように維月には見えた。

そう思うと、とてもかわいそうな気もしたが、だがしかし、ここで甘やかしてはいけない。神世では、どうしても男の力の方が強いので、女は賢く立ち回って男を誘導し、自分の思うように生きなければならないのだ。それが出来てこそ、神世で上手く生きて行けると維月は思っていた。

維月を見た維織は、途端に拗ねたような顔をした。

「お母様…。」

それでも、それ以上は言わない。常は龍の宮に居て、しょっちゅう顔をあわせるわけではない維月には、維織も少し遠慮があるらしい。しかも、龍の宮に厄介になっていた頃には、維心という王の絶対的な力は目の当たりにしていた。その妃であるこの母が、龍達にどれほどに大切に扱われていたのか、見ていて知っていたのだ。

十六夜は、黙って維織の前の椅子へと腰掛ける。維月も十六夜に並んで維織と向かい合った。

「維織…お父様からいろいろ聞いておってよ。大氣が戻って参らぬこと、大氣だけのせいだと思うておるのではない?」

維月は、いつも龍の宮で維明や維斗、それに瑠維に使うのと同じ言葉使いで言った。少し堅苦しいので月の宮で維心が居ない時はもっと砕けた言い方をするのだが、今の維織にはこのぐらいがいいのではないかと思ったからだ。

維織は、少し気圧されたようだったが、それでも答えた。

「ですがお母様、我は何も悪いことなどしておらぬのですわ。それに、無理を言うておるのでもありませぬ。ただ、留守にするのなら一言欲しいと申しておるのです。このように長く、理由も分からず放って置くなどおかしいのではありませんか。」

維月は、それには頷いた。

「そうね。確かにそれは大氣が悪いと私も思うてよ。でも、あなたはどう?大氣の気持ちを思いやったことがあって?あなたがどのように怒っても、困ったように笑って聞いてくれておったのだと聞いておるわ。」

維織は、そこは素直に認めた。

「確かにそうでありました。ですが、それについては大氣様も我には何も申されませんでしたわ。我らの間のことは、我らのことだと思いまする。」

維月は、ふっと息をつくと、頷いた。

「ええ。夫婦間のことを、親がとやかく申すのは間違っておるかと思うておるわ。けれど、あなた達は普通の神とは違う。正確には私達、月の眷族と呼ばれる命は皆、普通とは違うの。お父様だって、神とは感覚が違うでしょう。お祖父様もそう。私は、前世の記憶を戻したからこのようだけど、本来はもっと我がままで自分勝手で、神とは全く違う性質だったわ。維織、あなたは神の中で育てた。でも、大氣は古来から生きている、私達と同じ命なのよ。お祖父様と同じように、気ままで好きな時に好きな所へ出かけ、好きなことしかしない命。自分が信じたことしかしないし、こちらの言うことも聞かない命だったのよ。それが、こうして交流をして、やっと今神のような感覚も覚えて参ったの。分かるかしら?本質は全く変わらないわ。ただ、合わせてくれておるだけなのよ。」

維織は、維月を睨むように見た。

「それでも、長く共に居た間に、それらしく覚えてくださって、感覚も似ておったと思うておりまする。」

維月は、首を振った。

「それはあなたの思い込みよ。大氣は全く変わっておらぬわ。最初こそあなたを想う気持ちがあるから、何でもあなたの言うようにと合わせてくれておったけれど、段々に苦しくなって参ったのね。大氣が合わせてくれておるのなら、あなたも合わせなくては。夫婦は、どちらか一方が我慢しているのでは、長くは続かないものなのよ。我慢しておる方が、息切れしてしまうわ。」

維織は、強い視線で維月を見たまま、言った。

「それは、大氣様が我に我慢がならぬとおっしゃったと言うことですの?」

維月は、この娘の頑なな様子に少し困った。

「…このままでは、戻れぬとは申しておったわね。維織、何事も強要はしてはなりませぬ。わかる?己の望みだけを押し付けてはならないの。大氣にも、触れられたくないことがありまする。誰にでもそんなものがあるもの。この先心底想い合うことが出来たなら、いつか大氣も話してくれるかもしれませぬ。なので、相手が困ったように黙ったりしたら、そこは突き詰めぬのが賢い女のやり方よ。必要ならそのうちに、準備が出来た後に話してくれるでしょうから。まして大氣には、他に女の影もないでしょう。贅沢を申してはなりませぬ。」

維織は、弾かれたように立ち上がった。

「そのような!お母様は大氣様と我が、心底想い合っておらぬとおっしゃるの?!」

維月は、急に維織が立ち上がったのでびっくりした。女神は、こんな動きはしないので、ついぞ見ない動きに焦ったのだ。十六夜が、慌てて横から言った。

「こら維織!ちゃんと話を聞かないか、お前はせっかく龍の宮で学んで来たことを、すっかり忘れっちまってるんだぞ!」

維織は、十六夜を見た。

「お母様だって、普段はこちらで自由にしておられるじゃない!龍の宮で龍王様といらっしゃる時は、それはお仕事であられるから王妃らしくしてらっしゃるけれど、お父様には我がままでいらっしゃるわ!それでも、お父様は笑って聞いてらっしゃるではないの!我と大氣様も、お父様とお母様と同じように、月の眷族同士なのだから、同じなのではないの?どうして、我だけがそのように言われなければならないのよ!」

それを聞いて、維月は困って十六夜を見た。十六夜は、ため息をついて、それから答えた。

「…オレと維月は、生まれた時から一緒の兄妹だった。一緒に育ったし、お互いを深く理解してる。だから、今更我がままだからってオレ達の心が離れることなんてねぇ。同じ月だしな。だが、お前と大氣はお互いにすっかり成長してから出会った。大氣なんて、数千年生きてるんだぞ。いや、もっとかも知れねぇ。まだお互いに知らねぇ所も山ほどあらぁな。そんなに簡単に、分かり合えるなんてオレには思えねぇ。」

維月は、下を向いた。確かにそうなのだ。自分達はずっと一緒で、本体まで一緒で、離れることなどない。その安心感から、わがままになる。なので、ケンカもする。だが、維心とはどこか緊張感が残っている。嫌われてはと、考えて話すことも多い…。

「…本当にそうなのよ、維織。」維月は、横から維織を見上げて言った。「私も十六夜には、甘えてしまうわ。維心様には、どうしてもどこか気を遣って話しているところがあるけれど、十六夜だけは絶対に離れてしまわないのが、魂の底から分かるから。なのであなたにそんな風に見えていて、それを真似たのだと言われたら、ごめんなさいと言うよりないわね。でも…分かって欲しいの。私と十六夜は、特殊なのよ。こんな例は少ないわ。維心様と私を見ていたから、分かるでしょう。いつも気を遣っておったでしょう?ここで子供のようになるのは、十六夜が私の全てを知っていて、それでも離れないのを知っておるからなの。でも、残念ながらあなたと大氣は違うわ。真似るのなら、維心様と私を真似た方がきっと上手く行くと…」

維月がそこまで言った時、維織は涙を流してうつむいた。維月は、口をつぐんだ。十六夜が、困ったように維月を見る。維月も、どうしたものかと維織を覗き込んだ。

「維織?大氣があなたを愛しておらぬと言うたのではないわよ?慕わしいからこそ側に居る、と申しておったもの。ただ、まだ知らぬところがあると申しておったの。これから、もっとあなたの良いところを知ってもろうたら良いではないの。大氣は、そうすればこちらへ戻って参るわ。もう少し、我がままを抑えて…お互い気遣うことを、努力して…。」

維織は、小さく呟いた。

「…なぜに、我は大氣様の近くで育たなかったのでしょう。」維織の声は、聞き取りづらいほど小さかった。「その機会はありましたのに。我は、お父様とお母様のような夫婦になりたかった。いつも、お母様がお幸せそうだったから…。」

十六夜は、悲しげに維織の顔を、維月と同じように覗き込んだ。

「仕方がないさ。これから知り合って行ったら、こうなるかもしれねぇじゃねぇか。落ち込むことない。」

維織の手が、いきなり光輝いた。突然のことに、十六夜も維月も面食らった。維織が、力を使うところは見たことがない。そんな必要がないので、使って来なかったからだ。

「維織?!何をするつもり?!」

維月が、叫んで立ち上がって維織の腕を掴んだ。維織は、顔を上げずに答えた。

「…赤子に戻りまする。さすれば、きっと大氣様が我を育ててくださるから…。」

十六夜が、仰天して首を振った。

「何を言ってる!そんな不自然なことしたら、何が起こるかわからねぇ!」

維織は、首を振った。

「もう決めましたの!我には、きっと出来るはず!」

維織は、維月の手を振り払って光る手の平を自分へと向けた。

「駄目!!やめなさい、維織!」

その部屋に、閃光が走った。

十六夜すら、その瞬間は光以外何も見えなかった。

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