それぞれの気持ち
蒼は、十六夜と月から話していた。
「じゃあ、丸く収まったんだな?維心様も、納得してらしたのか?」
十六夜の声は答えた。
《ああ。オレもな。なんだかんだ言って、確かに維月次第なんだって、維心に言われて気が付いた。だから、あんまり気にしないことにした。》
蒼は、ホッとして椅子へと沈み込んだ。
「良かったよ。オレ、実は碧黎様と大氣が話してるのを聞いて、どういう考え方なのか、本当は知ってたんだ。でも、きっと気にするだろうと思って維心様にも十六夜にも何も言わなかった。だって、見た感じ何も変わらないし…碧黎様が命を繋いだって言っても、それで子供は出来ないんだしさ。でも、陽蘭様も命を繋ぐ意味って知ってるのかな?知ってたら、うるさいほどにそれをしろって言ったと思うんだけど。」
十六夜の声が、考え込むように言った。
《確かになあ。お袋の性格だと、数百年前からうるさいほど言ってたと思うから、きっと知らねぇんじゃないか。》
蒼は、息をついた。
「でも、ってことは維織をどうやって説得するかってことだよな。顔が十六夜に似てるし、龍の宮で教育されてたから、すっかり模範的な女神みたいに思ってたけど、実際はやっぱり母さんの子だったし、陽蘭様の孫だったって感じで。大氣が何を言っても、退かないんじゃないか?一旦は黙っても、思い出すたびに不機嫌になるとか。」
十六夜の声が、疲れたように言った。
《確かにそうなんだよな。だが、維月がお灸を据えるとか言ってたからさ。あいつに叱られりゃ、おとなしくなるだろ。》
蒼は、維月の前世を思い出して、思わず身震いした。確かに、母さんは怖かった。自分が叱られてるんじゃなくても、兄弟姉妹達は皆、びくびくしていたものだった。
「上手く行けばいいけど。なんかさ、大氣達ってあっさりしてて、駄目だと思ったら追いすがったりせずにさっさと頭を切り替えてしまうだろ?だから、何かあって維織が後から後悔して謝ったとしても、冷たくあしらうんじゃないかなあと心配なんだ。」
それは十六夜も思っていたらしい。困ったように息をついた。
《そうだよなあ。親父も大氣も、あっさりしてるところは残酷なほどあっさりだ。それまで執着してそうでも、自分の中で切り捨てちまったら見向きもしねぇ。興味がなくなったら、それまでどんなに親しくしてたって関係ないからな。ま、不死でここまで来たんだし、そうでもなけりゃ先に死んでく奴らを黙って見てるなんて耐えられないだろうけどな。》
体が重い。酒も手伝って眠気が半端ない。蒼は、とにかくは心配していたことの一つが収まったので、良しとしようと思った。
「じゃ…もう寝るよ。宮の方を頼む。」
十六夜は、月で頷いたようだった。
《ああ。オレの結界をどうにかなんて、誰にも出来ねぇけどな。》
そうして、蒼は久しぶりに穏やかに眠りについたのだった。
「王。」
明け方、維心は自分を控えめに呼ぶ声で目を覚ました。隣りを見ると、維月はまだよく眠っている。維心は薄っすらと微笑んでその額に口付けると、起き上がって寝台を降り、袿を羽織って居間へと出た。
すると、義心が膝をついて頭を下げていた。
「分かったか。」
義心は、顔を上げた。
「は。筆頭軍神と懇意でありまするので、宮の状況をある程度。詳しいことは、あちらへ潜んでみなければ分からぬかと。」
維心は、頷いた。
「良い。知りえたことだけ申せ。」
義心は、頷いて続けた。
「宮では、未だ王座を狙う二人の焔様の兄君が、此度神世へ帰ることに対して疑問の声を上げている臣下達を抱き込んで、何やら画策しておるようで落ち着かぬのだと聞いておりまする。焔様は月の宮への訪問の後から、気が大きく乱れることが増え、それに伴い今まで押さえておられた感情なども表に出されるようになられ、勘気に触れることを恐れる臣下達はびくびくと過ごしておるとのこと。どちらにしても、宮が落ち着かぬのには変わりないかと。」
維心は、息をついて明けて来る空を遠く居間の窓から見つめた。
「そうか…まああれの力であれば、謀反の方は問題ないであろうが、しかしあやつ自身が落ち着かぬのは困ったものよな。何が原因であることか…。」
月の宮で共に過去を見て回った時には、何も変わらなかった。一旦戻った時も、焔は落ち着いていたもの。それが、帰る頃にはすっかり気が乱れて、焔自身も疲れたと言っていたものだった。あれは、確かに維心も疲れたが、あんな風に動揺するような過去だったのは、維心と炎嘉の方。焔にとっては、知っている過去であったはずなのだ。それが、自分の目を見ることも出来ぬように、落ち着かぬ様子だった…。
自分の目を見れない?
維心は、ハッとした。焔がまともに目を合わせなくなったのは、過去と現在の狭間から戻った後からだった。焔は、何を見ていたのだった?…維月と十六夜、そして自分の過去だ。
「まさか…」
維心は、小さく呟いた。しかし、ありえぬことではない。自分も、維月の生き様やあの強い性質を知って、いけないと思いながらもどんどんと惹かれて行く自分を引き戻せなかった。もしや…もしや焔は…。
「王?」
維心があまりにも思いつめたような顔をして黙っているので、義心が不思議そうに呼びかける。維心は、我に返って義心を見た。
「義心…」維心は、居住まいを正した。「焔は、維月の前世の過去を見て戻った後から、あのようだった。」
義心が、息を飲んだ。では…もしかして焔様は維月様を?
義心の表情を見て、維心は言った。
「主も、そう思うか。焔は、思えばあの後から我と目を合わせぬようになった。それまでは、炎嘉とよう似た風情の、落ち着いた様であったのに。」
義心は、下を向いた。
「は…。ならば焔様にも、恐らくはおつらいことでございましょうな。恐らく、今が一番おつらい時期ではないかと…。」
義心にも、分かっていた。叶わぬ思いに身を焦がすことには、自分はもう慣れていた。だが、この心境に行き着くまでのその始め、それがどれほどにつらかったか。どうあっても手にすることが出来ないものを、ただそれだけと求めるつらさは、並大抵のことではない。
「主にしてはおかしなことと思うやもしれぬが、我にも分かる。」義心が、驚いたように維心を見上げると、維心は苦笑して続けた。「我だって、何もなくここまで来たのではないからの。我が唯一欲しいと思ったものは、我が唯一抗うことが出来ぬ月の妃だった。己の気持ちに気付いた始め、どれほどに苦しいと思うたか。なので、分かるのだ。」
義心は、それを聞いて黙って頷いた。そう、この王ですらそうだった。叶わぬものに恋焦がれ、そうしてどうにもならぬ想いに苦しくて身悶えする。唯一の月で、あるがゆえ…。
「…では、どう致しましょうか。真偽を確かめて参りましょうか。」
維心は、首を振った。
「良い。恐らくは思うた通りであろうしな。それに炎嘉が気付いておろう。あれらは元は同族。炎嘉にそれとなく聞いてみる。主は引き続き鷲の宮の動きだけは見ておれ。焔が本調子でない時に、あれの兄が仕掛けて参ったら面倒であるしな。」
義心は、頭を下げた。
「は。」
そうして、義心は出て行った。維心は、朝日が昇って来て光り輝く庭を眺めながら、じっと考えに沈んだ。焔も、こんなことは望まなかっただろうに。気持ちは分かる…だが、維月は誰にも渡すつもりはない。
維心は、改めて気持ちを固めていた。




