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納得

十六夜は、維心の居間で疲れ切ったように椅子へと沈んでいる。維心と共にいつもの席へと並んで座っている維月は、まだ考え込んでいた。維心は、やっとのことで二人をここへ落ち着かせたが、この後どう話を進めて落ち着かせて、無事寝室へと向かおうかと悩んでいた。

すると、十六夜が言った。

「…お前が、羨ましいよ。」十六夜は、恨めしげに維心を見ている。「こんな時にも、そんな風に落ち着いてられて。合理的だとか何とか考えて、場を収めたんだろうが。」

維心は、ため息をついた。

「違う。だが、あの場合何を言うても堂々巡りぞ。碧黎には我らの気持ちは理解出来ないし、我らにも碧黎の気持ちなど理解出来ない。お互いに分からぬのに、感情をぶつけ合っても無意味なのだ。これ以上ごねて、碧黎が、では維月を連れて参るとか言うたらどうするのだ。少なくとも、あれは約束を違えておらぬ。維月を、我らの基準の婚姻対象としておらぬのだからの。命を繋ぐのがどういうことなのか我には分からぬが、しかし我の価値観から見たら確かに、だから何ぞ、といった感じぞ。心は繋いでおるし、体も繋いでおる。我はそれが邪魔されぬのなら、満足ぞ。これ以上、何を求めるのだ。どうせ、命を繋ぐことなど出来ぬのだからの。」

十六夜は、維心を軽く睨んだ。

「お前はな。だが、オレは同じ命なんだぞ。出来るのに、それを禁じられる気持ちが分かるか。いうなれば、それがオレ達みたいな命にとって、最高のことなんだろう。オレだって、婚姻ってのがどうもしっくり来ないんだ。だが、それが愛情表現だって言われたから、ずっと続けて来ただけで。親父にとってそれが最高なら、オレにとってもそうだろう。なのに、出来ないんだぞ。」

維心は、深く息をついて維月を見た。

「主は…己だけの価値観でしかものを見れぬか。我は、こうも考えたのだ…維月は、どうなのかとの。」

維月が、我に返って維心を見上げた。

「どういうことでございましょう。」

維心は、頷いた。

「維月の価値観は、我らと同じ。つまりは、維月の愛情表現は、我らと同じ方法であろう。主が我から愛情を感じるのは、心を繋いだ時か、体を繋いだ時か?」

維月は、少し赤くなった。

「あの…両方でございますわ。ですけれど、私にとっての婚姻は、やはり人や神と同じでしょうか。命を繋ぐというのは、愛情表現という感覚ではありませぬ。」

維心は、頷いた。

「そう。我は、それを考えた。主はそういう感覚でないから、我らに簡単に命を繋いだことを話したのであろうしな。なので、碧黎にああ言ったのだ…己の価値観で相手を愛しても、それが必ずしも相手に伝わるとは思えなかったからだ。」

十六夜が、気だるげにしていた身を起こした。

「そうか…そうだな。受ける側の維月の問題だ。オレは、だからこそ人や神の愛情表現を学んだんだしな。」

維心は、頷いた。

「己の価値観だけで相手を愛しても、それは自己満足でしかない。受ける維月のことを考えて、如何に維月に自分の愛情を知ってもらうかだと、我は思う。」と、維月の手を握り締めた。「なので、我は良いと思うた。碧黎は、我らの邪魔はせぬと言うたのだ。ならば、良いではないか。何も変わらぬ…あやつは、己が満足すればそれで良いのだから。」

維月は、維心を見上げて微笑んだ。

「維心様…。」

十六夜が、横から言った。

「お前…ほんとに冷静だよな。親父が、自分と同じ知能って言ってたが、ほんとにそうだ。なのに親父より神世に通じてるから、親父も思ってもないことも、瞬間的に思いつく。羨ましいよ、オレは息子だってのに、親父には全く敵わねぇんだからな。」

維心はそれには、鬱陶しそうに横を向いた。

「ああ、あれに似せて作られたらしいからの。ほんにもう、面倒よ。我もあのようだと言われておるようで、おもしろうない。」

十六夜は、やっと笑った。

「ああ、お前って時々そっくりなことを言うもんな。同じ思考回路なのかもしれねぇぞ?だから維月にゾッコンになるのも、まあ分からないでもないけどなあ。」

維月が、ふふと笑って言った。

「確かに、維心様はとてもよう似ておられる時がありまするわ。考え方がよう似ていらっしゃるから、私はお父様のことも慕わしく思う時があるのかも…。」

維心は、困った顔で維月を抱きしめた。

「困ったものよな。我を慕わしく想うておるのは分かるが、似ておってもというのはならぬ。」と、ため息をついた。「ほんに…今は他に厄介な男が居らぬのが救いよ。碧黎は、なんやかや言うても維月に手を付けたりせぬから。」

十六夜は、大真面目な顔で頷いて、ソファに座りなおした。

「確かにな。そう思うことにするよ。お前の言う通りだと思うし、やっぱりこんな命とか言っても、結局は維月次第なんだからな。」

十六夜と維月が穏やかな顔つきに変わったので、維心はホッとして言った。

「では、落ち着いたところで維織と大氣のことであるが。」十六夜と維月は、また表情を硬くした。維心は、苦笑しながら続けた。「…大氣にどうして欲しいか、言う約束ぞ。」

十六夜は、ためらいがちに維月を見た。維月は、心配そうに十六夜を見ている。十六夜は、言った。

「…なんて言ったらいいのか。オレ達の価値観が通じねぇ相手なのに、オレ達は勝手に同じになったと思い込んでたからな。」

維月は、頷いた。

「大氣は、他の女のかたに見向きもしなかったし、もちろん手を出したりなど全くありませんでした。維織と二人、幸福そうであったので、私もすっかりあの二人に問題など起こらないと思い込んでおったのですわ。」

維心は、頷いた。

「そうであろうの。こちらの価値観に照らし合わせたら、大氣は大変に誠実な夫であった。だが、あちらの価値観では、違ったのだの。」

それには、さすがに維月もつらそうな顔をした。十六夜が、答えた。

「大氣にしたら、こっちが望んだ通りの生活をしててくれたわけだからな。文句を言いようがない。だが、ああもはっきりよく知らない命だからそこまで想ってないとか言われちまったら、オレにもどうしたらいいのか。」と、長い息をついた。「大氣があんな風だから、維織もすっかり信じ切ってて。だからっていうか、我がままになっちまっててよ…つくづく、維織とおふくろは命が繋がってるんだなとか、思っちまう。」

維心は、それを聞いて両方の眉を跳ね上げた。

「何と申した?維織は、陽蘭に似て参っておるのか?」

十六夜は、渋々ながら、頷いた。

「ああ。愛されてるって自信があると、女って我がままになるって聞いたことがあるんだが、まさにそんな感じかな。それでも大氣は苦笑しながらも聞いてやってたから、あいつらのことだしオレは口出ししなかったんだ。」

維月は、それこそ全てが終わったように力を抜いた。

「もう…本当にそうやって甘やかされるものだから、更に我がままになってしまっておったのですわ。自分が求めて、大氣が否ということが無かったのでしょう。此度のことにしても、もしや自分が無理を言うてしまったのでは、と案じるのではなく、ただ大氣が悪いのだとそればかり。つまりは、自分と心を繋がぬことも、ひと月無断でどこかへ出掛けていることも。それでは殿方は逃げてしまうわよ、と申しても、聞かぬのですわ。あの子は大氣しか知らぬのですから、仕方がないのですけれど。」

維心は、驚いて聞いていたが、口を開いた。

「なんとの。女は変わるか。ここに居った時には、普通に淑やかな女神であったが。」

維月は、苦笑した。

「人妻になって時間も経つと、変わって参る女も居りまする。ここは少し…維織にも、お灸を据えた方が良いのかもしれませぬわね。」

それには、十六夜も大真面目に頷いた。

「そうだな。大氣に命を繋ぐに値する女だと思わせるためには、ちょっと謙虚さを思い出ささないと。よく考えたらあれだけ我がまま放題で、よくここまで付き合ってくれてたなって感じなんだしよ。オレも、客観的に考えられるようになったよ。ここへ来て良かった。」

維月は、頷いて十六夜を見上げた。

「じゃあ、維織にはまた話に行くことにして。今日は、とにかく休みましょう。何だかいろいろと、疲れてしまったわ。」

維心が、慌てて言った。

「まさか、十六夜は今夜泊まって参るとか言うまいの。」

十六夜は、意地悪げに笑った。

「そうしてもいいぞ?」だが、すぐに首を振った。「いいや。今日は帰る。月へ帰って、蒼にも報告しなきゃな。あいつも、心配してくれてたんだし。」

維月は、十六夜に微笑みかけた。

「お願いね。じゃあ、明日またどうするか考えましょう。」

十六夜は、維月に近付いて額に口付けると、頷いた。

「よし。じゃあな、維月。」と、維心を見た。「維心。お前が居て、ほんとに良かったよ。オレ、結構悩んじまうんだよなあ。お前のお蔭で、悩まなくて済む。」

維心は、肩をすくめた。

「お互い様よ。我も一人では、負いきれぬわ。主と二人であるから、己は冷静であらねばと頭も働くのだ。」

「それって、喜んでいいのか?」

十六夜は笑って言うと、窓へと寄って光に戻り、月へと打ち上がって行った。

維心と維月は、やっと一日が終わった、と、ホッとして奥へと入って行ったのだった。

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