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過去と現在の間

十六夜が、維月の手を握ってじっと目を閉じて座っている。

その回りには、皆が円を描くようにソファに背を預けて目を見閉じていた。その中には碧黎も居て、維月はそれに寄り添うように目を閉じていた。

維心が、顔をしかめた。

「なぜにこんなことになっておるのだ。碧黎とは会わぬと言うておったのに、隣に寝ておるなど。」

炎嘉が、維心の後ろから横へ並んで言った。

「まあ待たぬか。恐らくは碧黎の不調でこのような事になっておるから、維月が治そうとしておるのだろう。どうせならもっと前に着けば良かったかの。そうすればどうなってこなっておるのか、見ることが出来たであろうが。少し戻るか?」

維心は、じっと考え込むように首をかしげていたが、また顔を上げた。

「…無理ぞ。飛ぶ前に調べておけば良かったの。過去の映像の中で現在へ近い時間へ飛ぶことは出来るが、更に過去へは我には無理だ。今探ってみたが、何かの力に押し返される。」

焔が、じっと目を閉じている自分の姿を見ながら言った。

「…若いの。こうして己の姿を客観的に見る時が来ようとは。」

炎嘉が、苦笑しながら言った。

「確かに、あの過去の焔に比べると重みが足りぬなあ。まあ、まだ成人したばかりであろうが。そのうち嫌でも歳を取るわ。」

維心は、維月に歩み寄った。

「目の前に居るように見えるのに、僅かばかり過去の映像でしかないとは。何やら長く会っておらなんだような気がしてならぬ。」と、維月の頬に手を差し伸べた。その手がスッとすり抜けるのを、せつなげに見つめて、維心は息をつく。「何も出来ぬとは…この様子では一人で戦っておるのだろう。」

炎嘉は、維心に並んで維月を見下ろした。

「いつなり、維月はこうして戦う女であるの。だが、大抵が勝ち戦であるから。案じるのは良そうぞ、維心。十六夜がこうして、力を与えておるようではないか。」

維心は、じっと見つめながら言った。

「これは、維月に念を飛ばしておる様。恐らくは精神世界かどこか、面倒な場へ降りておるのだろう。だが、十六夜と維月は対であるから…恐らく、よう声は聴こえておるであろうの。羨ましい限りよ。」

どこか寂しげな維心に、炎嘉はその肩に手を置いて、言った。

「主だって、維月の声を聞いたではないか。維月は、主のためにもこうして戦いに向かったのだ。そのように言うでないぞ。」

そうやって話す二人の後ろで、焔は複雑な関係に考え込んでいた。炎嘉も、維心の妃を想っているという。だが、維心が暗く沈んでいると、炎嘉は維心を気遣って声を掛ける。そこは、友であるので放って置けないという炎嘉の性格が関係しているのだろう。

次に、焔は維月を見つめた。確かに、こうして見ると美しい。気が強そうでありながら、自分が今まで知っている気の強い女特有の棘があるような感じは全く受けなかった。どこか清々しさまで感じる、このあっけらかんとした強さは何だろう。

じっと見つめていると、その癒しの気を感じた。そういえば映像でも、気を感じ取ることは出来るのだ。珍しい気だと、初めて会った時にも思ったが、これほどに優しい包み込むような気を発する女だったろうか。

その感じたことのない気に、焔は眩暈を覚えた。気分が悪くなるのではなく、心地よく酔うような感じだ。

「焔様?」蒼の声が、横から言った。「どうかしましたか?」

焔は、ハッと我に返った。今、あの気にこのまま飲まれても良いと思った…。

「いや、大丈夫だ。長くこうして居るせいか、少し疲れたやもしれぬ。」

すると、炎嘉と維心がこちらを向いた。

「疲れたか?意識だけとはいえ、ずっとであるものな。」と、自分の体を指した。「その上にでも座って、休めば良いわ。我らもそうするかと言うておったところ。まだ時間が掛かりそうであるしな。」

それを聞いて、蒼は眠る自分の上に、おそるおそる腰掛けた。すると、案外に具合がいい。

「あ、結構しっくり来ます。」

炎嘉が、笑った。

「それは本当ならその中に居るはずであるからな。それが抜けておるのだし。しっかり戻れぬのが面倒よ。」

維心も、自分の体に歩み寄った。

「何か体に合わぬ着物でも着せられておるような。」と、そこへ横になった。「ああ、これはならぬわ。完全に入ると回りが見えぬ。座っておるほうが良いぞ。」

炎嘉が、飛び込むように自分の体へと座って横になった。

「我は少し寝る。何か面倒が起きたら起こせ、維心。」

維心は、炎嘉を軽く睨んだ。

「別に眠らずとも死なぬわ。実際は完全に寝ておるのだからの。困ったヤツよ。」

そう言っている間にも、焔は自分の体にすっぽりと入っていた。ホッとする…やはり、ここへ戻りたいようだ。ずれているようで、変な心地だが、やはり安らぐ…。

「焔?」炎嘉の声が言う。しかし、焔は答えない。「ああ、そら見よ、焔とて疲れてもう寝入っておるわ。」

その声を最後に、焔はすーっと眠り込んで行った。


維月は、いつ果てるとも知れぬ深い闇の中を降りていた。

少し遠くなったが、それでも十六夜の声がまだ聴こえる。なので、どんなに暗くても怖くは無かった。何かあれば、十六夜に向かって一気に飛べばいいのだ。

十六夜は、それを知っているのかずっと維月を呼んでくれていた。維月もそれに、自分の気を瞬かせるようにして応え続けていた。十六夜に、自分が正気を失っていないことを知らせるためだった。

《深いな。まだ先なのか。何も見えないか?》

十六夜の念の声が、維月に訊ねた。維月は、遠いので答えるのは難しかったが、頑張って念を飛ばした。

《全く何も見えないの。十六夜の声が無かったら、上も下も分からないほど真っ暗なのよ。》

十六夜の声は、心配そうに揺れた。

《…お前の声がさっきより遠くなった…。ボヤけてるような。》

維月は、そう言われて初めて自分の姿を見た。人型が崩れて、薄くなっている。今にも光に戻りそうだった。

どういうこと…?意識はこんなにハッキリしてるようなのに、人格が消えて来ているの…?

維月のためらいは、十六夜まで届いたようだった。十六夜は、慌てたように言った。

《駄目だ、戻れ!親父はもう、深く潜って親父じゃねぇんだよ!お前の人格まで消えちまう!人型が崩れてるんじゃないのか!》

維月は、そう言われて、確かに、と思った。父の光はまだ見えない。それなのにもう、自分の体は光に戻りそうになっている。ならば、これより深く潜っている父は、既に無に…。

つまりは、そこまで降りたら自分も同じになるということだ。

《でも…十六夜…ここで戻ったら、みんな…。》

十六夜の声は、叫ぶ。

《戻れ!黄泉へ行こう、将維に頼むんだ!お前、このままじゃ人格が無くなって生きながら無に返っちまう!黄泉へも行けなくなるんだぞ!維心にすら会えなくなってもいいのか!本当の消滅なんだぞ!》

維月は、迷った。十六夜の言う事は間違っていない。でも、月も地も意識のない空の状態になった神世で、次の龍王の維明はどうするのだろう。地上がどうなるのかも分からない。そんな所に、皆を遺しては…。

《ああお父様》維月は、何も見えない深い闇の中に叫んだ。《助けて!地上を、皆を見捨てないでくださいませ!私は…あなたが居らねば黄泉にすら、逝く事が出来ませぬ!》



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