鳥の宮の内情2
炎嘉の母は、自分の部屋の中でうろうろと歩き回っていた。軍神達に引きずられて来たので、髪も乱れていたがそのままで構う様子もない。炎嘉は、そんな母に笑いながらついて歩きながら、聞こえないのを承知で言った。
「ハッハー!さてどうする?何か悪巧みをしておったのだろうが全て無よな。我を殺すか?出来ぬわな。」
維心が、呆れたようにこちらから言った。
「性が悪いの。何を策しても成らなかったのは知っておるのだろうが。」
炎嘉は、維心を振り返って言った。
「このやりたい放題だった女の末路を見届けてやりたいのだ。父の権力を傘にきておったのに、己の力と思うておったとは片腹痛い。」
すると、そこに一人の軍神が入って来て膝をついた。
「お呼びでしょうか。」
その顔を見て、蒼はハッとした。あの、蘭朋を連れに来た軍神のうちの一人だ。
炎嘉の母は言った。
「志師!主何をしておった、命じる事があるのに!」
志師は、そんな炎嘉の母を見上げてから、立ち上がった。
「恐れながら鈴明様。我はもう、鈴明様の命には従えませぬ。」
鈴明と呼ばれた炎嘉の母は、顔色を変えた。
「何を申す!我の軍神であろう!」
志師は、首を振った。
「我はもう、あなた様の軍神ではありませぬ。炎真様の命により、あなた様に仕えていただけ。ただ今は任を解かれ、王・炎嘉様に仕える身。炎嘉様の命にしか従いませぬ。ましてあなた様は、こちらでは何の地位もありませぬ。」
鈴明はしばらく呆然としていたが、我に返ったように言った。
「そのような!主の子の序列の事も、我が計らったのではないのですか!その恩も忘れて…、」
「あれは王が」志師は遮って言った。「軍に入るのなら一度見てやろうとおっしゃって。我が子はそれで己の力を王に示した。序列はその力に見あったものであって、あなた様の口出し出来る事ではありませぬ。元より我は、そのようなことを頼んだ覚えもごさいませぬ。軍は、己の力でしか勝ち抜いて行けない場。女が某か申してどうにかなるものではありませぬ。」
鈴明は、真っ赤になって髪を振り乱した。
「我は炎嘉の母なのですよ!よくもそんな口を…主など僻地の守りに着かせるように、我が申せば宮になど仕えることが出来ないのに!」
志帥は、じっと鈴明を睨んだ。
「まだお分かりにならぬか。炎嘉様はあなた様を里へ帰せとおっしゃった。それはつまり、宮での全ての地位を剥奪されたということなのです。炎嘉様は、もうあなた様のおっしゃることは聞かれませぬ。我も、あなた様が命じられた理不尽な事を、行なう必要が無くなった。分かっておられよう。これまで、どれほどのことをされて参った。最後に命じられた蘭朋様のこと…。我は、炎嘉様に申し上げようと思うておりまする。このままでは、あまりに哀れであられる。母君の葬儀にすら、立ち会わせぬなど…。それに、我が知らぬとお思いか。炎聖様のことを。」
鈴明は、顔色を変えた。
こちらで聞いていた、炎嘉も眉を寄せる。焔が、黙って聞いていたが言った。
「…炎聖?末の弟か?炎嘉。」
炎嘉は、頷いた。顔色が険しい。維心が、それを見て何も言わずに視線を志帥の方へ向ける。蒼は、嫌な予感がした。まさか…まさか何かあったのだろうか。自分が思っている通りなら、かなりややこしいことになるような気がする。
炎嘉が、呟くように言った。
「…炎聖は、我らのように瞳が赤くはない。だが、それはたまにあることなのだ。母の方へ似ると、そうやって稀に父に似ない子も出来る。なので、我らは疑いもしていなかった。だが、もしやと思うこともあった。何しろ、我らとは全く気が違っての。王族に受け継がれるこの、大きな気がなかった。軍神ほどにならあったがの。」
蒼は、やはり、と息を飲んだ。鈴明は、一点して青い顔をして冷や汗を額から流している。
「何のことか…我には一向に…」
維心が、横を見た。
「そこに。」
その言葉と共に、脇の布から一人の軍神が飛び出して来て、志帥の胸をひと突きにした。炎嘉は、止めようとして、自分の手が空を切るのを見て、これが映像でしかないのを思い出した。
志帥は、膝からくず折れた。
「油断…した。やはり主か、章加。」
章加と呼ばれたその男は、頷いた。
「やはり気取っておられたか、志帥殿。隊長に抗うわけにも行かなかったが、最早任を解かれておるゆえ。このかたには指一本触れさせぬ。逝くが良い。」
すると、また横から飛び出した、先ほど炎嘉に見張りを命じられた初老の軍神が一瞬で、章加を気でぐいと縛り付けた。
「主は我が送る。」そう言ってから、志帥を見た。「志帥、もう間に合わぬ。」
志帥は、頷いた。
「分かっておりまする。延瑠殿…不義を捌いてくださるよう。」
志帥は、そのまま前のめりに突っ伏して、事切れた。
延瑠は、気で縛り付けている章加を見た。
「ようも己の悪事を隠すために、我が部下を殺してくれたの、章加。それなりの沙汰を覚悟しておろうの。」と、鈴明を睨み付けた。「あなたもだ、鈴明殿。我が王を謀ったか。」
鈴明は、首を振った。
「我は何も!この男が全て悪いのですわ!女の身で、どう出来ると申すのですか。」
章加は、それを聞いて目を見張ったが、しかし何も言わず、ぐったりと延瑠の気に掴まれたままになった。延瑠は、わなわなと震えていたが、くるりと踵を返した。
「…これ以上、炎嘉様にご心労をお掛けするわけにはいかぬ。それでなくとも、王のお子であられる方々を方々へ放逐されてしもうたこと、我の調べで幾人か分かっておるところ。しかしながら、炎嘉様が王座に就かれた…これからはこんなことはないであろう。とく去ぬるが良いわ。これのことは、我は良きように申し上げる。」
延瑠は、章加を縛ったまま浮かせ、そうして反対側の手で気を発して志帥の亡骸を包んで浮かせ、そうしてそこを、出て行った。
炎嘉は、それを見送ってから叫んだ。
「…そうであったか!あのような場で刃傷沙汰など、絶対に何かあると思うたのに…延瑠は、我を変に気遣いおってからに!」
焔が、炎嘉を気遣うように言った。
「延瑠は、炎真の筆頭軍神から主の筆頭軍神になった男よな。幼い頃から知っておる主が、気を病むのを恐れたのであろう。それでなくとも鳥の王の責務は多い…これ以上はと思うたのであろうの。」
維心は、しかし無表情で言った。
「我なら知りたかったであろうの。父を裏切っておったのだから、そんな女は生みの母であっても罰しなければ。まして弟は、己の血を知らずに育っておるのだろうが。」
炎嘉は、目の前の映像の中で、侍女達に着物を変えられて、夜にも関わらず宮を出されようとしている、鈴明から目を反らしながら言った。
「ここまで愚かな女だったとは思わなんだ。炎聖のこと、父も恐らく気取ってはおったであろうに。己の子でなければ、主らにも分かるであろうが…気が全く違うのだからの。」
維心が、ため息をついた。
「…主は知らぬか。気と申して、気の色をそのように見せる、つまりは勝手に色をつける術があるのだ。妃であれば王の気を手にすることは容易い。それを元に、腹の子に術をかけておったのであろうな。炎真殿とて、僅かでも己の気を感じれば、正妃がまさかと思うであろうし、信じるであろうの。」
炎嘉は、維心を見上げた。
「我だってそんな術ぐらい知っておる。だが、主だって我だって、そんなもの簡単に見破れるではないか。」
維心は、苦笑して頷いた。
「我らはの。だが、我らが世の王の平均であると思うておるのではないか?」
炎嘉は、まさかと焔を見た。焔は、肩をすくめた。
「我には見破るのは五分五分と言ったところか。なので炎真には、難しかったやもしれぬな。」
炎嘉は、呆然とした。そうなのか。つまりは、父は気取れなかったのだ。まんまと、あの女に騙されて…。
「…我が罰することが出来たのに!」炎嘉は、地団駄踏む勢いで叫んだ。「あんな女のせいで、蘭朋は…延瑠は確かに散り散りになっていた兄弟達を調べて参ったが、その中に蘭朋は居なかった。我は今の今まで、知らずに…。」
炎嘉は、髪も乱れたまま侍女が着るような着物に変えられた鈴明が、引きずられるように部屋を後にするのを見送りながら、後悔の念に苛まれていた。里へ帰すぐらいでは飽き足らぬ。だが、これは三千年近く前に終わってしまったことなのだ。
がっくりと床に手を付けてうなだれる炎嘉の肩に、維心が手を置いた。
「…これでよかったのだ。」維心が言うのに、炎嘉は顔を上げなかった。「我のように、殺してから後悔するぐらいならば、殺さずに後悔した方がいくらか良いに決まっておるのだから。」
炎嘉は、それを聞いて、顔を上げて維心を見上げた。
「維心…。」
蒼は、そんな二人に声を掛けた。
「さあ、もう終わったのですから。これは遥か昔のことなのです。皆さん一度黄泉へ参って、再び転生して来たのでしょう。新しい生で、後悔がないように生きれば良いのではありませんか。オレは死ねないので、やり直しが出来るのを、羨ましく思います。」
維心も炎嘉も、蒼が真っ直ぐな目で見て言うのに、思わず黙って、じっとその顔を見つめていた。蒼は、あまりに二人が熱っぽく見ているようなので、少し居心地が悪かった。確か、神世って男も女も有って話を、聞いたばかりだったっけ。変なスイッチ入れるようなことを言ってなかったらいいけど。
すると、焔がぷっと吹き出して笑うと、言った。
「何ぞ二人とも。蒼が気に入ったか?だがなあ。我はあまり男は勧められぬぞ?女に幻滅して男の方が良いかと思うた時もあったのだが、男はダメだ。我には向かぬ。」
蒼が、仰天して焔を見た。またその話?!もうやめてくれー!!
すると維心と炎嘉が、大慌てで同時に首を振った。
「ない。我だって女しか無理ぞ。だが、蒼は目元が維月によう似ておって、維月を思い出してしもうて…見ておっただけぞ。」
維心が言うのに、炎嘉も何度も頷いた。
「そうよ。我だって無理だ。皆が酒の席で話すので一応話しには乗るが、男は本当に無理なのだ。いくら維月に似ておっても、蒼にそんな気持ちは湧かぬわ。」
蒼は、それを聞いてホッとした。そうか、維心様と炎嘉様、それに焔様はストレートなんだ。心のメモにつけておこう。
焔は、ホッとしたように笑った。
「そうか、良かった。主らがそっちの方だったら、我も油断は出来ぬなあと思うてな。安心したぞ。」
神様でもそう思うんだ。
蒼は、少し焔を身近に感じた。そうして、焔は窓の方を向いた。
「では、ここはもう出ようぞ。あまり過去ばかりを見ておるのも、精神的にようないの。後悔ばかりぞ…今を生きねばならぬなと、我は此度のことで悟ったわ。」
焔は、先に立って出て行く。
維心と炎嘉、それに蒼は、それについて鳥の宮を出たのだった。




