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追いかけて

大氣と十六夜、維月が学校の図書室へと飛び込むと、そこにはまるで円を描くように、並んだソファに蒼、維心、焔、炎嘉、そして碧黎が目を閉じて深く座り、微動だにしなかった。

「ああ、お父様…。」

維月は、真っ白い髪に若い姿の碧黎に駆け寄ると、その手を握った。碧黎は一瞬ピクリと動いたが、目を開けることはなかった。

大氣が、じっと碧黎を見つめていたが、首を振った。

「かなり遠くへ行っているようぞ。我には無理だ…碧黎の意識を追うことが出来ぬ。碧黎は、己の意識を消してしまおうとしておるのだ。本人にしてみれば、意識なく眠り続けるようなものやもしれぬが、それが意識を消すことになってしまうのだ。」

維月が、また涙を流しながら大氣を見上げた。

「どうしたら良いの。あなたでもお父様を追えないなんて…。」

大氣は、じっと維月を見た。

「…主が行くのだ。」

十六夜が、慌てて維月の前に出た。

「維月には無理だ!オレが行く!」

大氣は、首を振った。

「こうなった原因が維月であるのに、他に誰の言うことを聞いて世に留まると申す。主でもそれはある程度の愛着があるだろうから可能性はあるが、しかし維月が確実ぞ。己を閉じてしまおうと思うほど、碧黎は維月を想うておるのだろうが。」

十六夜は、絶句した。そして、戸惑うように維月を見る。維月は、碧黎の手を握ったまま、じっとその顔を見ていたが、頷いた。

「行くわ。」

十六夜が、維月の肩を慌てて抱いた。

「お前だけなんて無理だ!力だってオレの100分の1ほどしかないのに!」

大氣は、十六夜を見ていった。

「精神世界というのは、こちらの力の問題ではない。心の問題ぞ。心の強さがそのままあちらの力の強さになる。維月が、どれだけ碧黎を連れ戻したいと想うておるかに掛かっておる。主と維月は、その点では同じぐらいなのではないのか。」

十六夜は、そう言われて黙った。大氣は、側に同じように目を閉じてソファに横たわる四人を見た。

「それに…こやつらは碧黎の力で過去の映像を見ておるようであるが、このままでは戻って来れぬ。」

十六夜と維月の二人は、びっくりして目を見開いた。

「そんな…どうなるんですの?!」

大氣は、息をついて答えた。

「ずっと過去の映像の中へ閉じ込められたままになろうの。意識はそちらをさまようことになる…ただの映像であるから、干渉することも出来ぬし、生きておる感じではない。」

十六夜が、眠っているような維心の顔を見た。

「この、体は?!」

大氣は、同じように維心を見て答えた。

「このままぞ。時は過ぎるゆえ、老いるやつは老いる。だが維心はまだ当分は老いぬだろうの。」

維月は、炎嘉、焔、維心と視線を移して、最後に蒼を見た。蒼まで、行ってしまっているのだ。このままでは…。

大氣は、二人の表情から気持ちを汲み取って頷いた。

「他の神は、いくらなんでもいつかは死ぬが、蒼はずっとこのまま…死ねば黄泉へと向かうゆえ、あちらの意識も消える。つまりは蒼は、そのうちに未来永劫、過去の世界の映像にたった一人閉じ込められたままになってしまうの。」

維月は、袖で口を押さえた。十六夜も、大氣に近寄って叫んだ。

「そんな…!!蒼が、そんなことになっちまうってのか!」

大氣は、重々しい表情で頷いた。

「そうだ。解放してやるためには、将維か維明にでも命を切り離させるよりない。」

維月は、気遣わしげに碧黎のことを見ると、その手を放した。そうして、眠る維心に歩み寄ると、その唇に、そっと口付けた。いつもならすぐに目を覚まして維月を見て嬉しそうに微笑む維心が、今はぴくりともせずにじっと目を閉じている。維月は、その後隣の蒼の手を握って、炎嘉の手を握ってから、言った。

「…私が、行って来るわ。私には、お父様だけでなく蒼や維心様、炎嘉様も取り戻さなければならないって強い意思があるもの。きっとお父様を連れて帰って来るわ。」

「それに、焔もの。」大氣は、苦笑しながら言った。「では、主も碧黎の隣りへ。我が、あちらへ行くのを助けよう。だが、碧黎は遠いぞ。それに、どんどんと暗い中へと沈んでいる。主は、その真っ暗な中へと降りて行かねばならぬのだ。こちらへ戻る道も、見失うわけには行かぬ。難しいぞ。簡単ではない。十六夜も助けに降りることは出来ぬ。出来るか?」

維月は、頷いた。

「出来るわ!きっと…。」

十六夜が、もはや力なく維月に歩み寄った。

「維月…。」

十六夜は、どうしても維月が行くのがいいことが、もう分かっていた。それに、行かないわけにもいかないことも。

「大丈夫よ。最悪、どうしても戻れなくても、将維か維明にみんなまとめて切り離してもらっちゃえば、あっちで会えるじゃないの。もちろん、そんなことにならないように、絶対に戻って来るけど。待ってて、十六夜。」

十六夜は、頷いて維月の額に口付けた。

「待ってるよ。」

維月は笑って十六夜の唇にそっと口付けると、碧黎の横へそっと座ってソファに背を預けた。すると、大氣は手を上げた。

「良いか?送るぞ。とにかく、碧黎を感じる場所へと向かうのだ。それがどんな暗い場所でも、碧黎が居るならそこに光りが見えるゆえ。」

維月は、頷いて目を閉じた。お父様の光…私には、絶対に見えるはず。いつも、子供の頃から、追って来たのだもの!

そうして、維月は自分が何か別の場所へと移動して行くのを閉じた瞼の裏で感じていた。


炎嘉は、驚いて回りを見回した。

そこは、鳥の宮を遠くに望む、どこかの屋敷の庭のようだった。

どうしてこんな所に来てしまったのだろうと、慌てて宮へと戻ろうと浮き上がると、屋敷の中から微かに声が聴こえて来た。

「お母様…!ああお母様…。」

その声が、姪朋の声に似ている、と、炎嘉は急いで屋敷の中へと壁をすり抜けて飛び込んだ。

すると、そこは重い空気で、品のいい侍女達数人が布で目頭を押さえている側には、若い女が側の寝台を向いて立って、必死に何かを訴えていた。そして、その寝台の上には、初老の女が横になって、今にも気が尽きそうになっていた。

「姪朋!」

炎嘉は、叫んで駆け寄った。歳を取ってはいたが、間違いなくそれは姪朋だった。自分は、時を飛んだのか…姪朋の、最期に立ち会いたかったと思ったからか?

いずれにしても、その場の誰も炎嘉には気付いていない。これは、過去の映像なのだ…炎嘉は、実際に過去へ来たのではないことを、心の底から残念に思った。最期に、姪朋に労いの言葉だけでも掛けてやりたかったのに…。

目の前の姪朋は、息も絶え絶えな様子であったが、側に立つ娘に、言った。

「王が…病の床につかれておるとか。」姪朋は、娘の手を握って言った。「炎嘉様が、王におなりになりまする。さすれば、あなたのことも、きっと、妹だと認めてくださるはず…。王は、王妃様の目を恐れて、ついにあなたを宮へは上げてくださらなかったけれど…。」

その言葉に、炎嘉はびっくりして慌ててその娘の顔を見た。その娘の顔は、驚くほどに姪朋に似ていたが、その髪は父譲りの金髪にも見える茶髪で、瞳は薄っすらと赤い茶色だった。この色の瞳は、自分の血族にしか出ない。これは、間違いなく父の子。自分の、異母妹なのだ。

「そんな…我は、この娘のことは知らぬ。」

炎嘉は、聴こえないのを承知で呟いた。

やはり、その娘は真っ直ぐに姪朋を見ながら、首を振った。

「王妃様は、炎嘉様の母上であられまするもの…。きっと宮に残られまする。そんな場へ、我は参りとうございませぬ。父上は、我を娘と認めてくださらなかった。一度だけ、顔を見に参られただけでございまする。」

姪朋は、薄っすらと微笑んだ。

「王は、お悩みであられたのですよ。我が身ごもったのを知って、正式に妃にとおっしゃっておられた。でも、その前に王妃様が我を里へと命じられ…王妃様があのご気性では、我が辛かろうとこちらへ残されたのです。でも…それからは、王妃様の御気色がことのほか悪くなって、こちらへ来られなくなられたのです。仕方がないのだわ。我は、このように身分もあまりない女であったし…。」

姪朋は、辛そうに身を縮めた。娘は、慌てて身を乗り出してその背を擦った。

「ああお母様…!どうか、どうかお気張りくださいませ!我を置いて行かないで…。」

涙ながらに言う娘の頭を、姪朋はやさしく撫でた。

「蘭朋…良い子ね。炎嘉様がご即位なさるのを待つのです。そうして、炎嘉様に、お目通りを。そうすれば、あのかたは必ずあなたを助けてくださるはず。きっと、良い嫁ぎ先を見つけてくださって…」

姪朋は、う、と息を詰めた。蘭朋と呼ばれたその娘は、必死にその母を呼んだ。

「お母様!お母様…!」

炎嘉は、見ていられなくなって、そこを出た。姪朋は、最期まで我を信頼して、己の娘を託そうとしてくれておったのに。我は、この娘の存在を知らなかった。姪朋の娘…我の妹なのに。いったい、蘭朋はどうしたのだろう。この後、ここで落ちぶれるままに寂しく暮らして死んでいったのだろうか。だが、我が姪朋を宮へ召そうと探しに来た時には、誰もこの屋敷には居なかったはず…。

ふと顔を上げると、目の前に維心とその両腕に縋るようにして、焔と蒼が、じっと立ってそこに居た。炎嘉は、驚いて三人に駆け寄った。

「おお維心!焔、蒼!我は…こんな所まで飛んでしまって。意識しておったのではないのだ、気がつくとここに。」

維心は、両腕の二人を放すと言った。

「というか、ここはどこぞ?主、宮から離れて何を見に参ったのだ。」

炎嘉は、下を向いた。

「我の、乳母の里ぞ。その乳母の、死に目に会えなかったのでな。せめてと願ったら、その時のその場所へと飛ばされたようぞ。父が病の床にと言うておったのを聞いたゆえ、今はあれより、250年ほど先か。」

焔が、ふーんと屋敷を覗き込むような姿勢をした。

「主の乳母の最期か。で、見送ったのか?」

「いや…」

その声と共に、屋敷からわっと泣き声が聞こえて来た。

「お母様!お母様ー!!」

蘭朋の声だ。

炎嘉は、今姪朋が逝ったのを知った。維心は、ふっと短く息をついた。

「ふん。結局見ていられなかったのだろうが。」

炎嘉は、下を向いた。

「ああ。我は…最期まで、あれの期待に応えることが出来なかったゆえ…。」

そうして、侍女や侍従が重苦しい顔で葬儀がどうのと話をしている姿が見え、そうしていると、ふっと空をたくさんの影が過ぎった。

驚いて炎嘉達が見上げると、それは鳥の軍神達だった。五人ほどが、やって来てそこへ降りる。何事かと皆が驚いて頭を下げるのが見えた。

「あれは…父の軍神の中でも、母の警護を命じられていた者達ぞ。」

炎嘉が、屋敷の侍女や侍従達と同じように驚いた顔でそれを見ている。維心が、眉を寄せた。

「…何やら穏やかでないの。あやつらからは、良い気は感じぬが。」

炎嘉は、ハッとした。もしや、蘭朋か。母は、蘭朋の存在を知っていたのではないか。姪朋が死んだら…。

「…やめよ!!」炎嘉は、叫んで軍神達の前に飛び出した。「やめぬか!我の妹ぞ!どこへ連れて参る気ぞ!」

しかし、軍神達は炎嘉を突き抜けて歩いて屋敷へと入って行く。容赦のない様子に、維心でなくてもそれが良い目的でここへ来たのではないことが分かった。

それでも、炎嘉は、軍神達を止めようと必死に追いすがった。

「やめよ…あの女はいったい主らに何を命じた!!」

炎嘉の腕は、軍神達を通り抜けて空を切る。たまらず三人も、炎嘉を追って屋敷の中へと入ると、中では軍神達が、姪朋の亡骸の前で泣き崩れる蘭朋の前に並んだ。

「王の命により、蘭朋様をお迎えに参りました。これより、王、桐矢(きりや)様の宮へ。」

桐矢…?この時代の王の名は、全て覚えている。格下の宮の中の一つの、王。とても、鳥の宮の皇女が嫁ぐような宮でも、養子に入るような宮でもない。

炎嘉がそう思っていると、蘭朋は、脅えたように軍神達を見た。

「そのような…王がどうして、そのようなことを?病であられるのに、そんな命を出されるはずなどありませぬ!」

軍神達は小さく舌打ちしたが、一人がその腕を取った。

「さあ!不憫ではあるが、もう嫁ぎ先は待っておるのだ。王の妃であるぞ?」

蘭朋は、必死に姪朋の遺体に縋った。

「いや!お母様の葬儀も済ませておらぬのに、なぜにそのような!」蘭朋は、暴れたが、腕を掴まれた上肩に担ぎ上げらた。「いや!炎嘉様!お兄様…!」

蘭朋は、当身を食らわせられて、気を失った。軍神は、呟くように言った。

「…すまぬの。我らは命に従うしかない。今はまだ、炎真様の命で王妃に縛られる身なれば。」

軍神は、ずかずかと蘭朋を連れてそこを出て行く。

侍女や侍従が必死に止めようとするのを振り払い、その軍神達は飛び去って行った。

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