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鳥の宮

「おお!」炎嘉が、嬉しげに声を上げた。「なんと懐かしい!鳥の宮ぞ!」

眼下には、日を受けて白く光り輝く、何となく西洋を思わせる明るい宮、鳥の宮が見えて来ていた。

ここは、先の龍と鳥、虎の戦の時に攻め込まれて崩れ、今は龍の南の領地とされ、建て替えられている。それでも、維心は鳥の宮を出来るだけ残す形で砦として建設させたので、龍の宮とは趣の違う建物になっていて、現在はそこで、炎嘉が王として君臨しているが、違和感なく暮らしているようだ。

それでも、幼い頃から育ったこの鳥の宮は、炎嘉にとっても懐かしい場所であるようだった。

「こら!はしゃぎすぎぞ!」

維心が言うのも聞かず、炎嘉は先にさっさと宮の方へと降りて行き、宮の中へと通り抜けて入って行く。

あまり鳥の宮の中を知らなかった蒼は、遅れては大変だと急いでそれを追って中へと飛び込んだ。

「炎嘉!!」

すると、中へ入っていきなり誰かの怒鳴り声が聴こえて、蒼は仰天して辺りをキョロキョロと見回した。まるで自分が叱られたような気がしたからだ。

追いついて来ていた維心が、そんな蒼の肩を叩き、顎を振って下を示した。蒼は、ハッとして下を見た。

そこには、まだ中学生ぐらいの大きさの炎嘉が居て、膝をついて座っていた。だが、目はじっと玉座に座る父王の方を見ている…どう見ても、ふて腐れた顔だ。

玉座の父王は、鬼の形相で言った。

「何度言うたら分かるのだ!領地境には行ってはならぬと言うておろうが!主は全く学ばぬので知らぬだろうが、宮と宮との取り決めというのがあるのだ!勝手にそれを越えてはならぬ!」

炎嘉は、面白くなさげな顔をして、言った。

「でも父上、そんなことを言うておったらあちらもこちらも通れぬ空が多いではありませぬか。いちいち避けて目的の場へ行くのが面倒なのです。」

炎真は、はーっと息を吐いた。

「あのな。主の歳であっちこっち遠出すること自体が間違いぞ。普通は父と共に他の領地などを覚えながら地形を覚えて参るもの。なのに主は、そんなものをすっ飛ばして出かけることばかり考えおってからに!もっと学ばぬか、張維の息子は生まれて三月(みつき)でもう、物の名前まで理解し始めておると聞いておるのに!」

炎嘉は、ぷいと横を向いた。

「龍の第一皇子のことなど知りませぬ。我は王座も関係ないし、まだ子供であるし、そんなことまで学ぶ必要などないと思いまするゆえ。父上だって子供だとおっしゃるではないですか。」

炎真は、顔を真っ赤にして言った。

「うるさい!子供であるから学べと申しておるのだ!」と、立ち上がった。「そんな性根のヤツは自由にさせておったら我が宮の恥ぞ!父の宮の結界から出さぬ!」

炎真は、くるりと踵を返す。炎嘉は、慌てて立ち上がって父王に向かって駆け寄りながら叫んだ。

「そんな父上!せめて父上の領地の結界内にしてくださいませ!」

しかし、炎真は烈火のごとく怒っていて、物凄い形相でギッと炎嘉を振り返った。さすがの炎嘉もひるんだ。

「やかましい!父が良いというまで、しっかり学べ!他の宮の皇子が生まれて三年ほどで学ぶことをまだ覚えてもおらぬくせに!我が子がそんなに愚かであったら我は恥ずかしいわ!分かったの!」

炎真は、王族にあるまじき様で激しく音を立てて歩いて、その場を出て行った。

炎嘉は、がっくりと肩を落として、それでも仕方なくトボトボと歩いてそこを出て行った。


蒼が、そんな龍の宮とは全く違う有様に唖然としていたが、維心が呆れたように言った。

「ほんにまあ、よう父王にあんな口の利き方を。」と、離れた下の方で呆然とそれを見送っていた炎嘉の方を見た。「学ぶのが嫌いだと聞いてはおったが、誠であったの。」

炎嘉は、はっと維心の方を見上げると、浮き上がって来て、言った。

「…久方ぶりに、父の激怒した姿を見て思わず固まってしもうた。ほんに我は、あんな風であった己が恐ろしいわ。知らぬとは、何と危ないことよな。」

焔が、呆れたように横から言った。

「で、主はこの後さすがに学んだのか。」

炎嘉は、顔をしかめて頷いた。

「父が絶対に宮の結界を出してくれぬでな。あまりに退屈なので、仕方なく教育係の鳥について学んだ。そうしたら案外に面白かったので、一気に政務のことまですっかり覚えたわ。ひと月掛かったがの。」

ひと月?!

蒼は仰天した。普通政務のことまで行くには、10年は掛かるのだ。炎嘉が利口だったのは、間違いない。やる気がなかっただけで。

「極端なのだ、主は。少しは真面目にやる気になれば、父王だってあれほどに激昂せずに済んだであろうに。宮に篭められなければ学ばぬとか。己のためであるのにの。」

維心が言うのに、炎嘉は軽く睨んで言った。

「まあ…今なら分かるが、我は面倒なことは嫌いでの。別に王になるわけでもないのに、なぜに学ばねばならぬと思う気持ちがあったのだ。第一皇子の兄の炎鴎(えんおう)が皆の期待を背負って学ばされておるのは見ておったし、次の第二皇子の兄だってそうだった。第三皇子の我まで来るなんて、回りも我も思いもせなんだから。」

焔は、苦笑した。

「炎真は、決めかねておったのだ。皇子達はそれなりに気は大きいが、それでもこれという者が居なかった。炎嘉、主は気が大きいのは幼い頃に知っておったのだが、それでもその気質であるから王には向かぬと頭を痛めておったのだ。炎真には全部で11人の皇子が居ったであろう…だがの、ずっと炎真は主を見ておったのだ。子供の頃の主は、炎真とそっくりなのだ。なので、いつか化けてくれるのではないかと。」と、遠い目をした。「我は引っ込んでしもうたゆえどうなったのか分からなかったが、炎真は主を選んだ…化けたか、炎嘉よ。」

炎嘉は、少し困ったように笑うと、息をついた。

「…どうであろうの。父が我に決めた時、我はまた此度のように結界境へ弟と出かけて戻った時のことだったのだ。」と、維心を見た。「ほれ、主と初めて会うた時よ。」

維心は、首をかしげたが、ああ、と頷いた。

「ああ。(わっぱ)が二人出て来ておった、あの時よな。我が行かねばややこしいことになると思うて、出て行った。あのな、あのままでは戦になるところだったのだぞ。分かるであろうが。」

炎嘉は、苦笑して頷いた。

「今はの。あの時は軽い気持ちだったのよ。あのまま我が龍の軍神達を殺しておったら、どうなっておったかと思うと今では冷や汗が出る。だが、あの後父が我をこっぴどく叱るのかと思うたら、王の間の奥にある、地下のホールへと連れて行かれて…気の大きさを見せよと言われた。我はそれこそ父の期待に沿えねば許してもらえぬと思うて、必死に気を広げて見せたのよ。そこで、父は我を跡継ぎにすると決めた。その日のうちに告示され、我は皇太子となったのだ。」

焔は、頷いた。

「その場所は知っておる。元は鳥の傘下に居たしな。言い伝えの場であろう…一族を導く王が現れたら、あのホールいっぱいに気を広げることが出来ると。主には、出来たのだな。」

炎嘉は、頷いた。

「いっぱいどころか、突き抜けたわ。だがの、あの時点ではまだ自覚がなかった。王には、兄上がなると思うておったし、自分がいきなり次の王だと言われても、戸惑うばかりであったのだ。まして維心のような、若い龍王を見たばかりだったし。面倒だと思う気持ちが大きかった。兄達は…我が皇太子に決まってから、我と口を聞かぬようになってしもうたしな。あれほど、共に遊んで、面倒を見てくれておったのに。」

炎嘉は、少し寂しげな顔をした。維心が、息をついて炎嘉を見た。

「我には兄弟が居なかったゆえ。瑤姫はまだ生まれてなかったし。そのようなことはなかったが…。」

すると焔が、息をついて言った。

「…我が、今生でそうよ。」炎嘉と維心が、焔を見る。焔は寂しげに笑った。「我には二人兄が居るが、生まれた時に父の煽が我の気を見て喜んで、赤子の我を跡継ぎにと決めてしもうたゆえ。物心ついた時には、全く我と口を利いてはくれなんだ。今でもそうよ。ただ、今は我が王座に居るゆえ、ただ頭を下げて命を聞くだけ。兄弟とはいえ、王以外は皆臣下であるからの。」

炎嘉は、じっと鳥の宮の装飾に目を向けながら、頷いた。

「そうであるの。我もそれを、追々知って参ることになるのだがの。」と、表情を変えてふんわりと皆の前に浮いた。「さあ!まだ子供の頃の我よ!他にも見て回らぬか?」

蒼は、びっくりして炎嘉を見た。何て気持ちの切り替えが早い!

維心が疲れたように手を振った。

「ああ、我は良い。庭に居るゆえ、見て回るが良いわ。主だって、これ以上己の悪事を見られとうないであろう?」

炎嘉は、腰に手を当てて怒ったように言った。

「この後はそんなことはないわ。さすがの我だって、そうそう悪い事ばかりしておったのではないからの。」と、しかし体の方向を変えて、宮の奥の方を向いた。「では、行って参る。まだこの時間では乳母も生きておったし、久しぶりに顔を見て来る。ではの。」

炎嘉は、すいすいと泳ぐように宮の中を壁を突き抜けて飛んで行った。

焔と維心、それに蒼は、それを見送ってから庭へと出たのだった。

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