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子育て

張維は、息を切らせながら維心の部屋へと飛び込んだ。

「維心!」

すると、盛大に泣き声を上げていた維心は、ぴたっと泣き止んだ。そうして、声のした方を見て、父だと見とめると、ほんのりと笑った。

張維は、ほーっと肩で息をつくと、維心を抱き上げて、言った。

「ほんにもう…。父は政務があるのだぞ?分かるか?政務ぞ。」維心は、じっと張維の顔を不思議そうに見ていたが、笑って張維の頬をぺちぺちと叩いた。「そうか、分からぬか。しようのないことよ。」

そうして、自分の部屋の裏側に維心の子供部屋を作っていたので、その脇の戸から自分の奥の間を通って居間へと出ると、維心を抱いたまま椅子へと腰掛けた。

そこには維心と張維のたった二人しか居なかったが、その回りには、炎嘉と維心、蒼、焔が取り巻いて見ていた。

「ふうん。赤子の頃は、愛らしいではないか。」炎嘉が、面白くなさげに言った。「このつぶらな瞳といい。これで相手を騙してしまうのだから、罪な赤子よ。」

蒼は、炎嘉らしいと思った。確かに、維心は物凄く可愛い赤子だった。こんなに気が強くなければ、我も我もと世話をしたがる侍女で大変だったのではないかと思うほどだ。炎嘉は、それを素直に認めたくないのだ。

焔は、笑って言った。

「素直でないの。ただ愛らしい赤子、で良いではないか。」と、焔もじーっと維心を見た。「覚えておるわ。赤子であるのに、それは大きな気で。我はこれを見て、どうしたらいいのか分からなかった。」

そう、言い終わるか言い終わらないかのうちに、侍女が恐る恐る入って来て、言った。

「王。焔様がお越しでございまする。」

焔は、ハッとしたように振り返った。侍女は、ここに居る四人など見えていない。真っ直ぐに張維を見ていた。張維は、頷いた。

「これへ。」

侍女は、急いで出て行く。どうやら、維心を恐れているらしい。確かに、侍女を殺しかけたことも一度や二度ではないと聞いているので、それでであろう。

張維は、維心を見て言った。

「維心、父の友人が来た。おとなしゅうしておれよ。泣くでないぞ。」

維心は、赤子ながら真剣な目になった。きっと少しは分かったのだろう。

するとそこへ、茶褐色の髪に赤い目の、紛れもなく焔自身が、入って来た。その姿は、今よりずっと重々しく、今が人でいう20代であるのに対し、30代後半ぐらいの外見だった。

張維が、やはり回りに居る維心や炎嘉、焔や蒼に全く気付かない状態で、その焔へと微笑みかけた。

「焔。よう来たの。」

焔は、しばらくじっと根が張ったようにそこへ立っていたが、張維に言われてハッとその顔を見た。

「…張維。子が生まれたと聞いたのに、一向に披露目の式もないゆえの。どうなっておるのかと、参ったのだ。」

張維は、頷いて維心を見せた。

「これが、我の跡取り息子の、維心よ。」と、悲しげに視線を落とした。「妃は…これを生んで、亡うなった。」

焔は、食い入るようにじっと維心を見つめた。維心は、焔のその目を同じようにじっと見返していた。分かっているのだろうか?…きっと、分かっているだろう。

張維は、椅子を示した。

「座るが良い。維心を見に参っただけか?」

焔は、維心から無理やりと言う風に視線を外すと、言われた通りの椅子へと、ぎこちなく座った。

「ああ…いや、まあそうよ。祝いを持って来たいと思うておったし、それに主の初めての子であるしな。何やら、大層な育て方なのだと聞いたしの。」

張維は、頷いて維心の頭を撫でた。

「こやつはまだ幼いゆえ、気の制御が出来ぬであろう。なので、侍女や乳母を殺しかけてしもうての。それから、結局乳母も侍女もつけずに、我と筆頭軍神と筆頭重臣で育てておるのだ。そうせねば、まだ気の補充も己で出来ぬ歳であるから。」

焔は、また維心を見た。

「さもあろう。この強い気…。こんなものは、初めて見る。この世にこれ以上の気を持つ神は居るまい。」

張維は、苦笑した。

「恐らくはの。我をも凌ぐのだからの。」

と、維心が張維の指をがっつり両手で一本ずつ持ったかと思うと、そのうちの一本にかぷっと食いついた。そして、ちゅうちゅうと吸っている。焔が、驚いたように見た。

「なんぞ?」

張維は、ふっと笑って言った。

「そうか、腹が空いたのだの。」と、その指先から自分の気を放出した。「ほれ、よう飲んで早よう大きゅうなれよ。」

維心は、んくっんくっと喉を鳴らしている。焔が、感心したようにそれを見て言った。

「そうか、乳母の乳を飲むことが出来ぬのだな。主が、そうやって気を与えるしかないわけか。」

張維は、頷いた。

「不憫であるが、これしか無うての。まだ本当ならば乳から気を摂取する歳であるのに、これの気に耐えられるような女が居らぬ。仕方がないゆえ、筆頭と我がこうして気を与えて育てておるのだ。洪には無理でな。あやつはこれで一度、己の気を全部持って行かれかけて死に掛けた。」

焔は、くっくっと笑った。

「子守りで死に掛けるとは。どこの宮でも起こることではないぞ?」と、立ち上がって二人に近寄ると、維心の頭を撫でた。「早よう大きゅうなって、己で気を補充出来るようになるのだぞ。そうして、世を治めて参るのだ。主ならやるであろうの。」

維心は、まだ張維から気を飲みながら、目だけで焔を見上げた。焔は、その深い青い瞳を見つめていた。


こちらの焔が、じっと黙ってそれを見ている蒼や炎嘉、維心に言った。

「…この時、我は神世が龍の元に統治されるのを悟った。」焔の声は、後悔していた。「鷲の誇りにかけて、それを避けるため己は引きこもろうと決断したのよ。愚かな…言うてやれるなら、今ここで言うてやりたいわ。この過去の我にの。」

維心達が見守る前で、その焔は何でもないように張維に挨拶すると、そこを出て行った。

維心は、まだ張維から気を飲んでいる自分を、ただじっと見つめていた。張維は、そんな維心を優しい眼差しで見つめている。炎嘉は、維心に言った。

「主は普通の皇子より、父王と居る時間が長かったのだの。こうやって、赤子の間気を分けてもらって育てられたのだ。」

維心は、無表情に頷いた。

「そうだ。薄っすらと覚えがある…いつも、父から気を貰っておったような。我は、この頃父が好きだった。泣けば父か、義明がやって来て…」と、遠い目をした。「いつの頃からか、我が己で気を摂取出来るようになった頃、父は通常の政務を行なうようになり、あまり接することがなくなったように思う。部屋も、己の対をもらっておったゆえ。離れておったの。まさか今、我が維月に与えておる部屋に、父が赤子の我を入れておったとは思わなんだ。」

蒼は、維心と張維を見た。張維は、満足したらしい維心を寝かしつけるため、腕に抱いて揺すりながら奥へと入って行った。

維心の目に、また薄っすらと涙が浮かんだ。父は、こうして我を育ててくれたのに。我は、父を殺した。例え父が策したこととは言え、殺すほどなぜに憎んだのか。父は殺して欲しかったのだと言った。我にしか、それが出来ぬから。それでも、何と残酷なことか…我は父を、憎む理由などなかったのに…。

蒼が、維心の様子に気付いて気遣わしげに言った。

「維心様…。」

炎嘉が、維心の肩に手を置いた。

「維心、父王が言うておったことを思い出せ。主は、謀られたのだからの。こんな記憶も吹き飛ぶほどの、憎らしい父を演じておったのだろうが。」

蒼が、頷いた。

「そうですよ!自分を殺させようと思ったから、と言ってらしたではないですか。あくまでこれは、幼い維心様と張維様の様子を辿るために参ったこと。そこは分かった上で、とわざわざおっしゃっていらしたではないですか。」

維心は、黙って頷いた。だが、分かっているとは思えなかった。炎嘉が、蒼を見て言った。

「維月をつれて参るべきだったの。あやつなら、うまいことやりおったであろうに。」

蒼は、苦笑した。

「ですが焔様がいらっしゃるのに、維心様がお許しになるはずはありませぬし。」

焔が、長いため息をついて、言った。

「…先ほどから、言おうかどうしようか迷っておったのだがの。」焔は、三人を見て言いにくそうに言った。「その、その維月のことであるが、我は恐らく見ても何とも思わぬと思うぞ。」

それには、維心も顔を上げた。炎嘉が、焔に足を踏み出した。

「どういうことぞ?維月が、なぜに?」

焔は、心の中で維月に詫びながら、言った。

「我は、維月に会ったのだ。」皆が、のけぞるほど仰天した。焔は続けた。「庭で。飛んでおったのだが、草履を落として降りて来た。その時、偶然の。」

炎嘉が、言葉を詰まらせながら言った。

「そ、それは、その、維月と話したのか。庭で。」

焔は、頷いた。

「話した。草履がどうのとぶつぶつ言うておったゆえ、草履は無事か?との。維月はすぐにそこを離れて行ったし、誰にも言うなと言われたので、黙っておった。確かに驚くほど珍しい癒しの気であったが、我はその…あのように気が強いというか、変わったというか、昼日中に庭を飛んでいる感じの女には、別に娶ろうとかそんな感情は…。」

それ以上は、言いにくいらしい。要は、ああいうのは好みではないということだろう。

それには、維心も炎嘉もホッとした顔をした。

「ああ、そうであろうの。維月はいろいろとはねっ返り娘であるから。良い良い、主の好みでないのなら。」

維心も、頷いた。

「そうよ。維月の良さは我らにしか分からぬし。その、主はもっと神世の淑やかと言われる女を娶れば良い。」

二人が嬉しそうに頷き合っているので、焔は複雑な顔をしたが、頷いた。

「まあ…そのつもりであるが。」

蒼は、変な空気になってしまったので、急いで言った。

「で、では維心様のご様子も見れましたし、次は鳥の宮へ参りまするか?」

炎嘉が、それに乗った。

「おお、そうしようぞ!あっちで我は恐らく30歳ぐらいかの。維心とそれぐらいの年齢差であったゆえの。」

維心も、いくらか持ち直して機嫌よく言った。

「炎嘉の子供の頃か。ま、出会った時でも子供であったがの。」

炎嘉が、浮き上がりながら答えた。

「うるさいわ。我は正直な大人であったのだ!」

そうして、先に二人は飛んで行った。焔は、蒼を振り返って言った。

「…あれは、いつもあんな感じか?」

蒼は、頷いて焔を促した。

「そうです、いつもあんな感じ。とにかく、焔様には維月の話題はもう、お出しにならない方がいいやもしれません。特に、もしも気に入るところがあったとしても、口にはしないほうが。」

焔は、顔をしかめて浮き上がった。

「別に我は、女には困っておらん。女好きでもないしの。」

そうして、四人はその、三千年前の記憶の映像の中、鳥の宮へと飛んだのだった。

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