父王達2
しばらく、沈黙が流れた。
門の前で、維心はただ、じっと黙って立っている。他の三人は、何も出来ないのでとにかく待つしかなかった。何がどうなっているのかも、自分達には本当に分からないのだ。
すると、維心がハッと顔を上げて、そして門から離れた。炎嘉が、我慢しきれず前へと出た。
「何ぞ?!来たのか、維心!」
すると、門の中から声が聴こえて来た。
『まぁたこやつは。幾つになっても、生まれ変わってすらこれよ。少しは落ち着くように言わぬか、張維。主だけしか外界とは交流出来ぬだろうが。』
その声に、炎嘉は絶句した。何千年聞いていなかっただろう…しかしこれは、間違いなく!
「ち、父上!」
炎嘉は、叫んだ。門の中には、炎嘉によく似た風貌の、しかし炎嘉よりさらに金髪に近い茶髪に赤い瞳の神と、維心に良く似た黒髪に深い青い瞳の神が立っていた。
「父上…。」
維心は、呟くように言った。すると、黒髪の神は言った。
『こうして呼ぶのは初めてよな、維心。いつもは仕事であるから甲冑であるが、今はあちらの屋敷で寛いでおった所を呼ばれたゆえ、こうして気楽な着物姿で来れたわ。』と、背後を振り返った。『お、蓮は来れなんだようだの。下の草原を転がっておるわ。』
炎真も振り返ると、ぷ、と噴き出した。
『おーおーあやつは。気が足りぬとだから言うたのに。昔から負けず嫌いであるからな。』
焔が、炎嘉と維心を掻き分けるようにして割り込んで、言った。
「おお張維!炎真!我は…どれほどに主らに会いたかったことか。あれから、我はすぐに死んだ。待っておれば主らに会えると思うておったものを。我にはそれすら許されず…。」
張維が、懐かしそうに目を細めて焔を見て、言った。
『我は番人であるから、主がどこに居るのか知っておったが、会うことを許されなかったのでな。こうして会えたこと、嬉しく思うておる。本当なら、箔志も連れて来たかったが…』
と、炎真を見た。炎真は、頷いた。
『あれは転生の準備に入っておってな。もう数年かと。なので、ここへこれなんだ。焔には、よろしく言っておいて欲しいと。どちらにしても、妃に溺れて息子にあのような恨みを残して逝った己を後悔しておったからの。ここへは恥ずかしゅうて顔を出せぬというておったがな。』
焔は、息をついた。
「そのような。そんなことは、我が死んだ後のことで、詳しくは知らぬのに。だが、しようがないの。あれが転生して参ったら、何も覚えておらぬでも、また会いに参ると言うておいてくれ。」
炎真は、頷いた。
『伝えようぞ。して』と、炎嘉を見た。『主よ。あのな、我だってそろそろ転生したいわ。だが、我の気、大き過ぎてどこかの王族しか務まらぬ。それも、下々の宮であると世の均衡が崩れてややこしい。なので主の子辺りが妥当であったのに、主は龍になるわ妃は娶らぬわ、我にどうせよと言うのだ。このままではまた主がこちらへ来るまで、じっと待たねばならぬではないか。前にこちらへ来た時、なぜにもっと話しておかなかったかと後悔したわ。さっさと誰か見繕って娶らぬか。あ、縁のある女でなければ子は出来ぬぞ、念のため。』
炎嘉は、さすがに慌てて答えた。
「ですが父上…我だって選ぶ権利がありまする。前世は多すぎたのです。此度は真に望む者しか要りませぬ。」
炎真は、眉を寄せた。
『だが維心の妃であろう?あの月の。あれはならぬ。気持ちは分かるが、あれを望む神が多すぎるのだ。こっちに居るヤツでも、未だ思うておるとか聞いた…』と、張維を見た。『ええっと、嗣重であったかの。』
張維は、苦笑して頷いた。
『まあ、無理強いするでないわ、炎真。どうせ今まで待ったではないか。そのうちに、碧黎が何とかしよるわ。待てば良い。』
蒼は、目の前で繰り広げられている昔の王達と、現在の王達の語らいを、ただ呆然と見ていた。張維には会ったことがあったが、炎真のことは初めて見た。だが、見れば見るほど、炎嘉にそっくりだった。話し方から話すことまで、本当にそっくりだ。
焔は、また出て来た維月のことに、首をかしげていた。あれが、それほどまでに神に好まれるのが分からない。しかし、あの珍しい気と、素早い動きには興味を持った。確かにまだ、知ろうにも深く話したことがない女であるが、それでも、あんな風に庭を飛びまわれる女なのだ。
…どう考えても、ない、ような気がするのだが…。
焔は、真剣に悩んでいた。
しかし、そんな焔には気付かず、張維はじっと黙っている維心を見た。維心は、視線が合ってスッと目を伏せた。そんな様子にため息を付くと、張維は言った。
『維心。そのように気に病むでないわ。とっくに分かっておると思うておったのに。あれは主のせいではない。我が謀った事ぞ。それゆえ我は、未だにこちらでも番人などという責を負わされておるのだからの。』
隣の炎真も、同情するような表情で頷いた。
『世にあるうちは、我とて主に対して憤っていたものだが、こちらへ来て知った。こやつのわがままのせいで、主がどれ程に己の心を殺して長い時を生きねばならなかったのかをの。主の最初の時、つらく当たったこと後悔したものよ。だが、ようやったではないか。世に偉大な龍王と言わしめた。いつまでも主が、父殺しの責をその心に負わずとも良いのだ。』
維心は、目を上げた。そして、張維に言った。
「父上…。父上は、我をかわいがって育ててくださっておったものを。我にはその記憶が抜け落ちておるのでこざいます。焔より聞いて、なぜに覚えておらぬかと、己が不甲斐なく感じられるのです。」
張維は、頷いた。
『だろうの。我を恨む気持ちが、消してしもうたのだろうの。しようのないことよ…そのように考えて、主をはめたのは我。全ては、我の責ぞ。案ずるでない、主は充分に世に貢献したわ。罪などない。』
維心は、目に涙が溜まって来たが、グッとこらえて言った。
「父上…。」
そんな維心の様子を見て、張維は困ったように炎真を見た。炎真も、同じように困ったように息をつくと、言った。
『ほんにもう…。主のせいですっかりわだかまりを持ってしまっておってからに。主、番人であるし、地とは話しが出来るであろうが。記憶を取り戻すのは無理だとて、その頃のこと、見せてやるように言うたらどうよ。実際のことを見れば、主が維心を片手にどれほど難儀して政務をしておったのか知るであろうが。』
張維は、考え込むような顔をした。
『そうよなあ…。だがあやつは気が向かねばこちらの言うことなど聞いてはくれぬし、よう聞いてくれる陽蘭は、箔炎とこちらに留まって全く動かぬしな。頼んでもらおうにも戻らぬだろう。』
蒼が、え?!と身を乗り出した。
「待ってください、張維様。陽蘭様は、そちらに?」
張維は、不思議そうな顔をした。
『なんだ、知らなんだのか、蒼よ。箔炎が死してからやって来て、ずっとここに。』と、ちらと背後を振り返った。『主は地形が分からぬだろうが、この黄泉には様々は空間があっての。碧黎や陽蘭がいつも来るのは、島と呼ばれる小さな土地。そこならば、あれらは気を失うことなく滞在できるようで、我らが地と話をしたければそこへ参るのが通例なのだ。なので箔炎は、己の屋敷があるにも関わらず、あの島の東屋で陽蘭と過ごしておるよ。だが箔炎は、陽華と呼んでおるがな。』
炎真が、不味い顔をした。
『そんなことをしよるから、箔志が気にしてしもうて。己と同じ屋敷へ来るのが嫌なのだろうと、転生を急がねばとか何とか。あれらもこちらに居る間に話し合っておかねばならぬのに。我がちょっと行って言うて来なければならぬわ。』
蒼は、そんな箔炎と箔志のことよりも、陽蘭のことに唖然としていた。では、陽蘭は箔炎を追って行ったのだ。地の底で眠っているように見えるのは、意識は黄泉へ行っているから。決して死ねない地なので、そうして自分の能力の及ぶ範囲で追って行き、あちらで共に過ごしているのだ。
皆がしばし沈黙した時、焔が言った。
「で?どういうことかの。我には皆目分からぬのだが。」
張維が、門の中から苦笑した。
『何千年を一度に取り返すのは無理ぞ。主も焦るでない。追々知って行けば良いわ。それよりも、我には我が子のことが気にかかる。己のせいでここまでひねくれてしもうて。どうにかしてやりたいと思うもの。』と、維心を見た。『主、我を殺したことは我の謀ったことであるのは分かっておるの。そこはもう、己を責めるでない。それが分かった後に、我は主にあの当時の様子を見てもらいたいと思う。』
維心は、驚いたように張維を見つめた。赤子の時のことを?
「しかし父上…どうやって?」
張維は、ふふんと笑った。
『しようがないゆえ、我が碧黎に頼む。次元の戸を使うことになろうの。何度も申すが、我は主に己を殺して欲しかったのだ。他にそれを出来るヤツがおらなんだゆえ。なのでそこは、もう蒸し返すでないぞ。前世のことは、もうとっくに終わっておることなのだ。主らが記憶など持って参るからややこしいことになってしもうて。だがしかし、我は主に幸福に生きて欲しいと願う。なので、真実を見て欲しいと思うのだ。』
炎真が、頷いた。
『そうよ。子を不幸にしたい親など居らぬ。というて主は、今生は将維の子であって張維の子ではないのだぞ?こんなことを引きずって、気を煩わさずでも良いのに。』
すると炎嘉が言った。
「我も!」炎真と張維が驚いてそちらを見た。「我もその当時のことを見とうございます。父上、我も見れるように碧黎に頼んでください。」
炎真は、呆れたように炎嘉を見た。
『もう、昔からわがままなヤツよ。父がそれを頼むことで、どれほど心砕かねばならないか知らぬから。主も何某か思うところがあるのか?』
炎嘉は、首を振った。
「いいえ。我は別に何の憂いもなく育てていただいたので。興味があるのです。」
まるでわがままな皇子のようだ。
蒼は、皇子の頃の炎嘉がどんな風だったのか、目に浮かぶようだった。父王に会って、恐らくその頃の炎嘉と同じようになっているのだろう。炎真は、叱るように言った。
『炎嘉。主は己の希望ばかり通すことを考えず、少しは相手の立場に立って考えねばならぬぞ。父が面倒だと言うておるだろうが。ただの興味で願い出るなど。主は昔からそうよ。行ってはならぬと言うておる場に行って諍いを起こし、まだ早いと言うておるのに妃を幾人も娶り、正妃を決めよと言うておるのに遊び呆けて聞く耳持たず、他の皇子まで巻き込んであちこち忍びで出かけて。まあどこへ行っても言いくるめてしもうて上手く収めてしもうておったが…悪賢いからの。』
炎嘉が、恨めしげに父を見て黙った。焔が、その様子を見ていて声を立てて笑った。
「何ぞ、己のことかと思うたら。炎真、主が若い頃と同じではないか。主の父の炎明がよう頭を抱えておったわ。それは、血筋よ。聞いてやるが良い。どうせもうこうして頼むこともあるまいが。願わくば、我も共にと願いたいがの。」
思わぬ援護に、炎嘉は少し明るい表情をした。炎真は、がっくりと肩を落として見せた。
『バレたか。焔が居ったの。そうよ、こやつは我にそっくりなのだ。困ったものよ。』と、炎嘉を見た。『ではこれが最後であろうし、頼んでみようぞ。待つが良い。』
炎嘉は、頭を下げた。
「ありがとうございまする!」
炎嘉様でも、あんな顔をするんだ。
蒼は、まじまじとその様子を見ていた。今生は、不自然な転生をして親も兄弟も無い。そんな炎嘉には、やはり今でも炎真が父親なのだ。
そして、転生していない今、炎真にとっても炎嘉は手の掛かる息子なのだろう。
張維が、苦笑して言った。
『しようがないの。我がまとめて面倒みるわ。だが横にはついておれよ。我一人で何を大層なことを頼むのだと思われるゆえ。』
炎真が、明るい顔をした。
『おお、主は頼りになるの!もちろん、立っておるだけなら参る。』
僅かな間に、蒼にはこの父王達の関係と性質が見えて来るような気がしていた。炎真は確かに炎嘉によく似ているが、張維は維心より世話好きのようだ。普通の神並に神付き合いというものをしている。
焔が言った。
「張維、我のことも忘れるでないぞ。」
張維は、ふっと息をついた。
『分かっておるわ。だが主はあの時代を知っておるだろうが…困ったヤツよな。』
焔は、笑った。
「懐かしみたいという心持ちなのだ。もう会うこともないやもしれぬのに。聞いてくれても良いだろうが。」
張維は、渋々ながらも頷いた。
『それも分かっておる。』と、維心を見た。『維心、我らはもう行かねばならぬ。ここに長く留まるには、難しい気の量なのだ…主らとは違っての。』
維心は、ハッとした。そうだった、死してこの空間に留まるのは、かなりの力を要した。自分も、将維に呼ばれて黄泉から出て来たことがあったが、大変な勢いで気を消耗して驚いたものだった。それでも、自分の気は大きいので、平気だったが父王達は…。
「父上…お手間を取らせてしまいました。」
張維は、そんな息子にどうしたものかと困ったように微笑みながら言った。
『ほんに主は絵に描いたような皇子よな。今は王だが。疲れぬか?』
炎真が、横から張維を突付いた。
『こんな品行方正な子で羨ましい限りよ。我が子を見よ、父に無理ばかり。こうして出て参ったのにも、当然ような顔をしておるわ。』
炎嘉は、父に向かってニッと笑った。
「我は父上に似ておるのでございまするから。」
張維は、まだ気遣わしげに維心を見ていたが、姿勢を正した。
『では、またの。というて、そう頻繁には呼んでくれるな。焔辺りはしょっちゅう呼び出しそうで恐ろしいが、我らの気が貯まるのはそう早くはない。我なら5年は無理、炎真は10年か。ここに来るにはそれほどに気が必要ということぞ。そこは維心、頼まれても門を開くでないぞ。』
維心は、頭を下げた。
「は。分かっておりまする。」
張維は、頷く。炎真が、炎嘉を見た。
『ではの、炎嘉。恐らくはもう、次はないであろう。精進するが良い。出来れば主の子に生まれたいし、早よう子をの。』
炎嘉は、姿勢を正して、頭を下げた。
「は…お約束は出来ませぬが、考えておきまする。」
焔が、二人を代わる代わる見た。
「さらばぞ、張維、炎真。ま、また呼ぶ。」
二人は、同時にはあ?!という顔をした。
『聞いておらなんだが。もうあまり来れぬというに!』
『そうよ、維心が門を開かぬからの!』
二人が次々言うのに、焔ははっはっと笑った。
「冗談ぞ。だが、また、と言いたいのだ。」と、表情を引き締めた。「会えて嬉しかったぞ。」
張維と炎真は、顔を見合わせてから、真面目な顔で頷いた。
『我らもぞ。』と、手を上げた。『さらばだ。』
スッと、門が消えた。
そうして、そこには何も無かったかのように、普通の部屋があった。
維心の前世の父、張維のことは、「迷ったら月に聞け2~月の心・ぞれぞれの恋模様」の中の、「神達の事情」の章、「記憶1」「記憶2」をご覧ください。




