過去へ
維月は、十六夜に言った。
「じゃあ、私は龍の宮へ戻った方がいいわね。ここで居て、奥に篭って出て来ないのなんて不自然でしょう。お父様に変にお気を遣わせてしまうもの。」
十六夜は、うーんと唸った。
「だが、維心がうるさいぞ?あいつから離れることに、うんと言うかどうか。」
維月は、首を振った。
「大丈夫よ。龍の宮なんだもの。あそこは維心様の結界内だから、いつもどこへ行くにも置いて置きたがる場所なの。ほら、私が何をしていても見えるじゃない。自分の結界の中だもの。」
十六夜は、それでも考え込む顔をした。
「盗み聞きしてたのがバレちまうぞ?まあオレの結界の中なんだし、全部見えててもおかしくはないんだが、何だか悪いことをしちまった気がするよなあ。」
維月も、それには顔をしかめたが、気を取り直して言った。
「焔様が維心様達にバラしてしまわれないか、心配だったんだし仕方がないわ。でも、何もおっしゃらなかったじゃない。そのお蔭で、こうして張維様と炎真様のことも知ることが出来たんだし。良かったじゃない。気になるなら、何も知らない風でいたら?そしたら、きっと向こうから詳しく話してくださるわよ。その時に、龍の宮へ帰るって言えばいいんだもの。」
十六夜は、ちらと維月を見た。
「お前さあ、維心に隠し事なんてできねぇだろうが。心を繋ぐとか言い出したらどうするんだよ。みんなバレちまうんだからな。だったら、傷が浅い内に薄情しちまった方がいい。あいつらがここへ来たら、見てたことを言おう。」
維月は、少し拗ねたように頬を膨らませた。前世はこんな風ではなかったが、今生は十六夜と兄妹で育ったので二人きりで話していると、その記憶でこうなってしまうのだ。十六夜は、ふーっと息をついた。
「維月。またわがままな妹になってるぞ?オレが間違ってねぇことが分かってるんだろうが。素直になりな。」
維月は我に返ったような顔をして、そして罰が悪そうに十六夜を見た。
「…うん。ごめんなさい、私ったら子供みたいね。どうして十六夜と一緒に居るとこうなるのかしら。神としてだって、もう結構大人なのに。困ったこと。」
十六夜は、維月の頭を撫でた。
「いいって。それもお前だ。だが、ちょっと大人になってくれた方がオレも楽なんだがなあ。」
維月は、微笑んで十六夜に寄り添った。
「分かったわ。ごめんなさい。じゃあ、十六夜から皆に話してくれる?」
十六夜は、維月を抱き寄せながら頷いた。
「ああ。ま、オレの結界の中で隠せることなんて無いことぐらい、あいつらだって知ってるよ。」
蒼は、消えた門に呆然と立ち尽くして夢から醒めたような気になっていた。
そして、回りが皆そんな感じなのに気付いて、慌てて言った。
「あ、あの…では、碧黎様が維心様達を過去へ送ってくださるということでしょうか?」
すると、維心が我に返って蒼を見て、頷いた。
「そういうことになるかの。結局、あの戸を使うことになりそうよ。」
炎嘉が、側の椅子へと歩み寄ってどっかりと座りながら、言った。
「碧黎が許すかどうかまだ分からぬではないか。陽蘭があっちへ行っておったとは初耳であったが。」
焔が、炎嘉の前の椅子へと腰掛ながら言った。
「まず、その陽蘭とは誰ぞ?我に説明してくれねば分からぬわ。」
蒼が、気の毒に思いながら焔の横へと座って言った。
「陽蘭は、陰の地です。月と同じように、地も陰陽に分かれておって、やはり同じように陰の方はあまり力を持っていない。箔炎様が死ぬまで、陽華と呼ばれて箔炎様の妃であったのですよ。箔炎様が死んでから、それを悲しんで本体へ戻って眠っているのだと思っておったのですが…どうやら、意識だけをあちらへ飛ばして箔炎様を追って行っておったようです。」
焔は、顔をしかめた。
「陰陽というからには対ではないのか?そうやって、あれらは別々に伴侶を持つものなのか。」と、維心を見た。「ま、月も陰は維心の妃であるしな。」
蒼は、首を振った。
「いえ、それはまた違うのです。」維心が渋い顔をしているのに、蒼は控えめに言った。「こっちの月の陰陽は前世から夫婦です。でも陽の月は、維心様にも陰の月を許しておるというだけで。」
焔は、余計に混乱した。元々対の命が夫婦であるのに、それを他の男に許しておると?
「…余計にわけが分からぬのだが。」
蒼は、気持ちが分かるだけに同情した顔をした。だが、説明のしようがなかった。
「地や月は、神とは違う命なのですよ。きっと、理解出来ないことも多いかと思います。ですが、それも追々学んで行っていただくしかありませぬ。考え方や感じ方が根本的に違うというか。」
蒼が困っているので、炎嘉が横から言った。
「張維殿も言うておったが、数千年も離れておって、いきなり理解しようというのが難しいのだ。ゆっくり知れば良い。どうせ、そうそう地や月と接する事もあるまいよ。やはりここは、神世なのであるから。まずは蒼と接して月を知れば良いわ。そして今の神の王達を知り、神世を回すことを考えよ。」
焔は、炎嘉を見てふふんと笑った。
「偉そうに申して。炎嘉よ、主は炎真の前ではまるで子供であったではないか。面白いの、それがこうして王なのだから。分からぬものよ。」
炎嘉は、少し顔を赤くした。自分が子供のようだったのは、炎嘉も自覚していたのだ。
「うるさいわ。我にとり、あれがまだ父なのだからしようがないではないか。我だって、童心に帰りたいときもあるわ。」
蒼は、それを微笑ましく聞いた。きっと炎嘉はやんちゃな皇子で、維心は模範的な皇子だったのだ。炎嘉は父を心から信用しているので、ああして無理を言うことも甘えることも出来たが、維心は全く心を開いていなかったので、甘えることはおろか、父の言うことに逆らうこと自体が出来なかったのだろう。
蒼の目から見ると、張維は普通の父親だったのだが。
そう、張維が自分を殺させようと、あんな芝居を打ちさえしなければ、維心は炎嘉ほどではなかったが、時に甘えることもあったのかもしれない。
張維は、懐が深そうな父だった。
つまりはやはり、張維自身が言っていたように、維心をあんな風にしてしまったのは張維のせいなのだ。
維心は、じっと黙っている。蒼には、何を考えているのか分からなかった。だが、先ほどよりは幾分穏やかな表情をしているのではないかと思った。
するとそこへ、何の前ぶれもなく、パッと人型が現れた。突然に現れた最早慣れたその感覚に、蒼は振り返った。
「碧黎様!」
蒼は思わず叫んだ。
炎嘉と維心も、びっくりして碧黎を見た。炎嘉が、立ち上がって言った。
「碧黎…主、出て参って大丈夫なのか?」
碧黎の人型は、蒼が見慣れていたものではなかった。
真っ白の髪に、薄い青い瞳の碧黎が、そこに浮いてこちらを見ていたのだ。




