父王達
その少し前、弦は茫然と戸の前に立ち尽くした。焔様…我が王は、あの偉大な焔様の生まれ変わりとおっしゃるか。そして…その記憶を持って、その後悔と共に生まれて来られたのだと。
弦は、知った事実に頭の中をいろいろな事が巡っては消えるのを感じていた。確かに、普通のお子ではなかった。生まれてすぐから大きな気を放ち、王座に就くべく定められ、誰よりも賢く、誰よりも技術に優れ、兄皇子達すら逆らう事も出来なくしてしまわれた、王…。あの歴代最強の王の、再来だと言われていたが、本当にそうだったのだ。
焔は、三代前の焔の、生まれ変わりであったのだ。
弦は、皆がこちらへ来るのを感じて、急いでそこを離れた。自分が聞いていたことを、知られてはいけない…。
弦は、逃げるようにコロシアム訓練場へと出て行った。
焔は、蒼と、まだ何やらブスッと機嫌の悪い炎嘉と維心を後ろに、学校の図書室へと到着していた。そうして、そこで年表を見てひとあたり蒼に質問し、蒼が分からない所は炎嘉に聞いて、軽くこれまでの経過をたどってため息をついた。
「…やはり長いの。つまりは結局、鳥も虎も龍と事を構えて一夜にして滅しられた。せっかくに太平の世であったものを。愚かな事よ…まあ我も他人の事は言えぬがな。」
炎嘉は、焔を急かせるように言った。
「して?後の細かい事は追い追い知れば良いわ。それより父の事ぞ。主は友であったのか?」
維心も、じっと黙っていたがそこで焔を見た。焔は、二人を見て頷いた。
「せっかちなヤツよ。ああ、我は炎真より歳上であったがな。張維もそうよ。赤子の時から知っておった。」と、目を遠くに向けた。「今も思う…なぜにあれらから離れて引きこもろうなどと思うたのかと。共に戦い、共に戯れた。箔志は知らぬか?今の王の、箔翔の祖父よ。箔炎の父に当たる。」
炎嘉は、眉を寄せた。
「僅かに覚えがある程度。箔炎が生まれた頃に我は王座に就いたが、その頃箔志殿はあまり会合に来ぬようになっておってな。新しく迎えた妃に大層肩入れしておって、政務もままならぬのだと聞いておったわ。」
焔は、眉を寄せた。
「…あれは女に惑う性質であったか。良い男であったのに。箔炎はそれゆえに母を斬り、宮から女を追放したのか。」と、手元の年表に視線を落とした。「だがしかし、箔翔を晩年に遺したのだな。鷹の血族が絶えぬで、良かった事よ。」
維心は、焔を見て何か言いたそうだったが、なかなかに口を開かなかった。焔は、困ったように笑った。
「何ぞ?何か聞きたい事でもあるか。」
維心は、それでも言いにくそうにした。炎嘉が、横から焦れったげに口を出した。
「父王のことか?主、殺しておるものの。だが、あれは父王の企みであったではないか。主、黄泉の道で会うたのだろうが。」
維心は、炎嘉を力なく睨んだ。
「そうであるが…赤子の時の事はあまりよう覚えておらぬから。」
焔は、クックと笑った。
「張維は妃ばかり多くて通わぬヤツでな。臣下が困っておったわ。それがある日北へ篭っておったかと思うたら、主が生まれたと告示されてそれは驚いたものよ。それは大きな気の…美しい赤子で。妃を亡くしたと張維は悲しげにしておったが、それでも主がそれはかわいいようでの。会合に来ておっても、我か筆頭軍神ぐらいしか世話が出来ぬ、と言うて、慌てて宮へ帰って行った。なので、我が挨拶に行った時に主を抱いておっても、驚きもせなんだわ。何しろ、あの頃の張維はそうやって会合やら政務やらをしておったからな。仲間うちでは有名な話よ。」
維心は、それを聞いて下を向いた。父は我をかわいがっていたのだ。なのに覚えが無いために、後に父が自分を殺させようと謀った言葉に、子供ゆえに騙されて、まんまと殺してしまった。すっかり、騙されて…。
炎嘉が、途端に同情したような顔をして維心の肩に手を置いた。
「こら、沈むでない。とっくに解決したことではないか。張維殿は母上に会いたかったゆえに、あのようなことをしたのだと謝っておったではないか?わざわざ記憶の玉まで託して。主は気にし過ぎであるのだ。」
維心は、息をついた。
「分かっておる。しかし、まだ父とそんな話はしたことが無かったゆえ。あちらで何度か会っておるのに、避けてしもうて。」
焔は、眉を上げた。
「あちらで?そういえば、主は張維と同じ能力を持つか。命を扱うか?」
維心は、頷いて焔を見た。
「父は門を開くことしか出来なんだが、我は黄泉の道まで行ける。その術を編み出したゆえな。しかし、死んであちらへ行った時は、会えておらぬ…場所が違ったのだろうの。」
炎嘉が、ぽんと手を打った。
「そうよ。主にはその特技があったではないか。ここに黄泉の門を開け。さすれば我が父も主の父も、ここへ来るだろう。一度腹を割って話すべきぞ…記憶がある限り、ずっと引き摺る事になるぞ?」と、焔を見た。「ほら、焔も友に会えるし。」
焔は、みるみる表情を明るくした。
「おお、良い考えぞ!あれらに会って話したい…我は、最後の挨拶に行ったきり、死んだ時も知らせる事すら出来なかった。あれらに分かれも言えなかったのが、心残りなのだ。」
維心は、気が進まぬ風で、それでも立ち上がりながら言った。
「父は番人であるから来るだろうが、炎真殿は転生しておるやもぞ?何しろ、焔もこうしてここに居るのだからの。」
炎嘉は、何度も頷いた。
「ああ、それでも良いわ。とにかく呼んで見てはどうか?主の父とも話がしたい。」
維心は、重そうに手を上げた。皆が固唾を飲んでみていると、維心はまたその手を下ろして振り返った。
「…やはり、無理ぞ。父達に会いたいのなら、碧黎の次元の戸を使えば良いではないか。」
炎嘉が、面倒そうに手を振って言った。
「もうほんに主は!次元の戸など面倒ではないか、時を読まねばならぬし!」
蒼も、頷いて言った。
「そうですよ、維心様。あれの使い方を間違ったら大変なことになると、この間骨身に沁みたばかりでありますし。碧黎様でないと、あれを使いこなすのは難しいのです。」
維心は、炎嘉と蒼を見て言った。
「ならば碧黎に相談すれば良いではないか。あの時代の父王達のこと、我だって見てみたいと思う。」
炎嘉は、それにはハッとしたように黙った。確かに、自分も父王達がどんな感じだったのか、実際に見てみたいと思ったからだ。
焔が、黙って聞いていたが口を挟んだ。
「して?我には訳が分からぬのだがの。まず、その碧黎とは誰ぞ。」
蒼が、焔を見て答えた。
「地です。この地の化身。月の親でもあります。なので、この月の宮によく出入りするのですよ。絶対的な力を持っていて、しかしその力ゆえに、干渉出来ることも限られている。こちらにあまり手を出しすぎると、しばらく力を失うのです。」
焔は、興味を持ったような顔をした。
「ほう?会うてみたいもの。そんな存在が居るとはの。」
炎嘉が、ちらと焔を見た。
「恐らく主は会うておるぞ。気まぐれなので、こちらの言うように動いてくれるかどうか。」と、パッと表情を明るくした。「おお、しかし今、ここに維月が居るではないか。あれに言わせたら良いのだ。さすればどんなことでもやってくれようぞ。」
それを聞いて、維心がハッと顔を上げて蒼を見た。蒼も、維心を見て困ったように顔をしかめた。忘れていた…碧黎は、今地に篭って出て来ないのだった。維月に何か言わせるなど、今の状態では自爆行為ではないか。
「その…炎嘉。」維心は、また手を上げた。「ならば、やはり我が父を呼ぶか。碧黎のことは、我も安易に考えておった。」
蒼が、何度も頷いた。
「ええ、そうですよ。炎嘉様、維心様にここから呼んでもらいましょう。父王達だって、転生していなければきっと来てくださるでしょうし。」
炎嘉は、怪訝な顔をしたが、何も言わずに口を閉じた。何かあるのを気取ったのだ。しかし、焔は言った。
「我は、門からも会いたいのは確かであるが、しかし地にも会いたい。せっかくであるから、月の宮に居る間にの。面識を持っておきたいのだ。」
維心と蒼は、顔を見合わせた。蒼が、苦しい言い訳をした。
「あの…本当に地は気まぐれなので、怒らせたりしたら大変なのですよ。今は、本体へ帰っていてここへ戻っておりません。そんな時に、無理に呼び出したりしたら、大変なことになりますから。」
維心も、頷いた。
「そうよ。我もそれを思いだしてな。あれは力があるゆえ、簡単に神だって滅してしまうからの。寝ておるのをたたき起こすのは、恐ろしいことぞ。」
炎嘉は、それを聞いて地が本体へ戻ったままここへ戻っていないのを知った。そうして、思ったより維月云々の事が尾を引いているのだと悟り、助け舟を出した。
「おお、なんだそうだったか。ならば道理よ、あれは怒らせると怖い。」と、焔を見た。「焔、恐らく主が見たその、青い髪に青い瞳の男、それが碧黎なのだ。あれが人型を取ると、そのようになる。あれは普段は良いが、怒らせるとそれは大変なのだ。機を待たぬか。さすればまた、あれもふらっと出て来るであろうから。」
焔は、何やら言外に事情がありそうな気がしたが、自分をここまで導いたあの男の事を出されて、そちらに驚いて言った。
「何と…あれは、地か?地の人型だったと申すか?」
維心も蒼も、頷いた。
「あれは、寿命を司っておるからの。我だって、あれに支配されておるような状態ぞ。」
焔は、絶句した。そんな大層な男と、我は気軽に接しておったのか。確かに気は大きかったが、まさかそんな力の持ち主だったとは…。
焔が黙ったので、炎嘉が急いで言った。
「そら、維心!ぼうっとしておらずに、早よう門を開かぬか!」
維心は、我に返って慌てて手を翳した。
すると閃光が走り、そこには黄泉の門が、四角く開いたのだった。




