愛人?
維心と維月は、仲良く並んで維心の対の居間で座っていた。いつものように、維心は維月の肩を抱き、時に維月の頬や髪に口付けたりしながら仲睦まじくしている。維月はそんな維心に微笑みかけて、維心に盗むように口付けてみたり、着物のあわせから見える胸に触れて頬を摺り寄せてみたりしていた。
「こら…いつあれらがここへ参るか分からぬのに…。そのように誘うでないぞ。奥へ参れないのだから。」
維月は、分かっていてやっていた。維心に甘えたい時があるが、そうすると維心はすぐに奥へと連れて入るので、後は寝台の上で余裕なく愛されるということになってしまう。そんなことより、こうしていちゃいちゃとじゃれあっていたい時も、維月にはあるのだ。
「よろしいではありませぬか…こうしていたいのですわ。維心様…」
維月は、維心に体全体を使ってべったりくっついてすりすりと摺り寄った。維心は、維月をしっかりと抱きしめると、頬を摺り寄せながら言った。
「困ったヤツよ…我が主がほしゅうてたまらぬようになるのだと言うに…」
維月が顔を上げると、維心はその頬を両手で包んで、深く口付けた。そうしていると、脇から声がした。
「…ほんに主らは、状況が分かっておるのか、朝っぱらから。」
維月は、びっくりして維心から離れた。維心は、そんな維月をがっつり抱いたまま声の主を見て、ふんと鼻を鳴らした。
「うるさい。何をしておろうと勝手ではないか、炎嘉。」
炎嘉が、不機嫌に入って来て、目の前の椅子へどっかりと座る。蒼が、そんな炎嘉に気を遣っておずおずと入って来ると、その横に座った。
「あの…焔と対面して参りました。」
蒼が言う。維心は、頷いた。
「そうか。して、どうであった?」
炎嘉が、憮然としたまま言った。
「まるで臣下のような扱いよな、維心。我らに立ち働かせておいて、己はここで妃とベタベタと。良い身分よ。」
維心は、炎嘉を軽く睨んだ。
「臣下のようなものだろうが。我が龍王。主は南の王だが龍であるから。それより焔よ。間違いなく鷲であったか?」
蒼が、横から答えた。
「はい、維心様。炎嘉様が、間違いなくあれは鷲の気であると。」
炎嘉は、仕方なく息をついて答えた。
「鷲よ。好奇心が旺盛な、若い王であったわ。まだ300にならんのではないか?父王が亡くなり、最近譲位されたようぞ。なぜなら、あやつは篭ることに反対で、王座に就いてすぐにこちらのことを調べさせ、出て来ることを決めたようであるから。」と、険しい顔をした。「大層な気を持っておったわ。2千年以上前の、焔を思わせる大きな気。主には敵わぬだろうが、我ぐらいにはあるのではないかの。」
維心は、真剣な表情で頷いた。
「敵意がないのなら良いがな。今世に出て来て、そうしてどうするつもりであるのだ。」
それには蒼が答えた。
「こちらのことを学ぶのだと言っておりました。何でも、あちらでは全く変化がないからだとか。他の宮と切磋琢磨して、宮の技術など伸ばしたいようでありました。オレは気を探っておりましたが、あちらからは本当に好奇心以外、悪い気など全く感じませんでした。曽祖父の王のことは、大変に批判しておりましたが。」
炎嘉も、それを聞いて頷いた。
「間違いであったと言い切っておった。まるで側に居たかのように…主の父の張維のことも、まるで知っておるように話しておったな。赤子の主の気に恐れをなして引っ込んだような言い方であった。ま、鷲は当時のことを事細かく記録に残しておるのであろう。」
維心は、考え込むような顔をした。
「そうか…会ってみたいもの。」
蒼は、頷いた。
「はい。宴の準備もしておりますが、その前に宮を案内致しますので。その時に、南の庭の藤棚の所で、茶を準備させます。維心様には、そこで母さんと一緒に茶を飲んでいらした、という風に。」
維心は、苦笑した。
「ほう。我が、茶をの。ま、維月と共にならありうることであるし、良いであろう。そこで待とうぞ。」
炎嘉が、意地悪げに言った。
「良いのか?維心。焔が曽祖父にそっくりなのは、何も気だけではないぞ。主は覚えておらぬかの…あやつは主のように不必要に美しいのだ。維月は美しい男が好きなのではないのか?十六夜が本日、焔の顔を見て開口一番言うておったわ。」
維心はそれを聞いてぐっと眉を寄せた。維月が、美しい男を好むことは、前世から嫌というほど聞いている。十六夜が焔を見てそう言ったということは、維月好みの顔なのだ。
それを聞いた維月が、慌てて隣りで手を振った。
「ま、まあ炎嘉様!いくら私でも、美しいだけで好意を持ったり致しませぬわ!そのようなありえないことを、おっしゃらないでくださいませ。」
見るからに慌てている。維心は、唸るように言った。
「…我も赤子であったから、薄っすらとしか覚えておらぬが、確かに美しい容姿であったやもしれぬな。では、主が代わりをせよ。維月は奥へ置く。」
維月が、驚いたように維心を見る。炎嘉は、あからさまに嫌そうな顔をした。
「我が主と庭で茶?そんな仲だと思われたらどうするのだ。我は男は相手にせぬのだが。まあ主は美しいし、出来ぬこともないが。」
蒼が仰天して炎嘉を見た。確かに神世でも、男同士がそういう仲とか聞いたことは結構あった。両刀使いの神は案外に多い。が、それでも近くでそんな話を聞くと退いてしまう。
維月は、驚きのあまり口をぱくぱくさせている。維心が、炎嘉を睨んだ。
「あのな、我とて男は相手にせぬわ。主とは長い付き合いであるが、今までそんなことになったことはないであろうが。ではなくて、代わりにどこかで話でもしておったら良いのではないか。」
炎嘉は、まだ面倒そうにしていたが、それでも頷いた。
「ああ、そうよな。では、軍はどうか?コロシアムで視察をしておるという感じで。そこへ、蒼が焔を案内して参ったら良いのだ。」
蒼は、衝撃から何とか立ち直って、頷いた。
「は、はい。では、そういうことで。」と、維月を見た。「母さんは、十六夜の所へでも行ってたら?」
維月は、仕方なく頷いた。
「分かったわ。じゃあ、自分の部屋へ戻っているわね。」
維心は、維月の頭を撫でた。
「聞きわけが良いの。直に戻るゆえな。」維心は、機嫌よくそう言うと、炎嘉をせっついた。「さ、では参ろう。蒼も、早よう焔を連れて参れ。やらねばならぬことは、さっさと済ませたいのだ。」
蒼は、維心に押されて慌しく立ち上がると、炎嘉と共に回廊へと出た。維心は、その後をついて回廊へと出ると、背後で戸が閉まるのを見て、ふっと息をついた。
炎嘉が、それをちらと振り返って言った。
「何ぞ?余程早よう済ませて焔を帰してしまいたいようであるな。」
維心は、炎嘉に並びながら睨んだ。
「焔が美しいなどと申すからぞ。十六夜が言うたなら、確かに維月の好みであるのだ。間違っても、あれに会わせとうない。」
炎嘉は、呆れたように維心を見た。
「少しは信じぬか、維心よ。もう何百年も己の妃として囲って来たのではないのか。案じずとも、今更であるわ。維月は美しいだけでは心を移したりせぬよ。ならば我だって、とっくに維月の心をものにしておるであろうしな。ぽっと出た焔などに持って行かれてたまるものか。」
蒼も、頷いて言った。
「そうですよ、維心様。母さんはあれで、確かに美しい容姿のかたを見たら見ているだけで幸せになるとか言って、喜んで見ておりますが、それ以上のことはありません。維心様だって、世に並ぶものがないほど美しいと言われる容姿であられるではないですか。」
何とか安心させようと言ったことだったが、炎嘉が言った。
「そう、無駄に美しいのだ、こやつは。昔から我は男はダメなのだが、こやつならいけるやもと、時に思ったぐらいであるからな。」
蒼は、また仰天した。ここでその話を蒸し返しますか!
すると、維心が軽く炎嘉を睨んだ。
「だから我は男でも女でも興味はないというに。前にも言うたの。」
前にも言ったって?!
蒼は目を丸くして、炎嘉を見た。炎嘉は、その視線を感じて肩をすくめた。
「いや、前世の話よ。こやつがあまりに妃を娶らぬし、そのうえ女に指一本触れたがらないので、もしかして男がいいのか、では我が相手をしようか、と言うたことがあったのよ。そしたらこやつ、一気に身を数メートルも退いて、言うたのだ…『我は男にも女にも興味はない。構うな。』との。」
維心は、頷いた。
「いくら親しくしておる炎嘉でも、そんな仲になるつもりはなかったからの。」
「我だって誰にでもそんなことは言わぬぞ?」炎嘉は、拗ねたように言った。「ただ、主があまりにストイックであったから、少しは息抜きも必要であるかと思うて、わざわざ申し出てやったのだ。それを、何やら危ないものでも見るような目で見おってからに。我はあの時、少なからず傷ついたわ。」
維心は、ため息をついて歩きながら首を振った。
「主が我を気遣ってくれておるのは分かっておったわ。ただ、方向を間違えておるなと思った。我は、放って置いてくれた方がありがたかったのだ。王同士で愛人関係など、しかも龍と鳥であったのだぞ?ややこしいわ。もう良いではないか、今は維月が居って癒されておるのだから。主だって男より女の方が良いくせに。」
炎嘉は、そこは大真面目に頷いた。
「もちろんよ。やはり陰陽でなければならぬ。あの時はあくまで主を慰めるために言うただけであったからの。」
二人は、そんな話をしながら先を歩いて行く。
蒼は、目の前でよく知っている二人から普通にそんな話を聞いて、ショックを隠しきれなかった。神世って、思っていた以上に自由なんだなあ…。
蒼は、自分も誰かに目をつけられたりしないように気をつけようと思っていた。




