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対面

やっとのことで十六夜も綺麗に着付けられて謁見の間に揃った。炎嘉は、落ち着いた様子で緋色の袿を堂々と着こなして既に蒼の横に座っている。反対側の椅子に十六夜が座り、蒼はやっとホッとした。

「緊張感に欠けるの、十六夜。我など目覚めてすぐに着つけておったぞ。」

炎嘉が言うのに、十六夜は面倒そうに椅子にそっくり返って座ったまま答えた。

「あのなー格好なんてどうでもいいじゃねぇか。ようは会うことに意味があるんだろうが。それなのに蒼が着替えろとかうるさいから、時間くっちまったんでぇ。」

蒼は、十六夜を睨んで言った。

「あのね、こっちもあっちを重要な客として迎えてるって、着物でも示さなきゃならないんだよ。気軽な格好なんかで会って、気分を害したらどうするんだ。始めから躓くじゃないか!」

炎嘉も、向こう側から言った。

「その通りよ。初めて会うのに気軽な格好ではならぬ。お互いに尊重しておるのを、こうして示しておるのだ。主も、少しは神世に倣わぬか。月は気ままで、皆が納得すると思うたら大間違いぞ。」

十六夜が、ふて腐れて黙ったところへ、向こうに見える大扉の横の、小さな戸が開いた。蒼が緊張してみていると、そこから明人が入って来た。そして、蒼の前で膝を付くと、言った。

「王。焔様をお連れ致しました。」

蒼は、ごくりと唾を飲み込んでから、頷いた。

「これへ。」

明人は、頭を下げると、また出て行った。さすがの十六夜も、背筋を伸ばす。炎嘉が、目を細めた。

「…この緊張感は、久しぶりよな。」と、薄っすらと笑った。「その昔は、ようこんなことがあったもの。だが、すっかり忘れておったわ。」

蒼は、炎嘉でも緊張するのかと、また一気に緊張感が奥から湧き上がって来るのを感じたが、背筋を伸ばして前を見たのだった。


大扉が、大きく開く。

歩いて来たのは、光沢のある赤茶の甲冑に身を包んだ軍神達を引き連れた神だった。赤を基調にして段々に茶色、深い茶色と上に向かって染め上げられたかなり質の良い美しい着物に身を包み、こげ茶の髪に、鋭い赤い瞳。そして、それは端整な顔立ちだった。

「…維月が居なくて良かったな。」

十六夜が、唇をほとんど動かさずに小さな声で言った。蒼は、十六夜を軽く睨んだ。こんな時に何を言うんだよ。確かに母さんはかなりの面食いだけど。

焔は、大股にゆっくりと歩いて来て、玉座へと登る階段の前で立ち止まり、蒼を見上げた。

蒼は口を開いた。

「よくお越しになられた、焔殿。私が、月の宮の王、蒼。こちらが、龍の南の領地の王、炎嘉殿。そして、こちらが陽の月の十六夜。」

焔は、軽く会釈した。

「初めてお目にかかる、月の宮の王、蒼殿。それに、炎嘉殿、十六夜殿。それにしても、月にも会えるとは思ってはいなかった。」

すると、十六夜が蒼の横から言った。

「月に会いたいから来たんじゃないのか。そうでなければ月の宮を、何で訪問する場所に選んだんだ?」

焔は、目を丸くした。さすがの炎嘉も眉を寄せる。蒼が、慌てて十六夜を抑えた。

「十六夜!最初からずけずけ言うんじゃない!」

焔は、そんな様子を見上げていたが、クックッと声を抑えて笑った。

「…なんとの。月は遠慮がないと聞いておったが、誠であったのか。おもしろい。」と、十六夜を見上げた。「確かに我は、月に会いたいからこそ月の宮を最初の場に選んだ。だが、別に龍の宮でも良かったのだぞ?いずれにしろ、いつかは会うであろうと思うておったからの。ただ、月の宮であれば王が穏やかであると聞いておったから、面倒がないだろうとも思うた。それゆえよ。」

炎嘉が、口を開いた。

「…遠い記憶を引き寄せておったが、確かに主の気は鷲。鷲の王よ、なぜに今、出て来る気になったのだ?」

焔は、炎嘉を見た。しばらくじっと見つめていたが、言った。

「…我の曽祖父が篭ると決めた。だが、我はそれは間違いであったと思う。なので我の代になり、こうして機を見て出て参ったのよ。」

蒼が、割り込んだ。

「では、ここでは挨拶をと思うておったのだ。立ち話もなんなので、後は応接間へ移ろうぞ。」

炎嘉も、頷いて立ち上がる。蒼も立ち上がり、焔を促した。

「さあ、こちらへ。心配なら軍神を連れて来ても良い。」

焔は、しかし首を振った。

「いや、良い。ここで待たせる。」と、弦を見た。「待っておれ。」

蒼が、歩いて行きながら言った。

「ここでは寛げぬだろう。応接間の横に、待機場がある。そこで待てばよかろう。」

焔は、それを聞いて弦に頷き掛けた。弦は、頭を下げて焔の後ろについて、歩いて行ったのだった。


応接間は、すぐ側にあった。大きくて白い壁になっている…ソファは、寛げるように一つ一つが大きかった。庭へ向かって大きく開いた窓からは、昇って来る朝日が見えた。

焔は、勧められるままにソファの一つへと腰掛け、蒼も、炎嘉もソファへと腰掛けるのを待った。十六夜が、最後に入って来て面倒そうに端のソファへと腰掛けた。

焔は、本当に珍しいものを見るように、窓から見える広い庭へと視線を移していた。その目からは、好奇心の他に何も感じられなかった。こちらに対する変な企みなども、蒼は全く感じなかった。ただ、外へ出て来て嬉しいと、焔が思っているように蒼には見えたのだ。

蒼が戸惑っていると、炎嘉が言った。

「珍しいか?焔殿。何やら、新しい催しにでも来た子供のようぞ。」

焔は、炎嘉を見た。

「…確かに、そうかもしれぬ。この2千年以上、我らはあの狭い山脈にじっと潜んで、あの中でだけ生きて来た。回りとは全く隔絶された場で、何の変化もない。ただ退屈に毎日が過ぎて行くだけぞ。他の宮の良い所を吸収するわけでもなく、己らで切磋琢磨するだけ…井の中の蛙ではないかと、我には思えてならなかった。この世界のことは、我が王座に就いてこのかた軍神達に密かに調べさせて幾らかは知っておる。だが、詳しいことは何も分からぬ。これから、学んで行きたいと思うておるのだ。新しい世界を思うと、我も胸が躍るものよ。」

炎嘉は、探るように焔を見て、慎重に頷いた。

「…主は、曾祖父の意思には従わぬと決めたのか。祖父や父は、頑なに守っておったのに?」

焔は、じっと炎嘉を見た。その眼になぜか、後悔のようなものを感じ取って、炎嘉はためらった。焔は、答えた。

「あれは、間違っていた。我はそう思う。龍の支配に下る事など、恐らくはなかった。あの頃の王の張維は、そこまでの気を持ってはおらなんだし、その後の王の維心は、皆が恐れるほどの気の持ち主であるが利口で鳥とも共存を選んだ。厄介な戦国も、共に戦っていたならもっと早く終わっておったのだ。それなのに、鷲は先を見誤り、まだ赤子の維心の力を気取って己の種族を守るため、内に篭るなどという判断を下した。あれは、王の過ちぞ。」

話しているうちに、どんどんと険しい顔つきになる。蒼は、首をかしげた。

「張維様を、知っておるのか?」

焔は、ハッとしたように蒼を見た。そして、表情を緩めると、言った。

「いや…記録にあるだけだがの。」

十六夜が、黙ってそんな焔を見ている。炎嘉も、じっと見ていたが、言った。

「…曽祖父をかなり疎んじておるようであるな。だが、主はその名を曽祖父からもろうたのであろうが。我は、前世鳥族の王であった。ゆえあって記憶を持ったまま転生し、今はこうして龍であるがな。前世の我がまだ子供の頃、我が父炎真を訪ねて来た主の曽祖父の焔に、我は目通りしておるのだ。あれはしかし、愚かな王ではなかったがの。」

焔は、驚いたように炎嘉を見た。

「そうか、炎嘉…炎真の第三王子か。ゆえに主は、龍でありながらそのような気を持っておるのだな。鳥か。」

炎嘉は、頷いた。

「そうだ。だがしかし、主は鳥にも詳しいのか。我がなぜ第三皇子であったと知っておる。」

焔は、炎嘉を見ながらふっと笑った。

「元は鳥の傘下にあったのだ。鳥のことならよう知っておるわ。」

炎嘉は、口をつぐむ。蒼は、なぜか分からないが変な空気になったような気がして、慌てて割り込んだ。

「それで、主はこれからまた神世に関与したいと申すのだな?神の会合にも参加すると。」

焔は、蒼を見て頷いた。

「その通りぞ。これからは、他の神と同じように過ごすつもりでおる。そこで、主に話を通して欲しいのだ。」

蒼は、頷いた。

「では、次の会合に出られるように計らおう。長く離れておったので、皆驚くだろうがな。」と、炎嘉を見た。「炎嘉様も、それでよろしいでしょうか。」

炎嘉は、何かをじっと考えて探るように焔を見ていたが、頷いた。

「良い。鷲が戻って参れば、今の世もまた落ち着くであろうからの。序列最上位の宮が少なくなって、龍の宮の負担が大きかったところ。それでもあの宮はびくともせぬが、皆で割り振った方が良いに決まっておる。これからは、神世が円滑に回るよう、鷲にも力を貸してもらわねばならぬ。」

焔は、頷いた。

「出来ることであるなら、我も尽力しようぞ。」

蒼は、頷いて十六夜を見た。

「十六夜も、何か言うことはないか?」

十六夜は、まだじっと黙っていたが、口を開いた。

「…ああ。オレは別に、何もねぇ。」

蒼は、頷いて立ち上がった。

「では、客間へ案内させよう。ゆっくり休んでもらいたい。夕刻には、宴の準備もしておる。それまで、宮の中を見たいのなら、案内をするが、どうする?」

焔は、蒼に合わせて立ち上がりながら微笑んで言った。

「おお、是非見てみたいもの。ここには珍しいものが多いゆえ。人の世との架け橋と聞いておるが、見たこともないような物が多い。」

蒼は、微笑み返した。

「ならば、落ち着いたら侍女を寄越して欲しい。案内しよう。」

そうして、焔は宮の客間へといざなわれて行った。

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