役目
十六夜は、碧黎と共に夜空に浮かんでいた。隠れて聞いていたのを、二人にすぐに気取られてしまい、大氣はまるで子供のいたずらを見つけたように笑うと、気を遣ってそこを離れて行ったのだ。変なところで神世の付き合いというものを学んでいる大氣に、十六夜は居心地が悪かった。
碧黎は、十六夜に言った。
「して?大氣が維織のことを飽きるとか言ったことに文句が言いたいとか、そんなことか。」
十六夜は、首を振った。
「違う。親父…オレ、自信がなくなった。」
碧黎は、それを聞いて眉を上げたが、呆れたように息を吐いた。
「なんだまたか。主は何度自信をなくしたら気が済むのだ。子供扱いされたら怒るくせに、そういう時は親に頼るのであるの。で、此度は何に対して自信を無くしたのだ。」
十六夜は、下を向いた。
「…指示が無いと、何も出来なかったこと。」
碧黎は、それを聞いて頷いた。
「ああ、それか。確かにあれはまずいの。己で少し考えたら分かることぞ。維心を見よ、我ですら消滅したと思うような状態でも、ああして己で道を見つけて生き残っておったではないか。何でも見たまま聞いたままではないことは、既に学んでおるであろうに。少し頭を使わねばな。ま、主がやれば出来るやつなのは、変わった世のほうを見て知っておる。維心について、本気で学んだらああして立派に地上の王になっておった。後は主、やる気よな。何でも誰かに聞いたら何とかなる環境がいかんやもしれぬ。」
十六夜は、すがるように碧黎を見た。
「やる気?維心と親父が居るのに、別にオレが王にならなくたっていいし、それでモチベーション上げろってのも難しいじゃねぇか。」
碧黎は、十六夜を横目に見た。
「主、ではあれらを黄泉へやって、己が地上を治めるか?」
十六夜は、ぶんぶんと何度も首を振った。
「そんなこと!オレには無理だ。できねぇ。」
碧黎は、また息をついた。
「困ったものよ。これが良かったのかどうか。しかしまあ、良いのではないか?たまに己の頭を使って、後はあれらに任せて。それがここまで歴史を作って来た、主に与えられた運命であるから。それに、維心もいかんのだ。分かっておるくせに、あのように。月の浄化が利くことは知らなんだようだが、あの強さの祟り神が普通では太刀打ち出来ぬのだから、ちょっと手を貸してやれば良いのに。主らはお互いに、いろいろと甘えておるのだ。自分がやらなくても、相手がやるだろうとな。しかし、我はそれでも良いかと思う。一人では、時に荷が重いこともあるのだろうからの。」
十六夜は、碧黎を見上げた。
「親父も、そうなのか?」
碧黎は、笑った。
「そんなこと思いもせなんだが、しかし此度の事で思うた。咄嗟に十六夜と維心、蒼を連れて行く事を考えた。今までなら、己一人で事に当たろうとしたはず。だが、我はそれを選んだのだ。つまりは我も、主らと過ごすうちに誰かと共に解決する甘さを覚えてしもうたのだの。」と、ふと顎に手を置いた。「しかし…あの場合維月は何の力にもならぬから、置いておこうとするはずなのに、我は主に連れて来いと申したの。はて、面妖な。陽蘭は平気で置いて参ったのに。」
十六夜は、それを聞いて顔をしかめた。碧黎は、真剣に考え込んでいる。
「親父、ほんとに本気で維月が大事なんじゃないのか。」
碧黎は、驚いたように十六夜を見た。
「今さら何を言うておる。大事に決まっておるだろうが。」
十六夜は、首を振った。
「そうじゃねぇよ。情が湧いてるってことだ。本気で好きなんじゃないだろうな。」
碧黎は、怪訝な顔をした。
「好き?好意は持っておるだろうが。主と二人、どれだけ身の側で育てたと思うておる。」
十六夜は、また首を振った。
「だーかーらー、愛してるってことだよ!オレや維心みたいに、娘とかじゃなく。」
碧黎は、うーん、と唸った。
「…どうであろうの。いまいち主らの恋愛とかいう感情が理解出来ておらぬから。だが、維月しか要らぬ。他は鬱陶しい。」
十六夜は、呆気に取られた。維心と同じ事を。
「ダメだ!親父、ほんとに勘弁してくれ。親父と取り合うなんて無理なんだからよ。維月に愛してるとか言うなよ!娘だからかわいい、でいいだろうが!」
碧黎は、鬱陶しそうに十六夜を見た。
「だから主らとは根本的に違う。我は、身を繋ぎたいと言うたか?たまに気の交換をしたいと思うぐらいぞ。それは確かに身を繋ぐのが手っ取り早いが、その方法は取らぬ。口付けたり、抱き寄せておっても出来るゆえ。別に子をなしたいと言うておるのではないであろうが。ここまで主らに譲歩して合わせておるのに、まだ文句を言うか。」
十六夜は、唸った。
「親父は余裕なんだろうけど、オレや維心は必死なんでぇ!親父に勝てるのは、維月からの愛情の深さぐらいだ。なのにそこまで持ってかれたら、オレ達の今までの努力はどうなるんだよ!親父は、親父として維月に愛されて、それでいいじゃねぇか!」
碧黎は、必死に訴える十六夜に、キョトンとした顔で絶句していた。が、しばらくして、笑い出した。
「なんぞ、恋敵に頼み事か。」
十六夜は、笑う碧黎を睨んだ。
「維月を持ってかれるぐらいなら、いくらでもカッコ悪くなってやるさ。」
碧黎は、笑いの発作から立ち直ると、言った。
「…分かっておる。主らから取り上げようとは思うておらぬと言うに。ただ、我が必要な時に側に置きたいだけ。何度も言うておるだろうが…父として愛されておるならそれで良い。まあ、いつかは一度ぐらい身を繋いでみたいとは思うておるが、今ではないゆえ。案ずるでない。」
いつかっていつだよ。
十六夜は思ったが、あまり言って今すぐだとか言われたら大変なので黙った。
すると、碧黎は何かに気付いたように宮の方を見た。
「…戯れはこれまでぞ。瑞姫が逝った。黄泉の門をくぐったのを感じる。」
十六夜は、慌てて宮を見た。蒼が…炎託が悲しんでいるんじゃないか。
「戻る!じゃあな、親父!」
碧黎は、頷いて十六夜を見送った。維月…維心の側に気を感じる。悲しんでいる気…。
碧黎は、気になってそちらへ向かった。
維心は、宮の出発口で飛び立とうとしたが、維月があまりに嘆くので、飛び立てずに維月を抱きしめながら言った。
「維月…そのように泣くでない。我らとて、一度は逝ったではないか。瑞姫はその時、悲しんだのだと思うぞ。それを乗り越えて、今度は先に逝ったのだ。順番ぞ。」
維月は、泣きながら何度も頷いた。
「はい…分かっておるのです。それでも、あの子との思い出が蘇えって来て涙が止まりませぬの。申し訳ありませぬ…。」
維心は、困って維月を抱きしめたまま、立ち尽くした。
「維月…。」
するとそこへ、碧黎が降り立った。維心が軽く碧黎を睨むが、碧黎はそれに気付かぬように、維月の背に話し掛けた。
「維月。」
維月は、弾かれたように振り返った。そして、碧黎を見ると、また見る見る涙を溢れさせた。
「お父様…」維月は、小さな子供のように棒立ちで言った。「瑞姫が、逝ってしまいましたの。私の、初めての孫であったのに。」
碧黎は、頷いて両手を差し出した。
「知っておる。参れ。」
維月は、維心から離れて碧黎に飛びつくように抱きついた。碧黎は、それを抱きしめた。
「もうこのように先に誰かが参るのは、つらくてなりませぬ…!お父様、私はなぜに転生し、こうして永らえるのでしょうか。瑞姫という子は、再び転生してしまえば消えてなくなってしまう。私達のように、記憶を持って来れる神は一握りでございまするもの…。」
碧黎は、維月の頭を撫でた。
「娘よ、だが主は知っていてその記憶を持って参ったのではないのか。記憶を持って来るということは、そういうことぞ。維心や十六夜を、忘れとうなかったのかもしれぬ。しかし、他も忘れず、こうして前世の繋がりの上にある関係に苦しまねばならぬ。あれらは、普通の神なのだ。一度死んだ主より早く黄泉へ参るのは分かっておったこと。そのリスクも覚悟の上で、記憶を保つ事をえらんだのではなかったか?」
維月は、それを言われて茫然と碧黎を見上げた。流したままの涙は、碧黎が拭ってやった。
「そのようなこと…考えてもおりませんでした。」
維月は、素直に答えた。碧黎は、苦笑して頷いた。
「そうであろうの。維心と十六夜の事しか考えずに参ったのだの。維月、転生しながら記憶を持つとはそういうことぞ。己で選んだ事なのだ。維心は、わきまえておるぞ?」
維月は、維心を振り返った。維心は、息をついて黙って頷いた。前世でも、1800年を生きた維心にとって、それは当然の事なのだ。後に生まれたもの達まで、先に老いて死んでいくのを、何度も見送って来た維心には、世の理は痛いほど分かっていた。
維月は、また碧黎を見た。
「…これからも、同じ事が起こるのですね。それも、私が選んだ事なのですね。」
碧黎は、頷いた。
「そうだ。前世、主と十六夜を失った我と陽蘭が、悲しまなかったと思うか。いくら我は黄泉へ行き来出来るとはいえ、転生の折別の意識を持つことは分かっておった。なので、悲しんだのだ。まさか主らが、記憶を持って来るリスクを冒すとは、思うておらなんだしの。我らのような思いは、本当ならばしては欲しくなかった。」
維月は、涙を拭いながら言葉を詰まらせた。
「お父様…。」
碧黎は、微笑むと維心に言った。
「では、維月を連れ帰ってやるがよい。主ならば維月を元の元気な状態へと戻してくれるであろう。何しろ、こやつは維心維心と、我と居っても主を思い出すとそれは幸福そうであるからの。」
維月は、他ならぬ碧黎に言われて真っ赤になった。維心は、それを聞いてぱっと表情を明るくした。しかし、碧黎の前なので、何も言わずに手を差し出した。
「他ならぬ父親から、そのように信頼されておるとは本望であるの。では、戻ろうぞ、我が妃よ。」
維月は、赤い顔のままその手を取った。碧黎は、微笑んだ。
「主が幸福であるのなら、我は良い。その、幸福である時の主の気、我は癒される。」
そう言うと、碧黎はフッと消えた。
維月は、その碧黎の無償の愛とも言える気遣いに、心の底から温かい何かが湧き上がるのを感じたのだった。




