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旅立ち

将維が座り、その横に晃維、そして維心と維月、正面には蒼が座って王の居間で茶を飲んでいた。蒼は、過去が乱され、その結果世が完全に変わっていたことを皆に話した。維月はただ驚いて聞いていて、将維は眉を寄せていた。蒼が、言った。

「全ては元に戻ったと、碧黎様がおっしゃっておられた。変わったのは、母さんと維心様、それに十六夜が最初ごたごたした時ぐらいだと言っておられた。」

維心は、頷いた。

「我はあの意識が戻ったので今、理解出来るが、その通りよ。維月は我が将維を成すためにと申し出たことに、驚くほどあっさりと承諾してくれた。十六夜の説得も、特に問題なかった。我らがあれほど難儀した、歴史が変わる前とはそこが違った。」

将維が言った。

「ならば、我や晃維は存在せぬことになっておったということか。元に戻してくれて、良かったことよ。」

蒼は、頷いた。

「月の宮が消えて無くなったからな。あんな未来もあり得たんだと、あれで改めて悟ったよ。」

維心が、言った。

「全てはその時その時の選択で決まってここまで来たもの。我ら、その選択を間違えぬように生きねばならぬの。命を助けるということすら、その先に繋がる何某で良い悪いが決まるもの。此度のことで、それを実感したわ。」

維月は、頷いた。

「確かに…まさか死なねばこの未来へ行きつかぬなど、あの時には知りもしませんでした。私は、ただ子供を守って死ぬことだけを考えておりましたから。祖母達を見て、自分の命が、そう長くないことも知っておったし、十六夜といつか別れるならば、今別れてしまいたいと思うたことも事実。人であったのに…月になるなんて。」

維心は、維月をじっと見つめた。

「運命はあるものぞ、主と我の間には。あの未来でも、我らは黄泉で会っておったのではないか。」

蒼が、ああ、と手を打った。

「はい!あの、言うのを忘れておったのですが、オレは時を渡る時に、あの時間の黄泉でのオレ達を見たのですよ。有や涼、晃、遙とオレ、母さんが居て、維心様がいつものように母さんの肩を抱いていました。そして、手を翳して地上の現世の様子を映して見せてくれておったのです…皆で、心配そうに十六夜の様子を見ていました。」

維心は、維月を抱きしめた。

「そうか。子をなすことは出来なんだが、それでも我は幸せであったろうの。死んでも出逢えるのであるから。」

蒼は、困ったように笑った。将維が、渋い顔をしたからだ。維心と維月の仲がいいのは仕方が無いと思っているようだが、それでも面白くないようだ。

「…ま、元に戻って我らは居るわけであるし。」

将維がぶっきら棒に言うと、維心がふふんと笑った。

「面白うないのであろう、将維よ。だが我らが居ったから、主が居る。それは分かっておろうが。ま、今生は立場が違うが、それでも我らが前世生きて会うたからこその今の龍族ぞ。我らの仲は、戯れではない。全て必要なことであったのだ。」

将維が答えようとすると、蒼が、突然に立ち上がった。愕然とどこかを見ている。

棒立ちになった蒼を、維心も維月も、将維も晃維も驚いて見上げた。

「蒼?どうしたのだ。」

問う維心に、蒼は言った。

「瑞姫が。」と、維月を見た。「母さん、瑞姫の気が今ガクンと落ちた。」

維月は、飛び上がった。

「行かなきゃ!蒼、急いで!」

蒼は、頷くと少し浮いて一目散に瑞姫と炎託の部屋へ向けて飛んだ。

維心も、もう涙を流している維月を小脇に抱いて、その後を追った。そして将維も、晃維もその後に続いた。


その部屋は、暗く沈んでいた。

蒼が飛び込むと、炎託が瑞姫の手を握ったまま振り返った。

「蒼殿…。」

修が、あちら側で下を向いている。蒼は、言った。

「瑞姫の気は常、見ておったのだが。急に、落ちたのを感じて。」

修が、答えた。

「はい。痛みは感じておられませぬが、もはや気が…。」

持ち直さないのか。

蒼は、炎託を見た。炎託は、涙でぐしゃぐしゃになった顔で言った。

「先ほど、少し話した。だが、それからはもう、言葉を返さぬようになって。」

維心と維月、将維と晃維も到着する。維月が、瑞姫の寝台に駆け寄った。

「ああ瑞姫!…こんなに細くなってしまって。」

維月は、涙を流して言った。すると、瑞姫はフッと薄く目を開いた。

「お祖母様…?」

維月は、慌てて瑞姫を見た。

「瑞姫?そうよ、お祖母様よ。」

瑞姫は、薄っすらと微笑んだ。

「ああお祖母様、我は…我は幸福でございました。お祖母様がおっしゃっておられた、愛するかたと出逢え、それが王であろうとなかろうと、関係はございませなんだ。我は…炎託様をお慕いし、それは大切に…。幸福でありましたわ。」

維月は、前世あれほど恋に憧れて、自分と維心のことを聞きたがった瑞姫のことを思い出していた。瑞姫は、同じように出逢えていたのだ。炎託は、きっと瑞姫をそれは大切にしてくれたのだろう。過去へ飛んでまで、助けたいと思うほどに…。

「良かったこと。あなたの恋は、誰もがうらやむほどの良いものだったのね。私も安堵したわ。」

瑞姫は、小さく頷いた。

「…願わくば、我も、黄泉へ逝っても、またお祖母様と龍王様のように、再び出会って、共に過ごしたいものと…。」

炎託は、涙も拭わず瑞姫の手を握り締めて言った。

「我もそのように願う。待っておってくれ、我もいつかはそちらへ参る。そうして、共に転生しようの。」

瑞姫は、炎託を見た。

「ああ、そこに居てくださいましたの…。」と、手を握り返した。「ああ、いつ見ても美しいこと。愛しておりましたわ。ですが、生きておられる間は、どうか、我に気を遣わず、新しいかたをお迎えになって…。お一人にする、我なのですから。あちらで、お待ちしておりまする。」

炎託は、声を詰まらせた。

「瑞姫…。」

維心が、進み出た。

「時ぞ。」と、手を上げた。「道を開く。」

維心の気が放たれると、目の前にあの、黄泉の門が開いた。これで、暗い黄泉の道を歩かずに済むのだ。その門の中からは、先に逝った、あの美しい瑤姫が立ってこちらを見ていた。

「よ、」蒼が、思わず足を踏み出した。「瑤姫…!」

瑤姫は、蒼を見て微笑んだ。

『蒼様。』

その姿は、その最期に見た老いた姿ではなく、それは美しい、会ったばかりの頃の瑤姫だった。振り返ると、老いた瑞姫の体から、若い頃の姿の瑞姫が、すっと起き上がった。

『お母様…。』

瑞姫が言う。炎託は、絶句して瑞姫を見た。瑞姫は、炎託に頭を下げた。

『炎託様。では我は、あちらでお待ちしておりまする。』

炎託は、もう答えることも出来ずに、ただ頷いた。瑞姫は、蒼を見た。

『お父様。我はお母様と参ります。ご案じなさいますな。』

蒼は、頷いた。

「瑤姫が来たなら、心配ない。オレは黄泉へ行くことが出来ないが、それでも転生して来るのを待っている。」

瑞姫が、瑤姫へと歩み寄る。瑞姫は、もう一度振り返った。

『炎託様…ずっと、見守っておりまするから。』

炎託は、また頷いた。

「主のこと、我は決して忘れぬからの。」

門の中の瑤姫が、美しく頭を下げた。

『お兄様。お世話をお掛け致しました。』

維心は、頷いた。

「主とは今生僅かしか会えぬであったの。己の娘、連れて行ってやるが良い。」

瑤姫は頷いた。

『はい。』と、瑞姫に手を差し出した。『さあ、こちらへ。』

瑞姫は、門の中へと手を差し入れて、その手を取った。

すると見る間にするすると身が中へと入り、瑤姫と並んだ。

『それでは、また。炎託様、お父様、お祖母様、龍王様、将維、晃維。』

瑤姫が、蒼を見た。

『蒼様…再びお会いすることを、我は願っておりまする。瑞姫のこと、ありがとうございました。』

蒼は、涙を流した。もはや瑞姫のことが悲しいのか、瑤姫のことが懐かしいのか、分からなかった。

「瑤姫…。オレだって、また主と会えたらと思っている。」

瑤姫は嬉しそうに微笑んだ。すると、門が揺らめいた。

「消える。」維心が、言った。「最後の姿ぞ。よう見ておくが良い。」

それを聞いて、皆が食い入るように見つめる中、門は大きく揺らめいたかと思うと、すーっと消えて行った。

そこには何もない元の部屋と、老いた瑞姫の亡骸だけが残された。

「ああ瑞姫…!」

維月が、維心の胸に飛び込んだ。維心は、そんな維月を抱きしめると、足を戸へと向けた。

「もう、ここには何もない。葬儀の準備は主らの役目。我は去ぬ。」

そうして、瑞姫は旅立ち、宮では皇女が崩御したと触れがなされた。

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