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務め

「何をもめておる。」

十六夜と維心がにらみ合っている状態で、皆がじっと黙っている中、全く空気を読んでいないような声が言った。蒼は、振り返った。

「碧黎様。」

碧黎は、珍しく歩いてそこへ入って来た。

「主らはもう、仲良く世を平定せねばならぬではないか。主らは歴史が変えられるのを経験して、この世がいいと努力して戻したのではないのか。諍いを起こすのなら、誰か一人だけで良いわ。他は黄泉へ参れ。」

皆が、緊張したように身を固くした。碧黎は、冗談などで言ったのではない。本当に、簡単にそうしてしまうからだ。

「お父様…。」

維月は、何と答えていいのか分からず下を向く。碧黎は、ため息をついて牢の中を見た。

「これか。ほれ、我が治してやるゆえ。」

碧黎は、軽く手を振った。すると、すーっと黒い気が消えて行き、修が目を開いた。何が起こっておるのか分からないような顔をしている。蒼は、それを見て息を飲んだ…将維でも、あれほど面倒がっていたのに。

碧黎は、絶句している皆を見て、もう一度ため息をついた。

「これで良いか?ほんにもう、いい加減にせよ。せっかくに元に戻ってホッとしておったのに。」と、十六夜を見た。「それから主よ。祟り神の性質は闇。我の地の陽の力でも押し出すことが出来るが、主の浄化の力でも消し去ることが出来るわ。いちいち神の手を借りずとも良い。そんなことぐらい学ばぬか。維心に治すだ治さないだ言う以前の問題ぞ。我らは神世に住んでおる。少しは神世の理とやらを尊重してやるが良いぞ。」

十六夜は、自分が治せたという事実にショックを受けた。だったら、何を大騒ぎしていたんだろう。何しろ、祟り神のことなんか何も知らないから…。親父は元より何も干渉して来ないから、絶対何もしてくれないと思っていたし、聞くこともしなかった…。

維月が、控えめに言った。

「だから、陰の月の言うことを聞いたのですね…。」

碧黎は、頷いた。

「その通りよ。祟り神になぜなるのか、維心が誰かに説明しておったよの。絶望などから己の心を己の闇で毒し、狂う、と。その時点で祟り神は闇の性質だと気取らねば。月は闇の天敵であるから、簡単に消せるのだ。まあ維月、主は気付いたではないか。だから眠らせたのであろう?」

維月は、当てずっぽうが利いただけなんだけど、と思いながらも、頷いた。

「はい…もしかして、と思っただけですけれど。」

碧黎は、頷いた。

「よう考えて、誰に教えられずとも、己で何かを応用して場を収められぬか考えるのが一人前というものぞ。指示通りになど、誰でもするわ。」と、維心を見た。「維心、主の意識は消滅せなんだのだの。よう考えて、己の中へ潜んだものよ。しかし、主は少し付き合いというものを学ばねばな。少しはマシになったかと炎嘉が言うておったが、やはり変わらぬ。臨機応変に治療ぐらいしてやれば良いではないか。その後のことなど、己の権力にモノを言わせて断れば良いのだから。そういうわけには行かぬことは分かっておるが、友の間で波風立てぬためには、判でついたように同じ判断ではならぬと思うぞ。我も最近学んだのであるが。」

維心は、ちらと維月の方を見て、控えめに頷いた。

「…考えておく。」

碧黎は、呆れたように苦笑した。

「炎嘉と最近話しておらぬだろうが。あれと話して、少しはあれから学ぶが良い。そういうことは、あれは大変に長けておる。主は敵わぬ。」

確かにそれは維心にも分かっていたが、面と向かってはっきり言い切られて視線を下に向けた。

皆が黙ってしまったので、碧黎は言った。

「叱られてうなだれて、子供のようであるぞ?子供が世を動かしておるなど、先が思いやられるの。では、我は行く。」と、蒼を見た。「皆に説明してやるのだろうが。さっさと済ませるが良い。此度の件は、我も疲れた。早よう終わらせてしまいたいわ。」

蒼は、控えめに顔を上げた。

「はい。あの…碧黎様は?」

碧黎は、首を振った。

「我は良い。その辺を見回って参る。ではの。」

そうして、パッと消えて行った。

残されたなんとも言えない雰囲気に、皆が黙って気まずい思いをしていると、脩が控えめに言った。

「あの…我はもう、祟り神の影響を感じませぬし、気も驚くほど元に戻っておりまする。失礼して、瑞姫様のご様子を見に参りたいのですが…。」

炎託が、我に返って訊ねた。

「病み上がりであるのに、大丈夫なのか。主は、慶とは違って祟り神になりかけたのだぞ。」

脩は、ためらいながらも頷いた。

「はい。常より元気なほどでございます。己でも不思議でありまするが。」

維月が言った。

「きっと、お父様が治したからだわ。お父様は全ての命の気を生み出す大地であられるから…。」

確かにそのようで、慶は、まだ具合が悪そうだ。

「我には無理のようぞ。脩、主が瑞姫様の治療に行ってくれぬか。」

脩は、頷いた。

「主は休むが良い。」と、炎託を見た。「では、炎託様。」

炎託は頷き返し、そうして二人は出て行った。蒼は、ここで居ても何も出来ないと言った。

「では、慶は治癒の対へ。皆はオレの居間へ移動しよう。将維と晃維に、事の顛末を話す約束だ。」

皆が、ぞろぞろと動き出す。

しかし十六夜は、立ち止まったまま言った。

「オレはいい。知ってる事だ。親父の見回りに付き合って来る。」

維月は、気遣わしげに振り返った。

「十六夜…?大丈夫?」

十六夜は、力なく微笑んだ。

「ああ、気にすんな。お前も詳しい事を聞いて来い。知らない事もあるだろう。じゃあな。」

十六夜は、そこを出て行った。維月は、心配そうにその背中を見送った。


碧黎は、どこへ行くなど決めずに、ぶらぶらと当ても無く飛んでいた。空が夕焼けに染められて、美しい。こんな時、大氣の力を感じて、碧黎は和んだ。すると、横で声がした。

「碧黎。」

碧黎は、振り返った。自分に気配を悟られずにこれほど近づけるのは、一人しか居ない。

「…大氣か。」

思い出していた矢先に、と碧黎は思った。大氣は、碧黎に近付いて言った。

「主、此度のことに我を連れて参らなんだの。」

碧黎は、片眉を上げた。

「何ぞ?知っておったか。」

大氣は、頷いた。

「我も気取ったが、維織を庇うのに必死で主とコンタクトが取れなんだ。我も、あれと共に次元を移動しておったのだ。二人きりであるし、維織は脅えておるしで、どうしたものかと主に期待するよりなかった。」

碧黎は、息をついた。

「主もか。我の回りはとかく我に期待する。我とて何でも知っておるわけではないし、何でも解決できるわけではないのに。」

大氣は、ふんと横を向いた。

「それでも、主は正したではないか。我もあれに合わせて戻って参ったのだ。しかし、主は我に説明に来ぬから。」

文句を言いに来たのか。

碧黎は、面倒で同じように横を向いた。

「元に戻ったのだから良いではないか。我に任せておったのであろうが。」

大氣は、言った。

「碧黎、我らは同じ命であろうが。少しはお互いに協力しあっても良いはずぞ。此度のこと、さすがの主でも気がぎりぎりであったのではないのか。我が居ったら、負担はもっと少なかったはずぞ。もっと我を頼らぬか。」

碧黎は、少し驚いて大氣を見た。大氣は、真剣な顔で言っている。

「そのような…主は維織を守らねばならぬであろうが。それに、今まで陽蘭が役に立ったことなどないゆえ、我は基本一人で何でも処理して参った。なので、助けが必要でもない。」

大氣は、首を振った。

「主は陽蘭をほったらしであったであろう?連れて参ったのは、役に立つ蒼と十六夜、維心であった。我だって、主に呼ばれれば維織を置いて参ったわ。元へ戻せるのであるし。」

碧黎は、大氣を見た。

「主、普段はあまり世に関わらぬではないか。面倒なのではないのか。」

大氣は、ぶんぶんと首を振った。

「主が全てやってしまうゆえ、別に口出しもせず見ておるだけぞ。手伝えと言うなら手伝う。それとも、我など居っても役に立たぬか。」

碧黎は、そんな風に思っていたとは思わなかったので、戸惑いがちに大氣を見た。

「主は、何千年も我に何も言わずにいたゆえ。気ままで居たいのだろうと思うておった。今は維織に掛かり切りな印象であったし。我は陽蘭とは離れておるから。」

大氣は、息をついた。

「ならば、これからは少しは我にも話せ。別に掛かり切りではないわ、暇であるからよう側に居るだけぞ。あまりに側に居ると飽きるような気がするし、我だって他のこともせねばならぬ。」

碧黎は、それを聞いてぷ、と笑った。

「こら大氣、それを維月や十六夜の前で言うでないぞ?飽きるなど、まるで想いが誠でないようではないか。神世ではそのような意識であるのだ。思うても口に出すでない。」

大氣は、ぷっと頬を膨らませた。

「わかっておる。主であるから言うた。神世は面倒が多い。維織でなくば我だって逃げ出しておるわ。感じ方がまるで違うからの。」

碧黎は、声を立てて笑った。

「何ぞ、主は変わらぬの。主が我と同じように感じるようなので、安心するわ。神の中に居ると、己が間違いの塊のような気がして来る時がある。己を保つのが難しいことよ。」

大氣も、笑った。

「それでも主は主ではないか。何も変わってはおらぬわ。」

二人がそうやって笑い合って浮いているのに、なかなかに声を掛けられず、十六夜はじっと側で見ていたのだった。

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