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龍の宮

十六夜が龍の宮へと降り立つと、維心と維月は仲睦まじく、いつもと同じように居間で並んで座っていた。十六夜が入って行くと、維心は顔をしかめた。

「何ぞ、また主は急に。まさか維月を連れに来たとか申すのではあるまいの。」

いつもと同じ様子に、十六夜は逆に心を痛めた。これは、違う維心。あの時の維心は、もう消滅して…。

「…お前、覚えちゃいねぇよな。何も。」

維心は、眉を上げた。

「何のことぞ?何か約束でもしておったかの。」

維月が、横からふふと笑った。

「十六夜ったらいつも急なんだもの。何か思い出したの?」

二人は、いつもと変わらない。十六夜は、じっと維心を見た。

「維心…お前、維月が祟り神に殺されかけた時のこと、覚えてるか。」

維心は、眉を跳ね上げた。維月が、叱るように言った。

「まあ十六夜、それは維心様とあまり交流してなかった時のことでしょう。今更何を言うておるの?」

しかし、維心は手を上げた。維月は、それを見て黙った。

「…そうか、今か。」維心は、真剣な顔で言った。「十六夜、過去へ参っておったのであろう?主と、蒼、碧黎、そして我の意識と共に。」

維月が、驚いた顔をする。十六夜は、身を乗り出した。

「維心…覚えてるのか。それとも、お前はあの現場を見てたから、知ってるだけか。」

維心は、首を振った。

「あの現場に、我は居た。主らのこと、観察しておったからの。そしてそれを、消滅する寸前で我は思い出したのだ…近くに、この時代の我の本体があることをの。そして、我はあの時代の己の意識へ飛び込んだ。そうして、その意識の奥深くに潜み、眠って来た…今、この瞬間までの。主が言うて、思い出した。目が覚めたように。」

維月は、維心を見上げた。

「維心様…あの時、私に愛していると言って、死ぬべき理由を教えてくださったのは、この今の時間の維心様でございましたか?あの意識は、眠っておったと?」

維心は、頷いた。

「そうだ。あれは今の我。」と、維月の頬に触れた。「今思えば、前の記憶より主はすんなり我になびいてくれたもの。十六夜を説得し、主が我に嫁ぐと決めたのは、以前の記憶よりずっと早い段階であった。あれは、あの記憶があったからか。主は、我に嫁ぐと知っておったのだの。」

維月は、頷いた。

「はい…。誰にも言うてはならぬと言われたので、本当に誰にも言いませんでした。ただ、私も維心様を愛してしまいましたし…龍族を繋ぐ子を産む大儀も果たさなければと。」

維心は、頷いて維月を抱きしめた。

「よう果たしてくれたの。あの時我らが案じたこと、無うなった。今では龍族は繁栄し、蒼も王として君臨出来ておる。十六夜も、一人地を守らずとも良いではないか。」

十六夜は、思いつめたような目で維心を見た。

「お前、オレがどれだけ心配したと思ってるんでぇ!親父はもう、維心の意識は消滅したと言うし、オレは今の維心も維心なのは知っているが、それでも複雑でよ…。」

維心は、微笑んだ。

「確かめに来たというわけよな。主にしてはついさっきのことであろうが、我にとりあれは700年前のこと

。それでも、今一度維月と出会って愛し合うことが出来、我は幸福であるわ。」と、維月に頬を摺り寄せた。「ああ、維月が人として死なぬで良かった。我に出会う前に死するなど、あってはならぬこと。まして出会っておるのに手も出せずに寿命を迎えるのを見ておるだけなぞ…考えたくもない。」

十六夜は、ほっと胸を撫で下ろした。

「良かった、あの時の維心だ。オレの知ってる維心だな。お前のお蔭で、元の世に戻ったんだ。慶と修のことは、今蒼が見てると思うんだが…。」

維心は、眉を寄せた。

「あれらは、生き延びたか。」

十六夜は、頷いた。

「あの、異次元の場所に親父が回収してすぐ、炎託が気を補充して、命をは繋いだ。顔色は悪かったがな。」

維心は、考え込むように手を顎に当てた。

「…祟り神になっておったのは、(ひさ)という王でな。あの辺りの人の世話をしておる宮の王であった。月を怒らせて封じられたという噂は我も聞いておったが、あれの己の民の贔屓は目に余っておったゆえ、我も敢えて封じを解くことなど考えずに放って置いたのだ。」

十六夜は、初めて聞くことに驚いたように目を見開いた。

「王?あれは王だったのか。」と、維月を見た。「自分の民を守るために、維月を犠牲にしようとしたんでぇ。あれで命を落としてたら、今は無かったと思うぞ。オレは我を忘れちまって…気が付いたら封じてたんだ。あいつの民を月の加護からも外した。」

維心は、深刻な顔で頷いた。

「その波動はあれに伝わっておったであろうの。苦しんで主を恨むあまり、封じの暗闇の中であれは祟り神になった。つまりは、己が生み出した黒い霧に己で飲まれて気を毒し、狂うておったのだ。主はもう一度封じておったが…我は、あれを後に滅した。」

維月が、横で口を押さえた。驚いたのだ。十六夜も、びっくりしたように言った。

「え…殺したのか?」

維心は、頷いた。

「十六夜、あのように中途半端な封じではならぬ。封じるなら完全に封じてやらねば、外界のことを感じ取ることが出来る上、意識まであるとなると狂うてもしようがないではないか。我はあれを苦しみから解放してやるために、あの岩場へ赴いた。あれは、最期には涙を流して喜んで逝った。一族を直接に手を下しておらずでも滅亡させられ、己だけ封じられて生き残るつらさ、主には分からぬか。」

十六夜は、下を向いた。そんな風には考えなかった。

「…ただ、殺せないと思って。あの頃は、封じるのも見よう見まねだったから、弱かったのかもしれない。」

十六夜は後悔しているようだ。維心は、頷いた。

「殺してやるのも、また情けである時があるのだぞ。祟り神になってしもうたら、元へ戻ることは出来ぬ。ましてあれは王であったから、そこそこの力の持ち主であった。あれが誰かを己の気で攻撃すれば、当たった相手が神であったら同じ事になりかねない。人なら一撃で死ぬがの。」

それを聞いて、十六夜はハッと顔を上げた。

「維心…それって、じゃあ慶と、修は?」

維心は、深刻な顔で頷いた。

「あれらはまともに受けておったの。普通の治癒の神では治せまい。元は王の祟り神の気なのだ。それを上回る力を持つ治癒の術に長けた者でなければ、治療は無理ぞ。」

十六夜は、慌てて立ち上がった。

「それを早く言え!蒼が一人で見に行ったのに!」

維心は、首を振った。

「すぐには侵食されぬ。あれらはまだ抑えられておるだろう。だが、時間の問題だな。」

十六夜は、窓へ向かいながら言った。

「力の強い治癒の神を探さないと。心当たりはあるか?」

維心はまた首を振った。

「ない。王並の力を持つのに治癒に長けておるなど。力があるなら普通は軍神になっておるわ。」

十六夜は、維心に向き直った。

「なら、嘉韻とか帝羽に治癒の術を教えて施術させれば?」

維心は再び首を振る。

「力だけではならぬから、出来ぬと言うておるのだ。長けておる神だと言うておるだろうが。今日習って今日出来る技ではないと言うに。」

維月が横から言った。

「維心様は?!維心様ならお出来になりますわね?!」

維心は、顔をしかめて渋々ながら頷いた。

「出来る。だが我が出て行くようなことか?龍王がほいほいと治療に出ておったら、あっちからもこっちからも治せと言うて来るぞ。たまたま居合わせたのならしようがないが、わざわざ出掛けて行った事が知れたら後が面倒ぞ。」

十六夜は、歯軋りした。

「維心~お前は、人助け、いや神助けだろうが!」

維心は、涼しい顔で答えた。

「我は後の事を言うておるのだ。我をこんな地位に就けたやつらを恨むのだな。」

十六夜が抗議しようとまた口を開きかけると、維月が横から言った。

「十六夜、晃維は?!あの子、確か治癒の術をたくさん学んでいたのよ、ほら、軍神達がよく怪我をすると言って、月の宮へ通っておった時よ?あの時和奏と仲良くなって結婚することになったでしょう。きっと、今では治癒の術には長けてるわ!」

十六夜は、ああ!と手を打った。

「そうか、晃維!あいつなら、絶対やってくれるぞ、こいつと違って。」と、維心を軽く睨んだ。「よし、西の砦へ行って来る!」

維心は、呆れたように十六夜を見た。

「だから我は軽々しく出て行ける身分ではないと言うに。わからぬヤツよな、全く。」

十六夜は、窓に足を掛けて飛び立とうとしながら言った。

「身分がどうのなんて、オレは知らねぇよ。じゃあな、維心、維月。」

十六夜は、飛び立って行った。維心は、それを不機嫌に見送りながら言った。

「我だって、王になどなりたくなかったと常言うておるのに。」

維月は、なだめるように維心に言った。

「分かっておりますわ。維心様のご身分でお出ましになれば、確かに他の皆が我も我もとやって参りまするものね。」

維心は、維月を見た。

「わかってくれるか。王族ならばまだ良いが、ただの神をとなると簡単にはいかぬのだ。皆我の動きを見ておるし、こっそり行ってもバレたらややこしいのだ。特別扱い出来ぬ。」

維月は、頷いた。

「はい、分かっておりまするわ。なので、ご機嫌を直してくださいませ。」

そうは言っても、維心は気が向けば隠れてどこへでも出掛け、何でもするので今度のことは気が向かないだけなのだろうと維月には分かっていた。しかし表向き確かに維心の言う通りなので、そう答えた。維心は、ホッとしたように維月を抱き寄せた。

「主が分かっておるなら、我は良い。」

機嫌が直ったので、維月はそのままおとなしく維心に抱かれていた。

それにしても、歴史が変わってしまっていた世ってどんなだったんだろう、維心はこのまま変わらないのだろうか、と、維月は首をかしげたのだった。

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