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カナメノカナメ  作者: 花街ナズナ
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カナメノカナメ (7)

サバキの襲来から、早いものでもうふた月が過ぎようとしている。


サバキは倒され……正確にはこれも倒したというわけでなく、別離れていたヤライとサバキ、双方を甦った初代が食い尽くしたのだが。


ただ、この事実を知る者は少ない。そしてそれは同時に幸運でもあった。


如何な初代が甦ったとはいえ、これまで信奉してきた八頼……ヤライが実は最大の内患だったなど、操られていた千華代の件も含め、おおっぴらにできる話ではなかったからである。


そのため、真実を知る者たちだけで恐らくは最も都合の良いであろう話をでっち上げた。


討伐に出向いた者たちは巳月を残して全員が死亡。ここまでは事実と同じ。


ただし巳月の奮闘でサバキは追い詰められ、自棄になって八頼の社へ襲い掛かってきたものを幸いにも八頼に目覚めた要が倒した。というシナリオである。


当事者たちからすれば(よくもまあ、こんなデタラメを……)と、自分たちで考えたことながら思ったりもしたが、すべてを穏便に済ませるにはこれより無いと分かっていたため、誰もが苦笑しつつもこの嘘話を遠隔地に住まう遠戚の家々へと伝えた。


と、この報を受けた八頼は当然、三家にも連ならない血縁薄き人々は、ようやく郷里に帰れると喜び勇み、続々と八頼の地に戻ってきている。


長らく、本当に長らくサバキの脅威を恐れて各地に散っていた縁者が集まった時、最初に話の口火を切ったのは栖だった。


ここで取り決めたのは以下の内容。


もはサバキが存在しなくなった今、八頼家は家名として残すに留め、もしも何事かあった時に限り、今まで通り血分けによって八頼の血統を復活させること。


火伏家は当主である千華代のその長年の大きな功績を鑑み、事実上八頼家と同格として扱い、守護三家から除外すること。


代わりに守護三家を再編した。

犬神家、狗牙家、そして水朱家。


守護三家はこれまでのように家格で区別をせず、すべて同格とすること。


あとはほぼ各家の自由。


この簡潔な取り決めを即座に、また厳格に各家へ徹底したため、予想以上に八頼町と八頼の社の復興は早まることとなる。


急激に増えた町の人口に対応しきれず、土地はあっても家が無い事態に一時は問題が起きそうにもなったが、急場しのぎのために仮設のプレハブ住宅を氏子百貨店が大量仕入れしていたおかげで、この点も速やかに解決した。


ただし車両の入れない土地である都合上、人力でのプレハブ住宅の組み立てはなかなかの負担ではあったが。


それでも衣食住が整ってしまえば、あとは人間どうとでもなる。


その証拠に、八頼の大帰郷がほとんど終わって数日しか経っていないのに、八頼町はもう以前の静けさを取り戻しつつあった。


無論、人口増加に伴う活気は良い意味で町を賑わせてはいる。


人が多くなれば、如何に陸の孤島といっても明るいものだ。

わずか数か月前までの寒気すら催す静けさはもう無い。


そんな賑わいの輪の外で、修築が進む本殿の様子を遠巻きに見つめる巳咲と栖の姿があった。


「しっかし、悪く言うつもりは無ぇけど現金なもんだよな。遠戚だからとか、直接の関わりは無いからとか言い訳並べてこっちへ来んのを渋ってた連中が、サバキを倒したって連絡した途端にこの有様だ。腰抜けでも一丁前に故郷を恋しいとは普通に思うんだから面白いもんだ」

「巳咲……その言い方、十分に悪く言ってるように聞こえますよ……」


溜め息交じりに諭す栖へ、巳咲はキョトンとした顔を視線とともに向ける。


口の汚さが長年の癖で身に沁みついた巳咲にとって、今の言動のどこがそうであるかが理解できなかったのだ。


そして、栖もそれを分かっているだけに重ねて諭そうとまではしない。


互いに変なところでよく理解し合っているがゆえの複雑なやり取りである。


「けどみんな頑張って本殿を直してやがるが、どうなんだかね。住む予定のやつらが揃って母屋での生活に馴染んじまってるし、いざ直ったとしても本殿に住みたがるかどうか……」

「そこは……否定しきれませんね。特に千華代様は千数百年を牢に押し込められたようなお気持ちで過ごされたでしょうから、また本殿に封じられるような生活を望まれないだろうとは私も思いますが……」


そう栖が巳咲に答えた瞬間、


「ヘイッ! まぁたふたりとも辛気臭い顔してるう♪」

「うおっ!」


突然、背後から肩に手を回されたふたりは、その声で相手はすぐ知れたものの、不意を突かれた驚きは隠しようもなく、巳咲に至っては何とも女らしくない悲鳴まで上げる始末だった。


途端、改めて確かめる必要も無かったがふたりは即座に後ろを振り向く。


そこには、やはり思った通りの人物。

巳月が毎度の調子で楽しげに笑っている。


「お、脅かすなよ姉貴! ガキじゃあるまいし!」

「その子供みたいなイタズラで驚いたのは誰かしらあ? と、それはそれとして巳咲チャンと栖チャンにおみやげよお♪」


言うと、巳月は一旦地面に置いた紙袋を拾い上げ、中身をそれぞれに渡した。


巳咲にはビーフ・ジャーキーの大袋。

栖には栗蒸し羊羹。


「ちょっと千華代チャンを氏子百貨店まで連れてったんで、ついでに買ってきたの。ほんと、気の利くお姉ちゃんがいて幸せねえ巳咲チャンも栖チャンも♪」

「お、おう……サンキュー姉貴……」

「……私は、別に巳月さんの妹ではありませんけど……」

「妹分だってことに違いは無いでしょお? だからこそ栖チャンが羊羹中毒なのも知ってるしさあ♪ 長年の付き合いでも、このこと知ってる人なんてワタシくらいじゃない?」

「……出来れば、そのことはあまり公言しないでいただきたいですが……って、今、千華代様を氏子百貨店に……連れて行ったと……?」

「うん。あの子もいろいろと落ち着いたことだし、実年齢に見合った楽しみを教えてあげようと思ったのお♪ まだ目をキラキラさせてお店の中を歩き回ってるはずよお♪ そりゃ見るものすべて珍しくってしょうがないだろうからねえ♪」

「ま、まさか……では、千華代様をおひとりで店に置き去りにしてきたんですか……?」

「そゆこと。子供の自主性はこうやって養っていくのが大事……」


答え終えるのも待たず、栖は巳月を無視して一目散に参道へと駆け抜けてゆく。


ここからどこへ向かうつもりなのかは、考える必要も無いだろう。


「まったく……栖チャンの過保護っぷりも考えものねえ。あれじゃあ逆に千華代チャンが息苦しくなっちゃうでしょうに……」

「その辺はおいおい姉貴が調整してやれよ。少なくともアタシの言う事よりは姉貴の言うことのほうが、あいつも聞く耳は持つと思うしさ」

「はいはい……手のかかる子が多くって、お姉ちゃんは大変だわあ……」


苦笑しつつ答える巳月に、巳咲もつられて笑みが漏れる。

こんな時、特に平和が戻ってきたのだという実感が湧く。


長らく……いや、下手をすれば生まれてこの方、こうして安らいだ気分を味わった時期は無かった。


それだけに、もう二か月が経つにも関わらず今でもこの毎日が夢なのではないかと不安を感じたりもする。


過ぎた贅沢ではあるが、順調すぎることを恐ろしく思うことは確かにあるのだ。


誰とて一度、手に入れたものを失うのは怖い。

巳咲の不安はそういった類のものなのだろう。


「……それにしても」

「ん?」

「今になって思い出しても巳咲チャンの賭けが成功したのは大きかったわねえ。実際、あれが成功してなかったらワタシたちだってどうなってたか分からないし」

「あー……あれね。ま、アタシはアタシなりに自信があってやったことだったんだけどな」

「自信……? それって何か根拠があったってこと?」

「うーん、根拠ってほどじゃねえけど、さ」


そこで巳咲は言葉を区切ると、少し照れくさそうに鼻の頭を掻きながら話を続けた。


「初代も結局は要の意識を使って自分てものを作ってたわけだから、その当人である要が自分を取り戻せば、初代も自然と後ろに引っ込むだろって、そう考えてさ……」

「それで八握剣と大神の力を使って要チャンの心に直接、呼びかけたわけか……」

「そう大袈裟に考えてやったわけでもないけどな。声さえ届きゃあ、あのバカも目ぇ覚ますかと思った。それだけだよ」

「ふふっ……信頼されてたのねえ要チャン……」


眼を見てそう言ってくる巳月へ、今度は変わって巳咲が苦笑する。


肯定もしないが、わざわざ意地になって否定する気も無い。


それが巳咲の偽らざる要に対する評価だった。


「そういえば、ご当人たる要チャンだけど」

「何だ?」

「今日も今日とて、八束の石段にいたわよ。どうやら、よっぽどあの場所が気に入ったみたいねえ♪」

「へっ……最初に来た時はあそこを上るって聞いただけで泣きそうな顔してたくせに」

「何事も慣れってやつよお♪ 特にあそこからは八頼町をすっかり俯瞰できるから、賑わいを増してく町の様子を見るのが楽しいんじゃない?」

「……平和なもんだな。今や八頼の当主だってえのによ……」

「八頼ねえ……ま、事情を知らない人たちにはそれでいいんだろうけど、ワタシ的には違和感が強いわあ……」

「それはアタシだってそうさ。けど、通りの良さを考えたら今さら変えるってわけにもいかねえしな」


言ってしばし、ふたりは口を閉じて考える。


一番大事な部分は永遠に闇の中。それが仕方ないことなのも分かっている。


が、

当人がどう思っているかまでは知る由も無い。


勝手に自分の呼び名を二転三転させられるというのはどういう気分なのか。


あまり楽しくないことまでは想像がつくが、それ以上は分かりようが無い。


とはいえ、名前ひとつで大多数の安心を得られるならと、要なら考えているかもしれない。


物事に頓着しない、ぼんやりした頭の持ち主だけに。


などと思っているうち、急に巳月は破って語り出した。


「巳咲チャンさあ……要チャンの名前、そのほんとの意味って知ってる?」

「……意味までは分からねえけど、確か実際に当てられるべき字なら知ってるぜ。火の男女と書いて火男女だっけ?」

「そう。そしてそれは『火を扱える男女』の意。つまり人間のこと。要チャンの名前はそのまま受け取れば人間っていう、すごく大きな括りの意味を持ってる」

「人間……なんか、えらく広い意味なんだな……」

「そして要チャンはそんな人間を荒御霊から守るために存在する現御神。人が安心して生きるため、必要な和御霊。そう考えると要チャンは人の要……すなわち、『火男女の要』って言えるかもしれないわねえ……」

「……人間に必要……だから、『カナメノカナメ』……か?」

「そ、『カナメノカナメ』よ」


相槌のように言い合うと、少し間を置いてから巳咲は一言、


「……無えな。言いづれえし、何より紛らわしくっていちいち呼んでられねえ」

「やっぱりぃ?」


互いに言うや、巳咲と巳月は顔を合わせて笑い合う。


結局は名前など、ごく形式的なものでしかないと再確認して。


人は呼べばいい。八頼と。勝手に呼べばいい。


大切なのは自分たちが要をただ、要と呼ぶということ。

そう、少し考えれば馬鹿馬鹿しいほど単純なこと。


ゆえに、しばらくふたりの笑いは止まることが無かった。

無駄な熟慮を自嘲して笑う声はいつまでも響く。


さて、


時を同じく場所を移し、八束の石段。


小さな男の子がひとり、長い石段を汗もしとどに上ってくる。


身形や、何かと周囲を見回す様子からしてまず八頼へ帰郷してきたどこかの家の子だろう。


迷っている風には見えないものの、この辺りに慣れていないことだけは一目でわかった。


そのため、


「ねえ、君」


思わず声をかける。


すると男の子は声のした方向へ顔を上げた。


見ると、石段の最上段……大鳥居の下に、見知らぬ巫女装束の人物がひとり座っている。


優しげな笑みを浮かべてこちらを見下ろし、柔らかな口調で言葉を続けて。


「こんなところまでどうしたの? もしかして迷っちゃった?」

「……ううん。道は教えてもらって知ってるから迷ってはいないよ」


始めは少し警戒していた感のあった男の子も、その人物が巫女装束であることと、柔和な雰囲気に心を許したようで、自然と言葉を継いでいった。


「もしかして……神社の人?」

「うん。今はこの町と同じ名前で呼ばれてる。あんまり好きな名前じゃないけど……」

「町とおんなじ名前……って、それじゃもしかして……」


そのまま言い切るよりも早く、石段の人物は静かに自分の口元へ指を当てる。


「まあまあ、僕のことはいいから。それより、君はどうしてこんなところに?」

「あ、えっとね……僕のおじいちゃん、この町でお店をやってて、僕まだここに越してきたばっかりだから、町の中をいろいろ見てみたいなって思って……」

「ふうん。でもこの先には神社しかないよ? しかも本殿も拝殿も壊れてる。そんなに大変な思いをしてまで見に来るようなものは無いんじゃないかな……」

「お父さんもお母さんも言ってたんだ。ここに住むことになったら、この山にある神社の神様にはちゃんとごあいさつしないといけないって」

「そっか……」


返事をしつつも、石段の人物は空を見上げ、ふと眉をひそめた。


すでに太陽は頭上から見ることはできない。

見えるのは淡い藍色の空へ透明に浮かぶ月だけ。


そこで、男の子に向き直った人物はまた話しかける。


「気持ちは分かるけどさ……もうそろそろ日が暮れるよ? この辺りは灯りも少ないし、山に入るのは危ないからまた明日にしたら? もし明日も来れるんなら神社の中、一緒に案内してあげてもいいよ」

「お姉ちゃん、それほんと?」

「……お姉ちゃん……ではないんだけど……まあ、本当は本当だよ。約束する」

「うん、じゃあ分かった! 僕また明日になったら来るよ!」

「そうしてくれるとうれしいね。さ、お父さんやお母さんも心配してるかもしれないし、暗くなる前に早くお帰り。僕は明日もまたここにいるから、今日はゆっくり休んで明日一緒に神社を見て回ろう」


そう言うと、男の子は返事もせずに石段を早足で駆け下りてゆく。


が、数段下りたところで不意に足を止めたかと思うや、


「それじゃ約束だよ! じゃあまた明日ね、八頼の姫さま!」


振り返って急ぎ言い残すと、男の子は再び石段を下りて行った。


その背中を見つめつつ、人物は苦笑交じりに、


「……姫……でもないんだけどねえ……」


独り言をつぶやくと、


生い茂る樹々の隙間から顔を覗かせる色の無い月を見つめ、にわかに吹き込んできた夜風の心地良さに頬を緩める。


透けた月。

輪郭の失せた月。

空へ溶けたようなその月に、


自分と重なる曖昧な印象を感じ、思わず夜空へ微笑みかけた。

挿絵(By みてみん)

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