話術
《明星綺羅》
いつからかは覚えてない。私は10歳の頃にはもう夜の街を歩いていた。幼い身体ながらも妖艶さを持ち合わせていた私は男性、女性問わずに愛され、子供でありながらもこの夜の街に暗黙の了解でいることを許された。それは、良いことばかりではない。毎日のように私を襲おうとする人間や誘拐を企てる人間、私の人生は常に人から狙われる運命にあった。学校には行けなかった、けれども勉強を欠かしたことはない。この街で能力がないということは下に扱われ何をされるかわからない。知識がないということは騙されいいように利用されることを意味していたから私は誰よりも強く賢くなければいけなかった。幸いにも私にはそれを磨く環境があった。
15の頃にはこの街にも馴染み、子供の頃から過ごしたせいで私の心も身体も鋭く研ぎ澄まされ、誰もを魅了するほどに美しくなった。今では街で知らない者はいない程の人間になっていた。外見もどちらともとれる中性的な顔から男性、女性、両方から好かれた私はホストとキャバ嬢のNO.1になり夜の魔王と呼ばれるようになるのも一年とかからなかった。
……そして、その時に私は大勢の死を見た。
《姫星織彦》
明星綺羅、この人を見て感じたのは圧倒的な母性。……いや、少し違うかも。……私は、初対面だというのにこの人に、……甘えたくて仕方がなかった。
「……あなたは、」
女性のようでもあり男性のようでもある中性的かつ魅惑的な顔は整い過ぎている程に綺麗で、まるで絵画にある芸術品のように気品がある。スタイルもとても引き締まっていて、けれどもどこか柔らかそうな体に少し緩やかな薄い服が、とても蠱惑的で……似合っていた。
「……どちらですか?」
敵であると分かってるのに話しかけてしまう、知りたくなってしまう。
「…それは女性か男性かという事かしら?」
…声にも惹きつけられた。女性にしては低く男性にしては高い、震える声と言うのだろうか、耳が痺れ、胸が熱くなる。
「…そう。」
「……どちらだと思う?」
「……わからないわ。」
「…そうなの。」
明星綺羅は笑う。
「何がおかしいの。」
「いえ、バカにしたんじゃないの。あなたもだから。」
「何がですか?」
「……私を初めて見る人はね、ほとんどが異性と思われるのよ。」
「……。」
「やっぱりあなたはまだ自分の性別が決まっていないのよ。昔のあの子達みたいに。」
私は振り返る。そこに、汗で蒸気を出している2人とそれを介抱している四人の姿。
「……。」
「心にはね、体と一緒で性別があるの。いくら戸籍的に性別が決まっていてもそれがあなたの心と一緒とは限らないの。」
「……。」
心が揺れる。胸から熱い何かが湧き上がってくるような。
「今まであなたがどれだけ苦労してきたか、」
「それをあなたがわかるわけ、」
「それを一緒に支えてあげれなかったことが辛い。」
「ッ!!!」
「一緒にいて、話を聞いてあげることが、側にいて本当のあなたの気持ちを、認めてあげる事が、できなかった。」
「……。」
子供の頃を思い出し、姫星の顔が苦痛で歪む。
「辛かったわよね。 、苦しかったわよね。1人で抱え込んで。誰にも打ち明けられず。そんな子を何人も見てきたからとても心配だったの。」
「……。」
「……でも、会ってみて安心したわ。今のあなたはとても、素敵な眼をしてる。」
「……え。」
「朝倉さんに言われてあなたに会いに来たけど……本当はもし、あなたが心の性別で悩んでいたら抱きしめてあげようと思ってたの。」
こんな風にね、そう、言って明星綺羅は私を優しく抱きしめた。明星綺羅から香る花のような香りに強張っていた体が緩む。
甘えたい。この人にもっと優しくされたい。
「……私は川君のところに行かないと。」
どうしようもない衝動を抑えて私は抵抗を口にする。
「……あなたを救ってくれた人のところかしら?」
「……はい。」
……もし、この人に早く会っていたら私は、……過去の自分は、それはきっと、
「……行きなさい。あなたのたった一人の人間のところに。」
涙が出るほど幸せだっただろう。
「……はい。でもいいんですか?」
明星綺羅は私から離れる。……私はそれが少し名残惜しく感じている事に、……何ともいえない恥ずかしさを覚える。
「もちろん。あなたの選んだ道を止める気はないわ。」
「……ありがとう。」
「本当に好きなのね。」
「……はい。初めて私の事を認めてくれた人だから。」
「そう、」
私は走り出した。ーーー
「でももし、天野川君が死んでしまったらどうするの?」
「え?」
ーーーその足を止める。
明星綺羅を見る。その目はとても寂しそうで、辛そうだった。
「まだ性別が決まってないと言ったけど、あなたの心は天野川君を一人の男性として見ている。……女性の心に傾いているわ。そして、たった一つの拠り所として。」
「……なにがいいたいんですか。」
「全てにおいて永遠なんてモノはないの。あなたが想うその気持ち、……必ず、裏切られるわ。」
「死ぬというんですか?……そんな事はない。川君は約束してくれたんだから。」
「……そうね。確かに死なずに彼は約束を守ってくれるかもしれないわね。……でも、あなたの望んでいること。それは少しずつ壊れていくわ、時間が経つにつれ環境が変わり、彼に好きな人が出来て、……必ず変わるわ。」
「……。」
「……今のあなたは彼がいるから許されているんじゃない?」
「ッ!!!」
「この先、彼がいなくなったら、あなたはまた、1人になるのかしら?」
「ッ!!!」
「ねぇ、もし。今から行って彼が死んでいたらあなたはどうするのかしら。」
「……そんな事、」
「……私達は友達になれないかしら?」
「……え?」
「あなたは1人に依存しすぎているわ。……それはその人を失くした時に生きていけなくなる可能性がある、……もっと多くの人と関わるべきよ、………私達とならあなたはもっと、本当の自分を出せるはずよ。」
「……。」
「彼を助けに行っていいの。でも、彼だけじゃなく私達とも仲良くなれないかしら?」
「……。」
「あの子達もあなたの事が好きみたいだしきっと仲良くなれるわ。……ね?」
「……。」
それは、私にとって悪いことじゃなかった。……むしろ、友達を、自分を認めてくれる人を増やすチャンスだった。
「だから、……彼に電話してほしいの。」
「……。」
私は携帯を取り出す。
明星綺羅は笑顔で言った。
「私達と仲良くなった。……と。」