↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
自堕落勇者アリシア〜最強女勇者、転生先でニートになる〜  作者: ゆりちりん
ニート生活の始まり

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
7/7

7. 掃除

朝、冷蔵庫に一枚の紙が貼られていた。


『家事分担表』


美咲の字で、大きくそう書いてある。

その下に、二つの名前と、それぞれの仕事が並んでいた。


美咲:料理、買い物、ゴミ出し

お姉ちゃん:洗濯、掃除


「美咲。これは何だ」


「見ての通りだよ。お姉ちゃんにも家のこと手伝ってもらうから」


美咲は鞄に教科書を詰めながら、こちらを見ずに言った。


「カップ麺の塔、片付けたの誰だと思ってるの。私だよ。一時間かかったんだよ」


それを言われると弱い。


私は紙をもう一度見た。

洗濯。掃除。

どちらも、孤児院にいた頃に嫌というほどやらされたことだ。


だが、これは美咲からの正式な任命だ。

任務とあらば、勇者は断らない。


「承知した。この任務、必ず果たしてみせよう」


「大げさだなあ。洗濯機の使い方、紙の裏に書いといたから。ちゃんと読んでね」


そう言い残して、美咲は大学へ出かけていった。


紙の裏には、細かい字でびっしりと何かが書いてあった。


私は表に戻した。

読まなくても、なんとかなるだろう。


◇ ◇ ◇


洗面所の隅に、白くて四角い箱があった。

正面に丸い窓がついている。


中を覗くと、空っぽの筒が見えた。


蓋を開け、籠に溜まっていた服を全部放り込む。

私の服も、美咲の服も、まとめて。


扉を閉め、一番大きなボタンを押した。


ピッ。


ごぽごぽと音がして、筒の中に水が流れ込んできた。

やがて筒がゆっくりと回り始め、水と服が渦を巻く。


「これは……」


私は丸い窓に顔を近づけた。


「水の精霊を閉じ込めた箱か……!」


孤児院では、洗濯は裏の川でするものだった。

冷たい水に手を突っ込み、子どもたち全員分の服を石に叩きつける。

冬は指がちぎれそうに痛かった。


それを、この箱は精霊の力で勝手にやってくれるのだ。


ふと、箱の横に置かれた袋が目に入った。

白い粉が詰まっている。

袋には、泡に包まれた服の絵が描かれていた。


清めの粉だ。間違いない。


精霊にはきっと、捧げ物が必要なのだろう。

私は箱の上の小さな口を開け、粉を袋の半分ほど注ぎ込んだ。


多ければ多いほど、精霊も喜ぶはずだ。


◇ ◇ ◇


三十分後。


洗面所は、泡の海になっていた。


箱の隙間という隙間から、白い泡がもこもこと溢れ出し、床を覆い、廊下にまで押し寄せている。


「精霊が……暴走している……!」


私は泡をかき分けながら、箱に向かって叫んだ。


「鎮まれ! 私が悪かった! 捧げ物が多すぎたのだな!」


精霊は鎮まらなかった。

泡は、私の膝の高さまで来ていた。


結局、私はバスタオルを全部使って泡を拭き取った。

そのバスタオルも、洗濯しなければならなくなった。


◇ ◇ ◇


二回目の洗濯は、粉を少しだけにした。


泡は溢れなかった。

私は丸い窓の前に座り、腕を組んで、渦を巻く服をじっと見張った。


見張りは得意だ。

魔王軍の砦の前で、三日三晩見張りを続けたこともある。


やがて、ピーピーと音が鳴り、精霊が静かになった。


任務完了だ。


意気揚々と扉を開けて、私は固まった。


美咲の白いシャツが、淡い桃色に染まっていた。


一緒に入れた私の赤い靴下が、何食わぬ顔で絡みついている。


「……」


私は靴下を見た。

靴下は何も言わなかった。


◇ ◇ ◇


気を取り直して、次の任務。掃除だ。


物置から、長い棒の先に箱がついた道具を引っ張り出す。

美咲がこれで床を掃除しているのを、何度か見たことがある。


コードを壁の穴に差し、ボタンを押した。


ブオオオオオオオ!


「ぬおっ!?」


轟音が部屋中に響き渡った。

私は反射的に棒を構え、後ろに跳んだ。


「魔物の咆哮か……!」


だが、魔物はどこにもいない。

吼えているのは、手の中の棒だった。


しかも、先端が床のゴミをすさまじい勢いで吸い込んでいる。

埃も、ポテトチップスのかけらも、美咲のヘアピンも。


「ヘアピンは食うな!」


私は棒を振り回しながら、部屋から部屋へと進んだ。

奥の部屋まで来たところで、ぐいっと何かに引き戻された。


コードが、もう伸びない。


「この程度で私を止められると思うな!」


全力で引っ張った。


ぶちっ。


壁の穴からコードが抜け、魔物は静かになった。

ついでに、廊下の小さな棚が倒れていた。


◇ ◇ ◇


倒れた棚を戻そうとして、私はその奥の物置に、平たい箱がしまってあるのに気づいた。


箱には「桐生玲奈様」と書かれた紙が貼られていて、封のテープもそのままだった。

誰かが届けたまま、一度も開けていないらしい。


開けてみると、中から丸くて平べったい円盤が出てきた。

大きさは、盾くらいだろうか。

真ん中に、ボタンが一つだけついている。


押してみた。


ピロリン、と軽やかな音が鳴った。


そして円盤は、ひとりでに動き出した。


「なっ……!」


円盤は床の上をすうっと滑り、壁にぶつかると向きを変え、また進む。

家具の脚をよけ、こたつの周りをぐるりと回り、通ったあとの床からは埃が消えていた。


私は膝をついた。


「使い魔か……!」


前の世界でも、高位の魔術師は使い魔を従えていた。

だが、命令もなしに主の家を清める使い魔など、見たことがない。


円盤は迷いなく部屋を回っていく。

同じ場所を二度通らず、端から端まで、まるで地図を頭に入れているかのようだ。


その動きを見ていて、思い出した。


作戦書を何枚も書き、どの道をどう進むか、いつも完璧に計算していた男。

私がそのすべてを無視して突っ込むたびに、頭を抱えていた男。


「……ガルド」


円盤が、ちょうど私の足元でくるりと向きを変えた。


「よし。今日からお前の名は、ガルドだ」


ガルドは返事をしなかった。

少しだけ、うなずいたように見えた。


その直後、ガルドはこたつの布団の裾に頭から突っ込み、動けなくなった。


ピロロロ……と、悲しげな音が鳴る。


「ガルド! 今助ける!」


私はこたつの布団を全力でめくり上げ、ガルドを救出した。

本物のガルドも、作戦は完璧なのに、肝心なところでよく転んでいた。


◇ ◇ ◇


夕方。


乾いた洗濯物を畳み終えた私は、それを部屋ごとに片付けて回った。


玲奈の部屋のクローゼットを開ける。

中には、白いシャツがずらりと並んでいた。


一枚一枚、まっすぐにアイロンがかけられている。

しわ一つない。

その隣には、黒や紺の硬い上着が、同じように整然と吊るされていた。


毎朝、これを着て、あの戦場へ向かっていたのか。


私は、自分が畳んだ洗濯物の山を見下ろした。

袖は曲がり、裾は折れ、美咲の桃色のシャツが一番上でくしゃくしゃになっている。


玲奈なら、きっともっと上手くやったのだろう。


私はクローゼットの扉を、そっと閉めた。


◇ ◇ ◇


夜。


大学から帰ってきた美咲は、リビングに入るなり立ち止まった。


床は、ガルドのおかげでぴかぴかだった。

ソファの上には、ぐちゃぐちゃに畳まれた洗濯物の山がある。

その一番上に、桃色のシャツ。


「……お姉ちゃん。これ、私の白いシャツだよね」


「精霊の気まぐれだ」


「靴下でしょ。赤いの一緒に入れたでしょ」


なぜばれた。


美咲はため息をついて、シャツを手に取った。

それから、山になった洗濯物をしばらく見つめて、小さく笑った。


「……ありがと」


「うむ」


「畳み方、明日教えてあげるね」


そのとき、廊下からピロリンと音がして、ガルドが滑り込んできた。


「あれ、それ……」


美咲が目を丸くした。


「お姉ちゃんが前に買ったやつだ。掃除する時間もないからって通販で頼んだのに、箱から出す時間もなかったんだよね」


美咲は、足元を回るガルドを見下ろして、少しだけ笑った。


「やっと出番が来たんだ、この子」


◇ ◇ ◇


翌朝。


美咲がリビングに入ってくると、私はこたつの中にいた。


その周りを、ガルドが静かに回っている。


「ガルド、次は廊下だ。出撃せよ」


ピロリン。


ガルドは廊下へと滑っていった。


「使い魔に任せるのも、主の務めだ」


「結局こたつから一歩も出てないじゃん!!」


世界を救った最強の勇者。


今日、頼れる仲間ができました。

床を走る、丸いやつです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。