05│……なぜ、合わせない? -02-
「俺んちさ~、めちゃくちゃ貧乏なんだよ。」
カインが土を掘り返しながら、あっけらかんと笑った。
「屋敷もボロいし、庭なんか全部畑。だからこういう作業、実は超得意。」
カインは恥ずかしがる様子もなく、むしろ少し誇らしそうに笑っていた。
フィーナが思わずくすくす笑う。
「一緒にしたらだめかもしれないけど……私の家も貧しくて。小さい頃から、いつも畑仕事ばっかりだったの。」
苗をそっと土へ置きながら、懐かしそうに目を細める。
「でも、こっちへ来てから全然やってないから……なんだか少し寂しくて。」
「分かる!」
カインが勢いよく頷いた。
「なんか落ち着かねぇんだよな。土触ってないと。」
「うんうん。」
二人は顔を見合わせて笑う。
そのやり取りは妙に自然で、気を遣った様子もない。
ルークランは開いたままの本へ視線を落とした……が。
……文字が頭に入ってこない。
ページをめくる。だが耳は、勝手に二人の声を拾っていた。
風が吹くたび、フィーナの柔らかな笑い声が届く。
――楽しそうだな。
無意識にそう思ってから、ルークランはぱたりと本を閉じた。
そして静かに立ち上がる。
立ち上がった自分に、ルークラン自身が一番驚いていた。
「……俺も手伝う。」
カインが目を丸くした。
「は?どうした急に?」
土のついた手のまま、信じられないものを見る顔をする。
「お前、ユリウスが花植えしてる時だって、一回も手伝ったことないだろ?」
「……ない。」
ルークランはあっさり認めた。
「だが……。」
言葉が途中で止まる。
自分でも上手く理由が説明できなかった。
ただ。二人が並んで笑っているのを、少し遠くから見ているのが妙に落ち着かなかった。
「ユリウス、さん?」
フィーナが小さく首を傾げる。
カインは「ああ」と頷いた。
「ルークの弟。花が好きなんだよ。屋敷の庭でいつも世話してる。」
「ルークランさん、弟がいるんですね!」
フィーナの顔がぱっと明るくなる。
「私も弟がいるんです。」
その笑顔に、ルークランはわずかに目を瞬かせた。
「……そうなのか?」
「はい。リトっていうんです。すごくやんちゃで、木登りばっかりしてて。」
フィーナはくすくす笑う。
「毎日泥だらけになって帰ってくるから、お母さんがいつも怒ってました。」
その話を聞きながら、ルークランはふと口を開きかけた。
――ユリウスは木登りなんてしないな。
そんなことを言おうとして。
だが、その前にカインが勢いよく割り込んだ。
「分かる!男のガキってそうだよなー!」
声が大きい。カインは笑いながら土をならす。
「俺なんか三人兄弟だぞ。しかも全員男!俺、一番下なんだけど、毎日どっちかの兄ちゃんとケンカしてたし、母ちゃんに怒られてた。」
フィーナが楽しそうに笑った。
「賑やかそう。」
「めちゃくちゃうるさかったぞー。兄貴どもすぐ木登り競争始めるし。」
そこでカインは、何か思い出したようにぱっと顔を上げた。
「あ、そういやルークも昔、俺と一緒に木登ったよな!」
ルークランの動きが止まる。
「……おい。」
嫌な予感がした。だがカインは全く気にも留めない。
「んで二人で枝踏み抜いて落ちてさ!ルークの高い服が泥だらけになっちゃって。ルークの母ちゃんにめちゃくちゃ怒られたよな!」
フィーナが目を丸くする。
「えっ、ルークランさんも木登りするんですか?」
「してたしてた!」
カインは楽しそうに頷く。
「カイン。」
ルークランの声が少し低くなる。だがカインは気にした様子もなく笑い続ける。
「なんだよ、本当のことだろ!それに、いま思うとめちゃくちゃ面白いな!」
フィーナはとうとう吹き出した。
「ふふっ……!」
肩を震わせながら笑う。
「なんか、ちょっと意外です。」
琥珀色の瞳が楽しそうに細められる。
……こんなふうに笑うのか。
訓練中の控えめな笑みじゃない。
年相応に、無邪気に笑っている。
本来なら、こんな話、聞かれたくなかった。
格好悪い過去だ。なのに。
フィーナが楽しそうに笑っているのを見てしまうと、不思議と悪い気はしなかった。
その輪の中へ自然に入るように、ルークランも花壇の前へ腰を下ろした。
黒い手袋のまま土へ触れようとして。
フィーナが慌てたように声を上げる。
「あっ、ルークランさん、手袋……汚れちゃいますよ。」
ルークランは一瞬だけ動きを止めた。
するとカインが、けろりと笑った。
「いいんだよ、フィーナ。ルークみたいな立場の貴族って、人前じゃ基本手袋外さねぇから。」
「あ……そうなんだ……。」
フィーナは小さく頷く。
シルヴァリアには貴族がいない。だから、フィーナはそういう習慣をまだよく知らないのだろう。
ルークランはそんなフィーナを見つめたあと、静かに口を開いた。
「……どうやればいい。」
「え?」
「花植えだ。」
淡い水色の瞳がまっすぐフィーナを見る。
「教えてくれ。」
フィーナはぱちぱちと瞬きをしたあと、ふわりと笑った。
「はい。」
その返事が妙に嬉しそうで、なぜか少しだけ落ち着かなくなる。
「まず、このくらい掘って……根っこを崩さないように入れるんです。」
フィーナはルークランの隣にしゃがみ込み、苗をそっと持ち上げる。
肩が触れそうなくらい近い。
その距離に、ルークランの意識がわずかに揺れる。
「こうか?」
ルークランが見よう見まねで穴を掘る。
だが、少し深い。
「あっ、待ってください。」
フィーナが慌てて身を乗り出した。
苗を持つルークランの手に、自分の手をそっと重ねて止める。
「もう少し浅くて大丈夫です。」
そのまま穴を覗き込むように顔を寄せた。
柔らかな髪がさらりと揺れ、鼻先に触れそうになる。
近い。あまりにも。
ルークランの呼吸が、一瞬だけ止まった。
「……これくらいです。」
フィーナは気づいていないのか、真剣な顔で土の深さを確認している。
ルークランは少し遅れて「ああ」と返した。
カインが後ろからその様子を見て吹き出す。
「ルーク、お前ほんと不器用だな。」
「……初めてだからな。」
「ユリウスの手伝いでもそんなこと言って逃げてただろ。」
「別に逃げていたわけじゃない。」
淡々と返すルークランに、フィーナがくすくす笑った。
「でも、初めてなのにちゃんと出来てますよ。」
「そう見えるか?」
「はい。とても丁寧で素敵です。植物にも、そういうのって伝わりますから。」
まっすぐ褒められて、ルークランはわずかに言葉を詰まらせた。
カインがにやにやしながら肘でルークランを小突く。
「よかったな、褒めてもらえて。」
「……お前は黙っていろ。」
だがその声は、いつもより少しだけ柔らかかった。




