おやすみなさい、ティンカーベル。
密林の迷宮での冒険を終えたあと。
辺境の街に戻ったわたしたちはしばらくの間、冒険者ギルドで依頼を受け、魔物を討伐しにいくという生活を続けることにいたしました。
というのも強大な〈青髭〉との戦いで使った精霊銀の弾丸、それにマジックポーションといった高価な品を補充するためにまとまったお金が必要で、おまけに日々の生活費のほうもそろそろ不安を覚えるほどに少なくなってきたからです。
◇
「赤ずきんちゃあああん! 敵がそっちに向かったよ!」
「あらあら、わたしのほうが弱っちそうに見えたのでしょうか。だとすればいっちょ目にものを見せてあげなくては。容姿でナメられるのだけは我慢なりませんからね」
砂煙をあげて迫ってくる魔物の影を見つめ、わたしはにんまりと笑みを浮かべます。
そしてずきんの裏に仕込んだ暗器のひとつ、鞭のようにしなる蛇腹剣を取りだしました。
すると離れたところにいるマロックが、驚いたように声をかけてきます。
「――わお、なんだかいつも以上に物騒な感じだね! 君といっしょに戦うようになってからそれなりに経つけど、そんな変わった武器ははじめて見たなあ」
「ぶっちゃけ扱いづらいので、余裕があるときにしか使いませんからね。でもたまにこうやって慣れてない暗器で戦うというのも、それはそれでよい修練になるのですよ」
自分よりもずっと小さな相手が舐めてかかっていることに憤慨なされたのか、今回の討伐対象である巨大な魔物は、騒々しい鳴き声をあげながら突進してきます。
虎のような体躯に蛇の尻尾を生やし、背中には鳥のような羽。そのうえ頭は老人にも猿にも見える人面。
その辺にいた生きものを雑に混ぜ合わせたような醜悪な魔物――マンティコアです。
「脅威度としてはBランク、個体によってはAランク相当になりえるでしょうか。それなりに腕の立つ冒険者だろうと瞬殺されかねない凶暴な魔物ですけど、今回ばかりは相手が悪かったと思って観念してくださいな」
『キュバアアアアアアッ!!!』
しかしマンティコアはわたしの言葉に耳を傾けることなく、白と黒のまだら模様を描く背中から紫色の棘を射出。それはまるで王都の弓兵による一斉射撃のような有様で、わたしの頭上に降りそそいできました。
その一本一本はぶ厚い革の盾をやすやすと貫通する威力があるうえに、傷口をまたたく間に腐敗させるほどの強力な毒が仕込まれているとか。
うっかり命中して生死の境をさまようのも面白くありませんから、わたしは蛇腹剣の長い刀身を巧みに操って、棘の雨をビシバシとはじき返していきます。
ところがそこで、マンティコアが時間差で体当たり攻撃を仕掛けてきて、
「――うっきゃあ!」
「あ、赤ずきんちゃん!? 大丈夫!?」
思いっきり吹っ飛ばされてしまいました。
木の葉のようにくるくると宙を舞ったあと、大慌てで地面に着地。ちょうどそこにマロックがやってきて、わたしの身体をひょいと拾いあげます。
「あいたたた……。肋骨の一部が折れちゃいました……」
「調子にのって舐めてかかるからだよ。どんな魔物でも油断したらいけないってば」
おっと、まさか説教されてしまうとは。
あんなに頼りなかった狼くんがずいぶんと成長したものです。
ですが彼の言うとおり、気を引きしめたわたしは再び迫りくるマンティコアを見つめます。 そして不慣れな蛇腹剣を投げ置くと、肩にかけていた別の武器を取りだします。
わたしの切り札――神殺しの古代遺物、ティンカーベル。
「では、そろそろ本気でやりましょう。防御はお任せしてもよろしいのですよね?」
「もちろんだとも。ぼくは君の騎士なんだからさ」
小さな相棒からお姫さまを守護する騎士に昇格したマロックの背中にまたがり、わたしはティンカーベルの銃口をマンティコアに向けました。
すると敵も尋常でない気配を感じたのか、こちらの狙撃を阻止しようと猛攻撃を仕掛けてきます。
腐敗毒を持つ棘の雨、本体による体当たり、尻尾のように生えた蛇の口から吐き出される火焔のブレス……以前のわたしたちであれば、あるいは追い詰められてしまうほどの苛烈さでありました。
でも今は違います。なぜなら、
「うおおおおっ! 絶対防御だあああ!!」
マロックの身体がまばゆく輝き、物理遮断の盾がマンティコアの攻撃を次々と弾き飛ばしていきます。
そうして完全にしのぎきったところで、わたしは盛大に鉛玉をぶっぱなしました。
「これで終わりです!! あなたの力を見せておやりなさい、ティンカーベル!!」
『――ギョバアアアアアアッ!!』
地を裂くほどの轟音とともに膨大な魔力が解放され、巨大な魔物の身体があとかたもなく吹っ飛んでいきます。
こうして辺境を荒らしていたマンティコアは、物言わぬ肉塊と化したのでありました。
「うふふ。最強の銃に最強の盾。あなたが物理遮断の魔法を使えるようになったことで、わたしは攻撃に専念できるようになり、よりいっそう強くなった気がいたしますね」
「ぼくはこれからもっと優秀になるし、赤ずきんちゃんだってまだまだ伸び盛りでしょ? ふたりでいっしょに成長すれば、そのうち猟師さんだって越えられるはずだよ!」
「そうですねえ。お互いに補いあうことで、絶対的な強さを手に入れる。正直なところわたしが猟師さんのようになれるとは思えませんし、あるいはそういう道もありかもしれません。だってわたしたち、ふたりでひとつなのですから」
「……えへへ、これでまたご褒美がもらえるぞ。次はどんな格好をさせようかなあ」
不埒な妄想をはじめたマロックの頭を、ティンカーベルの銃身でゴチンと叩きます。
従わせたいときに便利なので最近はエプロン姿とかドレス姿とか披露してさしあげているのですけど、この子ってばどんどん図に乗ってきやがるのですよね。
このまま成長していくとどうなるのか、早くも将来が心配になってきましたよ……。
◇
いつものようにギルドで依頼達成の報告を済ませ、報酬を受け取ったわたしたちは宿に戻ります。
それなりに長く滞在しているので、今ではマイホームといったところ。
マンティコアでの戦いで受けた傷は治癒魔法でさくっと回復しておいたものの、体力の消耗はいかんともしがたく、部屋に入るなりベッドに顔を埋めてしまいます。
すると留守中に送られてきた宅配物を、宿の主人から受け取ってきてくれたのでしょうか。マロックが木の籠を口にくわえて、わたしのところに近寄ってきます。
「ねえねえ赤ずきんちゃん。君宛にいっぱい手紙がきているよ」
「あら、本当ですね。寝ちゃう前にひととおり目を通しておきましょう」
そう言ってむくりと起きあがると、マロックのモフモフした身体をクッションにして、わたしは渡された封筒を開いていきます。
猟師さんからは王都の情勢やネバー・ネバーの各地に出没している魔物の情報提供。王都にいる錬金術師さんからは、ティンカーベルの弾丸の材料である精霊銀が不足していて、発注したぶんの弾数を用意できないというお詫び状。
……この前受け取った鉛玉は〈青髭〉との戦いとマンティコアの討伐で使い切ってしまいましたし、最大の切り札である古代遺物が弾不足で使えないというのはゆゆしき事態かもしれません。
わたしがどうしたものかと頭を抱えながらほかの手紙にも目を通していると、
「ぶふ……っ!! あの子ってば、やっぱり最高に面白いですわね」
「変な笑い声をあげてどうしたのさ。あ、これってもしかして親指姫さんからの手紙?」
「ええ。なんでもあのあと解呪の効果が切れて、虫ケラみたいな大きさに戻っちゃったらしいですよ。しかもお風呂に入っているときだったので危うく溺れ死ぬところだったとか」
「うわあ、悲惨すぎる……。やっぱり完全な真龍の血じゃなかったからかな?」
「でしょうね。お前のことは絶対に許さぬって書いてあります。わたし別になんもしてないですけど、相変わらず逆恨みが激しくて困ってしまいますよ」
まあ、決闘を仕掛けてきやがったら返り討ちにしてやりますけどね。
旧友や師匠からの便りに心をほくほくさせたところで、わたしはふああとあくびをいたします。その様子を見ていたマロックが頬をぺろりと舐めてきて、
「だいぶお疲れだね、赤ずきんちゃん。今回のご褒美は添い寝でもいいかなあ?」
「変なところを触ったりしなければ、別に構いませんけども。わたしもちょうど枕が欲しかったところですし、今日はゆっくり身体を休めますか」
「ベッドでごろごろしながら、次はなにをしようかなあって考えるのもいいかな。ぼくとしちゃ楽な相手が嬉しいけど、赤ずきんちゃんはどうせまた強敵とやりあいたいんだよね?」
「そのほうが燃えますからね。猟師さんのお手紙によると新種の魔物が次々と発見しているらしいですし、この世界には誰も足を踏みいれていない秘境がたくさんあります。あなたといっしょに冒険すれば、もっともっとわくわくする狩りができるでしょう」
柔らかな銀毛に包まれた背中をぎゅっと抱きしめながら、これから経験するであろう興奮の数々を思い浮かべ、自然とうふふと笑みがこぼれてしまいます。するとマロックはくすぐったそうに身をよじらせました。
そうこうしているうちにうとうととしてきたので、わたしはまどろみの中に落ちていく前に、壁に立てかけておいた愛銃に向かって呟きます。
「あなたの力をぞんぶんに使ってあげますから、楽しみにしていてくださいね」
ではでは、また冒険をするときまで。
おやすみなさい、ティンカーベル。
これにて完結になります。最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
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近々、新作も投稿予定ですのでよろしくお願いいたします。




