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2-33 もしかしてこれが本当の幸福なのかなって思うよね。

 なんとも言えない匂いが鼻をくすぐって、ぼくは目を覚ました。

 前に見えるのは真っ白な壁や床、それにピカピカに磨かれたテーブルや椅子。

 自分がミチルさんの料理店にいるのはすぐに理解できたけど、寝起きのぼんやりした頭が徐々に冴えていくにつれて、どうにも様子がおかしいことに気づく。


「あれれ? 実際の料理店って鳥小屋みたいにクソ汚かったはずじゃ……」

「我らが魔法でちょちょいっと掃除したのだ。まあ双子兄妹へのせめてものたむけというやつだな」


 床に寝そべっていたぼくが銀色の身体をむくりと起きあがらせると、手前の椅子に座っていた女の子がそう言って微笑みかけてくる。

 赤ずきんちゃんと同じ金色の髪を真横に結んでいて、なかなかに愛らしいお顔。

 でも……誰だろう、この子。


「ミチルという女の亡骸も庭に埋めておいたし、操られていた冒険者もなんとか回復して街に戻った。万事が万事、めでたしめでたしというわけだな」

「へえ……それを聞いて安心したよ。ところであなたは、どちらさま?」

「おいおい、ワンちゃんよ。我のことをもう忘れたのか。あんなに仲良しだったのに」


 ぼくはちょっと考えて、目の前の少女に見覚えがあることに気づく。

 カブトムシさんの中身――つまり親指姫さんだ。


「ええええ!? だって虫ケラみたいに小さかったじゃん! なんで普通のサイズ!?」

「虫ケラ言うな。お前が意識を失ったあと、我らがぶちのめしたの真龍だ。なりそこないとはいえ高純度の〈竜の血晶〉が得られたし、最高ランクの解呪の妙薬があればこのとおり。元の姿に戻れたわけだ」

「なるほど。だったらもう、赤ずきんちゃんとケンカしなくていいね」


 ぼくがそう言うと、親指姫さんは煮えきらない表情を浮かべる。

 納得していないご様子だけど、本当は仲良しなんだから水に流せばいいじゃん。

 それとも、ああやっていがみ合うのも愛情表現の一種なのかな。そんな感じもする。


「そういえば、赤ずきんちゃんは? 変な匂いが漂っているけど……もしかして」

「奥のキッチンでお前のために料理を作っておるぞ。密林で採取した食材、マンドラゴラの葉にランバージャックの肉と殻、そして〈青髭ジルドレ〉の肉を鍋でコトコト煮こんでおるわ」

「究極の魔物めしってやつだね。使う食材を聞いた感じだと、山の幸をふんだんに使ったスープなのかな。ぼくはなんでも喜んで食べるけどさ」

「デュフフフ。この匂いでわからんとは、お前はアレを食べたことがないのだな」


 親指姫さんにそう言われたので、ぼくは「アレ?」と首をかしげる。

 彼女はさも愉快そうな顔で、

  

「まあ見てのお楽しみだな。ようやく完成したようだし」


 直後、お店の奥からテコテコという可愛らしい足音とともに、鍋を抱えた赤ずきんちゃんが姿を現した。だけどぼくがまず感動したのは、料理よりもその姿だった。


「はーいはーい、お待ちかねの魔物めしですよー」

「赤ずきんちゃん!! もしかして……裸エプロン!?」

「ちゃんと服も着てますってば!! いつまで寝ぼけているおつもりですか!!」


 赤ずきんちゃんは顔を真っ赤にして、ぼくの冗談に怒った。

 彼女の身を包んでいるのはふりふりひらひらのピンク色のエプロンで、このときのためにザックの中に入れておいたらしい。

 文句を言いながらもちゃんと用意してくれるところも、ぼくは大好きだよ。


「さーて、我もちゃっかりメシをいただくぞ。真龍の肉なんて滅多に食えるもんじゃないからのう。コポォ……この食欲をそそる香り、まさに究極!!」

「で、なんなのこの料理。見た感じ白米のうえにスープかけて食べるみたいだけど」


 なんだかんだで世話好きな赤ずきんちゃんは、テーブルの前にいる親指姫さに魔物めしを手渡したあと、すぐそばの床に寝そべっているぼくにも同じ料理を置いてくれる。

 白米のほうはともかく肝心のスープは黄土色で汚くて、なんとなく辛そうな感じ。それにサファイア色の羽毛に包まれていた〈青髭〉もお肉になればプリプリとした肌色で、最高級の真龍を使った料理にしては見ためがよろしくなかった。


「これもまたネバー・ネバーとは異なる世界から伝わった料理。ずばりカレーです」

「それって美味しいの? 豪華な食材使ったわりには、ぶっちゃけマズそ……」

「食えばわかる」


 隣の親指姫さんが自信満々にそう言うので、ぼくは恐る恐るカレーをがっついてみる。

 すると口いっぱいに猛烈な辛さが広がって、


「ゲホッゲホゲホ!! 舌がヒリヒリするぅ!!」

「マンドラゴラの葉っぱや密林で採取したスパイスをふんだんに使っていますからね。でも食べるのがとまらなくなるほど美味しいでしょう?」

「ん……ほんとだ。最初は辛すぎてぎょっとしたけど、よくよく味わってみると複雑な味だね。真龍のお肉も噛めば噛むほどうまみが出てくるし――やばい、止まらない!!」


 ぼくの感想に満足したのか、赤ずきんちゃんも向かいの椅子に座ってドラゴンのカレーを食べはじめる。今回の冒険も大変だったけど……こうやって賑やかに食卓を囲んでいると、もしかしてこれが本当の幸福なのかなって思うよね。

 まあ幸福を招く鳥っていうかやばいドラゴンだったやつ、今もりもり食ってるけど。


「しかし……まさかマロックが物理遮断の結界を使えるようになるとは思いませんでした。最初に覚えたにしてはヤバすぎるくらい高度な術式ですよ」

「えへへ。ぼくの才能に嫉妬しちゃった? もっと尊敬していいんだよ?」

「ワンちゃんめ、飼い主に似てすぐ調子に乗るのう」

「どういう意味ですかそれ……。でもそうですね、もしかするとわたしたち以上にすごい魔法を使えるようになるかもしれません。こうして今、魔物めしも食べていることですし」


 そうだ。ぼくの魔法の資質を強化することが、今回の冒険の目的だったのだ。

 ぐっすり眠ったあとに究極のカレーを食べたからか、すっからかんになっていた内なる魔力も回復したような気がする。もしかすると今なら――。


「よし! じゃあ今からぼくは人間に化けてみます!」

「ええ? チャレンジしてみるぶんには構いませんけど、ちゃんと前は隠してくださいね」

 「我は別におっぴろげても気にせんぞ。コポォ!」


 親指姫さんの言葉を聞いて赤ずきんちゃんがじろりとにらみつける中、ぼくは目を閉じてうんうんとうなりながら、変化の魔法を試してみる。

 最強にクールで……身長が高くて……銀色の髪の……貴公子……。

 そしてカッと両目を開くと、視界にしなやかな人間の手が飛びこんできた。


「できたっ!! 見て見て見て!!」


 ぼくはワンワンとはしゃいで、変化した自分をふたりに見せる。

 だけど、


「ぎゃああああっ!! マロック、その姿で近寄らないでください!!」

「ワンちゃん……それはないわあ」

「ええええ? なんでさ!! ぼく、人間に――」


 赤ずきんちゃんと親指姫さんは苦笑いを浮かべながら、こう言った。


「手だけね」「んだな」


 そう言われたのであらためて、真っ白な床に映った自分の姿を眺めてみる。

 銀毛のふさふさした身体。真っ黒な鼻に三角の耳。

 どこからどう見てもクソでっけえ狼だ。

 なのに前足のところだけ、しなやかな人間の手が生えている。


「うわ、めっちゃキモいぞこれ……」


 あ、自分で言っちゃった。

 ふたりが無言でうなずいたので、ぼくはがっくりと尻尾を垂らすしかなかった。



                        (幸福の青い鳥編:終)

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