2-31 今だ! ぶっぱなせ!
「なんとか逃げきりましたわね。あなたのおかげでまた助かりましたよ、マロック」
「ひい……ひい……。戦うたびにひたすら走っている気がするよ……。親指姫さんは?」
「隣にいるぞい。マジで終わったかと思ったぞ」
現在の位置は高地エリアと沼地エリアの境界付近。ちょうど周囲の樹木の背が高くなりはじめている辺りだったので、ぼくらはそのままささっと身を隠す。
背後を見れば〈青髭〉のソニックブラストによって、緑豊かな高地エリアが無残にも丸裸になっている。地形を変えてしまうほどの威力なのだから……よく無事でいられたものだ。
ぼくが身震いしていると、赤ずきんちゃんが夜空を見あげながら言った。
「あいつは今、わたしたちを探してキョロキョロしていますね。ソニックブラストで派手に地表を巻きあげたので、撃ったほうも目くらましになってしまったのでしょう」
「しかし……図鑑に載っている情報と比べるとブレスの範囲が狭いな。完全な成体よりも体格がずっと小柄なぶん、射程も短いということか」
「それにしたって都市の一角を壊滅させる規模ではありますけどね。威力については多少弱かろうが直撃すれば即死ですから、考えるだけ無駄という感じ」
呼吸を整えるだけで精一杯のぼくとちがって、赤ずきんちゃんと親指姫さんは早くも敵の情報を分析し、反撃の一手を撃つべく作戦を練っている。
こういう切り替えの早さはさすが冒険者。そのうえ知識量も半端じゃなくて、
「ソニックブラストは連発できないうえに、ブレス攻撃の特性上、範囲が前方向のみにかぎられます。そのうえ完全な成体と比べると射程が短いので、こちらの位置さえ把握されなければ直撃することはなさそうです。それでも運が悪けりゃ容赦なくあの世行きですけど」
「なんにせよ見つからないようにしたほうがよさそうだなあ……」
うっそうと茂る木々の間をくぐるように、ぬかるんだ地面をばしゃばしゃ走りながら、ぼくもチラッと夜空を見あげてみる。
〈青髭〉はぐるぐると旋回しつつ、地上にいるぼくらを探している。
さすがに距離がありすぎてドロッセルマイヤーで斬りつけることは不可能だろうし、そうなるとティンカーベルであいつをぶちぬくのが先か、あるいはぼくたちがソニックブラストで塵になるかという、狙撃戦になりそうだ。
「地上に撃ち落とさぬことにはどうにもならなそうだな。ひとまずクソずきんはティンカーベルをぶちかますことだけ考えておけ。ただし撃った瞬間にこちらの位置も気取られるだろうから、確実に当てられるとき以外は我慢しろよな」
「誰にものを言っているのですか、あなた。そんなことは百も承知ですってば。いまだにキョロキョロ探している様子からしても察知能力は低そうですし、音と匂いを消す隠匿魔法でもかけて慎重に近づいていきますか」
と言うなり、親指姫さんがブツブツと呪文を唱えてぼくらに魔法をかけてくれる。
旧知の仲だけあってお互いにどんな術が使えるか把握しているみたいで、とにかく行動がスムーズだ。
用心に用心を重ねたところで歩を進め、密林の上空を旋回している〈青髭〉との距離を詰めていく。
(大きく迂回しつつ背後にまわりましょう。速すぎず、遅すぎず。あいつの旋回方向にうまーく合わせていくイメージです。急に軌道を変えてきたらそのときは迅速に対応を)
(わかった。ぴったりと背中についたタイミングで、君が鉛玉をぶっ放すわけだね)
背中に乗った赤ずきんちゃんとコソコソ話をしていると、隣をいく親指姫さんが〈青髭〉の様子をうかがいながら、呆れたようにこう呟いた。
(しかしさっきからぐるぐる飛びながら探しているだけで、我らをあぶりだすためになんかしようという気配がまるでないの。もしかしてバカなのか、あやつ)
(ドラゴンに進化したといっても、中身は鳥頭のままなのかも。立ち回りが悪ければ足元をすくわれるのは赤ずきんちゃんを助けたときに証明したし――って、消えた?)
ぼくらが様子を見ながら話している途中で、夜空を旋回していた〈青髭〉の姿がふっとかき消える。一瞬だけ戸惑うものの、すぐに別の位置にパッと現れたので、
(ふむ、また空間転移か。あの魔法も連続使用できぬとはいえ、ソニックブラストと合わさると厄介だな。いきなり至近距離に転移されてぶっ放されたら終わる)
(だとすればなおさら、こちらの位置を気取られるわけにはいきませんね。しかしこれだと慎重に近づいても意味がないような。すぐ別の場所に移動しちゃいますし)
(いっそ動かないで待ち伏せしたほうがいいんじゃないの? で、近くにパッと現れたら、見つかる前にティンカーベルをぶちかます)
(なるほど、早撃ち勝負ですか。茂みに隠れて狙撃できること、銃のほうがブレスよりも初動が速いことを考えると、圧倒的に有利な状況を作れますね。それでいきましょう)
珍しいことに、ぼくの提案した作戦が採用される。赤ずきんちゃんがよくできましたと頭をなでてくれたので、とても誇らしい気分になった。
(クソずきんが外したら全滅、というところに若干の不安が残るがの。絶好の位置に現れたとき以外は見送れよ。焦って中途半端な位置からぶっ放すのは、外れたときのことを考えると怖すぎる)
(だから誰にものを言っているのですか、あなたは)
親指姫さんの忠告にいらっとした表情を見せたあと、赤ずきんちゃんはティンカーベルを構える。間近に現れたら、即座にぶっ放せるように。
そしてしばし、場に静寂が流れる。
上空の〈青髭〉はぐるぐると旋回しつつ、時折ふっと姿を消し、そしてまったく別の位置に姿を現す。
それを何度も何度も繰り返している姿を、ぼくらはじっと見つめ続ける――冒険に出るときに聞いた『今回の獲物は根気が必要』という言葉が、思いもよらないかたちで現実になったらしい。
赤ずきんちゃんは狙いを定めたまま、微動だにしない。
恐ろしいまでの集中力と、驚異的なまでの持続力。
彼女の腕ならきっと大丈夫。ぼくはそう信じていた。
でも……旋回と空間転移を繰り返す〈青髭〉の姿にふと、言いようのない違和感を覚える。なにか大切なことを忘れているような気がして、赤ずきんちゃんに話しかけようか迷うものの、彼女の集中力を乱すのが怖くて、口を開くことができない。
そうこうしているうちに、巨大な青いシルエットが夜空にパッと現れる。
ぼくらの斜め前。近くもなければ遠くもない。
狙撃するなら絶好の位置に、ようやく獲物が転移してきたのだ。
「今だ! ぶっぱなせ!」
親指姫さんのかけ声とほぼ同時に、背中に乗った赤ずきんちゃんが動いた感触が伝わってくる。
だけどティンカーベルの銃口から閃光がほとばしる瞬間、夜空に浮かぶ〈青髭〉の姿がゆらめくのを見て、ぼくはようやく胸騒ぎの正体に気づいた。
それは〝幻覚攻撃に耐性のある〟銀狼だからこそ、事前に察知できた違和感――。
「待って赤ずきんちゃん!! あれは本物じゃない!!」
「な……なんですって!?」
だけど遅かった。
神速の一撃が、なにもない夜空を突き抜けていく。
ソニックブラストに空間転移、まさに真龍というべき恐るべき力。
だけどそれ以前にあいつは〈青い鳥〉なのだから、当然のように厄介な幻術も使ってくるはずなのだ。ティンカーベルの閃光から――ぼくらの居場所を割りだすために。
次の瞬間、まったく別の方向から大地を割るような轟音が響いてくる。
ぼくらは慌ててバッと振り返るけど、もう間に合わないことはわかりきっていた。




