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2-29 我らがケンカを売ったのはもっとずっと、凶悪な存在なのだから。

 ぼくらはひとまず、事前に決めておいた親指姫さんとの合流ポイントに向かう。

 沼地エリアの、ザックやティンカーベルを保管した木の洞があるところ。

 料理店から逃げだしたとき、薬草で手当してもらったキャンプ地でもある。


「あの程度の相手なら三人いようが余裕でぶちのめすでしょう」という赤ずきんちゃんの言葉どおり、目的の場所にたどりつくと黒甲冑のカブトムシさんが腕を組んで待っていた。

 

「おお、魔物に取り憑かれた間抜けの顔が見えるのう。どうやら首尾よくいったみたいだな、ワンちゃんよ。使えないご主人さまを持つと苦労するなあ」

「ええと……今回はほんとありがとうございます。ほかの冒険者たちの相手をしてもらえて助かりました。ぼくだけじゃ絶対に無理だったと思うし」


 ぼくはそう言ってから、赤ずきんちゃんの顔色をうかがう。

 出会ってそうそう皮肉をぶちかまされたので、ムカっとしているみたいだ。わかりやすく眉間にしわを寄せて、舌打ちなんてしていらっしゃる。

 だけど手助けしてもらったからには感謝するべきだし、油断して魔物に操られていたことだって事実なのだから、文句を言い返してやることもできない。

 彼女はおさげ頭をぐしゃぐしゃにかき回したあと、しぼりだすような声でこう言った。


「わたしからも最大級の感謝を、メグ。あなたのように優秀な冒険者をほかに知りません。今日受けたご恩はいつか返しますから、これからもお友だちでいてくださいね」

「それだけか? 七人の幼き勇者たちが伝えた奥ゆかしき感謝の儀式、土下座は?」

「ぐぬぬぬ……」


 うっかりすると決闘の火種になりそうだから、ぼくが「まあまあ」と仲裁に入る。

 赤ずきんちゃんも心の中ではちゃんと感謝していたみたいだし、親指姫さんもたっぷり皮肉が言えて満足したのかもしれない。

 思いのほかあっさりと、ふたりは引きさがってくれた。

  場が落ちついたところで、ぼくは親指姫さんにたずねる。


「そっちもうまくいったみたいだね」

「まあな。ちょいと転がしたあと、死ぬほど苦い薬を飲まして正気に戻してやったわ。しかしかなり衰弱しておったから、介抱したあとは安静にさせておる」


 彼女はそう言って、黒光りする小手を茂みの奥に向ける。

 暗がりに目をこらすと、藁で作った簡易ベッドに三人の冒険者たちが寝かされていた。


「よかった……。殺しちゃったのかなと思って心配していたんだよね。あの鳥に操られていたとはいえ気さくな人たちだったし、無事だとわかって安心したよ」

「デュフフ。ワンちゃんは優しいの。あんなやつら余裕だし、手加減くらいしちゃるわ」

「でもそのわりにダメージを負っていますわね。そう言いつつ実は苦戦したのでは?」


 皮肉を言われたときの反撃をしたいのか、そこで赤ずきんちゃんが茶々を入れてくる。

 言われてみれば親指姫さんの黒甲冑はところどころ傷やヘコみがあり、死闘を繰り広げた痕跡が刻まれている。さすがに三人を一手に引き受けるのは大変だったみたいだ。

 ところが、


「ちゃうねん。これは〈青い鳥(ブルー・グレイス)〉にやられたのだ」

「どゆこと? まさか、ぼくらのとこから逃げだしたあとこっちにきたわけ?」

「うむ。ふらふらしながら飛んできおったので、これはチャンス! と思って不意打ちを食らわせてやったわ。しかし途中まではよかったのだが、結局とどめをさせなかった」

「あら、メグが仕留め損なうなんて珍しい。幻覚にでも引っかかったのかしら」

「そのほうがよっぽどマシだったろうな……。厄介なことになったものだ」


 親指姫さんが憎々しげにそう呟いたので、ぼくは嫌な予感を抱く。

 幻覚攻撃は対策さえすれば防げるだろうし、てっきりぶちのめすのは余裕だと思っていたのだけど……もしかすると〈青い鳥〉はまだ、強力な切り札でも持っているのだろうか。


「あの鳥は過去の文献にすらろくに記載されていない、希少な魔物だ。幸福を招くとかいう曖昧な情報ばかりで、その生態はほとんど明かされていない。しかしあれほど厄介な能力を持つというのに、これまで見逃されてきたというのは不自然ではないか」

「わたしもマロックから話を聞いて、すこし違和感を覚えました。冒険者や魔法使いというのは常に抜けめなく、危険な魔物を調査していますからね」

「では、なぜか。答えは簡単だ。……そもそも幸福を招く〈青い鳥〉なんて魔物は存在していない。我らがケンカを売ったのはもっとずっと、凶悪な存在なのだから」


 親指姫さんの言葉を聞いて、ぼくと赤ずきんちゃんは顔を見合わせる。

 彼女はいったい、なにを言っているのか。



 ◇



 見ればわかる。

 そう言われたので、ぼくらは再びミチルさんの料理店にやってきた。

 逃げだした〈青い鳥〉はきっと、自分の住処に戻ってきているはず――そう予想していたのだけど、いざ足を踏みいれてみると予想外の光景が待ち受けていた。

 建物のうえ。

 赤いレンガ作りの屋根に寝そべって身体を休めている、驚くほど巨大な影。

 その異様な姿を見て、赤ずきんちゃんがいぶかしげに呟いた。

  

「……なんですか、あれ」

「見た感じドラゴンかな、しかもめちゃくちゃ強そう。もしかしてあのチキン野郎、弱ってるところをほかの魔物に食べられちゃったのかな」


 ぼくがそう言うと、親指姫さんが静かに首を振る。

 そして畏怖のこもった声で、こう話した。


「進化、という言葉を知っているか。環境の変化や邪悪な魔力の影響で、魔物が姿を大きく変える現象のことだ。お前らが見ているのはまさにそれ、しかもとびきり強力なやつな」


 ぼくはもう一度、屋根に乗っているドラゴンを見る。

 トカゲというよりはワニ、あるいは嘴の生えた鷲みたいな顔に、異様に長い髭を垂らしている。全身はサファイアのように青くきらめく羽毛に包まれていて、絵画に登場する神話級の魔物めいた貫禄があった。

 ん……? 待って。

 長いヒゲと青い羽毛。

 それに進化という言葉を結びつけて、ぼくはひとつの答えを得る。


「まさか、あれがピーちゃんなの?」

「なるほど。わたしたちに追いつめられた結果、急激に成長してしまったわけですね。鳥類は真龍から枝分かれした種族ですから、逆に先祖返りを果たすことだってあるかもしれませんし。でもあの姿、どこかで見たことがあるような……」

「そりゃそうだろう。魔物図鑑を開けば、最初のほうにでかでかと載っておるからな。まったく、幸福が転じて厄災に成るとは皮肉な話があったものだな」


 赤ずきんちゃんの言葉に呆れたように鼻を鳴らしたあと、親指姫さんはこう呟いた。


「いわば〈青い鳥〉とは幼体にすぎぬ。今我らの目の前におるのは、ネバー・ネバーの歴史上、もっとも甚大な被害を招いた最強最悪の真龍ウィルムだ」


 その言葉を聞いて、ぼくは理解する。

 死後も転生を繰り返す不滅の存在。周囲に混沌の波動をまき散らす厄災の権化。

 すなわち〈蒼天の暴君(シャフリヤール)〉が――現世に再臨を果たしたのだ、と。

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