2-27 とっておきのやつがあるから覚悟しとけよ。もうすぐ地獄にご招待さ。
命からがら逃げのびたぼくは、再び沼地エリアに舞い戻っていた。
赤ずきんちゃんが連発した爆裂魔法のせいで身体のあちこちに火傷を負い、自慢のふさふさ尻尾は無残にも焼け焦げて、嫌な匂いを放っている。
ぼくは真っ黒な鼻をひくひくとさせながら、ほっと息を吐く。
危ないときは何度もあったし、ミートパイにならずにすんだことが信じられない。天国のパパが助けてくれたのかな。それとも、赤ずきんちゃんのおばあさまか。
(さてさて、あちらの様子はどうかな)
息を潜めてじっとしていると、頭に鳥を乗っけた青ずきんちゃんが茂みをかきわけて歩いてくる。キョロキョロと見まわしているけど、今のところ気づかれた気配はない。
幸いにも今日は曇り空で月明かりがなく、沼地エリアは漆黒の闇に包まれている。
背の高い樹木があちこちに生えていて遮蔽物が多いし、ほかにも魔物がいっぱい潜んでいるから、驚異的な察知能力を持つ彼女も、ぼくがどこにいるのかわからないみたいだった。
『クソクソクソ、どこに潜んでいるのだあの狼っ!』
「汚い言葉を使ってはいけませんよ、おばあさま。ていうかずっと気になっていたのですけど、妙に声が低くないですか? なんだか変な感じがいたします」
『か、風邪が流行っているからねえ……ゴホゴホゴホ』
「そういえばわたしも、まるで頭に鳥でも乗っけているのではないかと思うほど頭が痛いですね。もしかしておうちで休んでいたほうがよかったのかしら」
なんて間の抜けた会話をしながら、青ずきんちゃんは沼地エリアを進んでいく。
おかげで立ち位置が逆転、ぼくがうしろからついていく格好になる。
(頭のうえでピヨピヨわめくから彼女もそっちに気を取られちゃうし、ぼくは息を潜めているだけで見つからずにすみそうだな。もしかしてあの鳥……バカなんじゃないの?)
その場でしばらく会話に耳を澄ませていると、〈青い鳥〉はほかにも失敗を重ねていたことがわかった。というのも、
『ご託はいいから魔法をぶっ放せ! 周囲一帯を焦土に変えてあぶりだすのだ!』
「無理ですってば。わたしもう、魔力がなくなりそうですし」
『な、なんだと……。これだから人間というやつはっ!!』
あはは。間抜けだなあ。
爆裂魔法は彼女の切り札、当然のように魔力の消費が大きい。
なにも考えずに連発していればすぐに使えなくなるし、今回の冒険用に持ってきたマジックポーションはザックの中。
木の洞まで取りにいくほど考えがまわるとは思えないので、ひとまずミートパイにされる心配はなくなったとみてよさそうだ。
(頭に鳥を乗っけてるのを見たときはヤバいと思ったけど……ぜんぶが悪い流れに進んでいるわけじゃなさそうだな。魔物の言葉に従っているだけだから、正気のときの赤ずきんちゃんを相手にするのと比べたら全然ツメが甘いや)
彼女の恐ろしさは、魔法の技術や達人級の武芸だけじゃない。
卓越した観察眼と分析力、的確に弱点を狙う戦闘センス、とっさの閃き。
創意工夫があってこその、最強の冒険者。逆に言うなら立ち回りが悪ければ、せっかくの能力をほとんど活かすことができない。
(あの鳥は狩りの作法をまるで知らないみたいだし、これなら勝機もありそうだ。君が教えてくれたことをぜんぶ使って倒してみせるから……よおく見ていてね、赤ずきんちゃん)
心の中で彼女にそう告げると、ぼくはすぐさま行動を開始する。
◇
頭脳担当がおバカな鳥とはいえ、青ずきんちゃんが達人級の武芸をくりだす強敵なことに変わりはない。
爆裂魔法をぶっ放していたときは手ぶらだったけど、今の彼女は右手にミスリル銀のメイス、左手に円月輪という超攻撃スタイルだ。
(円月輪は要注意だな。どこから飛んでくるかわからないし、伝説級の武器だからバターみたいに寸断されちゃう。……だけどメイスの攻撃もヤバいんだよなあ。本気を出すと腕が百本くらいに見えるときがあるし)
一瞬の判断ミスでスライスハムかハンバーグ。
そう思うと恐ろしくて震えてきちゃうけど、覚悟を決めたからにはやるっきゃない。
緑の匂いが充満する闇の中、ぼくは戦う相手であり救う相手でもある小さな背中をじっと見すえたあと、ぬかるんだ地面をばしゃばしゃと音を立てて突き進む。
あえて敵に――自分の居場所を知らせるように。
「見つけました。低地エリアのほうに向かって走っているみたいです」
『なんだと……!? 臆病な狼め、このまま密林から逃げるつもりか!! 王都に援軍を呼ばれたら面倒だ。必ず始末せよ、我が下僕!!』
青ずきんちゃんたちの会話をぐんぐん引き離して、ぼくは左右に蛇行しつつ茂みの中を疾駆する。
すると案の定ひゅっと鋭い音を立てて、黄金色に煌めく物体が真横をかすめた。
(うわ、円月輪っ! こんなに暗くて距離があるってのに、バカみたいに狙いが正確だなあ。まっすぐ走ってたらお腹の中身をぶちまけていたかも……危ない危ない)
足場が悪い沼地、しかも狼であるぼくのほうが絶対に速いはずなのに、青ずきんちゃんはぐんぐんと距離をつめてくる。
そうこうしているうちに再び円月輪が迫ってきて、ぼくはすんでのところで回避する。
(でも、もうすぐだ! あとちょっとで目的の場所にたどり着く!)
円月輪は一度投げたら、手元に戻ってくるまで時間がかかる。今のうちに距離を離そうと、大地を踏みしめて一気に加速する。
やがて沼地エリアを越え、低地エリアに足を踏みいれる。
周囲を見まわして目的の場所にたどりついたことを理解したぼくは、茂みの中にさっと身を隠し、青ずきんちゃんを迎え撃つ準備をはじめる。
ほどなくして、おなじみの可愛らしい声が暗がりの先から響いてきた。
「あーん、また見失っちゃいました。もう疲れましたし、諦めて帰りません?」
『バカを言うな、なんとしてでも探しだせ! きっとこの辺りに潜んでいるはずだ!』
「でも狼くん可愛かったし、退治するのも気が進まないのですよねえ」
『ぐぬぬ……。まだ完全に取りこまれぬとは、しぶとい娘め』
頭の鳥がそう言った直後、青ずきんちゃんの首がかくんと傾く。
おかげで一瞬ぎょっとしたものの、すぐさま口から「ぐがーっ!」といびきが聞こえてきたので、単に寝ているだけなのだとわかった。
どうやら言動の読めない彼女を眠らせて、身体の支配権を完全に奪ったらしい。邪悪な魔物との一騎打ちになったところで、戦う覚悟を決めたぼくは声をかける。
「そろそろ我慢の限界だし、赤ずきんちゃんを返してもらうよ。彼女の頭は、お前みたいなクソ鳥の巣箱じゃないからね」
『……むざむざ姿を現したのか、愚かな狼め』
茂みの中から出てきたぼくに気づいて、青ずきんちゃんの顔がぐりんと振り返る。
その姿はまるで操り人形。
だけど〈青い鳥〉だけが相手なら、ぼくの作戦が見破られる心配はないはずだ。
「じゃあさっさとはじめようか。狩りの作法ってやつを教えてやるよ」
『ならば、飼い主の手にかかって死ぬがいい!!』
威勢のいい男の声とともに、青ずきんちゃんがくるくると宙を舞う。
邪悪な魔物に身体を支配されているとはいえ、達人級の武芸は健在だ。嵐のように苛烈なメイスの連撃が、ぼくの頭上に降りそそいでくる。
「うわ、うわ、うわっ!」
『フハハハ!! もはや逃げ場はないぞ、狼!!』
やっぱり強い。強すぎる。
鋭いメイスの一撃をどうにか避けたと思ったら、時間差で円月輪が飛んでくる。動作のひとつひとつに一切の無駄がなくて、こちらから攻撃を仕掛ける暇がない。
おかげでぶちのめされないようにするだけで精一杯……どころか完全に避けることができず、ぼくはズタボロになりながら、茂みの奥へ奥へと追いつめられていく。
戦いがはじまってからほんのわずかな時間。
だというのにもう大ピンチ。
円月輪で受けたかすり傷からじわじわと鮮血がにじんでいるし、メイスで何度も打ちつけられたから、身体を動かすたびに中の骨や内臓が悲鳴をあげてくる。
それでもなんとか距離をとったあと、ぼくはぜえぜえと息を吐いて呟いた。
「嘘でしょ……。もうちょっと粘れるかと思ってたのに。こんなの絶対に勝ちめがないし、やっぱり逃げたほうが得策かなあ……」
するとぼくの言葉を聞いて、青ずきんちゃんの頭に乗った鳥がこう返してくる。
『侮るなよ、狼。貴様が罠を仕掛けたことくらい気づいている』
「げ……マジかよ」
『茂みの間から縄が見えていたからな。ミチルがそういう細工をしていたことがあるから知っている。足に引っかけて小型の魔物や動物を生け捕りにする、単純なやつだ』
困ったことにあらかじめ仕組んでおいた小細工は、あっさりと見破られてしまった。
狩りの作法を知らなさそうな〈青い鳥〉が、元冒険者のミチルさんから知識を得ていたのは計算外。
ぼくは人間じゃないから複雑な細工はできないし、時間もなかったから作りがずさん。だから罠としてみると、すぐに見破られるほどお粗末な代物だったのかもしれない。
アハハと引きつった笑いを浮かべるぼくを見て、邪悪な魔物が冷酷に問う。
『で、どうするつもりだ。ほかに策は?』
「とっておきのやつがあるから覚悟しとけよ。もうすぐ地獄にご招待さ」
ぼくが強がってそう言った直後、青ずきんちゃんは再びメイスを構える。
そしてぼくのちょうど真後ろ、うっそうと茂る草木の間から見える縄を一瞥し、頭上の鳥が嘲笑まじりに囀った。
『残念だったな。地獄に行くのはお前だけだ……ピヨピヨピヨ』
ぼくは観念したように、その場でじっと動かない。
そして青ずきんちゃんが一気に距離を詰めてくる中――さきっちょが丸く結ばれた縄の先に、ひょいと前足を引っかける。
「いいや、お前もみちづれさ。だってこれ、魔物を生け捕りにする罠なんかじゃないんだから」
『――なぬ!?』
自ら罠にかかったぼくを見て、間抜けな鳥が驚愕の声を漏らす。
彼女を操っていい気になっているだけの〈青い鳥〉は、ぼくが罠を仕掛けたものだと思いこんだきり、それ以外の可能性があることまで頭がまわらなかったらしい。
縄の先になにが結ばれているのか――赤ずきんちゃんが相手だったら、そこまで考えて警戒したはずだ。
「実は茂みの先、マンドラゴラの生息地でさ。……赤ずきんちゃんならもうわかるよね? これがワンちゃんを使った、伝統的な採取方法だってこと」
彼女は意識を失っていたし、ぼくの声はすぐにかき消されてしまったから、その言葉が耳に届くことはなかったと思う。
だけど玉砕上等の作戦は、君の共感をきっと得られるはずだ。
直後、マンドラゴラの凄まじい絶叫が周囲一帯に響きわたる。
耳にしたものに強烈なショックを与える――即死級の呪詛攻撃だ。




