2-21 赤ずきんちゃん、いびきがうるさいんだよなあ……。
ぼくを強くしてくれる魔物めしではなかったけど、ミチルさんの料理は文句なしに美味しかった。
高地エリアに生息している野鳥のトマト煮込み、ナッツ系の木の実を生地に混ぜこんだ固めのパン。お庭で採れた野菜を使ったサラダ、それに茸とひき肉入りのオムレツ。
どれも素朴な具材だけど、ひとつひとつが丁寧に下ごしらえされていて、ごまかしが効かない料理なぶんミチルさんの腕が優れていることがよくわかった。
鳥料理が多めなのはちょっと気になるけど。
ピーちゃんも肉をバクバクつまんでいるし。
隣の赤ずきんちゃんも、完成度の高いお味にご満悦の表情。おばあさまによく似ているというミチルさんの登場で、横暴だった態度もどこへやら、
「うふふ。素敵なお店に美味しい料理。たまには殺伐とした世界を離れて、こうして穏やかに過ごすのも悪くないかもしれません。あるいはこれが本当の幸福……?」
「そう言ってもらえると嬉しいわあ。お料理はまだまだありますから、おかわりが欲しいときは遠慮なく言ってくださいねえ。たあんと食べて、大きくおなり」
「はあい! ミチルさん!」
「普段がどんな感じか知ってるだけに、いよいよ頭がおかしくなったのかな? って疑いそうになるよ。ていうか赤ずきんちゃんの邪悪じゃない笑顔、ひさしぶりに見たような」
「なにやら幻聴が聞こえてきましたね。悪い妖精がどこかに潜んでいるのかも」
「痛い痛い痛いっ……!! 尻尾を踏むのはやめてえ!!」
床のうえで料理をがっついていたぼくが悲鳴をあげると、頭のうえにピーちゃんが乗っかってきて「ピヨピヨピヨ」と小馬鹿にするように鳴き声をあげる。
……なにげに性格悪そうだなあ、この鳥。
可愛いのは可愛いのだけど、妙にあざといからムカついてきたよ。
そんなこんなでテーブルに並んだ料理を食べきったぼくらは、気さくなお兄さんのお仲間も交えて、みんなで踊ったり歌ったりして、賑やかに過ごすことにした。
やがて日が暮れてくると、ミチルさんが孫に話すような優しい声で、
「今日は泊まっておいきなさい。美味しい朝ご飯も作ってあげますし、お代は庭仕事を手伝ったり、高地エリアで食材を集めてきてくだされば十分ですから」
「じゃあお言葉に甘えようかしら。……マロックもそれでいいですよね?」
「うん。なんだかんだで赤ずきんちゃんも満足したみたいだし、目的の魔物めしは明日あたり花竜を狩ればいいんじゃないかな。さすがにもうピーちゃんとは戦えないでしょ」
ぼくがそう言うと、赤ずきんちゃんは面白い冗談を聞いたような顔でコロコロと笑う。
これでピーちゃんを仕留める気があったら、超ヤバいやつだよね。
◇
で、夜。
赤ずきんちゃんと同じベッドで休むことになったので、めちゃくちゃ嬉しかった。
彼女はぼくの身体を枕みたいに抱えながら、まどろんだ声で、
「今日はひさびさに昔のことを思いだしました。幼いころはおばあさまもあんなふうに、わたしのために素朴な料理を作ってくれたものです」
「魔物を狩って肉を丸かじり! とか、高級な食材と手間暇かけた調理で豪華に! みたいなのもいいけど、たまにはあんな感じの家庭料理も悪くないよね」
「そうですねえ。あるいは真の幸福というものは身近なところにあるのかも。だとすればわたしが作る究極の魔物めしも、レシピの構想を一からあらためなければ……」
「え、結局そこに戻ってくるの。でも君が楽しそうだと、ぼくも嬉しいかな。赤ずきんちゃんて、本当におばあさまのことが好きだったんだろうなあって思ったし」
ぼくがそう言うと、彼女はふふっと笑う。
吐息が背中にかかってきて、やけにくすぐったかった。
「でもこんなこと言うとあれだけどさ、ちょっと考えちゃうんだよね。ぼくのパパが赤ずきんちゃんのおばあさまを食べなかったら、君はもっと幸せになれたのかなって」
過去は変えられない。だけどもし、そういう世界があったなら。
赤ずきんちゃんは今日笑っていたみたいに普通の女の子で、殺伐とした狩りの世界で生きることもなく、毎日おばあさまと楽しく過ごしていたはずだ。
そしたら君は冒険者にならなかったはずだし、あのときぼくを拾うことだってないかもしれない。
だとしても――赤ずきんちゃんがもし、今より幸福になれるのなら、
「ぼくは……」
「すーぴーすぴー。ぐがっ!」
あ、寝てるわこれ。そんなことだろうとは思っていたけど。
ていうか赤ずきんちゃん、いびきがうるさいんだよなあ……。
◇
いつの間にかぼくも眠っていたみたいで、部屋のドアがぱたりと閉まる音で目を覚ました。
見ればベッドに赤ずきんちゃんの姿がなくて、
「……ああ、トイレに行ったのかな。ミチルさんの料理いっぱい食べたから、ぼくもうんこしたくなってきたよ。でもいっしょに行くと赤ずきんちゃん、いやがるんだよなあ」
ひとりごとをむにゃむにゃ呟いたあと、彼女が戻ってきてから入れ替わりで用を足しにいこうと考える。
ぼくは野蛮などーぶつや魔物とちがって紳士的な狼だから、きちんとトイレを使うのさ。たまに本能が蘇って、柱とかにマーキングしたくなるけど。
ところが、いつまでたっても赤ずきんちゃんが戻ってこない。
ミスリル銀のメイスとバックラー、それにもしものとき用にザックから出して持ってきたティンカーベルも、壁に立てかけたままだ。
……なんだか嫌な予感がしてきたぞ。
ピーちゃんの〈穏やかな幸福〉とかいう魔除けのおかげで料理店周辺は危険がないらしいけど、どこまで信用できるかわからない。
ここは高地エリアのど真ん中なのだから、武器を持っていない彼女が魔物に襲われたら大変だ。
ちょっと様子を見てきたほうがいいかも。
そう思ってベッドから起きあがったところ、
「ひっ!」
異変に気づいて、ぼくは悲鳴をあげる。
赤ずきんちゃんの心配をしている場合じゃない。
部屋の隅、なにもないところにぼーっと怪しげな光が漂っている。
嫌だなあ~怖いなあ~と思いつつじっと見つめてみると、青白く光る半透明のおっさんがいた。
やばい。オバケ。アンデッド。ゴースト。無理無理無理。
『ふひひひ。俺が見えるのかい、狼くん』
「いえいえいえいえ、見えてません見えてません。ぼくなんも見えてませんよ」
しかも話しかけてきた。
で、うっかり返事しちゃった。
待って。赤ずきんちゃん助けて。ぼくオバケって苦手。だって怖いじゃん。
『魔物ってのが引っかかるが……ちょうどいいや。お前さん、俺の話を聞いてくれや』
「ぎゃああ! こないでええ!」
たまらず叫ぶものの、そこで急に身体の自由が効かなくなった。
幽霊のおっさんがニタニタ笑いながらそばに寄ってきて、ガチガチに固まってるぼくの隣に腰をおろす。
半透明で見えにくいけどそれなりに歳を食っていて、体格がいいのと顔に傷がいっぱいついていることからして、冒険者の幽霊かも。
ミチルさんのお店、料理は美味しいし実質タダで泊めてくれたけど、まさか幽霊が住み着いていたとは。
ていうかいわくつきの部屋をぼくたちにあてがわないでよ。
『怯えるな。お前さんに危害を加えるつもりはねえし、むしろ俺の話を聞いておいたほうが身のためだぞ。あのお嬢ちゃんがどうなってもいいのか?』
「んな……っ! 赤ずきんちゃんになにかするつもりなの!? だったら許さないぞ!」
勇気を出してそう息巻くと、幽霊のおっさんは『どうどうどう』とぼくを落ちつかせようとする。
『だから危害を加えるつもりはねえって言っているだろ。俺はチルチル、昼間に昔の話を聞いていたみたいだからわかるだろ』
「え、じゃあミチルさんのお兄さんなの? 元クズ冒険者の片割れ」
『ひひひ。まあそういうこった。昔はいろいろな悪さをしたもんだが……今はこのとおり、ただのさまよえる魂さ。専門的な言葉を使うと、残留思念ってやつだな』
「つまりゴーストだよね。病気で死んだって聞いたけど、現世に未練でもあるわけ?」
『あるっちゃある。引退後は店を開いてスローライフを満喫しようと思ってたのに、あいつに取り憑かれたせいでこの有様だ。ミチルだってもう限界だろうし、せめて一矢報いたいところさな』
「なんの話……?」
幽霊のおっさんもといチルチルさん、死んでいるわりに陽気なのでぼくも普通に話をしてしまう。だけど肝心の内容がよくわからないというか、いまいち要領を得ない感じだ。
すると彼は呆れたように肩をすくめて、
『おいおい、沼地エリアを抜けてきたにしちゃあ緊張感が足らねえな。すっかり騙されているじゃねえか。いや、俺たちもしてやられたわけだから他人のことは言えねえけども』
「あのー、すみません。ぼくにもわかるように説明してほしいんだけど」
『察しの悪いやつだなあ。狼だから頭が足りてねえのか。俺は病気で死んだわけじゃねえ、殺されたのさ。チルチルミチルもびっくりの、超がつくほどの悪党にな』
「ええ……!? 誰……!?」
ぼくが聞き返すと、チルチルさんの幽霊は驚くべき事実を告げた。
『そりゃもちろん、ピーちゃんしかいねえだろうよ。あいつは幸福なんて運んできやしねえ。憑りついたやつの精気を根こそぎ奪う、正真正銘の邪悪な魔物さ』




