2-16 たぶん赤ずきんちゃんが全面的に悪いんだと思うけど。
親指姫さんに戦う意志はないと判断して、ぼくはすこし離れたところにいる赤ずきんちゃんのそばまで近づいていく。
会話を聞くかぎり旧知の仲っぽいけど、ふたりはいったいどういう関係なのだろう。
豆粒ほどの背丈しかない親指姫さんは、装甲の胸元から出てきた当初は妖精みたいに宙をふわふわと漂ってきたけど、今は停止した甲冑が広げた手のひらのうえに佇んでいる。
小さいから目を凝らしてみないとわからないものの、髪は赤ずきんちゃんと同じ金色、王都の女学生みたいに真横でふたつに結んでいて、なかなか可愛らしい顔立ちをしている。
鮮やかなエメラルドグリーンのドレスに身を包んでいるからすぐ見つけられるとはいえ、もっと地味な服装だったら小バエかなにかと間違えてしまいかねない。
「はじめまして、ぼくはマロック。言葉を喋る狼だからすぐにわかると思うけど、銀狼という魔物だよ。でも相棒の赤ずきんちゃんと比べたら邪悪じゃないから安心してね」
「なんですか、その自己紹介」
「ふうむ、これほど礼儀正しい魔物も珍しいな。お前、今の待遇に不満はないか? ご主人さまにイジワルされていないか? こいつ性格クソだから面倒見るのは大変じゃろう」
「まあ……たまにしんどいときはあるかも。ぼくはペットじゃなくて相棒なんだし、もうちょっと優しくしてくれてもいいんじゃないかなあ? みたいな」
「マジな感じの相談はやめてください!! わたし、いつも優しいですよね?!」
赤ずきんちゃんが慌ててそう言ったところで、ひとまず自己紹介を終わりにする。
ふたりとも気が強そうだし、放っておくとまた決闘がはじまってしまいそう。
ここは性根の穏やかなぼくが、仲裁に入ったほうがよいはずだ。
「で、親指姫さんとはどういう関係なの?」
「猟師さんのもとで修行していたころ、わたしは魔法の基礎を習うために、一時期だけ王都の学園に留学していたのです。メグはそのときに親しくさせていただいたご学友です」
「赤ずきんちゃんの友だちってこと?? ほかの人に見えないやつじゃなくて??」
「どういう意味ですか、それ……。わたしにだって一応、同年代の友人はいますよ。いやほんと、めっちゃ少ないとはいえ」
ところがそこで、親指姫さんがピシャリとこう言った。
「こんなやつ、友だちではない。昔からいけ好かないやつだったしのう」
「えええー……。ていうかメグはどうして、わたしをそこまで恨んでいるのですか。学園にいたころはコンビを組んで、スケベな教師をボコボコにしたり、高慢ちきなお嬢さまのプライドをへし折って改心させたりしたじゃないですか!」
「やっぱりロクでもないことやってたんだなあ。赤ずきんちゃんらしくて安心するよ」
それはさておき、友だちだと思っていた相手に恨まれていた事実を知って、赤ずきんちゃんは珍しくショックを受けているみたいだった。
彼女は親指姫さんの姿をじっと見つめて、
「それになにがあって、背丈がそんなにちぢんで……ぷぷっ! いえ、笑っては失礼ですね。学園にいたころはわたしより背が高くて胸も大き……ぶふぅ! カブトムシみたいなダサい甲冑から出てきたかと思ったら、バッタみたいにちっちゃなメグが……くぷぅ!!」
「君さあ、そういう反応するから友だちができないんじゃないの」
「絶対に許さぬ。すべて貴様のせいだというのに……」
「たぶん赤ずきんちゃんが全面的に悪いんだと思うけど、なにが起こって親指姫さんがそんな姿になったのか、詳しく教えてくれないかな」
ぼくはあくまで冷静に、親指姫さんにたずねる。
赤ずきんちゃんが横で「あなた、どっちの味方なんですか!?」と言ってくるけど今は無視。彼女が悪さをしたのは、日頃の行いから見てもほぼ間違いないだろうし。
すると親指姫さんは、静かに自分のことを語りはじめた。
「我は幼少のころから魔法の資質が抜きんでており、百年に一度の神童と称えられるほどだった。やがて成長し、由緒ある魔法学園の生徒になってからも成績は常に首位。このまま卒業すればエリート街道まっしぐら。しかし……道を踏み外してしまった。この赤ずきんが編入してきたせいで」
「待ってください。元々メグは腐敗した学園の体制に不満を抱えていて、心の底では暴れたがっていたのです。だからわたしはその、抑圧された感情を解放してあげただけで」
「完全に貴様、悪いお友だちだったろうがああ!! 学園に巣くう闇をふたりで成敗☆していったのだって、お前が大丈夫大丈夫バレないバレないって言うからなあ!? でもあとでめっちゃ怒られた!! パパにお尻ぺんぺんされたのだぞ!!」
困ったことにわずかな会話だけで、魔法学園時代の赤ずきんちゃんがどんだけ大暴れしたのか伝わってきてしまった。
ていうかあとで詳しく聞いてみたいよ、当時の話。
「おかげで我は見事にドロップアウト。煉獄の魔女の片割れとして教師や貴族どもに恐れられ、決まりかけていた縁談もお流れとなってしまった。幼いころからの夢――王侯貴族のボンボンのもとに嫁ぎ、こじゃれたテラスで優雅に茶をすするだけで絶対に働かないという人生プランをぶちこわしにされたのだ。メグちゃん家事とか絶対に無理だし、魔法と可愛さしか取り柄がないというのにだぞ。どうすんだこれ、どうすればいいのだ」
「……なんだろう。話の雲行きがどんどん怪しくなってきたような」
「しかも元凶のこいつは暴れるだけ暴れたあと、お別れの挨拶もなしに学園を去ったのだ。短期留学だしもう関係ねえしってか。こちとら卒業するまで籠の鳥だってのになあ。絶対に許さねえぞってなるじゃろ? せめて最後まで責任とれクソずきんと思った、マジで」
「あのときは猟師さんの冒険に急遽同行することになって、慌てて荷造りしたので……」
「お前そのあと、何度も王都に来てるじゃねえかああ!!」
置き去りにされた悪友の、魂の叫びが密林の迷宮に響いた。
ぼくは赤ずきんちゃんを見つめ、穏やかな声でこう言った。
「友だちは大切にしようね。少ないならなおさら」
「反省はしています。でも間が空くと挨拶に行くのめんどくなって、つい」
だからそういうところだってば、君。
しかし親指姫さんも赤ずきんちゃんに負けず劣らずダメな子みたいで、
「だから呪うことにしたのだ、こいつを」
「呪……? それは魔法で、赤ずきんちゃんをってこと?」
「うむ。こいつは背がちいさいのを気にしておったからのう、いっそ豆粒くらいにちぢんでしまえばいいと思ったのだ。だから我はその手の術式を必死に研究して、赤ずきんに呪詛をかけた。ちょうどいい具合に媒介となる髪の毛が寮内に残っておったしの」
「でもわたし、呪詛耐性ありますけど。マンドラゴラの叫び攻撃を何度も浴びる修行したので」
「そうなのだろうな。呪詛のたぐいは失敗したとき、効果が倍増されて術者のところに返ってくる。ゆえに強力であればあるほど、解呪が困難になってしまうのだ……」
ぼくはちょっと考えて、それからこう言った。
「つまり親指姫さんは、赤ずきんちゃんに背が小さくなる呪いをかけようとしたけど失敗して、逆にカウンター食らって自分が豆粒みたいにちいさくなったわけ?」
「厳密に言えばそうなる。人を呪わば穴二つ――幼き勇者たちが伝えた、天上の言葉にもそうあるように。見事に自滅したわけじゃな、我」
「すっげえ間抜けだ……。どこが神童なのかと思うくらいに……」
親指姫さんの説明が終わったあと、しばしの静寂が場におとずれる。
やがて赤ずきんちゃんが小首をかしげて、困惑まじりにこう呟いた。
「ていうかわたし、別になんも悪くないですよね??」
「そうだね……。恨まれる筋合いはあるかもだけど、親指姫さんが豆女になったのは完全に向こうの自業自得。すくなくとも命を狙われるほどの悪さはしてないかも」
全面的に赤ずきんちゃんが悪いと決めつけていただけに、ぼくもバツが悪くなってくる。
一方の親指姫さんは、極小サイズの身体をふんぞり返して堂々と告げた。
「でも我がひどいめにあったのは事実。自分が悪いと認めてしまうと怒りのやり場がなくなるので、ぜんぶ赤ずきんが悪いことにする。した。だから絶対に許さん」
……参ったなあ。
赤ずきんちゃんひとりでも振り回されて大変なのに、似たような女の子がもうひとり現れちゃったよ。
冒険者やってるひとって、ほんとにこんなヤバいやつばっかりなのかな。




