始まり
初投稿になります!
これから毎日2話更新していく予定です。
初心者で至らぬ点が多いかもしれませんが、よろしくお願いします!
世界は、二つに分かれている。
人間種と、ヴェイル種。
血に宿る感情を喰らって生きる種族それが、私たちだ。
人間の血は、ただの液体じゃない。
恐怖も、 怒りも、愛情も。すべてがそこに溶け込んでいる。
濃い感情ほど価値が高く、上質とされる。だからヴェイルは、 人間を必要とする。
かつては狩り、 奪い、 支配していた。
けれどそれは終わった。
今は共存。 都市は分けられ、血は供給され、捕食は管理されている。
表向きは。
実際には、 人間は私たちを恐れ、私たちは人間を見下している。
それでも、この関係は続いている。
続けるしかないからだ。
そして、ヴェイルの中にも階級がある。
血の質を見抜く力。 感情を読む精度。
どれだけ効率よく吸収できるか。
ヴェイルの強さは、 そこで決まる。
それがすべてだ。
私の家アルシェイド家は、 その頂点に君臨していた。
供給された血液を管理し、 選別し、 分配する。
ヴェイル社会の 食そのものを支配する家系。
誰もが羨み、 誰もが逆らえない、 特権階級。
その名を背負う者は、 生まれながらにして選ばれた側に立つ。
そして私は。ヴェルナ・アルシェイド。
本来なら、 その一員である……はずだった。
生まれたときから、 分かっていた。
兄のアルベルトと姉のレイナは、 完璧だった。
血の味を言い当て、 感情を読み取り、 効率よく吸収する。
教えられる前から、 それができた。
それに対して私は「また外れか」 幼い頃、 初めて供給血を口にしたとき。 父グライスはそう言った。
「味は?」
「……分かりません」
「感情は?」
「……何も」
そのときから、 すべてが始まった。
「本当に同じ血を引いているのかしら」
姉は呆れたように言い、
「才能がないってレベルじゃないな」
兄は興味なさげに言った。
それでも、 やめなかった。
訓練は誰よりもやった。
記録も、 知識も、 全部覚えた。
できることは、 全部やった。
結果は、 変わらなかった。
分からないものは、 分からないままだった。
そして気づけば。呼ばれなくなり、 教えられなくなり、 見られなくなった。
期待されないことに、 慣れていった。
それでも。
(……やらなきゃ)
やるしかなかった。
この家に生まれた以上
できないなんて、許されない。
だから今日。 私はここにいる。
ヴェルナ・アルシェイド、 十六歳アルシェイド家次女。
成人の日。
ヴェイルとして認められる日であり、
同時に価値を測られる日。
「ヴェルナ、 遅い」
低い声に、 思わず背筋が伸びる。
長いテーブル。 整えられた席。
兄と姉がすでに座っている。
視線が、 一斉にこちらへ向いた。
「……すみません」
小さく頭を下げて席に着く。
目の前には、 グラス。
深い赤色の液体が、 静かに揺れている。
高品質の供給血。
普段は手に入らない、 上位層だけのもの。
「今日は特別だ」
父が言う。
「味の違いくらいは、 分かるようになれ」
無言で頷く。
グラスを手に取る。
少しだけ、 ためらってから口をつけた。
喉を通る。
……やっぱり。
(わからない)何も。
ただの液体。 温度も、 重さも感じるのに。
味がない。
沈黙が落ちる。
「……どうだ」
父の声。
逃げ場はない。
「……わかりません」
正直に答える。
一瞬。 空気が凍った。
次の瞬間。
「ふふっ、 わからないですって」
姉が笑った。
「あり得ないな」
兄がため息をつく。
「このレベルの血液を飲んで、 わからない?本気で言ってるの?」
「……はい」
視線を逸らさず、 答える。 嘘はつけない。
分からないものは、 分からない。
ぱちん、 と音がした。
気づいたときには、 頬に痛みが走っていた。
「ふざけるな」
父の手が下ろされている。
「どれだけの価値があるものか、 分かっているのか」
「……分かりません」 静かに答える。
痛みはある。
でも、 それ以上に。胸の奥が、 じくじくと痛む。
何度も、 味わってきた痛みだ。
「期待するだけ無駄です父上、 そもそも、 こいつは向いていない」
兄が言う
「やめなさい」
姉が軽く制すが、 その声にも同意が滲んでいる。
「だが事実。 感情も読めない、 味も分からない。おまけに吸収効率も悪い。どうやって供給管理するつもりだ」
「……努力しています」
絞り出すように言う。
ずっと、 言い続けてきた言葉。
「結果が出てないって言ってるんだよ」
被せるように、 兄が言う。
言葉が、 刺さる。
「努力してる? それでこの程度?」
「……っ」
「俺たちは できる前提で育てられてるんだ。 できないなら意味がない」
正論。 だからこそ、 きつい。
「……私は」 言葉を探す。
何か、 言わなきゃ。ここで何も言えなかったら、 本当に「……やれます」 やっとのことで、 声を出す。
「ちゃんと、 やれます。 捕食も、 きっと…」
「 きっと?」
父が低く繰り返す。
その一言で、 すべてが終わった。
沈黙。 冷たい視線。
もう、 期待はされていない。
「……出て行け」
静かに言われた。
「この家に、 お前の居場所はない」
頭が、 真っ白になる。
でも、 不思議と涙は出なかった。
泣くことすら、 無駄だと知っているから。
「……分かりました」
立ち上がる。 誰も止めない。 視線も向けない。
それが、 すべてだった。
部屋を出る直前。
「一つだけ言っておく」
父の声が、 背中に落ちる。
「ヴェイルは、 喰らってこそ価値がある」
振り返らない。
「喰えないお前に、 価値はない」
知ってる。 そんなこと。
ずっと前から。
居場所がないヴェイルの末路は、 悲惨だ。
家を追われた時点で、 供給網からは外れる。
登録も、 管理も、 保護もすべて失う。
つまり。 人間の血を、 合法的に得る手段がなくなる。
それでも、 ヴェイルは血を必要とする。
摂取しなければ、 衰弱する。
力は落ち、 やがてはまともに動くことすらできなくなる。
だから、 選択肢は一つしかない。
違法捕食。
人間の領域に紛れ込み、 襲い、 奪う。
表には出ない、 もう一つの世界。
管理も、 ルールも、 倫理もない場所。
いわゆる、 裏だ。
(……知ってる)
知らないわけがない。
何度も、 資料として見てきた。
失敗例として、 教材として。
落ちた者たちの末路として。
だけど。 今の私は、 その側に立っている。
皮肉だった。
ほんの少し前まで、 私は管理する側だったのに。
与える側から、 奪う側へ。
それでも。
(……関係ない)
足を止める理由にはならない。
むしろ都合がいい。
違法捕食には、 リスクだけじゃない。
明確な利点がある。
直接、 捕食できること。
加工も調整もされていない、 生の感情。
恐怖、 焦燥、 絶望。
引き出せば引き出すほど、 血は濃くなる。
質が上がる。力になる。
供給血とは、 比べものにならないほどに。
強くなれる。
それは、 事実だ。
だからこそ。
多くのヴェイルが、 堕ちる。
知っていても、 やめられない。
分かっていても、 戻れない。
でも。
(……私は違う)
心の中で、 静かに否定する。
堕ちるためにやるんじゃない。
これは手段だ。
必要なことだから、 やるだけ。
それ以上でも、 それ以下でもない。
「……見返してやる」
小さく、 呟く。
誰もいない場所で。
誰にも届かない声で。
「必ず」
拳を、 強く握る。
痛みが走る。
でも、 その方がいい。
今、 自分がどこにいるのか、 はっきりするから。
認めさせる。
価値がないなんて、 言わせない。
私はヴェルナ・アルシェイドだ。
どんな手を使っても。
どれだけ汚れても。
強くなる。
それが、 証明になるなら。
やるしかない。
こうしてヴェルナの復讐劇が幕を開ける。




