第37話 私をスノボに連れてって④ 女装男子サタン
第37話 ④
再び響いた悲鳴に、一行は顔を見合わせた。
「……また?」
半ば呆れた声でそう言ったのはエアリスだった。
悲鳴の聞こえた奥様の部屋へ駆けつけると、そこには血を流して倒れている奥様と、腰を抜かして動けなくなっている中年女性スタッフの姿があった。
床には引きずられたような血痕。窓は割れ、吹雪が白い粉雪を室内に運び込んでいる。
「何かに襲われた形跡ですね」
レンが低く言う。
僧侶サマンサが、懐から謎の人形を取り出し、両手でかざした。
「地球人召喚―― モウリさんお願いします」
光の粒子が集まり、モウリさんが現れ、スキル : 現場再現を発動。奥様が倒れる直前の光景が立体映像として再現される。
そこには――異様に長い腕を持つ、猿のような影が映っていた。
「……やっぱり、イエティ?」
誰かが呟く。
影は奥様に襲いかかり、そのまま窓の外へと消えていった。
「お嬢様、蘇生をお願いできますか」
銀髪の美少女が軽く指を振ると、奥様は再び息を吹き返す。
「一体、この生物はどこへ……外に逃げたのか?」
レンが考え込んだ、その時だった。
「――それ、この人ですよ」
メイドが、料理担当の中年男性を指さした。
「……え?」
全員の視線が男に集まる。
男は一瞬だけ黙り込み、次の瞬間、乾いた笑いを漏らした。
「……なぜ、わかったのだ」
その身体が、ぐにゃりと歪む。
骨が軋み、皮膚が裂け、醜く、恐ろしい猿の化け物へと変貌する。
「潰れろ」
女神エアリスが一歩踏み出した。
次の瞬間、空気が爆ぜる音とともに、猿の化け物といえど存在する、大きな急所に鋭い蹴りが突き刺さる。
ぐしゃり――何かが潰れる嫌な音。
化け物は悲鳴を上げる間もなく崩れ落ち、即死した。その目には涙が見えた。
『キレイな、迷いのない一撃』
『ひいい、ヒュンってなった』
『ボクっ娘女神様は怒らせてはいけない』
レンも内股になり呆然としていた。
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蘇生された化け物は、観念したように自白を始めた。
自分は洋館の近くにある、隠されたダンジョンから来たこと。
獲物を求め、料理人に化けて潜んでいたこと。
「ふーん」
「へー」
「そうなんだ」
反応は驚くほど薄い。
「いや、これ大事件ですよね!?」
レンのツッコミだけが、虚しく響く。
「この猿の化け物は、どうしましょうか」
「そうね、エアリスもう一度お願いできる?」
猿の化け物は、逃げられても面倒なので、もう一度潰され、とりあえずコロちゃんしておくことにした。
今夜は時間も遅いため、その日は解散となった。
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翌朝。
一行は蘇生された化け物を連れ、例のダンジョンへ向かう。化け物はとても素直で従順だった。
そこには、まだ登録されていない未発見のダンジョンがあった。
「このスキー旅行に来る前に感じた不安は、これだったのか」
一行は注意深くダンジョンに侵入。
しばらく進むと、お約束の転移トラップ罠をレンが踏む。
足元が光り、転移の魔法陣が浮かび上がる。
「転移トラップです!」
「レジストしましょうか?」
メイドが言うが、
「まあ、行ってみましょうよ、そっちの方が早そうだし」
軽いノリで転移される一行。
転移先には、病的なほど白く、整った容姿、真っ赤な目をした吸血鬼が立っていた。
『あ、やっぱりいた』
『お約束の展開だよね』
『こいつもS級モンスターか?』
「おお……なんと美しい女性たちだ。さぞかし美味い血――」
言葉が途切れる。
銀髪の少女を見た瞬間、吸血鬼は顔色を失い、ガタガタと震え出した。
「ひ、ひいい……」
そして、ビクンビクンと体を震わせながら、突然壁に頭を打ち付け始める。
「生まれてきてすみません! 生まれてきてすみません!」
「ちょ、ちょっとあなた、落ち着いて!?」
『ワロタw』
『お嬢様に殺気でも放っていたら、護衛騎士団が飛んできてたぞ』
なんとか落ち着かせ、話を聞く。
彼は真祖の名を持つ吸血鬼。
かつて安倍晴明と戦い、敗れ、このダンジョンで千年以上もの間、力をためるために眠っていた存在だった。
「目覚めた今、再び京に攻め入り、人間共を根絶やしにする。それが吾輩に課せられた使命なのです……!」
誇らしげに語る吸血鬼に、サマンサが首を傾げる。
「人間を根絶やしにするって普通に無理ですよね?地球、というかニホンに攻め入るって、バカなんですか?すぐにコロちゃんされますよ?」
「なっ……小娘貴様!吾輩はこれでも、魔の世界では知らぬ者などいないほどの……」
女神こずえがドローンに指示すると、空中にスクリーンが展開される。
「ま、一度見た方が早いわね」
そこには、現代の地球、スキルを持つ人々、闘技場での人類の戦いの様子を収めた映像が映し出された。
「安倍晴明がいた時代って、人口はせいぜい600万人くらいじゃない?今、日本の人口は、世界中からの移住者が増えて、一億五千万近いわ。しかもほぼ全員スキル持ち」
「安倍晴明も実力者だったけど、今の地球には、そこら辺の道に、あんなのがゴロゴロいるわよ?あなたなんて、そこらのJKにやられちゃうかも?」
吸血鬼は、みるみる青ざめていく。
「一体、吾輩が眠っている間に、人間はどうなってしまったんです?しかし、教えてくれてありがとうございます。こんな魔境に攻め入ったら、命がいくつあっても足りませんよ」
感謝する吸血鬼。
「しかし女神様、それなら吾輩ら魔の者は、一体どうすれば良いのですか?生まれた時より、人間を滅ぼせと言われていて、これは種族の宿命なのだと」
女神こずえが真剣な眼差しで答える。
「そもそもそれを言い出したのは、いつ、誰?サタンとかじゃないと思うけど?」
「たしかにサタン様は全てを憎んでおられました。しかし私もなぜ人間を滅ぼすのか、実はよく分からないのです」
「サタンさん?ボクあの人のSNSフォローしてるよ?」
女神エアリスがスマホを見せる。
「上の方に言われて、一応あの人は監視対象でもあるんだけど、サタンさん、結構面白いから」
サタンのSNSには、この世の者とは思えない、絶世の美女がいた。
「なんと美しい女性だ、この鋭い、凛とした眼差し。まさに完成された大人の女性。美の到達点」
喉を鳴らす吸血鬼の真祖。
「これサタンさんですよ、サタンさんは、流行りの女装男子なんです」
「あの人、超美形でナルシストでしょ?女性から言い寄られ過ぎて、オンナは好きだけど、女は嫌いって聞いたわ」
「それで自分がオンナになろうと思ったんでしょうね」
ほげぇーっとひっくりかえる吸血鬼の真祖。
レンが真剣な眼差しで言う
「吸血鬼さん、こちらのお嬢様が人間界に来てから、世界は大きく変わったんです」
女神エアリスが続く。
「もう、魔の者とか、神とか人間とか、そんなのは些細な事になったんだ」
女神こずえも真剣な顔で。
「あなたは解放されたのよ、自由に生きていいの」
僧侶サマンサが語りかける。
「私も、勇者様やみんなが死んだ後、絶望しかなかった。毎日泣いた。邪神との戦いでも、何度も諦めかけた」
目に涙を浮かべるサマンサ。
「今は本当に信じられないくらい幸せ。あなたも幸せになれるわ」
崩れ落ちる吸血鬼の真祖。
その目は、じっとSNSの絶世の美女、女装男子サタン様を見つめている。
赤い目が、何かを決意した鋭い目に変わった。
「吾輩も、いえ、ワタシも綺麗になりたい!」
頬を染め、しかしはっきりと意志を口にする真祖。
『あーこれスイッチ入っちゃたね』
『そっちに目覚めたか』
『顔はキレイ系だし、似合いそうだよね』
『フヒヒ、こちらの世界にようこそ』
立ち上がる元吸血鬼の真祖。
「こんなところで、
血吸ってる場合じゃない!
ワタシ行かなきゃ」
お嬢様に深々と頭を下げる真祖。
「女になりたい?してあげる?」
「いえ、麗しきマイレディー。ワタシはオトコのまま、世界一のオンナになってみせます!それがワタシの矜恃」
真祖の覚悟を聞いたお嬢様が、
とても優しそうな笑顔を見せた。
「行ってらっしゃい」
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元吸血鬼の真祖だったオトコは、未来へ向かって駆けながら、遠い昔にライバルと呼んだ男を思い出していた。
安倍晴明よ、吾輩が、いえ、ワタシが唯一認めた漢よ。
今ならお前が、いえ、アナタが言ったことがわかるわ。
でもごめんなさい、ワタシは、新しい方法で人間を滅ぼすことにする。
全ての人間をワタシの魅力で虜にするの。
ワタシなる、世界一綺麗なオンナになってみせる!
かつて吸血鬼の真祖として、京の都を恐怖に陥れた男は、新たなる世界へ駆けて行った。
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