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一段目 「白猫のお茶会」


 迷うはずのない道に迷った久慈と佐久。


 その目の前に現れたのは一匹の白猫だった――――




 白猫は優雅に振り返る。



【あら、珍しい。人間のお客さんね】


 訂正しよう。俺たちの目の前に現れたのは、一匹の()()白猫だった。


「おい、久慈! なんだこれ!」


 佐久は喋る白猫を指差す。


「それは俺が聞きたい。そして佐久、お前は気持ち悪くはしゃぐな」



【こっちよ。付いてきなさい】


「案内人で白って言ったら兎だろう!? 可笑しいだろう」


 ツッコミどころが間違っているし、それを言ったら、俺たち二人も幼女じゃなきゃ可笑しいだろう。


「そのこだわりはなんなんだよ。可笑しいのはお前の頭だ。猫が喋ってることをツッコめ」


「そういえば、そうだな!」


 佐久は珍しく素直に俺の言うことに肯定して見せた。

 こいつもなんだかんだでこの異常事態に動揺しているのだろうか。


 そんな俺たちを白猫は猫の目を細めつつ、訝し気に見つめる。


【……あなたたち、変な人間ね】


 白猫の言葉に佐久は周囲をきょろきょろと見回す。

 そして俺を真っ直ぐに見つめてきた。

 

「おい、ここには変な人間がいるそうだ」


 だから、俺も真っ直ぐに佐久を見つめた。


「そうだな、佐久。お前は変な人間だよ」


【……変な人間の二人、早くついていらっしゃいな】


 俺たち二人が生産性の無いやり取りをしていると、あくまでも自分が常識人――もとい常識猫だとでも言いたげな視線を送りながら、白猫がくるりとこちらに背を向けて歩き出した。


「……喋る猫に変認定された。もう帰ってもいいですか」


 俺はこれが夢であればと願いながら、肩を落とす。


【帰れるならね。あたしに付いてこないと永遠にここを彷徨うことになるわよ】


 ――さらっと怖いこと言ったぞ、この猫。



「なるほどー。猫だからと言って語尾に『にゃん』とか付けないんだな」


 目の前のこの猫に命を握られていることも知らずに佐久は暢気だ。

 しかし、確かに慌てても焦っても悲嘆に暮れてもこの状況は変わらなそうだ。

 だから、俺は素直に感想を伝えた。


「『にゃん』とかお前の口からきくとマジ寒気すんな」


「しかし、この場合この猫は妖怪の猫又だろう。尾はテンプレ通りの『二尾』じゃあないんだな」


【妖怪だなんて失礼だにゃー。あたしは()()にゃ】


「おい、お前の所為で猫の神様のキャラが迷走しているぞ!」


「順応性が高いな。流石神様だ」


「お前の順応性も大概だからな」


【五月蠅い子供たちねえ】


「あ、喋り方が戻った」


【普段しないことをするのは疲れるし、面倒くさいのよ】


「神様ってそんなもんだよな」


 俺は呟く。


【あら、まるで神様に会ったことがあるような言い方をするのね】


「ああ、まあ昔ちょっと?」


【うん、確かにあたしたちと似た匂いがするわね】


 喋る白猫改め、猫神様は俺の足元に擦り寄って、くんかくんかと匂いを嗅いでくる。


「え、ちょっと嗅がないでくださいよ」


【別に減るもんじゃにゃいにゃー】


 そう言いながら、俺の肩を経由して頭の上に乗ってくる。

 なんだかちょっと香ばしい匂いがしてくる。


「え、ちょっと乗らないでくださいよ。あと都合がいい時だけ猫言葉つかおうとしてますね!?」


「そうだ! 乗るなら俺の頭に乗ってくれ!」


 お前はだから面倒くさいことを言うな。


 猫神様は佐久の頭の上に乗る。


「ふむ、神も重みがあるのだな」


「そりゃお前、幽霊じゃないからな」


 神は重いのだ。存在が。



【さ、行くわよ。帰りたいんでしょう】


「いや、違います! 俺たちはこの山の『伝説』を確かめに来たんです!」


「おい! 佐久、話をややこしくするな!」



   * * *



 猫神様についていくと、そこには野点のような雰囲気の場所が現れた。

 

 赤の敷布が敷かれた広い台座に、赤の傘。

 周囲は相変わらず木々に覆われているが、その周囲だけは青々とした竹が真っ直ぐに並び立っていた。



【あたしのお茶会にようこそ】


 白兎ではなく、白猫なんだけれども、そこはお茶会なんだなと思う。

 西洋風ではなく、和風だが。


 佐久の妄想に合わせてくれたのかも知らないが。 


「お邪魔します」

「邪魔をする」


 俺と佐久は用意されたやたらと座り心地の良い座布団に正座する。


 そして姿勢を正すと、俺は目の前で気持ち良さそうに金色の座布団の上で伸びている猫神様に問いかけた。


「どうしてあなたに付いていかないと帰れないんですか?」


 俺の問いかけに猫神様は顔だけむくりとこちらに向ける。



【此処は、ちゃんと『手順』は追わないと帰れないのよ】



 俺はその返答の先を促す。



「……『手順』とは?」



【あなたたちは私たちと違って何かをするのには、きちんと手順を追わないとできないでしょう】


 猫神様はわずかに起き上がると片腕で()()と座布団を叩く。

 すると、ぽんという音が鳴り、俺と佐久の目の前に急にお茶が現れた。


【あなたたち人間はお茶を飲むにも、お湯を沸かして急須にお茶っ葉をいれて、そこにお湯を注いで、蒸らして、茶器に注いでとか、そんな面倒くさいことをしないと飲めないんでしょう】


「まあ俺たちには神の御業(みわざ)は使えないですね」


【それと同じことよ。私たち神は、此方をあちらを自由に行き来できるけど、あなたたちにはできない。だから手順を追わないとだめなのよ】



「……納得できるような、できないような」


 俺は首を傾げる。


「ふむ、なんにせよ、神は絶対と言うことだな」


 それまで黙って辺りを見回していた佐久が急に話に加わってくる。

 こいつはちょっと神様に対して偏見がある気がするな。


【それはちょっと違うわねー】


 猫神様は残念とでも言いたげに再びごろんと寝ころんだ。

 佐久はそれに対してがっかりして見せる。


「違うのか」


【違うわわねー。私たちについては考えるだけ、無駄よー】


「そういうものなのか」


【そういうものなのよー。とりあえず冷める前にお茶を飲みなさい。それも手順だから】



 猫神に言われて俺は大人しく出されたお茶を飲むことにした。

 隣で佐久は猫神様に出されたお茶を興味深々に眺め、そしてすすった。


「ただの緑茶だな」


【なによ、不服なの?】


【いやねー、最近の若者は、やれイングリッシュブレクファスト出せだの、カモミールティー出せだの、バーポンをロックで出せだの五月蝿いのよ】


 一体どこのどいつだ。猫神様にウイスキーをねだった奴は。


「いや、俺は緑茶が一番好きだ。日本人の心だ」


【あらやだ、あんた子供のくせに話が分かるじゃない】


「いや、俺たちこれでも成人男性ですよ」


【いやだわー。私からしたら図体デッカイだけのただの子供よー。今生きてる人間なんてみんな子供じゃない】



 この猫神様は一体いつから生きているんだろう。

 俺たち人間とは明らかに物差しが違う時間軸に生きる彼らに聞いても無駄な質問かもしれないが。


 猫神様は俺たちがお茶を飲み干したのを確認すると、立ち上がり、俺たちの膝元まで近づいてくる。

 次の『手順』とやらが行われるのかもしれない。



【それじゃあ、質問よ】


「質問、ですか」


 俺は少し意外に思いつつも、彼らが案外コミュニケーションというものに飢えていることを思い出す。

 


【質問一、あなたたちはどうしてここに来れたの】


「それは俺達も知らないです」

「分からんな!」


【質問二、動物は好き?】


「まあ、それなりに好きですね」

「うむ、好きだな」


【質問三、好きな動物は?】


「えーっと……」

「兎だ!」


 俺が三つ目の質問に悩んでいると横で佐久が大声を出す。

 ていうか、まだ白兎を引っ張ってんのかよ。


「でも、食べるなら魚だな!」


 好きな食べ物を聞かれたわけじゃないぞ。


「えーっと、じゃあ俺は犬で」


【質問は以上よ】



 良く分からない質問が続き、そしてあっさりと終わった。



「あのー、この質問、何か意味があるんですか」


「意味――――」


 ごくり。唾を呑む。


「ないわ」


 無いんかい。


「ただの私の趣味よ。統計よ」


 猫が統計とか言ったぞ。


【ささ、はやく次の『段』に行きなさいな。あたしも早く昼寝をしたいのよ】


 とりあえず、俺たちは猫神様に礼を言う。


「ご馳走様でした」

「世話になったな、猫様!」



    * * *



 そして、俺と佐久の足元にぽっかりと空間に黒い穴が開く。

 

 その瞬間――俺たちは重力を感じていた。


 鼻を微かに掠めたのは潮の匂い。


「な――!?」

「落ちているなー!」


 強烈な風圧の中、なんとか瞼を腰開ける。

 俺の瞳に一瞬だけ映った景色、それは海だった。

 陽光に煌めく大海。


 我ながら暢気だと思うが、それは一瞬だけでも美しい光景だった。

 しかし、余韻なんていうものはなく、衝撃がそんな思いを打ち破る。

 

 綺麗だと思った次の瞬間、ザブンと強烈な破裂音が俺の耳を打つ。

 俺たちが落ちたのは、確かに海だった。


 しかし、なぜか浮力を一切感じない。

 俺は水面に向かって必死で腕を掻く、泳げないわけでもない。

 もうそろそろ浮かんでもいいはずだ。


 それなのに――


 「……ご、ぼぼぼ!?」


 叫びながら俺は沈んでいく。


 それ以上沈みようがない場所で、溺れるはずの無い場所で溺れていく。


 目の前を泳ぐ、鮮やかな色の魚と目が合った気がした。


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