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英国カントリーサイドの吸血鬼   作者: 黒崎リク
第三章 薔薇が綻ぶ、五月
46/47

(3)



   ***


 姉の姿と、ジャックの姿が重なった。

 事情は違えど、死を望む者達。彼らの願いを叶えることができる己の血が、ひどく恨めしく、遣る瀬無かった。

 姉も、ジャックも。

 大切な人を傷付ける意思はなくても、私は彼らを傷付け苦しめる。

 まるで、薔薇の棘のように――。


「い、いやだ……死なないで、お願い、いなくならないで……もう、一人にしないで……!」


 喉が震えて、抑えられなかった言葉が溢れた。苦しくなって言葉を詰まらせた私の肩に、ジャックが遠慮がちに触れてくる。


「すみません、サキ。泣かせるつもりは無かったんです」


 ジャックの長い指が、私の目の下をそっと撫でる。冷たく濡れた感触に、私は自分が泣いていることを知った。

 ジャックは白いハンカチを取り出して、私の涙を拭いながら言う。


「……今まであなたに黙っていて、すみませんでした。あなたが『薔薇の血』を使うことを恐れていることを知っていたから、言えなかった。そしてそのせいで、あなたを危険な目に遭わせました。本当に申し訳ありません」


 薔薇の血を欲するジャック。彼の願いを知る者達は、それゆえ私を警戒し、排除しようとした。


「……私は、無理やりあなたの血を奪う気はありません。約束します。あなたが許さない限り、私はあなたから血をもらうことはありません。そんなに簡単にはいなくなりませんから、どうか泣かないで」

「え……?」

「これは、ジョー……ジョアン・ブラッドレイ公爵と結んだ誓約でもあります。そしてもう一つ、条件を出されています。あなたの研修を最後までやり遂げ、一人前の保護官に育て上げてから、無事に日本に帰すこと。ですので、今すぐあなたの血をもらうことはありませんし、その後あなたから許可をもらえなかった場合も同じです。また、私の元で研修を続けることが不安であれば、ベラの保護下で研修できるように手配してあります」


 ジャックはあっさりと告げて、濡れたハンカチをしまう。私は呆けながら、彼を見上げた。


「……ジャックは、それでいいんですか?」

「以前言ったでしょう、サキ。あなたが道を選び、進む手伝いをすると。あなたがしたくないことを強要はしません」


 薔薇の血を欲していながらも、私が嫌だと言えば、彼は本当に血をもらう気は無いのだろう。


「私は……ジャックにいなくなってほしくないです。だから、血は……あげたく、ないです」

「分かりました」


 答えが分かっていたようにジャックは頷いた後、私を――否、私の後ろ、はるか遠くを眺めるように、目を細める。


「それも踏まえて、できれば一つお願いがあります。あなたの道が終わる時……あなたが生をまっとうする時に、どうか、あなたの血をくれませんか」

「……」

「サキがいなくなったら、私も一人です。それは、寂しい」


 ジャックの微笑みは優しくて、哀しい。気負いのない、穏やかな覚悟を湛えた彼の笑みに、強張っていた身体の力が抜ける。


 ――死にたがりのジャック。愛した人を失い、彼女の元へ行くために死を望む。会いたい人に会えない寂しさを、側に居たい人の側に居られない哀しさを抱えた吸血鬼。


 生きてきた年数も環境も、そもそも人間と異人という違いがあるのに、自分とどこか似ている気がした。

 私は熱を持つ目元を押さえながら、ぽつりと言う。


「……何十年後に、なるかもしれません」

「もう何百年と生きていますから、そのぐらいは待てます」

「……死ぬ前でも、私がやっぱり嫌だと言ったら……」

「ですので、時間をかけて説得していければと考えています。強制と説得は違うものですから」

「ジャックがいなくなったら、アーティが寂しがります」

「アーティは私の眷属なので、私が死を迎えればあの子も一緒に旅立ちますが……そうでした、アーティにまずは許可を取らなければいけませんね」


 ジャックは、ふむ、と顎に手を当てて考える。

 己の死について話しているはずなのに、『今日の夕食はどうしましょうか』と話す時の口調と同じだった。

 ジャックは己の力を、運命を受け入れていた。己の願いを叶えたくとも、誰かの理を曲げ、傷つけてまで達成しようとはしていなかった。悠久の時を、苦しくとも、辛くとも、自然の理に寄り添いながら生き続けてきた。

 思い出すのはルカの言葉だ。


『彼らはこの世界に生まれた。すべての世界の理の下で、誰かが故意に作ったわけでもなく、自然に生まれたんだ。だから僕らは、どんなに彼らを恐れても、許容しなくてはならない』


 今までずっと恐れ、疎んできた己の血。

 だが、この力も宿命も、受け入れたいと……受け入れなければと、今は思えた。ジャックやルカのように受け入れて、自分が正しいと思う道を選んで、進むしかないのだ。


「……分かりました」


 一度目を閉じて、開く。

 薔薇の茂みを背にしたジャックが、そこにいる。

 尊敬する優秀な保護官で、優しく強い、寂しがり屋の吸血鬼。


「ジャック・オールドマン。これからも、どうかよろしくお願いします」


 まずは一人前の保護官になる。そこまで進んでから、次の道を選ぶ。

 正しいと判断できる知識と経験を積んで、力と宿命を受け入れて。そして、ジャックの願いを心から叶えたいと思える日が来たのなら。


「いつか、その時が来るまで……どうか待っていてもらえますか?」


 私は右手を前に出す。初めて会った時、ジャックが手を差し出した時のように。

 ジャックは青い目を瞠り、くしゃりと破顔した。


「……はい。よろしくお願いします、サキ」


 伸ばされた手が、私の右手を強く握る。

 二度目の握手なのに、初めてみたいだ。私はようやくジャックと、己自身と向かい合えた気がした。

 手を繋ぐ私とジャックの間で、淡い薔薇の花弁が風に揺れていた。





次回でいよいよひと段落の最終話です。


また、本作は都合により、5/5に削除する予定です。

それまでお付き合い願えれば。

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