(2)
ジャックの告白に、私は不思議と驚きはしなかった。
『今まで彼の庭に入れたのは一人だけだ。きっと今でも、ジャックの庭には“彼女”がいるのだろうね。これからも、永遠に』
以前ルカから聞いたこと。彼が言っていた『彼女』が、その人なのだ。
そして、ジャックが『死にたがり』なのも、その人が関係しているのだと分かってしまう。
だってジャックは、彼女のことを過去形で話した。
「……」
相槌もできず、私はジャックを見つめる。ジャックは心得たように話を続けた。
「彼女は優しく、強い人でした。病に侵されながらも、己の死を見つめ、受け入れ、恐れなかった。私は、彼女を眷属にしたかったけれど、最期まで許されませんでした」
人間を眷属にすることは、簡単なことではない。私の姉が眷属になることができたのは、ジョアンが最高位の吸血鬼だからだ。
眷属は、記憶と理性を持ったまま吸血鬼に変化した人間、あるいは動物のことである。
人間を眷属にすることができるのは、真祖の一族――ブラッドフィールド、ブラッドレイ、ブラッドフォード、ブラッドショーの、いわゆるブラッド四氏族だけといわれている。下位の吸血鬼が行った場合、記憶も理性も無い狂暴な吸血鬼もどきが生まれるため、人間の眷属を作ることは真祖の一族にしか許されていない。
ジャックが真祖一族であることを、私は今さらながら知る。
しかし思えば、納得のいくことばかりだ。管理局のロンドン支部長と親しげな様子だったのも、エルフで扉の番人であるルカや強い力を持つベテラン魔女のベラが、彼に一目置いているのも。
そもそも、ジョアン・ブラッドレイ公爵と愛称を呼ぶ仲であり、『薔薇の血』を持つ特異な人間を見習いとして引き受けることができる時点で、ジャックが特別な存在であると気づくべきだった。
そんなジャックが、眷属にしたいと望むほど愛した女性。
ジャックの声音や表情だけで、どれだけその女性を――クリスを慈しんでいたか分かる。穏やかな声に混じる寂しさが、彼女の喪失を伝えてきた。
「命に永遠は無くても、想いは永遠に続くのだと彼女は言っていました。彼女が死んでも私が生きていれば、彼女からの想いも、彼女への想いも、続くことができる。私の中に残る彼女を死なせないためにも、生き続けようと私は思いました。……ですが、時折ひどく、寂しくなる」
ジャックは枝に付いた薔薇の蕾に触れる。青い瞳に影がかかった。
「彼女の元へ行きたいと、強く願う時があります。でも、吸血鬼がただ死んだとしても、彼女のいる死者の国には行けません。異人と人間では、理が違うから。私が彼女の元へ行く方法は、一つしかありません。『薔薇の血』を飲んで、異人としてのすべての力を失うこと……人間となって死ぬことです」
とても穏やかな微笑みを、ジャックは浮かべていた。
私は彼の笑みを見つめ返しながら、口を開く。乾いた口から掠れた声が零れた。
「あなたは、そのために私をここに……?」
「最初に、ジョーが『青い薔薇』を送ろうかと伝えてきました。私の望みを叶えるためのものを届けようと。そうしたら、あなたが来た」
ジャックが薔薇の茂みから離れて、こちらへ歩いてくる。手を伸ばせば届く距離で立ち止まった。
「……あなたが初めてここを訪れた時。これでようやく願いが叶うのだと、とても嬉しかった」
「っ……」
私はこみ上げてくるものを抑え込むように、唇を噛み締めた。
脳裏に繰り返し思い浮かぶのは、己の血を飲んだ吸血鬼の末路。あれと同じように、自分がもたらすジャックの最期なんて見たくない。
そして――一番大事な、姉の姿も。
***
あの夜。泣いていた姉が何を望んでいるのか、本当は知っていた。
『公爵、どうして私を吸血鬼にしたの。あの子を騙して、なんてひどいことをしたの』
『お願いだから、私を死なせて。永遠の命なんていらないの』
幾ら年月が経っても変わらぬ姿。人間離れした五感と力。食事の合間に必ず取らなければならない、人間の血液――。
人間とは異なる存在になった姉は、永遠の命よりも、人間としての死を望んでいた。
それには、私の持つ『薔薇の血』が必要だと分かっていた。皮肉なことに、姉の生を望んだ私は、姉の望みである死をもたらす存在だった。
だからこそ姉は、私に何も言わなかった。望みを言えば、私が傷つくからだ。公爵に対してだけ、抑えきれない感情をぶつけていた。
そんな優しい姉は、私の望みを叶えるために、今も公爵の眷属であり続けている。
私のわがままを聞いて、自分の願いを押し殺し、この地に送り出してくれた――。




