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英国カントリーサイドの吸血鬼   作者: 黒崎リク
第二章 めぐり出会う、四月
22/47

(4)



   ***


 エッグハントの終了を知らせる声が響いてくる。

 ルカの協力で、高い位置の植木鉢の中、雨樋の留め具の上、モニュメントのガーゴイル像の口の中、と難易度の高い場所の卵を探し出し、トニー達はご満悦だ。

 難易度の高い卵は、特別に綺麗な模様のついた赤色や金色をしており、これを探し出すと他の子に自慢できるらしい。


「わあい! ありがとう、ルカ!」

「る、ルカさん、ありがとうございます……」


 きらきらと綺麗な卵を手にしたトニーとメアリーが交互に礼を言い、ルカは笑顔で「どういたしまして」と返す。

 特に何事も無く、皆の元へ戻れそうだ。私がほっと胸を撫で下ろした時、ルカが唐突に振り向いた。気づけば私の目の前にいて、顔を覗き込んでいる。

 咄嗟に下がろうとしたが、手首を掴まれて動けなかった。深い緑色の目は、以前と同じように底が見えない。身構える私に、しかしルカはにこりと笑った。


「はい、君にも上げるよ。特別な卵だ」


 上に向かされた右の掌に、卵を置かれる。小ぶりな卵にはかすかな温もりがあった。


「この間、風邪を引かせてしまったお詫びも兼ねてね。……善なる火を君に与えよう。苦難に負けず、己の信念を貫くためのお守りだよ」


 ルカはそう言った後、にやりと――まるで悪戯を思いついた子供のように笑う。

 神聖なエルフらしくない表情に気を取られていると、私の前髪を彼の手が掬い、露わになった額に軽くキスが落とされた。


「っ⁉」


 ぎょっとする私の後ろで、低く吠える声がした。次いで、聞き慣れた声が響く。


「リュカリウス! 何をしている⁉」


 声の方を見ると、勢いよくこちらに向かってくるアーティとジャックの姿があった。珍しく険しいジャックの表情をものともせず、ルカは澄まし顔で答える。


「新米の保護官に、親愛の情を示しただけだよ。ねえ、サキ」


 わざとジャックに見せつけるためにしたのだと、さすがに分かる。


「どうしたんだい、そんなに見つめてきて。僕に惚れちゃった?」

「……あなたは、ジャックが好きなんですね」


 だから、私を警戒している。

 私が彼に危害を加えないか、確認する。

 ベラと同じだ。ジャックを大切に思い、心配しているからこそ、彼らにとって危険な存在である私を見張って、牽制するのだ。

 私の言葉に、ルカはぽかんと気の抜けた表情をした。やがて、桃色の唇をむっと結んだかと思うと、私の額をぴんと指で弾く。


「いたっ……」

「生意気な子。言った側から垣根を乗り越えてくるんじゃないよ、まったく」


 怒った口振りだったが、声は少し楽しげだった。今まで張り付いていた仮面のようなものが剥がれ、皮肉に上がる口元と不敵な目が、私を捉える。


「ぼーっとした持ち腐れのお馬鹿さんだと思っていたけど、案外厄介だね。……うん、まあ、鈍すぎるよりはいいかな」


 痛む額を押さえる私に、ふっと頬を緩ませたルカがもう一度顔を寄せてくる。

 今度は、頬に軽くキスされる。緑の香りに包まれる。


「――これは、君だけに」

「……」


 思わぬ柔らかな声に戸惑う。その間にルカはさっと飛びのいて離れた。ルカがさっきまでいた場所に、アーティの黒く尖った影のしっぽが命中した。攻撃を軽く躱したルカが、私に向かって手を振る。


「じゃあね、サキ。ジャックは死にたがりだから、気を付けてあげてよ」


 どういうことか聞き返す前に、ルカの背後の空間に切れ目ができ、するりと身体を滑り込ませて消えてしまった。

 残された私の元へ、アーティが突進してくる。ジャンプして腰辺りに飛びついてきたが、勢いがありすぎてよろける。アーティごと倒れそうな私の腕をジャックが掴んだ。


「サキ! 大丈夫ですか?」

「は、はい」

「彼に何かされていませんか? 怪我は?」


 ジャックは胸ポケットから取り出したハンカチーフで、私の額と頬を軽く拭う。


「すみません。リュカリウスは普段こんなに人に絡むことはないのですが……」

「大丈夫です。何も……ええと、危害は加えられていません。メアリーとトニーのエッグハントの手伝いをしてくれて……」


 答えかけて、そういえば自分も卵をもらったことを思い出す。

 右手に握ったままの卵。鶏卵よりも一回りは小ぶりのそれが、手の中でこつりと音を立てたような気がした。見れば、灰青色の卵の表面に罅が入っている。気づかずに握り潰してしまったのかもしれない。

慌てて手を開くと、「ぱきっ」と音がして小さな欠片が外側に飛び出した。内側からの衝撃を受けて。

 開いた小さな穴の向こう、黒い闇の中で、ぱちりと黄金色の目が瞬く。


「……?」

「サキ!」


 ジャックがハンカチーフを広げ、卵の上に急いで被せた。そのまま卵を包んで私の手から取り上げた彼は、眉を顰めていた。


「これは、どうしたんですか?」

「ルカさんから貰って――」


 私が答えるのと同時に、ばきっと大きな音がした。そして、ジャックの手の上でハンカチーフがぼっと炎を上げる。


「っ……」

「ジャック⁉」


 燃え上がったハンカチーフの中から、何かが飛び出す。目にもとまらぬ速度で私に向かってくるそれを、ジャックとアーティは止められない。

 咄嗟に目を閉じた私の胸元に、衝撃があり――。


「――きゅうっ」


 小さな鳴き声が聞こえてきた。恐る恐る見下ろすと、紺色のワンピースの胸元に鮮やかな赤いものがしがみ付いている。

 それは、赤い蜥蜴だった。片手に乗るくらいの大きさで、つやつやとした赤い鱗が綺麗だ。ただし、その背にはドラゴンのような羽があった。

 黄金色の目で私を見上げて、可愛らしく鳴く。ジャックは急いで蜥蜴を捕まえ、私から引き離した。

 すると、蜥蜴は不機嫌に身を捩らせて、小さな口から炎を出す。呆気にとられる私に、ジャックは重い息を吐いた。


「あの、ジャック。その子は……」

「サキ。あなたがもらったのは、サラマンダーの卵です」


 サラマンダー。サラマンドラやファイア・ドレイク……日本では火蜥蜴、火竜と呼ばれる、火の精霊のことだ。


「そして、おそらくですがこの子は……」

「きゅっ!」


 ジャックの手から抜け出したサラマンダーが、再び私の方へ飛んでくる。両手でキャッチすると、手の中で甘えるように身を摺り寄せてきた。


「……あなたを、親だと認識してしまったようです」

「……」


 リュカリウスめ、と苦虫を嚙み潰したような顔をするジャックに、私はただ困惑するしかなかった。




これにてエッグハント編は終了です。

次話は「ロンドン出向」(予定)

定期報告とサラマンダーの件で、サキとジャックがロンドン支部に向かいます。

ロンドン支部では新たな出会いもあり…

サキやジャックの抱える秘密が少しずつ明らかになります。


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― 新着の感想 ―
[良い点] はじめまして。最初の頃から読んでいました。 話が続いてよかった!! 賑やかなエッグハントでしたね! ルカがなんの意図もなく来るはずがなかった。 サラマンダーの子供……つぶらな瞳が想像でき…
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